53:魔王城へようこそ ④/亀の甲より年の功

 端末ドローンから視線を外したヴィヴィアネは、改めて眼前に広がる石造りの城塞に視線を向ける。


 WF城塞──正式名称をウィステリアフィールド城塞。平常異界深度フロアレベル:8。溶岩の海の只中に存在する孤島に建設された、石造りの城塞迷宮。

 主なエリアは五つ。中庭領域、一階領域、二階領域、屋上領域、地下領域。各エリアは階段によって繋がっているが、屋上領域のみ、大砲による移動で城壁上部分の探索が可能。『奥』は一階領域と地下領域の二カ所に存在しており、『王座の間』は一階領域の『奥』に該当。

 ただし『王座の間』に到達するには一階領域、二階領域、屋上領域を経て大砲による移動を経由して特定の道順で移動しなければ、『ギミック』によって入口に戻される。──これら全てを、ヴィヴィアネは知っている。当然だ。これらの攻略情報を世に広めたのは、ほかならぬヴィヴィアネ本人なのだから。



(…………溶岩の沸騰音に混じって、機械の駆動音。相当離れているけど、ドローンが大量ねぇ……。……光のない宵闇だから、ダークグレーの機体がよく紛れる……)



 見知った迷宮の空に、ヴィヴィアネは異常を認めた。

 星のない夜空を代わりに彩るように点在する、無数のドローン達。──十中八九、クロ達が展開していたドローンだろう。

 当然、並の探索者がこれを認識することはない。並外れた観察力と考察力を持つ彼女だからこそ成せる一種の神業。それが、ナツカとクロの策略を一瞬にして白日の下に晒しだす。



(『ナツクロイト鉱石』を用いた飛行用ドローン……だけじゃないわよねぇ。遠隔操作をするためには、視界が必要。……。つまり、あれのどれかにカメラドローンも混じっているわぁ)



 つまり、適当に空から攻めようとすればあの飛行ドローンによって吹っ飛ばされるということだろう。無策であそこに『亀裂』を展開しても、『亀裂』越しに同じ妨害の憂き目に遭う。

 状況の前提を整理しつつ、ヴィヴィアネは城門へと足を踏み入れていく。



(…………三日前、コハは言ったわぁ。『今回の依頼の実行者はキララではない。。正式な依頼はナツクロちゃんねるにしてある』……ってねぇ。…………思うところはあるけど、そこは一旦置いておいてあげる。ただ一つ明確なのは、今回あの女キララの出番はほぼないと見て良いってことぉ)



 ──三日前、WF城塞にてヴィヴィアネは心春と接触している。

 その際、心春はナツカとクロ──というよりはクロをサポートする為に、今回のカバーストーリーをヴィヴィアネに伝えていた。

 というのも、心春という人間を知る者ならば、たとえ姉妹という関係性でもナツカという『素人』に対して依頼を出すことに違和感を持たれかねなかったのである。

 そこで、心春は『当初はキララに依頼していたが、辞退された上で弟子であるクロの推薦を受けた為、依頼をした』というカバーストーリーを用意した。これならば違和感も少ないし、そもそも実態ともさして離れていない。ちなみにこのカバーストーリーは既にクロにも共有済みである。

 しかし、このカバーストーリーの場合、キララはわざわざヴィヴィアネ捕獲の依頼を蹴ったことになる。わざわざ蹴って弟子を紹介した依頼に、本人が顔を出す可能性は低い。ヴィヴィアネはそう判断した。



(自分のコネを使ってアイテム作成の補助をしたのは意外だったけどぉ……。……師匠としての親心ってことかしらぁ? …………半端な女……)



 内心で毒づきつつ、ヴィヴィアネは現状をある程度好意的に評価していた。

 ナツカはともかく、クロの戦闘能力はなかなかのものだ。間違いなく、油断して相手をできる敵ではない。迷宮内であれば『ギミック』の活用も含めてやりようはあるが……これに加えてキララまで盤面に加われば、さしものヴィヴィアネでも勝ち目は少ないと判断せざるを得ない。

 ただし、キララが加わらないのであれば対手はナツカとクロのみ。ナツカはもちろん、クロもまた迷宮での戦闘経験値はまだ堆積途上だ。勝手知ったるこの迷宮であれば、ヴィヴィアネが上を行くことは難しくない。



(…………まず前提条件として、『奥』…………王座の間への到達は必須事項よねぇ。『お礼』は受けないとだしぃ。……でもサービスはそこまで。わたしが勝てば、今度は本気で紛れさせてもらおうかしらねぇ)



 適当に考えつつ、ヴィヴィアネは城門を潜った。

 そこで足を止め、ヴィヴィアネは改めて目の前の城塞を見上げる。



(わたしの勝利条件はただ一つ、『迷宮を脱すること』。……ただし、選択肢は二つあるわぁ。一つは『王座の間から二人の妨害を振り切って正攻法で脱出すること』、もう一つは『二人を乙らせて妨害を解除した上で脱出すること』……。さぁて、どちらが簡単かしらねぇ……)



 ヴィヴィアネは、『奥』に向かうにあたってWF城塞に配備されているであろうナツカとクロの罠についてはあまり考慮しなかった。いや、考慮する必要がなかったと言ってもいいかもしれない。

 彼女は城内には入らず、そのまま中庭へと進んで行く。そして上空からこちらの様子を伺っているであろうカメラドローンに見せつけるように、声を落とすこともなく話し始めた。



「実を言うとぉ、一般公開されている攻略情報って、かなり絞られているものなのよねぇ」



 コの字型の中庭を左側から進んで行くと、程なくして花畑が現れる。ナツカが何かしらの『ギミック』の気配を感じつつも、具体的な作動条件や内容を判別できなかった場所だ。

 ヴィヴィアネは、そこから一輪の花を摘み取る。



「『これを広めると迷宮の難度が大幅に変わる』っていう情報とか、『有用すぎて迷宮の価値が大きく変わる』っていう情報とか、そういうの。迷宮省の方針でねぇ。風貌切替スイッチ技能切替スライドと同じよぉ。迷宮省ではこれを『致命情報クリティカル』って呼ぶんだけどぉ」



 さっさと進んで行くヴィヴィアネは、その花を泉に放り投げた。

 そのタイミングで、風上ドローン達が動く。その『花』こそが、今しがたヴィヴィアネが語った致命情報クリティカルの核であることを悟ったかのように。

 花が泉に入るのを阻止する為に、『風』を放とうと試みる──が。



「クロちゃんは気付いたかしらぁ? それともナツカちゃんの指示ぃ? いずれにしても──遅いわよぉ」



 それを阻止する盾のように、『亀裂』が発現する。

 風上ドローンから放たれた『風』は『亀裂』に吸い込まれ──そして、風上ドローンの横合いに展開されたもう一つの『亀裂』から出て来た『風』によって、逆に風上ドローンが吹っ飛ばされる。

 阻止されたタイミングで花が泉の中に落ち、そして泉の中から女神が現れる。



『アナタが落としたものは、』


「どちらでもないわぁ。そこの花畑で摘んだ一輪の花。これでよろしい?」


『──正直者には、全てを授けましょう』



 風上ドローンによる妨害は引き続き発生するが、ヴィヴィアネはさっさと花を受け取り、そのすべてを回避しながら元の花畑へと戻っていく。

 熟練のヴィヴィアネはこの時点で既に、複数機による風上ドローンの『風』も『亀裂』から吐き出された『風』で風上ドローンを吹っ飛ばすことで対応できていた。



(いやらしい配置ぃ。……これはクロちゃんの操作ねぇ。ただ、『入口』から取り込んだ『風』を『出口』から吐き出す戦法はハマったらしいわぁ。これなら、対応できる)



 風上ドローンを回避しつつ、時には自分が『亀裂』を潜って移動しながら、ヴィヴィアネはあっという間に花畑を視界に収める。

 ──直後、であった。

 ズズン、という地響きと共に、彼女の目の前に巨躯の騎士甲冑が現れたのは。



(…………ナイトレス。中庭には現れないはず…………いや、そうねぇ。『ナツクロイト鉱石』の真骨頂は物質を吹き飛ばすことではなく……! 城壁の上を歩き回っているナイトレスに揚力を与えれば、……! ……早速性質を悪用してきたってわけぇ……!)



 そう。そもそもクロは、ナイトレスを複数体、事前に『浮遊』させていた。こうすることでナイトレスを保持し、好きなタイミング・好きな場所でヴィヴィアネにぶつける為だ。

 分かりやすい『風』による妨害の限界を悟ったクロは、『風』を使って少しでもヴィヴィアネが花畑に到達するのを遅らせつつ、本来現れないはずの中庭まで運搬させたのだった。

 


(ナイトレスが『四界断つ次元の刃エクスカリバー』の前に無力なのはクロちゃんも先刻承知のはず……。つまりナイトレスは時間稼ぎかつ目晦まし。本命は、別の何かで花畑を潰して、わたしがやろうとしている『何か』によらずあらゆる可能性を阻止することでしょうねぇ。……となると、わたしがやるべきはぁ……)



 ナイトレスの登場から、一息。

 ほとんど間髪入れずに、ヴィヴィアネはその腕をナイトレスへと向ける。



「流石の悪用だけど、今更雑魚を揃えたところでな~んの意味もないのよねぇ」



 ──『四界断つ次元の刃エクスカリバー』、最大展開。

 最大幅である五メートル限界ぎりぎりまで引き延ばされた『亀裂』により、その場に運搬されたナイトレスは全員一様に胴体を両断される。と、同時に。



(『入口』でナイトレス全員をカバー……と同時に、花畑の十数センチ上に『出口』を展開する)



 『四界断つ次元の刃エクスカリバー』は、本体の腕の先から次元の裂け目とも呼ぶべき『亀裂』を展開する探索技能スキルだ。

 だが、その手で発現した『亀裂』を入口とするなら、出口となる『亀裂』も必要となる。その出口となる『亀裂』だけは例外的に、腕の先からではなく本体の任意の座標に発現することができるのだ。──もっとも、幾つかの条件は存在するが。

 ヴィヴィアネは『亀裂』のことを便宜上『入口』『出口』と分けて呼称するようにしていた。



(初手で私の目の前にナイトレスを置いたのは、ナイトレスでは花畑を潰しきれるか不安だったからよねぇ? そして花畑を完全に潰しきる『本命』はわたしの到着までには間に合わなかった。…………まぁ、完全初見で始めた裏技に対策できてる時点で、対応力が異次元すぎるんだけどねぇ。初見殺しをやってるはずなのに、なんで初見で対応しかけてるのかしらぁこの子達)



 直後、であった。めりめりという音を立てて、ヴィヴィアネの背後で、無人の小屋が

 見ると背後では、ざっと一〇〇機近くの風上ドローンが小屋に『風』を当てていた。そして小屋の軌道は──ヴィヴィアネを直撃するコース。



「……あ、なるほどぉ。ナイトレスは目晦ましじゃなくて注目を逆方向に向ける囮。狙いは花畑じゃなくてわたしだったってことねぇ……」



 ドゴッッ!!!! と。

 ヴィヴィアネの身体に、『風』で揚力を受けた小屋が叩き込まれる。


 だが──思考の裏をかかれてなお、熟練の探索者ヴィヴィアネはナツカとクロ(というか十中八九クロ)の一撃に対応していた。まるで、この程度の『危機』には数えきれないほど直面してきたとでもいうかのように。

 衝突の瞬間、ヴィヴィアネは小屋を足で受け止め──そして跳躍していた。その方向は、彼女が先程展開し、ナイトレスを一刀両断した『入口』の『亀裂』。そしてその『出口』は──花畑に直結している。



「ナツカちゃんの才能は天性のもの。でも、年の功だってたまには捨てたものじゃないのよねぇ。──センスじゃあ、複雑な条件の看破までは難しい。クロちゃんは、きちんとそこを認識しておいた方がいいわよぉ?」



 後進に指導するように。

 ヴィヴィアネは言って、跳躍の勢いそのままに『入口』へ飛びつき、そして縁を掴んで──花ごと腕を『入口』へと突き入れた。



 ナツカが違和感を覚えながらも詳しい起動条件や内容を判別することができなかった『花畑』。

 この『ギミック』の正体は──有体に言うとワープゾーンである。

 花畑に咲く一輪の花を『泉の女神』によって『金銀両相』に変換した後に戻すことで、その花が咲いている間は『泉の女神』の『ギミック』に同席した全員が利用できるワープゾーンとなるのだ。

 ナツカが『花畑』を発見した時には、既に『泉の女神』の『ギミック』は消化していた。だからこそ、ナツカは『何かありそう』とは思いつつ、そのトリガーが何なのかまでは分からなかったのだ。



 そして、その行先は。



「さぁて。──倒しに来たわよぉ。魔王様?」


「早すぎんでしょ…………!」



 ウィステリアフィールド城塞、『奥』。

 一階領域────『王座の間』。



 即ち、ナツカとクロの眼前であった。

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