32:手掛かりはすぐそこに/風の吹くまま

 開いた掌の上にある雲の欠片を見せてドヤ顏を決めるナツカの顏ズームからカメラを引いて、一旦画角を仕切り直す。


 ……いや、言いたいことは分かるよ?

 『高天原エアライン空域』の第二階層では、下からの強風を受けて浮遊することはできても、推進力がない。浮雲を蹴ることで推進力を得ないといけないから、自由な飛行という感じではなくなるのだ。

 だが、その欠点は『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』であれば解決する。

 たとえば破壊力はゼロにして爆風のみに設定した『爆弾』を起爆すれば、その反動で浮遊しながら推進力を手に入れることができる。これを利用すれば、多分に直線的ではあるものの空中での方向転換をすることができるようになるだろう。

 おそらく、ナツカが言いたいのはだと思う。


 それ自体は、おそらく問題ない。

 ナツカの『爆弾』は爆風の方向すらも精密に制御することができる。たとえば俺が『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』を使うのであれば、問題なく飛行が可能だろう。

 問題なのは……、



「気流の計算、できんのか? お前に」



 この第二階層では浮遊ができるだけであり、実際には落下と上昇気流の揚力で釣り合いが取れているに過ぎないという点だ。

 つまり、爆風で移動しようとすれば、俺達を押し上げている上昇気流も大きく乱すことになる。そうなれば移動の方向は普通に設定した通りとはいかないわけで、その分も調整して気流を設定することがナツカにできるか? ということなのだが……。



『クロちゃん何の話してんの?』


『配信飛んだ?』


『普通に気流の計算がプロにできるかって話でしょ』


『↑なんで急に風の話になんの?翼生やすみたいな話あった?』


『配信飛んだっぽい』


『?』


『圧縮会話やめてね』



 あっ、しまった。今の思考の流れ全部説明を端折ってしまっていた。

 うっかりしていた……。一から説明するか。……いや、ナツカに説明させとくか。



「クロ? 急に気流の計算とか意味不明なこと言い出してどうしたんですよ?」


「お前もかよ……」



 せめてお前は分かっておけよ。

 まぁいい。理解の程度を揃える為にも、ナツカに改めて策の内容を言わせておこう。もしかしたら違う内容かもしれないしな。



「とりあえず、何思いついたのか言ってみろ。さっきの俺の話はその後でいいから」


「良く分かんないクロですよ……。……こほん。ナツカさんの探索技能スキルは『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』と言って、簡単に言うと合成したものを『爆弾』にすることなんですけど」



 そう言って、ナツカは掌の中にある雲の破片を握り込む。すると、二つあった雲の破片はまるで接着剤で繋げたみたいに歪な形で固定された。



「この『爆弾』の爆発のパラメータは、自在に調整できるのです! それはもう、ダメージゼロで爆風の反動だけを利用したりできるくらいに!!」



 これで伝わっただろうとばかりに、ナツカは胸を張る。

 コメント欄にもナツカの意図が伝わったらしく、徐々に疑問符から全体の流れが変わっていく。



『あーそういう?』


『プロなのに凄いじゃん』


『これクロちゃんさっきの時点で理解してたってこと?』


『結局どういうこと?』


『↑爆風で空を飛べるぜってことでしょ』


『いやでもそれ・・・』


『なんかプロが賢いと悔しい』


『でもそれ下からの風が乱れて吹っ飛びそうじゃね?』



 しばしコメントの流れを見守っていると、ようやく思考の段階が俺に追いつき始めてきた。俺はいきり立つナツカの肩を叩きながら、



「此処が無重力空間ならそれでもいいが、下から風が吹いてるんだよ。その分を計算に入れないと、多分とんでもないところまで吹っ飛ぶぞ」


「むう……? 直感的じゃないですよ! ピンと来ないです! いっぺん挑戦してから考える方向で行かせてください!」


「ふざけんな此処即乙ギミックなさそうだしはぐれたら合流まで面倒だろ!」



 っていうか、仮に即乙ギミックがあったとしても、階層跨いじゃってるから合流するまで時間がかかるんだよ。

 オモシロシーンが撮れるならいいが、絵面が地味なポカで配信をグダらすわけにはいかん。

 というか、別に飛行する必要なんてないんだよ。跳躍の延長線上っつっても、それで十分移動はできるんだから。でも、この感じだと無理に意見を引っ込めさせてもしばらく文句言ってそうだな……。

 ……そうだな。



「分かった、じゃあこうしよう」



 そう言って、俺は隣の地面を撫でてキャンプファイヤーを発現し、そして丸太一本を残して全部を解除する。

 着火剤のついた丸太を指の力だけで掴み上げると、



「これにその『爆弾』をつけてみろ。それでちゃんと飛べばナツカのアイデアに従う。失敗したら『クロ様の言う通りでした。無茶やろうとしてすいません』と言え」


「なんかナツカさんにダメージ多くないですか? ナツカさんが正しかったらご褒美が欲しいですよ」


「まぁご褒美でもいいよ。ほらやってみ」



 そう言って、俺は丸太を投げる構えを取る。

 『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』は、本人以外の探索者を対象にすることはできない。その前提と合わせるためには丸太に『爆弾』を設置することもできない……。

 すると、運用としては必然的に『跳躍した後の身体に爆風をぶつける』という多少乱暴な形になる訳だが……。

 ……そんな無理矢理な形でも、爆風自体は精密に調整できるんだから『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』は凄い。



「じゃあ、せーので投げてもらいますよ」


「了解。せーの」



 軽く合図して、俺は丸太を放り投げる。

 ナツカはそれに向かって『爆弾』を掲げ、



「『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』、発動!!」



 直後。

 ドッッッ!!!! と、猛烈な爆風が丸太に突き刺さった。


 下方から吹き付ける強風を吹き散らした爆風の槍は、過たず丸太を押し出し、推進力に変えたが──



「あっ」



 ぐりん!! と丸太はその場で高速回転を始め、あらぬ方向へと跳んで行ってしまった。

 吹き付ける風が爆風に干渉して、狙いが微妙にずれたのである。そして微妙に芯を外したところに爆風を当てたことで、丸太はバランスを崩して思い切り回転してしまったのだ。

 これは、人間が『爆弾』を手に持って同じようにやった場合でも同じことが起こるだろう。推進力にしようとした爆風が風の干渉を受けて捻じ曲がり、変な方向に飛ばされてしまう。


 俺は意図的にカメラの画角から丸太の行く先を外して、ナツカだけが見えるように調整する。

 俺の『手作りの絢爛カジュアルトーチ』は、クロの時は『可燃物を発現する「練成」系の探索技能スキル』ということにしているが、実際には『照明器具を発現する「照明」系の探索技能スキル』だからな。

 『練成』系の探索技能スキルは一般的に能力射程が非常に長いが、『照明』系はそこまででもない。実際、『手作りの絢爛カジュアルトーチ』は射程距離二〇メートルしかないからな。これについては今色々考えてるところだが……リスナーに見られて違和感を持たれてしまう可能性もある。幸いにも、今リスナーの注意はナツカの方に向いているが。



「ほら、言ったろ?」


「むぅ……。いや! 今のはクロの投げ方が悪かったんじゃないでしょうか。ナツカさんは間違って……あ、嘘嘘! 冗談です! だからその顏はやめるといいですよ!」


『どんな顏してんだ……』


『クロちゃんの般若の形相はちょっと見たいかも』


「般若じゃねぇ! 失礼なリスナーだな……」



 溜息を吐きつつ、俺は話を先に進める。無駄な時間を使った……。



「とりあえず、スタンダードに移動するぞ。それで行けないところが出てきたらその都度対応すればいいし。障害物とかあったら、それこそ爆破すればいいんだ。その為の探索技能スキルだろ、お前のそれ」


「おお、そういえばそうでしたよ。流石相棒、ナツカさんのことを良く分かってますね」


「なんでお前が一番に理解してねえんだよ、自分のことだろうが……!」



 ツッコミを入れつつ、俺とナツカは浮雲を蹴って次の浮雲へと移動する。

 ……このまま第二階層を移動し続けるのか、それとも第一階層へと行き来しながら先に進んでいくのか、どちらが正解かは分からないが、いずれにしてもこの第二階層で行くべき目印を見つけないことには何も始まらない。



「ナツカ、何か変なところないか?」



 浮雲から浮雲へと移動しながら、俺はナツカに問いかけてみる。

 ナツカの目の良さなら、何かしらの目印とか、第三階層への入口とか、そういうものも見て取れるはずだが……。



「うーん、それっぽい『ギミック』は見当たらないですよ」



 残念ながら、手掛かりはなし。

 いかにナツカとはいえ、そんなにすぐにヒントを見つけることはできないか。コメント欄の方も……、



『空中で三回転すると迷宮主ボスが出て来るよ』


『裏技説明します!簡単にできます!!』


『↑許さねえからな!絶対に!』


『クロちゃん失敗した時の話うやむやにしてるの優しいよね』


『ねぇみんな流してるけどさっきの爆風の槍のコンボ技強くない??何で無視してるの??』



 ……すっかり匂わせコメント対策をされてしまっている。

 匂わせコメントらしきものはゼロなのに、嘘情報ばかりが乱舞している状況だ。これはアテにできんな……。



「とすると、ひとまずは唯一の手掛かりになりそうな迷獣モンスターを狩るところから始めるべきか……?」


「うーん、なんかややこしいことになってますよ」



 考え込む俺を見て、ナツカは溜息を吐く。

 それから、下をじっと眺めながら、



「手掛かりというなら、この下からずっと吹いてる風が一番の手がかりなのでは?」



 と、さも当然のように言ってきた。

 風が一番の手掛かり……? 『ギミック』だろ? この風……。



「だって、この階層で一番『向かうのが大変』な方向って、吹き上げる風の風上……つまり下方向だと思いますよ。異界迷宮ダンジョンというものは先に進むほど過酷になるものです。なら、向かうのが大変な下の方が『奥』に決まってますよ」


「……………………」



 こ、コイツ……ナツカの癖に、妙に芯を食った発言を…………!


 確かに、第一階層のイメージで何となく下に下がり過ぎたら乙りそうな印象を持っていたが、雷の『ギミック』がないこの階層では、雷の心配は必要ない。

 となれば下方向への移動も『アリ』になるわけで、むしろ障害物となる風はあからさまな手掛かりになるだろう。気付かなかった……!

 一応、ちらとコメント欄を確認してみると、



『ホントウニソウカナー』


『さすプロ』


『これはもうさすプロでいいだろ』


『野性的勘なんかねこれ』


『本日のさすプロ』



 やはりこの路線で正解らしい。俺は息を吐いてから、改めてナツカに言う。



「一理あるな。じゃあ、思い切って『飛行』じゃなくて『降下』始めんぞ」


「了解ですよ!!」



 ……まぁ、大正解サービスってことでご褒美くらいはくれてやってもいいかもな。

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