最強ランクマ勢のTS娘、クラスのポンコツ美少女と一緒にチャンネルを始めたらバズりました。
家葉 テイク
第一部 結成! ナツクロちゃんねる
01:青天の霹靂/物語は唐突に始まる
『
忘れもしない。真夏の昼下がり。何の変哲もないあの日に、それは起きた。
アイスを食べながら見ていたテレビアニメの再放送が、一瞬にしてニュース速報に切り替わる。卑近な話だが、俺はそこで何かとんでもないことが起きたのだと認識した。
液晶の向こうの世界で勃発した異常。それが、
黒いもやが触れたところから、ビルやら公園やらの現代的な光景が、関係なく『夜空の闇』に塗り替えられていく。『夜空の闇』はやがて奥の方に極彩色の異星の煌めきを宿しだし、そしてその『向こう側』から、唸り声をあげて異形の怪物達がわらわらと湧き出て来る。それが、日本を始めとした世界の七カ所で勃発した。
世界の終わり──誰もが、もちろん画面の前の俺もそれを連想した瞬間、『とある少年』が現れた。
黒い剣を手に持った『とある少年』が、たった一人で無数の化け物を相手にする。世界中の様々な場所に現れては、人々の窮地を救っていく。
まさしく、救世の英雄。
どこから来た何者だったのかは、分からない。もしかしたら彼もまた異界の存在だったのかもしれない。ただ、その背に庇った人々を守る為に、必死になって奮闘している。当時の俺は、食べかけのアイスが溶けて床に落ちるのにも気付かないほど熱心に、液晶の向こうの見知らぬ少年の勇姿に釘付けになっていた。
結局、『
ただし、それで世界から異常が消え失せたという訳でもなかった。
『
一億六八一九万四〇五二ヶ所。
現在確認されている、
一方で、
『とある少年』の活躍で
つまり世界は、『
一度流れが作られてしまえば、あとはもう一直線だ。
突如世界に現れた
ゆえに個人も企業も国家も、あらゆる主体がそこから利益を吸い上げようと必死だった。誰もが躍起になって
そんな中で現れたのが、始祖である『とある少年』を模倣したムーブメント──即ち『
『俺なんて現実じゃ冴えない陰キャッスよ。このイケメンな姿だって、第三項の応用ッスし。此処だから、俺はこうやって「なりたい自分」で輝けてるんス』
テレビの中で、有名な
幼少の頃の俺は、異界に鎮座する迷宮の中にこそ、自分の輝ける場を見出していた。まるでサッカー選手やメジャーリーガーに憧れるように────俺は、ダイバーに憧れた。
幸いだったのは、歩いて行ける程度の近所に
だから俺は、子どもの頃から暇さえあれば
自分が、あの日テレビの中で見かけたダイバーが言っていた冴えない陰キャだったからというわけではないが。……決してないが。ないが! それでも、
長い時で、一日七時間。
自宅から徒歩一〇分以内の場所に『門』があるという立地を生かして、俺は
来る日も来る日も
己の
小学校を卒業した日も、修学旅行の自由時間も、高校の合格発表の日も、中学卒業の日も、俺は
そして、その結果────
「……投稿、と」
呟いて、俺は自分のパソコンで編集した配信の切り抜き動画を
グルグルと渦を巻くアイコンが数秒ほど表示され、そしてやがて投稿した動画のサムネイルが表示された。サムネイルには、太い字と共に明るい笑みを浮かべた美少女が誰かを蹴飛ばしている姿が映し出されている。
俺がそのサムネイルをクリックすると、動画ページに移動して動画が再生された。
動画の中では、サムネイルに映し出された少女が満面の笑みを浮かべながら、
『こんきらー! キララだよ!』
と、楽しそうに喋っている。
その様子を確認して、俺は満足げに頷き、こう呟いた。
「……うむ。今回も良い感じに可愛く映ってるな、俺」
────。
陰キャでもダイバーになれば輝けると信じて、八年近く
──美少女になって、
◆ ◆ ◆
いや、伏線はあったと言わせてほしい。
そもそも、『とある少年』が今も『とある少年』なんて呼ばれているのは何故か。それは、『とある少年』が正体不明のままだからだ。
そして、掛け値なしに世界を救った大英雄の正体が今も不明なのは何故か。それは、おそらく『とある少年』の風貌が本来の少年の姿とは全くかけ離れていたから、である。
かつて俺が見ていた有名ダイバーが『此処では「なりたい自分」でいられる』と語った意味は、果たして生き方の問題だったのか。シンプルな容姿の問題にも受け取れないだろうか。
つまり。
そしてこの風貌の設定というのは、別に服装や武器に限った話じゃない。流石に人間大の人型の範疇という限界はあるものの、その限界を超えなければ、ケモミミを生やそうが鱗を生やそうが──女の子の姿になろうが、自由自在なのである。
…………別に俺が特別おかしいというわけじゃない。こういう人種は、実は他にもいる。『ダンジョン美少女受肉』──略して『
もっとも、俺に女の子の身体になって楽しくなるという趣味はない。ないったらない。本当にない!!
いや、別にそういう趣味を否定するつもりもないが……俺が美少女の姿でダイバーをやっているのは、シンプルに『その方が色んな人に見てもらえるから』だ。
俺が主戦場としているのは
しかしこのランクマを主に視聴するのは、基本的に男ばかり。女性視聴者は殆どいないと言っていい。そうなると、ちょろっと現れる女性配信者は物珍しさ+可愛さによって、かなりの訴求力を発揮する。
とはいえ異性になることに対する抵抗だとか身体操作の勝手の違いだとかで、ランクマ勢で荼毘をやっている人間は途轍もなく少ない。というか、俺以外には見たことがないレベルだ。
その甲斐あってか、俺は現時点で二〇万人のチャンネル登録者という、ランクマ勢としては相当人気のある部類のダイバーとなっている。……まぁ、この業界上を見たらチャンネル登録者数一〇〇〇万人とか二〇〇〇万人とかザラだから、所詮は界隈内での有名人っていう程度なんだけども。
つまり、そういう合理的理由とそれを可能にする才能があるから必然的に女の子の姿で配信しているだけであって、そこに俺自身の趣味は一切介在していない。本当に一切介在していないんだぞ!
………………俺だって、最初はこんなつもりじゃなかった。
ただ、当時の俺は小学生でランクマというものに対してとにかく硬派なイメージがあったから、小学生の
……ところが、思ったよりもランクマ配信の視聴者層は美少女に飢えていた。
突如現れた美少女に界隈は湧き、なんかめちゃくちゃ褒められて……なんというか、俺はもう後に退くことができなくなってしまったのだ。
とはいえ、もう今更実は男ですなんて言えないし、自分の絵面を客観的に省みると地獄だし、リアルは変わらず陰キャだし、学校でも自慢なんてできるはずもないし……。
それでも、段々とちやほやされるのが楽しくなっていき、そうすると美少女としての自分にも磨きをかけたくなっていき、それが徐々に自分の拘りへと変わっていき……。
…………まぁ、別にいいんだけどな。
リアルでチヤホヤされたいとかは別に思ってないし、配信上で好きなこと思いっきりやって褒められるだけでも案外悪くないし。
リアルとネットは別──という古い格言があるが、今風に言えば『リアルと
ただ、こうしているとたまに思う。
荼毘って配信やってることがリアルでバレたら、普通に社会的に死ねそうだな──と。
「こうやってコメントの賞賛を眺めてると、そんなぼんやりした恐れも忘れられるけどなー…………」
自分を納得させるように呟いて、俺は投稿した切り抜き動画のコメント欄をチェックする。
切り抜き動画を投稿してからもうすぐ三〇分だが、事前に投稿予告をしていたこともあり、既にたくさんのコメントがついている。
『キララちゃんかわいい』
『
『ドンキチとコラボしてほしい』
『1ふぉめ』
『全然1コメじゃないし誤字ってるしボロボロだなお前』
『草』
『アングル管理が神』
『
『エチチチチチチチ』
『きわどいアングルは見せるけどパンチラはしないダイバーの鏡』
『鑑、な』
『昔ボコられたことあるけどスパッツ穿いてたぞ』
『へ、変態でごわす!!!!』
『通報しました』
ほとんどが容姿に関するコメントだが、中には俺の腕前について評価してくれている人もいる。
こういうコメントが配信や切り抜き動画を投稿するたびにバシバシつくのだ。俺の承認欲求は今、泉のように満ち満ちている。
『「照明」とかただの
『絶対リアルだとブス』
中にはアンチコメもあったりするが、これもこれで悪くない。インターネットに動画を投稿する以上、こういうやっかみは仕方がないものだしな。っていうかリアルだとブスどころか男だし……。
活動を続けて早数年。もう、こういうアンチコメも慣れた。というか、こういうアンチコメやそのツリーで繰り広げられるレスバも、それはそれで動画の賑やかしだ。なんか生態系を作ってるみたいで見てて楽しい。あんまりにも酷すぎるコメントは、投稿者権限で非表示にすることもできるしな。俺は基本的に非表示機能は使わないが。
──と。
スクロールしながらコメント鑑賞に勤しんでいた俺は、一番下──つまり最新のコメントを見て一瞬固まった。
突然だが……俺の名前は、
瀬波という名字は全国的にもかなり珍しいらしく、俺も親戚以外で出会ったことはない。なんでも北海道のあたりに行ったらけっこういっぱいいるらしいが……。
…………で、何で急にこんなことを考え始めたかというと。
『せなみさん?』
──そんなコメントが、ちょうど数秒前に投稿されていたのだった。
音速でコメントを非表示にし、対象ユーザーを書き込み禁止にしてから更新ボタンを連打する。今のコメントに反応したコメントは……なし。だが、瀬波なんて名字を何の確証もなくピンポイントで書き込むことはないだろう。いや確証があっても書き込むなよって話だが……。ともかく、あのコメントは何らかの確証を持って書き込んだはず。
…………ふむ。つまり。
お、俺の人生、終わった…………………………。
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