27:亀裂の向こう側から/貴婦人は優雅に企む

 絶好のチャンス──俺がそう思ったのは、ヴィヴィアネさんを目視した瞬間のみだった。


 チャンス? いや……こちらに都合が良すぎる! 仮に偶然だとしたら、ヴィヴィアネさんとの遭遇がいくら何でも早すぎだ。経路も動機も分からないが、ヴィヴィアネさんはと考えるのが妥当だろ!!



「初めまして、ナツクロちゃんねるのクロです。おら、お前も」


「あっ、はい。ナツカです。よろしくですよ」



 思考を必死に巡らせながら、俺は表面上は平常を保ちつつヴィヴィアネさんに挨拶する。


 ……向こうが俺達に接触の意志を持っているのは確定とみていいだろう。

 とはいえ、『捕獲』の任務のことまでバレているとは考え難い。そこに推理を至らせるためには、最低でもクロかナツカと心春さんの繋がりを把握している必要があるからだ。

 だが、クロにしろナツカにしろ、心春さんとの繋がりは外から見たら極めて薄い。精々、ナツカが本名顔出しで活動しているところから、心春さんの妹だと調べをつけて……というルートくらいだが、その繋がりから任務のことまで思い至るのは不可能だと思う。



「元気がよろしいわねぇ。わたしも、アナタ達のファンなのよぉ。



 ……。あとは、単にナツクロチャンネルに対する好奇心からという可能性……と考えるには、いくら何でも態度が白々しいよな。ナツカはすっかり信じ込んで気をよくしているようだが……。



「光栄っす。ヴィヴィアネさんって、『調査』の分野で凄い結果を残されてる人なんですよね?」



 …………いや、ひょっとして探りを入れているのは俺達に対してではなく、……?



「まぁねぇ。一応、『御三家』とかって呼ばれているわぁ。でも、結局狭い界隈での称号だしねぇ……。アナタ達はそんなに気にしなくてもいいわよぉ」



 心春さんがキララを勧誘しようとしていたことは、迷宮省所属の人間ならば知っていてもおかしくない。それどころか、嘱託探索者でも知ることはできるだろう。現にKaleidoさんはあの日ミカルダ生命街にいたしな。

 そして、心春さんが忙しくて手が空かないとなったときに、自分のもとへ差し向けられる──それに足る実力を持った探索者として第一候補にキララが挙がるのは、さして不自然ではない。



「謙虚……なかなかのプロですよ」


「謙虚がプロの仕草ならお前終わってるだろ」


「くふふふ……配信で見るより、面白いコたちねぇ……」



 そしてクロは、そんなキララの弟子である。キララの動向を伺う為にまず接触する先としては、一番妥当ではないだろうか。

 さっき、社員から連絡を受けたと言っていたのも、元からクロに目をつけて情報を提供するように馴染みの取引先に頼んでいたのなら、納得がいくスピード感だ。

 ……もちろん断定はできないが、現状こっちが考慮できる推測の中で一番可能性が高いのは、これだろう。

 


「あ、もしかしてお仕事の邪魔しちゃいましたかね」



 そう言って、俺は意図的に一歩退く。

 ……今は、ヴィヴィアネさんに接触することよりも、を探る方が優先だ。もし彼女が本当に俺に接触してきたなら、俺との接点が消えるのはあまり望ましくないはず。



「気にしないで、気にしないで。二人とも『潜り売りパドリング』のことを取材したいんでしょ? ならわたしのやりとりを見てるといいわぁ」


「あっ、いいんですか? ありがとうございます」


「目で見て盗ませてもらいますよ。プロとして……」


「何をどう盗む気なん?」



 ……俺達を押し留めるどころか、むしろ取材をしてこいとまで言う。これは……かなり大盤振る舞いだな。俺達と、少なくとも表面上でも好意的な関係を築きたいというのは間違いないらしい。



「さ、そういうわけだから丸くん。新参探索者ルーキーに見せても恥ずかしくない綺麗な取引をしましょ?」


「勘弁してくださいよ……」



 親し気に呼ばれてたじたじの軒丸瓦さんを横目にしながら、俺は思う。

 ……そっちがその気なら、こっちも精々、今後の為の準備に邁進させてもらおう。




   ◆ ◆ ◆




 ──異界迷宮ダンジョンからに戻らなくなってもうすぐで一年になろうとしていた。


 ヴィヴィアネは、異界迷宮ダンジョン全体の歴史から見ても、最古参に分類される探索者だ。

 まだ異界迷宮ダンジョンの安全性が証明されるよりも前。そんな正しく『黎明期』に潜り始め、そして平定すらされていない剥き出しの迷宮を踏破してきた生え抜きの探索者だった。

 そしてそんな彼女にとって、浜辺心春はもうじき一〇年来になる友人であった。

 あの剥き出しだった頃の異界迷宮ダンジョンで出会ったヴィヴィアネと心春は、歳が近かったこともありすぐに打ち解けた。ヴィヴィアネの性格を、心春があっさり受け入れたことも大きかっただろう。やがて心春は迷宮省の職員となり、ヴィヴィアネはそんな彼女に付き合って迷宮省の特別嘱託探索者となった。


 就職は、しなかった。

 そんなものをしなくても、『調査』によって得た莫大な情報の報酬によって、不自由ない生活を送れる程度の富は得られていたからだ。

 それでも、金銭が絡む直接手続きが必要な作業があったのでかつてはちょこちょこ戻ってきていたが、ここ五年で異界迷宮ダンジョンにもキャッシュレス決済が普及し、本格的に企業が参画してくるようになった。こうなってくると、いよいよもってに戻る理由がなくなってくる。


 それでも、異界迷宮ダンジョンだけでの友人ではなく最早での友人でもあった心春はことあるごとに彼女をに引き戻し、雑多な手続きの後押しをしてくれた。

 それはヴィヴィアネにとっては煩わしいことではあったが、同時にでもあった。



 ………………。



 歴戦迷宮ランクマッチのキララというダイバーを意識するようになったのは、ここ最近のことだ。

 心春とはこまめに連絡を取り合う仲であるヴィヴィアネは、彼女がキララの力量に惚れこみ、熱心に勧誘を試みていることを知っていた。そして、すげなく袖に(というか無視)されていることも。



『…………ふぅん。コハはこういうのがいいのねぇ』


『ああ。鋭いだろ? 見てくれ、この時点でキララくんは既に詰みの局面まで手を読んでいる』


『確かに、なかなか強そうなコだわぁ。よく見つけたわねぇ、こんな掘り出し物』



 ………………。



 そんな折、ヴィヴィアネは心春から『今年はヴィヴィアネへの対応はできなくなった』という連絡を受けた。

 理由は多忙。世界を救った『とある少年』としての側面も持つ心春は、新人発掘や後進育成以外にもさまざまな『救世の仕事』をしなくてはいけないのだ。

 心春も、そうやって忙殺されないために新人発掘や後進育成に力を入れていた節がある。だが、今回は間に合わなかったのだそうだ。

 ただ、ヴィヴィアネとしては別に、の世界での手続きがどうであろうと知ったことではない。友人が直接会いに来て連れ戻してくるから仕方がなくやっていたことであり、そうでないなら放置で良い。その程度のものでしかない。


 そしてヴィヴィアネは、心春がそんな自分の心理を予測して手を打ってくることも予測していた。



(コハはああ見えて、誰かを頼るのが苦手だしぃ。となると、依頼をするのは自分が力量を信頼した誰か……)



 『亀裂』に腰かけて、ヴィヴィアネは自分達の前でわちゃわちゃと話している少女達を眺める。

 話したことに嘘はない。ヴィヴィアネはきちんと彼女達の配信を見たし、先達として好意も持っている。よくしてあげたい、とも。

 しかし、その上で。



(…………それは十中八九、歴戦迷宮ランクマッチの頂点……わたしと同じ、各スタイルにおける『最強』の一角、キララ)



 明確な対手。

 その存在を認識し、ヴィヴィアネは内心でだけ好戦的な笑みをこぼした。



(面白いわぁ。相手になってあげる。その為にも、差し当たって、このコ達から情報を得る。…………まずは腹の探り合いと行こうじゃない。当代最強)



 かくして、ここに盤面は確立する。

 ただし、ほんの少しだけ、誰にも制御できないねじれを孕みながら。

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