1月31日1:21 那須高原

 ひと際大きく雷鳴が轟いたのを合図にしたかのように、支配ドミネーションによって突き動かされた平山紬の闇の子ゲット達が飛び掛かってきた。明らかに私を避け、榊と御形を狙っている。闇の母からの指示なのか、本人たちの本能なのかはわからないが、それは浅慮というものだ。


 榊は膝を緩めて腰を落としながら、粟田口国綱あわたぐちくにつな二尺二寸九分余をすらりと抜き打ち、やや下段に構えた。

 斬り上げた刀身は、正面から走り込んできた新生者ニューボーンの右腕を、一瞬の輝きをもって切り離す。肘から先だけになった白いジャージが真っ赤に染まりながら照明の届く先まで飛んでいく。その後、ぼたりと間の抜けた音がした。

 榊はそのまま相手の懐に入り込み、柄頭で鳩尾に一撃を加える。ふらついた相手の許から体を引きつつ、左脚を膝で断ち切った。バランスを崩した相手を前蹴りで押し飛ばすと、ロビーに置いてあったソファを巻き込み転がっていった。

 ロビーの奥から吸血鬼らしい跳躍力で飛び掛かってきた新生者ニューボーンを捉えると、一歩踏み込み、空中にいる化け物の身体を下から横に薙ぎ払う。切り離された上半身はきりもみしながら飛んでいき、下半身はそのまま無様に床に落ちて血とも内臓ともつかないものを垂れ流す。

 すでに榊は太刀を脇に構え、周囲をねめつけた。左目の紅が深く輝く。真っ白い戦闘服と白い頬に飛んだ返り血は、あたかも雪中の椿のようだ。


 御形は自然体で前に進むと、矢のように右脚を突き出す。軸となった左足の下では衝撃で床にひびが入った。

 御形のつま先がくるぶしまで腹に突き刺さった新生者ニューボーンは、自分に何が起きたかよくわからない様子で棒立ちとなる。

 御形は右脚だけで哀れな新生者ニューボーンを垂直に持ち上げる。脚を伝って流れ落ちる血。

 御形は右脚を引き抜くと同時に身体を回転させた。新生者ニューボーンの身体は地に落ちるよりも前に御形の左脚に薙ぎ払われる。吹き飛んでいった先、闇の中から水分をたっぷりと吸ったタオルを壁に打ち付けたようなびしゃりという音が届いた。

 左右から御形に襲い掛かった新生者ニューボーンたちは、その細身を捉えようと出した両腕が、指から肘まで綺麗に五等分されていることに遅れて気が付いたようだ。御形が身を引くと、勢いを殺せなかった新生者ニューボーン同士がぶつかり合う。一閃した御形の右脚は、その二人の身体をロビーの先まで送り届けた。ガラスが割れる派手な音が響く。

 両手両足が血に染まった御形は、掌の血をぺろりと舐め、常は見せない怪しく危険な笑みを浮かべた。


 背後から息をひそめて近寄ってきた新生者ニューボーンの両膝は、私のベネリで打ち砕かれた。ぐらりと傾ぐ襟をつかみ、荷物でも放るかのようにロビーの奥に投げ捨てると、巻き添えになった新生者ニューボーンのうめき声とも悲鳴ともつかない声が遠く聞こえてきた。


 その刹那。私たちの足元から何本もの腕が生えてきた。各々の腕や指は人間とは比べ物にならないくらい長く、明らかに関節の数がおかしい。屍食鬼グール達も簡易な透過トランスパレンシーを使えるようだ。


 榊の足首を掴んだ手は、一瞬の後、煙を上げて燃え出した。防衛術式の発動。その隙を逃さず、榊は身を沈みこませ、地面すれすれを太刀で払った。床から伸びていた手は燃えながらばらばらと倒れ、ぶすぶすと煙を吐いている。

 御形の足元には輪切りにされた指や腕が転がっている。私は足元に向けてベネリを撃ち込み、両足を引きはがした。


 新生者たちはロビーの奥からこちらの様子を伺っている。本能のままに襲い掛かってくれたほうが早く片付いたのだが、当てが外れた。屍食鬼グール達もすぐに襲ってくる気配がない。九石さざらしは平山が狂っていると言っていたが、冷静な狂気はやりにくいものだ。


 先ほど榊が切り離した新生者ニューボーンの下半身から流れ出た血は、どろりとした粘性を持ちながら飛んで行った上半身の方に伸びている。早回しされた粘菌のように、ひたりひたりと進み、上半身と繋がると、ずるりずるりと引き寄せ始めた。

「魂まで支配できているようですね。彼女、なかなかの使い手かと」

「平山を抑えなければ堂々巡りだな」

 傍に戻ってきた御形に声をかける。


 支配ドミネーションの顕現レベルには、精神や心の支配から魂の支配まで段階がある。平山が顕現している支配ドミネーションは、魂の心臓アニマエ・コルが止まりかねないような状況でも、闇の子ゲットの魂を支配し、二度目の死を与えないほどの力を有していると思われた。


 榊が周囲に目を配りながら近づいてくる。

「部長、平山と阿蔵をお願いします。ここは私と御形さんで」

「行ってください。折角身体を動かせる機会ですから。もう少し楽しませていただきます」

 御形は背伸びをしながら答えた。

「わかった」

 私は能力ギフトを顕現させ、闇に溶けた。


「禮子ちゃん。あまり近づきすぎないようにね。巻き込んじゃうといけないから」

 御形ののんびりとした声が背後から届いた。

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