56:エイトデイズ・ア・ウィーク ②/二択のうちの三択め

 飛び上がった俺は、そのまま用意していた『風上ドローン』の『風』に乗る。

 縦横無尽に飛行する術を手に入れた俺に対し、『亀裂』から腕を伸ばしたヴィヴィアネさんは──。


 じろり、と『亀裂』の向こう側──背後に『亀裂』を抱えたヴィヴィアネさんと視線が合う。アレは、まだあきらめた訳じゃないな。

 ナツカを脇に抱え直して急制動を取った瞬間、先ほど発現されていた車窓サイズの『亀裂』が解除され、俺達の真横五メートル程度のところに再び車窓サイズの『亀裂』が発現される。──当然、その向こう側にはヴィヴィアネさんの姿。



「追撃ですか! ちょーっと警戒しすぎですよね!?」


「正当な評価よねぇ、スーパールーキー!」



 そして腕を伸ばし、『亀裂』。斜め上に飛行してこれを回避した俺は、そこで俺達目掛けて伸ばされていた『亀裂』の上面を目撃する。──正確には、その向こう側で既に腕を構えた状態のヴィヴィアネさんと目が合った。



「攻撃が即ち次の攻撃の窓口になってるわけか……!」



 二度目の攻撃の『亀裂』とセットの『亀裂』を自分の近くに発現して、そこを通して三度目の『亀裂』による追撃をするって訳か……! まずい、『風上ドローン』を操作する時間的余裕が……!



「『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』、起爆!!」



 ──断末魔の一瞬、俺達の身体は爆風によって横に十数メートルほど吹っ飛ばされた。

 虚空を『亀裂』が通過するのを見ながら、俺は懐に抱えたアホのことを見ていた。おそらく、信じられないものを見るような目をしていたと思う。



「おま……ナツカ!?」


「ふふん。ナツカさんがいつまでも学習しないと思ったら大間違いですよ。さっき穴を掘っていたときに、念の為小石を拾って『爆弾』を作り、隠し持っておいたのです!」


「でッ……かした!! 超でかした!! マジ助かった!!」



 改めて見てみると、俺達が先程までいたところには一〇メートルほどの長さの『亀裂』と、その右上くらいにおそらくセットで発現された『亀裂』が発現されていた。

 これは……事前に想定して急制動をかけてなきゃ、躱せなかったな……。

 危ないところだった。あのままだと、乙りはしないまでも四肢の一本は持って行かれていただろう。ナツカを狙われてたら、ナツカの方は乙っていたかもしれない。

 そういう意味で、ナツカの超ファインプレーに救われた。これまで何度も何度も『爆弾を用意しとけ』って口を酸っぱくして言っておいてよかった……!

 感激しつつナツカの頭を撫でてやり、俺は『風上ドローン』を操作する。群体をすぐさま下に滑らせて再び飛行状態に戻った俺は、己の肩に手を当ててそこから『バイオコークスの槍』を引き抜きつつ、思考する。


 ……ヴィヴィアネさんの能力運用。


 これまで『亀裂』の発現に関する詳細条件はほぼ不明だったが、『「亀裂」には物質を切断できるものとできないものがある』のは確定とみていいだろう。

 おそらく、物質を切断できる『亀裂』はヴィヴィアネさんの腕の先からしか発現できない。切断できない『亀裂』は好きな座標にできるが、何かと重なるようには発現できないはずだ。

 なぜなら、それができるならばわざわざ攻撃の為に『窓』となる『亀裂』を発現してそこから腕を伸ばすなんてまどろっこしいことをするはずがないから。


 また『亀裂』の中に『亀裂』を伸ばすこともできない。

 これは攻撃時にわざわざ『王座の間』側からこちら側に腕を伸ばしてから『亀裂』を発現していることからも読み取れる。多分、解除時の挙動とか座標の歪み方とかで面倒くさいことになるから制限しているのだろう。


 つまり、ヴィヴィアネさんが『王座の間』から『亀裂』で攻撃をしてくる場合、『亀裂の窓』でこちらの至近に現れ、それから腕をこちら側に伸ばして『亀裂』を伸ばす必要がある。両腕があるし、攻撃に利用した『亀裂』を『窓』にすることもできるから隙は少ないが……タイミングさえ分かっていれば、カウンターは容易い。


 そしてこれは推測になるが──『亀裂』を発現する際、咄嗟の発現の場合、セットとなる『亀裂』はヴィヴィアネさんの周辺にランダムで発現することになる。

 さきほど、一度目の攻撃の時にヴィヴィアネさんの背後に使途不明の『亀裂』が発現されていたし、二度目の攻撃直後の三度目の攻撃の際も、攻撃とは無関係の『亀裂』がすぐそばに発現されていた。

 おそらく切断された花が近場に無造作に置かれていたのも、この仕様が原因だろう。『切断』する為には窓として設置した『亀裂』を介して直接伸ばすしかなく、時間的に俺達が来るまでに花畑の処理だけを終わらせようとした結果、切り落とされた花が切断用の『亀裂』⇒ランダム発現の『亀裂』と通って花畑近くに落ちることになったのだ。

 この仕様は、発現した『亀裂』を敵に逆用されるかもしれないというリスクを孕むための『制限』だろう。『亀裂』を発現する際、きちんと事前にセットの『亀裂』の位置も考えていないとランダムに発現されてしまうが、そうやって色々考えていると咄嗟の時に対応が遅れる、という駆け引きがあるわけだ。一瞬の判断の重要さをよく理解しているベテランらしい燻し銀の『制限』。俺の好みである。



「一旦……追撃は終わりだな」



 ……上方五〇メートルに『窓』。向こうもカウンターのリスクは覚悟しているらしい。こちらが取り回しやすい武器を発現したのを受けて、続けざまの攻撃はやめたようだ。

 攻撃に使用した後の『亀裂』もきちんと解除されている。向こうの意識から外れた使用済み『亀裂』を逆用させてくれるような甘い相手じゃない、か。



「ナツカ、爆弾残りは」


「あと一個ですよ。威力なし爆風MAXのやつです」


「十分。だが……こっちから攻めにくいのがもどかしいな」



 『風上ドローン』で間断なく移動しながら、俺はぼやく。

 『燃え盛る逆説イグナイテッドサン』の射程は一〇〇メートルだからなぁ。『亀裂』の向こう側は『王座の間』だから、射程外だ。一部がこっち側にあれば多分射程外判定にはならないと思うからとりあえず槍を発現したが……それもちょっと自信ないしな。

 と、手を出しあぐねていると、不意にナツカが首をかしげて、



「なんでですよ? 向こうが『亀裂』を作って顔を出したら速攻で『爆弾』を放り投げてあげればいいですよ」


「そうしたいのはやまやまなんだけどな……。『亀裂』の向こう側にいったら射程外だろ」


「……だから何でですよ? 『亀裂』の先がどれだけ離れていようと、『亀裂』が繋がってるうちはナツカさん達から見たときの距離は変わりませんよ???」



 ………………い、一理ある。


 ヴィヴィアネさんの探索技能スキルを思考の前提に置いてしまっていたが、ヴィヴィアネさんの探索技能スキルは別にギミックでもなんでもないのだ。なら、別にこっちに都合のいいように捉えてしまったっていい。

 ……探索技能スキルの条件というのは使用者の解釈次第だ。この発想ができた以上、多分『亀裂』が解除されなければ射程外解除にはならないだろう。地味にナツカに感謝だな。



「ナツカ、爆弾もう一つ頼む。威力と射程最大で」



 俺は『バイオコークス』の半球を二つ発現して手渡す。サイズは二つ合わせてピンポン玉程度。『蓋亀裂』にぶつけて、城塞内部を破壊し尽くす為のものである。



「了解ですよ。ほいっと」



 …………これで、幾つか新たなルートができた。

 対探索者の戦いは、複数の勝ち筋を並行して走らせるのが要となる。ヴィヴィアネさんは今のところ、『花畑亀裂』の突破の方を重視しているはずだから……次に打つべき手はこうだな。


 急制動を繰り返しつつ、俺達は泉の女神の『ギミック』がある泉のほとりへと降り立つ。

 ヴィヴィアネさんは、その間もこちらの隙を伺うように『窓』の発現を繰り返していたが……流石に迂闊に腕を伸ばしてくるような展開はなかった。残念。来たら『爆弾』をぶつけてやれたのに。



「お、花を泉の女神に渡すんですよ?」


「そんなとこだ」



 言いながら、俺は無造作に花を泉に放った。

 …………俺の予想が正しければ……。



 ズウ、と。



 花を待ち受けるように──あるいは泉を覆うように、『亀裂』が発現される。

 そう。花畑の『ギミック』を潰すという目的なら、こちらの行動をいちいち妨害するんじゃなく、花そのものを俺達の手の届かないところに持って行ってやればいい。当然の帰結だ。



 ──そして来ると分かっていれば、その後は読み合いだ!!



 ゴウ!! と、その瞬間放り投げた花が浮かび上がる。『風上ドローン』による揚力付与である。

 最初から敵の打つ手が読めているなら、こちらだって対策できて当然。そして──俺は前以て懐に隠しておいた『球状のバイオコークス』を『亀裂』へと放る。

 もちろんこれは『爆弾』ではないが、ヴィヴィアネさんの視点からそれは分からない。何かしらの対応をしてくるだろう。『亀裂』か、あるいは……、……。



「──魔王様はお城の奥でふんぞり返ってる。そう思ったぁ?」



 その一瞬──『亀裂』の向こうから、ヴィヴィアネさんが直接飛び出してきた。



「はじまりの村でも、魔王様が出て来ないとは限らないわよねぇ!」


「なっ!? 直接ですよ!?」


「アナタ達が『爆弾』を絡めてわたしを狙ってるのは先刻承知なのよぉ。でも、自分達に危害が及ぶ位置では起爆できない!」



 浮遊していた花を掴み、俺が放ったダミーの『カーボンコークス球』を呑み込んだ『亀裂』を解除したヴィヴィアネさんを見て、俺は考える。



 ──よし、此処までは想定通り!



 ナツカの爆弾の威力はヴィヴィアネさんも知っている。それをちらつかせれば、『バイオコークス球』を呑み込んだ『亀裂』を解除して爆発のリスクを回避してくることは読めていた。

 ぶっちゃけプランCくらいには裏をかかれている状況だが、ヴィヴィアネさんが泉の直上にいて、『亀裂』による覆いがない現状ならば──この策が使える!!



「お、らぁッ!!」



 思い切り掛け声をあげながら、俺はヴィヴィアネさん目掛けて槍を投擲する。

 槍といっても、『燃え盛る逆説イグナイテッドサン』の『制限』で穂先はしっかり潰されて鋭さはない。だが──探索者の膂力で投擲されれば、多少の打突程度の威力は発生してくれる。少なくとも、無視して食らえば一瞬の隙は生まれてしまうだろう。



「──ッ!!」



 花を奪ったこの土壇場。ヴィヴィアネさんも『亀裂』での対応はできない。空中だから回避することもできない。

 だが、その程度でヴィヴィアネさんの対応の手が失われることはなかった。ヴィヴィアネさんは空中でも油断なく投擲された槍の穂先に手を添え、そして下方向へ弾く。……下手に上へ弾いたら、俺がそれを使って追撃してくるというリスクを考えたのだろう。実際そのつもりではあったし。

 どっぱん! と水しぶきを上げて、俺の槍が泉の中へと叩き込まれた。



 ただし、それこそが俺の策の完成だ。



「…………プランA、花畑ギミックを使ってのワープ。プランB、『亀裂』を逆手にとっての移動。こいつは、プランCですよ」



 俺の言葉を聞いて、ヴィヴィアネさんの顔色が変わる。……もう気付いたか。流石はヴィヴィアネさんである。

 だが…………もう遅い。



「俺がこの泉に花を持ってきたのは、花畑の『ギミック』を使う為なんかじゃない。俺は最初から、を利用する為に泉にやって来たんだ」



 花は奪われ、投擲した槍は利用の余地なく叩き落された。

 それでも、俺は不敵に笑う。

 いや、だからこそ、俺は不敵に笑う。


 



「覚えてますよね、ヴィヴィアネさん。アナタは俺達のところに来る前に、花畑の『ギミック』を使う為にを利用した。ナツカが言ったから知ってるんです。の利用は一日に一回。それ以上は『危険』だって」



 泉が、蠢く。

 その奥に潜む存在の怒りを示すみたいに、不吉に波立っていく。



「別に花畑の『ギミック』にこだわる必要はなかった。アナタの余裕を剥ぎ取り、この場に現れるように仕向けることさえできれば、それでよかった。……使!!!!」



 それこそが、プランC──三つ目の俺の勝ち筋。

 ヴィヴィアネさんに攻撃を弾かせ、弾いた攻撃が泉に入ることで、既に泉を利用したヴィヴィアネさんに『二回目の利用』をさせ──ギミックにヴィヴィアネさんを

 花畑の利用と亀裂の逆用、二択の警戒にヴィヴィアネさんの意識を集中させたその裏で進行していた、俺の本命である。




『────欲深き者よ』



 ふと気付くと、泉のほとりに一人の女が佇んでいた。


 一本の黒い槍を握った女は、引き伸ばされた瞬間の中で、空中のヴィヴィアネさんを見据えている。──憎悪すら秘めた眼差しで。


 そして。


 ゆったりと手を差し向け、



『過ぎたる欲は、身を滅ぼすと知れ──』



 直後、空間が『歪んだ』。

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