16:急転直下/選択は曇天の下で
翌日は学校なので、俺達は普通に登校した。のだが──
「夏花、夏花! 動画見たぞー! なんか凄いバズってんじゃん!」
「……正直、驚いた……」
「ふふん。まぁそれほどでもありますよ」
既に、昨日の件は知れ渡っているようだった。いや、
「え? なになに? 夏花ちゃん何かやってんの?」
「なんだよ浜辺何やってんのー!?」
……クラスでそんな風にやいのやいのやってたら当然のごとく全体に流れが波及するので、結局は同じことなのだが……。
ナツカの友人同士の会話から、陽キャ軍団も騒ぎを嗅ぎつけてきた。ナツカの場合、陽キャと普通に接点もあるタイプの陰キャだからこういう時に陽キャが気軽にポップしてくるんだよな。ああ、人混みの中心にナツカが…………そんで人混みに揉まれながらもノリノリな感じでいるんじゃないよ! 少しくらい困れよ!
……いや、あやつが困っていないならそれでいいか。俺としては、そのバズりの震源に自分がいるからマジで戦々恐々としている訳だが……。……それに、一回ナツカに身バレしてるし。次また誰かに速攻で身バレしないとも限らない。
「まぁまぁ、ナツカさんはそんないっぺんに質問には答えられないですよ。あと相棒のクロについてはプライバシーもあるのでお答えできませんよ」
相棒ではないが……。
ただ、ナツカはナツカできちんと俺の正体は隠しつつやっていってくれているみたいだ。最初のリテラシー意識の壊滅ぶりからすると、革命的なまでの改善といえるだろう。
とりあえず、一般陰キャの俺にできることはない……。そう考え、クラスの喧騒の中心となったナツカから視線を逸らす。
朝の時間は、そうやってカオスなままに過ぎて行った──。
◆ ◆ ◆
「ようやっと解放されましたよ……」
「お疲れさん」
そして放課後。
誰もいない空き教室にて、俺はナツカと合流した。流石のナツカも、一日中話題の中心にいると疲れるらしい。もっとも、調子に乗ってノリノリで応対していたからこうなった感もあるので、自業自得といえば自業自得だ。
とはいえ、クラスメイト達も一日経つ頃には流石に飽きて来たのか、帰りのHRの時にはもう既に喧騒も粗方落ち着いていたのだが。
普段、俺達は
それは陰キャであるところの俺がナツカと一緒にいるところを見られると色々面倒くさいとか、そもそも一緒に行動するのが
「……しっかし、どうしたもんかなぁ。あのバズりよう。下手に
昨日、秋篠さんが投稿した俺の
その関連で、インターネット上では俺及びナツカは一体何者なのか? という疑問がにわかに話題になったのだった。実際には単なるダイバー準備中の一般人なのだが、話題にする人が増えればとんちんかんな話も出て来るわけで。そしてSNSというメディア媒体は、そうしたとんちんかんな話も等価に扱ってしまうものだ。
結果、俺及びナツカが何者かという推測の答えは錯綜してしまい、何となく時の人っぽくなってしまったのだった。
それの何が困るって、おそらくこのままの状況で行くと、デビュー準備中の人達がめちゃくちゃやってくるんだよな。
いやらしい話だが、デビュー準備中の人達は少しでも自分達への注目度を集めた状態でデビュー配信がしたいのだ。だから、注目度の高いデビュー準備中の探索者がいたら、積極的にコラボを申し出て来る。
それ自体は、悪い話とも限らない。その分色んな人と知り合えるし、その動きの中心にいるというだけでさらに注目を集めることができるわけだしな。
ただ、流石にこの規模の話題になってしまうと、変な人に絡まれる可能性だって出て来るし、そもそもこっちの窓口のキャパをオーバーしてしまう。
「秋篠さんにも悪いことしちまったしなぁ」
秋篠さんもまさか此処まで大事になるとは思っていなかったらしく、あのあとナツカのDM宛てに謝罪が飛んでくるほどの事態だった。
ちゃんと許可取った上で動画を上げてたんだし、秋篠さんが悪いことなんか何もないのにな。優しい子だ。
「DMの方も、流石にパンク状態だし」
クロのアカウントの方は、あの動画がバズった時点で非公開設定にしてある。
その為、様々なDMがナツカに向かって殺到している形になるのだが……数件程度ならまだしも、数十件ものDMは流石に捌ききれない。ナツカのアカウントは俺も共同管理する形で扱えるようにしているが(探索動画を投稿するため)、俺の手を使ったとしても無理な話である。
「まぁ、注目度を集めるって意味じゃ十分デビュー準備中の目標は達成できたし、悪くない流れかもしれないが。あとはデビュー配信の日付だけ告知しちまって、
「…………それなんですけど」
今後のことを色々と考えながら教室の窓の外を眺めていると、それまで俺の話を聞いていたナツカがおもむろに口を開く。
ん? 何か妙案でもあるのか?
気になってナツカの方に視線を向けてみると、ナツカは何やらうっすらと笑みを浮かべてこちらを見据えていた。
「なんだ?」
「実は、もうせなみさんには『クロ』として
…………は?
「だってほら、見てください。クロに対するコメント。バトルの腕に関する誉め言葉がいっぱいですよ。キララちゃんに対する言及も……同一人物って言ってる人は見つかりませんけど、でも影響を受けてるって言ってる人はちょっとだけいます」
「それは……」
「これ以上やったら、同一人物疑惑が出て来るかもしれないですよ。それに、さっきせなみさんが言った通り、デビュー準備の目的は十分達成できましたし、ナツカさんとの約束はしっかりと果たせてますよ」
ナツカは、笑みを浮かべながらそう言った。
…………確かに、その通りではある。
そもそも俺のナツカへの協力は、デビュー準備までという約束だった。デビュー準備っていうのはデビュー配信に集まる人を確保するためのものなのだから、バズによってそれが満たされた以上、デビュー準備が完了したと言ってもいい訳で……。
「それに、ナツカさんのアカウントへのコメントはだいたいナツカさんが電流を浴びたりしてるシーンを面白がっている声です。フランさんのアカウントにはクロへのコメントがいっぱいですけど……ナツカさん自身を印象付ける作戦は十分成功してると言えるでしょう」
「…………そうだな……」
アカウントへのコメントを見る限り、確かにナツカ自身のことを推すファンもかなりいる。このままデビュー配信を迎えても、俺への言及は多くはあるだろうが、そうした声にナツカへの声援が押し負けることはないと思う。
そういう意味でも、当初の危機感は大分払拭されている、か……。
……あ、でもまだ……。
「……、そうは言っても、お前、まだ撮影ドローンとか……」
「それも、もちろん解決しましたよ。異能バトルのプロであるナツカさんをあまりナメないことですね」
胸を張りながら、ナツカはカバンから金属のような光沢を持った棒を取り出す。アレは……異界物質製のパイプ、か? よくあんなもんを……機械系の
「確かに、ナツカさんはまだドローン操作がニガテです。ですが……安定した操作ができないなら、固定してあげればよかったんですよ」
そう言って、ナツカは棒を組み合わせる。
「『
そして、自分の肩に棒をあてがって見せた。
「この『接着』を利用します。こうやって身体に棒を繋げて、その先に撮影機器をさらに『接着』すれば、たとえ操作がへたくそでもきちんとナツカさんのことを映せるはずですよ。固定されているから、アングルを変えるのもへたくそでもできますし」
「……いや、お前の
「ここ最近、クロと一緒にいっぱい探索をしましたから。ナツカさんも、屁理屈が上手くなったんですよ?」
フッとナツカは笑った。
…………あ。この前ナツカの家に行った時に俺が話した解釈の拡大を……!?
「そういうわけなので、撮影問題も当面は問題ないと思いますよ。もちろん、いつまでもこれでやっていくわけにはいきませんけど……。でも、クロがいないと配信もできないというレベルではなくなりますよ」
「…………………………そうか」
「これ以上、せなみさんに迷惑はかけられないですし」
そうか…………。
ナツカもナツカで、色々と考えたり、工夫したりしていたんだな。そうか……。じゃあ、本格的に俺が危険をおかしてまでナツカと一緒に探索する理由もなくなるわけだ……。そうか……。…………そうか…………。
「だから、安心してください。ナツカさんは一人でもちゃんとやってみせます。クロが心配しないように!」
………………。
いや、まさかあのナツカがここまで立派になるとはな……。デビュー準備も順調に進んだし。Kaleidoさんの記事は気がかりだが、むしろバズのお陰でナツカと俺への興味が別個に切り離されたとみることもできる。影響は限定的かもしれない。
いやいやいやいや、実に喜ばしいことだ。まさかあのポンコツがほんの一週間あまりで此処まで成長してくれるとは。俺って実はプロデューサーの才能とかあるのかもしれんね。
「……ああ。応援してるぞ。またポカやらかしたら、その時は慰めてやらんでもないから」
「ナツカさんを何だと思ってるんですか?」
「ポンコツ」
「心外!!!!」
そうして、俺はナツカと別れて帰宅し。
嵐のような激動の数日間は、あっけなく幕を下ろしたのだった。
◆ ◆ ◆
「うーん、今日も楽しかったね~☆」
──帰宅後。
俺は、キララとなってランクマ配信をしていた。
特に配信告知はしていなかったが、ここ数日は日課のように
現在、七戦七勝。
配信開始から二時間ほど経過しているが、今日は俺の調子が良いのか、他の連中の調子が悪いのか。どいつもあっさり倒してしまっている状況だった。
今は、対戦を一旦切り上げて『ミカルダ生命街』にあるホテルの一室で雑談をしているような状況だ。
『なんか今日機嫌悪い?』
「ええ~? キララ、別にいつもどおりだよ?」
『さっきボコられた「鑑定」使いです。今日はいつにも増して苛烈だった…』
「あ、プル民さん対ありでした~☆ キララ全然いつも通りのつもりなんだけどな~? あ、でもゲリラ配信やっちゃうくらいだから、テンションは高いかも?」
『ゲリラ配信たすかる』
『最近、配信頻度高いよね』
「あは☆ まぁね。別に特に理由があるわけじゃないんだけど、ちょっと前まで頻度低くなってたかな~とキララも反省したわけですよ。みんなとお話したいしね」
コメントを読みながら、俺は手慰みにホテルのベッドのスプリングを軋ませる。
ギィギィと耳障りの悪い音を聞きながら、
「だからって訳じゃないけどさぁ。これから、もっと色んなことに挑戦してみようかな~って思うんだよね。分かんないけど。ほら、キララちゃんももっとBIGになろー的な?」
『最近ランクマ勢っぽい新人女子がバズってたしな、色々やるといいかも』
『あれやっぱりキララちゃんの関係者なの?』
「……、今やってる歌枠もいいけど、ライブとかやってみたいよね~。ああいうのってやるの凄い大変らしいけどさ」
ナツカ関連のコメントが来たのを無視して、俺は話題を切り替える。
こっちが話題に出してねえのに他の配信者の話題を出すんじゃねえ。マナー違反だろうが。
ただ、話題転換としてライブを持ち出したことが、功を奏したらしい。そこを皮切りにコメントが一気に流れ始める。
『うおおおおおおおおお』
『ライブ!?マジ!?ついにやる気になってくれたか!!』
『これはキララの時代来たな』
『企業所属になったりするの?』
「企業とかはまだ何も。そういうオファーとかも今は来てないしねー。でも、そういう方面への新しい挑戦も悪くはないかなって思ってるかも☆」
適当に誤魔化しながら、俺はコメントの流れをなだめる。
その後は、もう一戦やる気にもなれず……。三〇分ほど雑談したあと、結局配信は切り上げたのだった。
◆ ◆ ◆
「……あ~あ」
『ミカルダ生命街』。
先程雑談していたホテルの屋上、その貯水槽の上に腰かけて、俺はぼんやりとしていた。
『ミカルダ生命街』の空は、常に雲で覆われている。常しえに曇天の無人街。それが、この迷宮の本来の特徴だ。もっとも、今はランクマ勢によって有人街となっているが。
ナツカとの約束を果たして、手持無沙汰になったのでランクマ配信をしてみたものの……なんとも、張り合いのない戦いだった。
流石に俺も、自分の強さに無自覚じゃあない。俺は強い。それも、物凄く。少なくともこの数か月、ランクマでは変則ルールとか極端な不運(前の人の戦闘で発生したガスに引火とか)以外で敗北したことはないし。
だから、俺より強いランクマ勢なんてほぼいないということも、分かっている。これは俺が凄いというよりは、シンプルにそれだけ長い間戦い続けていたという経験の蓄積だと思う。
とはいえ、現状については満足している。
幼い頃に夢見た『とある少年』のようにとはいかなかったが、理想の一〇〇%を実現するなんてことは現実には不可能だし。俺は俺で、キララとして活動していく今の自分から抜け出したいとは全く思っていない。
ただなぁ……。…………なんというか、今更になってマンネリを感じ始めてしまったというか。
う~ん、なんか調子がよくないな。
さっさと家に帰って、今日はもう寝るかな……。
そんな風に思って、貯水槽から飛び降りようとした瞬間だった。
────いる。
正体は分からないが、何か途轍もなく強い存在が。
この感じは……あの日、ナツカの家で感じたのと同レベルの……。
「…………初めまして、ですかねェ」
空。
弾かれたように視線を上空に向けると、曇天を背に二人の女性が浮かんでいた。
一人は──知っている。極限まで活動的に改造したビジネススーツを身に纏った女性、迷宮記者のKaleidoさんだ。
一瞬ぎょっとしたものの、初めまして──即ち俺との面識を認識していないということで、身バレではないとほっと一安心する。
そしてもう一人──フルフェイスのヘルメットに、パンツスーツを身に纏った長身の女性だった。
腰に黒い長剣を差した姿はあまりにもアンマッチだったが、何故か不思議と様になっていた。
「申し遅れました。私はKaleido。迷宮記者をやっております。こちらは──」
「──迷宮省の者です。名前は……そうですね、コハル、です」
…………迷宮省……コハル……心春さん!?
いや……しかし……騙り……Kaleidoさん経由で? ないだろ……とすると本物の……!?
俺が何も言えないでいると、心春さんは屋上に降り立ち、そして宙に浮いているKaleidoさんに声をかける。
「ありがとうございます。では、下がっていてください」
「残念。……キララさんとはまたいずれ個人的にお話させていただきたいですねェ。では……」
フッ、と。
Kaleidoさんは一気に速度を上げて、雲の向こうへと消えてしまった。
後に残されたのは、俺と心春さんのみ。
俺は必死で表情を取り繕いながら、
「迷宮省の人? え~と、はじめまして、でいいのかな??」
「もう外野はいないから取り繕わないでいいですよ。──いや、取り繕う必要がないのは私も同じかな?」
直後、音もなく心春さんのヘルメットが消える。
ヘルメットの中は、やはり現実で見た心春さんの顏がそのままにあった。
「ああ、妹と同じ扱いはしないでくれよ。職業柄、
「……………………、」
……この口ぶりは…………。
「周辺の誰かから聞き耳を立てられている心配はしなくていい。彼女──Kaleidoくんは迷宮省嘱託探索者の一人で、『通信』系の
「…………お気遣いは有難いけど、キララ何のことだかさっぱり、」
「瀬波凛音くん、だろ?」
………………!!!!
「……ああ、先に糾弾の意図がないことは明言させてもらうよ。きみの活動は全てにおいて問題ないし、責められるいわれなどない。私が言いたいのはそこではなく……きみの素性も事情も概ね理解しているということだ」
「……………………、」
……はぁ。ナツカの家に、迷宮省勤めの姉がいるって時点で出来過ぎているとは思っていたんだが、なぁ。
完全に隠すなら、一緒に潜っていることすらナツカに黙らせるべきだったか? いや、家に遊びに来たのがバレた時点で、か……。ってことは、この流れは回避しようがなかったと見た方がいいな。精神衛生的にも。
俺は観念して、両手を挙げる。
「……そうね、心春さんのおっしゃる通り。言い逃れもしませーん」
「…………? 口調を取り繕う必要もないと言っているんだが」
「これは矜持だから☆」
「………………すまないね。そういう機微には疎いもので」
中身がバレた程度で、キララの姿で野郎の口調を吐くわけないだろ。俺はプロの荼毘配信者だぞ。ナメるなよ。
「それで? キララの素性を暴いた上で、心春さんはどんな要件があるのかな?」
「……ああ。話が早くて助かるよ」
気を取り直して、俺は心春さんに問いかける。
何でバレたんだとか、ひょっとしてこの前のメールも心春さんなの? とか、気になる点を挙げればきりはないが……こういうときこそ、会話の主導権を握っておかないと、どんどん置いてけぼりにされてしまう。
そんな風に考えて何とか前に出た俺の心を突き放すように、
「迷宮省の仕事に興味はないか?」
──心春さんは、突然そんな話を切り出してきた。
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