第4話 帰り道

約2時間程の滞在で私と伊野さんは新婚夫婦の新居からおいとました。


結婚式の余興話以降はずっと2人の惚気のろけや馴れ初めを聞かされていた為、特に伊野さんと話す事はなかった。

きっとまた亜依に改めて余興の話をされるだろうし、まだ先の日程なので特に交流を深める必要はないだろうと差程気にしなかった。

だから、マンションを出て直ぐが今後の関係性が変わる分岐点だったと思う。


伊野さんは駅の方に向かうのだろうが、私は歩いて帰る為反対方向。なのでココで別れてしまえばこの先はただの知り合いで終わる。



「あの、私…コッチなんで失礼しますね」

「…まさかだけど…歩き?」

「はい、歩いて帰れる距離なんで」


来る時だって歩いて来たのだから帰りだって歩ける。住宅街を突っ切って歩けばそんなに遠くはない。


「そっち方面だと住宅街だから道が暗いよ」

「大丈夫ですよ早足で帰るので。では…サヨナラ」

「ちょ、待った!」


伊野さんはため息をつき少しだけ険しい表情をした。


「危ないから送る」

「え?いや…そんな面倒なこと…」

「送られたくないなら、安全な道のりを選択してくれる?」

「でも…電車で帰ったとしても駅からまた暗い道歩くし…変わらないかと」

「遠いの?駅から」

「15分くらいですかね」


だから歩いた方が早いと思ったんだ電車だと逆に遠回りだし。

伊野さんは少し考えて私の方へ歩いてきた。


「わかった...じゃあ…やっぱり送るよ」

「え?でも…」


ジッと真剣な目で見られて萎縮いしゅくしてしまう。心配している人の好意を無下にしてはダメだとは思うのだけど…逆に緊張してしまう。


「行くよ」

「…ありがとう…ございます」



ーーーーーーーーーー


送ってくれるのは感謝だけど、何を話して良いのかわからず無言で歩く。

ただ伊野さんは周囲をキョロキョロしながら歩いていた。


「あの、どうかしました?」

「ん…いや、ここら辺に空き物件とかあるのかな…って思って。住宅街だけど賃貸多いよな」

「駅に近くなるにつれて賃貸が増えますね、確かに」

「それでもココまで歩けば駅まで徒歩圏内だよな」

「そうですね」


ふと先程の話を思い出す。今の感じからしても彼は空き物件を探しているみたいだ。


「…伊野さん、もしかして物件探してるんですか?」

「あぁ…そうなんだよね、実はずっと転勤してて地元離れてたから」


話題が発生すると伊野さんとの会話が急に弾み出す。実は普通に話せる人だったみたいで話してみると楽しく感じた。


「春は人事異動多いですよね」

「実は転勤先から今日戻って来たとこに嵐から呼び出されたんだよね。だからとりあえず実家に荷物を預けてから来たんだけど」

「え?今日転勤先から戻って来たとこだったんですか?お疲れじゃないですか!」

「そうなんだよ。明日も仕事だから、本当は実家で物件検索しようかと思ってたんだけど」


だから引っ越しの話をしていたのか…と、納得。

笑いながら話す伊野さんは、笑うと柔らかくて印象が変わる。悪い人ではないと思えた。

そして時々私を懐かしそうに見てくる。


「あのさ、桜…って呼んでも?」

「へ?」


突然の名前呼びにドキッとした。


「亜依さんの幼馴染みって事は同い年だよな」

「27…です」

「次28になるなら同学年だ。なら…タメ口でよくない?」


自分の口唇を指差し微笑む伊野さん。この空気感が不思議と嬉しくなって笑ってしまう。

最初からもっと話していたら良かったな…って今更ながら時間が惜しく感じた。


「いいですよ、名前で呼んでも」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」


気付いているだろうか。亜依には『さん』が付いてるのに私の事は呼び捨てだって事に。

それが少しだけ特別な感じがして嬉しくもあるのだけど。


「はぁ…これから家も探して…引っ越ししないとなんだよな…面倒くさ…」

「実家じゃダメなの?」

「実家にいたら、それこそ結婚しろとかわずらわしいよ。そんな年齢に近付いてるのを感じさせられる」

「お相手いるんだ?」


彼女がいるとは思っていなかった為、確認してなかった事に慌てた。彼女がいる人に送らせていたなら申し訳ない。


「いないよ、今は」


何処か遠い目をして、私をチラリと見る伊野さん。やはり私に何かを見ているような気がする。多分そうなるときっと可能性的には。


「もしかして…私、元カノとかに似てます?」

「え?何で?」

「時々…そう感じるから」

「ゴメン…無意識」


やはり正解。申し訳なさそうに視線を反らすと、今度はコチラを見ないようにしていた。


「別に良いですけど…そんなに好きだったんだ?」

「うん…愛してたよ」


何だか…彼女が羨ましく思えた。愛してると言ってくれる存在に出会えて羨ましい。

私は本当にまともな恋愛が出来ていないから…。


「愛してるなら結婚すれば良かったのに」

「したかったけど…無理だからさ」


声のトーンが落ちうつ向く伊野さん。もしかしたらNGワードだったかもしれない。そうなると私も黙ってしまうしかなかった。


「あのもう…家…到着したので…」

「え?あ、そうなんだ」


顔を上げて建物を見る伊野さん。私の住まいは賃貸アパートだけど築年数がまだそんなに経過していない割りと新しめ物件。2階建ての6部屋で私の部屋は2階の角部屋だ。


「じゃあ…また、いつか」


そう挨拶をして背中を向ける伊野さん。

また…いつか…っていうのは亜依達から声がかからない限りは会うことはないって事だ。

私は、そのまま駅方面に歩き出そうとする伊野さんの腕を咄嗟に掴んでしまった。


「桜?」

「お礼!まだ…時間あるなら、お茶していきませんか?」


自分の行動にプチパニックになりつつあった。伊野さんを家に誘う大胆な言動に後戻りも出来ず…ただ、まだ話したい衝動が勝ってしまうのだった。

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