30:腹が減っては探索はできぬ ③/噛み合わない空中戦
「お待たせいたしました」
クロとナツカの視線の先──やってきたのは店主のコロネではなく、メイド服を身に纏った
コスプレ用のミニスカートなそれではなく、足元まで伸びたクラシカルなタイプのメイド服。黒髪のメイドは、真面目そうな表情のまま曲芸みたいに両手にお盆を構えている。
「黎明期の『ダンジョンディッシュ』が
ウェイトレスが器用に料理を置いていくのを横目に、ヴィヴィアネは滔々と語りだす。
「一つは、既存の料理の再現。似たような食感や味わいのものを選別して、既存の調理法を工夫して『知っている味』を作り出そうとするもの。そしてもう一つは、迷宮でしかできない特殊な調理を新たに生み出そうとするもの」
ヴィヴィアネの説明に、クロとナツカが首を傾げる。これについては、クロも本心からの疑問だった。何せキララにとって、食とはエネルギーの補給でしかない。味の探求を目的とした探索者達のもう一つの戦いの歴史は、キララにとっては無縁の分野だった。
ヴィヴィアネはその反応自体は特に気にせず、
「後者の礎を築いたのが、コロネちゃんを始めとした初期の『ダンジョンディッシュ』でねぇ……。当時は『ダンジョンディッシュ』なんて名前すらなかったけどぉ」
「とすると……もしや、この料理が?」
ナツカはもう興味津々になって、目の前に供された料理を凝視している。
──確かに、提供された料理は一目見ても通常のそれとは違う造りになっていた。
一つはサラダのようなもの。
ただし葉と思しき素材はまるで魚の開きのように包丁で切り拓かれ、生の刺身のようなみずみずしさを見せている。
一つはステーキのようなもの。
しかし見事に焼き色をつけられたステーキは何故か椀の中に盛り付けられ、今も置かれた時の振動で震え続けている。
一つはスープのようなもの。
もっとも本来液体であるはずのそれは、スプーンを入れるとまるで磁石に反応した砂鉄のように固形的に張り付いてくるが。
それぞれが地球の素材の常識では考えられない振る舞いを見せる『異界の料理』。それを、その異様を呑み込ませてなお魅力的に映す技量──それが一目見て分かる料理になっていた。
高級料理店らしいコース料理の風情ではなかった。探索者の食事にそうした格式は似合わない──シェフであるコロネの拘りの一つである。
「えぇ。素敵でしょぉ? ……この素材の挙動分析は、まさに『調査』系のわたしの仕事でねぇ。さっきコロネちゃんが貸しとか借りとか冷たいコト言ってたでしょ? アレはあの当時のことを言ってるのねぇ」
「……本当に、色んなスタイルの根っこにあるスタイルなんですね、『調査』って」
少し得意げに言ってみせるヴィヴィアネに、クロは感嘆したように頷く。それから間を置かず、クロはずいと身を乗り出して、
「ちょっと気になったんですけど、ヴィヴィアネさんがこれまで探索してきた中で、これは印象に残ったなっていう『成果』があったら教えてほしいなって」
「いいわよぉ? でもまぁ──その前に、食事にしちゃいましょ? せっかくの料理が冷めちゃうものねぇ」
「待ってましたよ!!」
窘めるように微笑むと、ナツカは一目散に食事に手を付ける。クロの方も、やや照れ臭そうに笑った後に食事を始めた。
その様子を──正確にはクロの様子を見て、ヴィヴィアネは改めて思う。
(…………やっぱりこのコ。物怖じしなさすぎるわねぇ)
ナツカはいい。彼女は物が違う。ヴィヴィアネの尺度で言わせてみれば、彼女は『天才』である。その精神性については、アレコレ考えても無駄だ。
ただ、クロはそうではない。もちろん優秀ではあるが──ヴィヴィアネにとって、彼女の精神性は、あくまでも常識的で一般的な範疇に留まる。そんな『少女』が、突然こんな高級店に連れられ、『調査』というスタイルの重要性をこれでもかとばかりに強調され、そしてそのスタイルの重鎮が親し気に接して来たら、どう考えても物怖じする。というか、しなければおかしい。
だというのに、クロは物怖じするどころか、むしろ自分からヴィヴィアネに切り込むような問いかけをしている。ヴィヴィアネから得た知見を己の血肉にしようとしている。それは少し勇み足なほどだが──そこは若々しい可愛げだとヴィヴィアネは思っていた。
(おそらく、ではあるけれどぉ…………キララを通じて、クロちゃんも任務について知っている……? その上で情報収集に徹しているのであればぁ……)
いくら戦闘に優れているとはいえ、ただの新人ダイバーがこれほど前のめりにベテランに食らいつける理由。それは、ある種の目的意識だと考えられる。
たとえば、師匠であるキララから『多分そっちにヴィヴィアネっていうベテランが接触してくるから、少しでも情報を集めておいて』と言われれば、弟子であるクロはその依頼を果たそうと多少空回りしてでも頑張るはずだ。
──実際には、ヴィヴィアネの威圧的意図を正確に認識しているがゆえにやや気圧されつつも本来の目的を遂行しようと頑張っているだけなのだが、そもそもクロ=キララという前提情報を知らないヴィヴィアネはそこの齟齬に気付けない。ある意味で的外れの、しかしある意味で鋭い回答へと辿り着いていく。
(そして、もしわたしの推測が正しいのなら。……キララもわたしも、クロちゃんとナツカちゃんを利用しようとしているって点ではお互い様だけどぉ……罠の一つでも仕込むくらいはしてもいいわよねぇ?)
そして、その裏を突くための策を練る。
キララがクロを通してヴィヴィアネの情報を収集しようとしているならば、クロに偽情報を流してやればいい。そしてその情報を以て動いたキララを、ヴィヴィアネが叩く。
(ずっと追われる立場っていうのも癪だものねぇ。まずは最初にひと当てして、こちらだって追う立場になれることを突きつける。それでこそ、フェアってものだわぁ)
内心で好戦的な笑みを浮かべながら、ヴィヴィアネはクロへと切り出す。
「それで──印象に残ってる『成果』だったっけぇ? そうねぇ……そう言われると、けっこう難しいかもしれないわぁ」
頬に手を当てながら、ヴィヴィアネは溜息を吐く。
それを見たクロが、一瞬だがピクリと眉を動かしたのを、ヴィヴィアネは見逃さなかった。
(……チッ。演技臭さを悟られた? この子、会話の経験値は低いくせにこちらの挙動や意図を読むのは異常に上手いのよねぇ……。師匠の薫陶かしらぁ)
内心舌打ちしながら、ヴィヴィアネは軌道修正していく。
「何せ、色々あるからねぇ。古いのだと、基本法則・第六項『致命的破損時の迷宮退去』で分断された四肢や装備が本体と共に退去される距離・時間の法則性……とかかしらぁ」
「えっ!? あれヴィヴィアネさんが見つけたんですか!?」
「まぁねぇ。いちいち『大空洞』に戻されるから、検証が本当に大変だったわぁ」
あえて昔話をしたのは、分かりやすい『偉業』を引き合いに出すことで話題そのものへの興味を惹きつけ、話題運び自体の意図を見えづらくするためだ。
それに『古いもの』を出せば、次に『新しいもの』を出すのも話の流れとして自然になる。
「逆に、新しいものだと『ウィステリアフィールド城塞』のギミック解析になるかしらねぇ。先へ進んでいても、特定の道順を通らないといつの間にか最初の地点に戻ってるってやつ。戻る時の空間歪曲の法則性。確か、アレで『DTA』のワールドレコードが塗り替わったとかって聞いたけどぉ……」
ヴィヴィアネは口元を扇子で隠しながら笑って、
「空間歪曲への干渉次第では、逆に城の方が破壊されちゃうのよぉ、アレ。検証中に出くわした時は、思わず笑っちゃったわぁ。何せ私と
「ええっ」
失敗談を話すヴィヴィアネに、クロは分かりやすく驚いたリアクションをとる。
この体験談自体は、迷宮省にも報告したれっきとした事実である。『スタートに戻す意図のギミック』に逆らうことで結果として意図していないはずの破壊が生じるというこの解析結果は、ギミックの想定外運用の可能性──ひいてはギミックの『想定』とは誰によるものなのか? などの議論を迷宮省に齎した、象徴的な成果だった。
──事実は、此処まで。
上等な料理に一滴の毒を垂らすように、ヴィヴィアネは続ける。
「お陰で、『WF城塞』の他のギミック調査も見直しがかかってねぇ。だから最近はしばらく『WF城塞』で調査してるのよぉ。前の案件は一段落ついたけど、次もまた『WF城塞』に行く予定ねぇ」
実際には、『WF要塞』の調査は既に終了している。
彼女が今日まで調査に赴いていたのも、全く別の迷宮である。しかし、秘匿性の高い『調査』系探索の内容は、調べようと思っても調べられないものだ。ヴィヴィアネは笑みで嘘を吐き通した。
「──へぇ、大変ですね……。何か手伝えることがあったら言ってください。
「あら、頼もしいわぁ。それならそのうち、人手が必要な仕事があったら頼むかもしれないわねぇ」
クロは、明確な『次の一手』に繋がる情報を前にしても少しも反応しなかった。いや、瀬波の目的を考えれば、反応を抑えたというべきか。
だが、その反応の平坦さが逆に、ヴィヴィアネの疑念を確信に変えた。
(やっぱりぃ。もし何も知らないなら、『手伝えることがあれば言って』なんて先回りした対応は咄嗟に思いつかないはずよぉ。気圧され気味の新人ならなおさらねぇ。精々が、苦労をねぎらう程度……。ここまで言えるのは、明らかに『回答を準備してきた』証拠……)
ゆえに、ヴィヴィアネは決断する。
(……これで、クロちゃん達の裏にいるキララは『WF城塞』に的を絞って行動するはずよぉ。流石に相手の指定した迷宮に直接乗り込むのは避ける? あるいは罠を覚悟で突貫する? もしくは、わたしの思惑に気付けない? いずれにせよ、行動範囲が狭まった分予測は容易……。そしてわたしには、次元を貫通して移動する
次なる一手。
クロの言動の些細な違和感からそれを掴み取ったヴィヴィアネの手腕は、その来歴に相応しいものだと言えるだろう。しかし一方で、彼女は一つだけ誤算があった。
それは──対手、その認識。
◆ ◆ ◆
おかしい。
ヴィヴィアネさんの方針が、途中から変わっている。
料理が来るまでは、俺を通してキララの情報を取ろうという動きをしていたはずだ。だから俺は、ヴィヴィアネさんの情報が零れそうな塩梅でキララの動向をリークするつもりでいた。
だが、料理が来てちょっとしてからは、明確に俺への探りが少なくなった。相変わらずプレッシャーはかけられている気がするが、情報提供自体はすごくスムーズだ。
これは……もしかして、俺達の方が依頼を受けた主体だとバレている?
いや、もしそうだとしたら、ヴィヴィアネさんの性格上それをはっきりと伝えて来ると思う。何せ彼女は、俺達のことは新参ダイバーだとある意味ナメているからだ。
…………別にネガティブな意味ではない。むしろ、ヴィヴィアネさんは俺達のことを後輩として尊重している。高級店に連れ出すのも、自分の知見を惜しみなく差し出すのも、先達としての意識の表れ。しかしだからこそ、ヴィヴィアネさんは俺達に対してある種油断しているのだ。
そんなヴィヴィアネさんが俺達の企みを看破したならば、おそらくそれをはっきりと伝えて、作戦失敗の宣告とやり直しのチャンスを与えるはず。
そうなっていないということは……俺達が依頼を受けていることはバレていないはずだが……、……あ!!
もしかして、キララと俺達が繋がっていると思われているのか!?
可能性はある。というか、結構高い。何せ
……なんで今まで気付けなかったかな……。いや、気付けないようにされていたんだ。ヴィヴィアネさんの話術で、そこに意識がいかないように誘導されていた。
だが、そうなるといよいよ『WF城塞』の情報も真実か怪しいな……。
だが、確認しようにも俺達には『WF城塞』に行く動機がない。『WF要塞』は高難易度の迷宮で、今の俺達(というかナツカ)に適した難易度ではないからだ。
それなのに無理に挑むのは、明らかに不自然すぎる。下手に『WF城塞』に足を踏み入れたら最後、流石にヴィヴィアネさんも俺達が刺客だと気付いてしまうだろう。そうなれば、ヴィヴィアネさんは俺達を襲撃して後は雲隠れ……みたいな可能性だって十分ある。まだ『
……が、全く反応しなければヴィヴィアネさんは違う動きを始めるだろう。そうなれば、次が予測できない。せっかく手に入れたこの会食の成果が水の泡になってしまう。
うーん……。…………どうするべきか……。
──そんな風に、表面上は和やかに食事しながら、内心で考えあぐねていると。
心底幸せそうに迷宮料理を食べていたナツカは、上機嫌そのものといった調子でこう言ったのだった。
「いや~、こんなによくしてもらって、流石のナツカさんも頭が上がらないですよ。今度お礼の品をお渡ししようと思いますよ。ね、クロ。いいでしょう?
いやお前な、そんな能天気なノリで敵地に乗り込みましょうなんてそんな話……。
………………。
………………そ、その手があったかぁッッッ!!!!
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