最強ランクマ勢のTS娘、クラスのポンコツ美少女と一緒にチャンネルを始めたらバズりました。

家葉 テイク

第一部 結成! ナツクロちゃんねる

01:青天の霹靂/物語は唐突に始まる

 『異界開闢グランドローンチ』が起きたのは、今から一〇年前──まだ俺が五歳の頃のことだった。


 忘れもしない。真夏の昼下がり。何の変哲もないあの日に、は起きた。

 アイスを食べながら見ていたテレビアニメの再放送が、一瞬にしてニュース速報に切り替わる。卑近な話だが、俺はそこで何かとんでもないことが起きたのだと認識した。

 液晶の向こうの世界で勃発した異常。それが、異界迷宮ダンジョン内の異界深度フロアレベルが上がり過ぎたことで異界そのものがこの世界に溢れる現象──『破局氾濫オーバーフロー』であるというのは、それから一年近く経った後に分かったことだが。


 黒いもやが触れたところから、ビルやら公園やらの現代的な光景が、関係なく『夜空の闇』に塗り替えられていく。『夜空の闇』はやがて奥の方に極彩色の異星の煌めきを宿しだし、そしてその『向こう側』から、唸り声をあげて異形の怪物達がわらわらと湧き出て来る。それが、日本を始めとした世界の七カ所で勃発した。

 世界の終わり──誰もが、もちろん画面の前の俺もそれを連想した瞬間、『とある少年』が現れた。

 黒い剣を手に持った『とある少年』が、たった一人で無数の化け物を相手にする。世界中の様々な場所に現れては、人々の窮地を救っていく。

 まさしく、救世の英雄。

 どこから来た何者だったのかは、分からない。もしかしたら彼もまた異界の存在だったのかもしれない。ただ、その背に庇った人々を守る為に、必死になって奮闘している。当時の俺は、食べかけのアイスが溶けて床に落ちるのにも気付かないほど熱心に、液晶の向こうの見知らぬ少年の勇姿に釘付けになっていた。


 結局、『破局氾濫オーバーフロー』は『とある少年』によって人的被害ゼロのうちに収束させられた。

 ただし、それで世界から異常が消え失せたという訳でもなかった。

 『破局氾濫オーバーフロー』が収束した後も、まるで炎の後に焼け焦げた痕が残るみたいに、『夜空の闇』は残り続け──そしてそれは向こう側の世界『異界迷宮ダンジョン』への入口として機能し続けた。

 一億六八一九万四〇五二ヶ所。

 現在確認されている、異界迷宮ダンジョンへの入口──『門』の総数だ。水底に沈んだそれも含めれば、地球上に存在する『門』の総数は一〇億近いとも言われている。

 一方で、異界迷宮ダンジョンの存在は人類に有益なものも齎した。

 異界迷宮ダンジョンの内部にある豊富すぎる資源。

 異界迷宮ダンジョンの内部に広がる広大すぎる領域。

 異界迷宮ダンジョンの内部でのみ活用できる探索技能スキル

 『とある少年』の活躍で異界迷宮ダンジョン自体がタブー視されずに済んだこと、その一部始終が中継によって全世界に配信されていたこと、その後の調査で異界迷宮ダンジョン内で致命的なダメージを受けても迷宮の入口に戻されて負傷の危険がないと分かったことなども、要因の一つではあるだろう。

 つまり世界は、『破局氾濫オーバーフロー』という最大級の危機をたった一人の少年が乗り越えた姿を見て、この『異常』を、新たなる『日常』として受け入れたのだった。


 一度流れが作られてしまえば、あとはもう一直線だ。

 突如世界に現れた異界迷宮ダンジョンは、まさしくブルーオーシャン。

 ゆえに個人も企業も国家も、あらゆる主体がそこから利益を吸い上げようと必死だった。誰もが躍起になって異界迷宮ダンジョンへ潜り迷獣モンスターを狩り異界深度フロアレベルを下げる。そうしているうちに、自然と全体的な異界深度フロアレベルも低下していき、最初こそ喫緊の課題だった異界迷宮ダンジョン探索は徐々にカジュアルなものへと変化していった。

 そんな中で現れたのが、始祖である『とある少年』を模倣したムーブメント──即ち『異界迷宮ダンジョン探索配信』である。



『俺なんて現実じゃ冴えない陰キャッスよ。このイケメンな姿だって、の応用ッスし。此処だから、俺はこうやって「なりたい自分」で輝けてるんス』



 テレビの中で、有名な異界迷宮ダンジョン探索配信者──『Dungeon Liver』と『迷宮に』をかけて、俗に『ダイバー』と呼ばれている──の一人がそんなことを語っていたのが、今でも記憶に残っている。

 幼少の頃の俺は、異界に鎮座する迷宮の中にこそ、自分の輝ける場を見出していた。まるでサッカー選手やメジャーリーガーに憧れるように────俺は、ダイバーに憧れた。

 幸いだったのは、歩いて行ける程度の近所に異界迷宮ダンジョンの『門』があったことか。『門』は一応整備されてはいるものの、現在日本国内で確認されているだけでも四〇万ヶ所以上あり、一平方キロメートルに一つは『門』がある計算だ。必然、ちっこいガキがやってきても門前払いされるようなセキュリティは当時も今も存在していなかった。

 だから俺は、子どもの頃から暇さえあれば異界迷宮ダンジョンに潜る日々を過ごしていた。友人付き合いは………………ちょっと苦手だったというのもあるし。

 自分が、あの日テレビの中で見かけたダイバーが言っていた冴えない陰キャだったからというわけではないが。……決してないが。ないが! それでも、異界迷宮ダンジョンの中に潜り続けていれば、いずれ輝くことができると信じて、俺は潜り続けた。


 長い時で、一日七時間。

 自宅から徒歩一〇分以内の場所に『門』があるという立地を生かして、俺は異界迷宮ダンジョンに潜り続けた。


 来る日も来る日も異界迷宮ダンジョンに潜った。


 己の探索技能スキルを磨き、より強い敵と戦い続けた。


 小学校を卒業した日も、修学旅行の自由時間も、高校の合格発表の日も、中学卒業の日も、俺は異界迷宮ダンジョン探索を欠かさなかった。

 そして、その結果────



「……投稿、と」



 呟いて、俺は自分のパソコンで編集した配信の切り抜き動画を動画投稿サイトTeller-Visionに投稿する。

 グルグルと渦を巻くアイコンが数秒ほど表示され、そしてやがて投稿した動画のサムネイルが表示された。サムネイルには、太い字と共に明るい笑みを浮かべた美少女が誰かを蹴飛ばしている姿が映し出されている。

 俺がそのサムネイルをクリックすると、動画ページに移動して動画が再生された。

 動画の中では、サムネイルに映し出された少女が満面の笑みを浮かべながら、



『こんきらー! キララだよ!』



 と、楽しそうに喋っている。

 その様子を確認して、俺は満足げに頷き、こう呟いた。



「……うむ。今回も良い感じに可愛く映ってるな、



 ────。


 陰キャでもダイバーになれば輝けると信じて、八年近く異界迷宮ダンジョンに潜り、そして配信を続けて来た俺は────


 ──美少女になって、対人戦ランクマ専門ダイバーをやっていた。




   ◆ ◆ ◆




 いや、伏線はあったと言わせてほしい。


 そもそも、『とある少年』が今も『とある少年』なんて呼ばれているのは何故か。それは、『とある少年』が正体不明のままだからだ。

 そして、掛け値なしに世界を救った大英雄の正体が今も不明なのは何故か。それは、おそらく『とある少年』の風貌が本来の少年の姿とは全くかけ離れていたから、である。

 かつて俺が見ていた有名ダイバーが『此処では「なりたい自分」でいられる』と語った意味は、果たして生き方の問題だったのか。シンプルな容姿の問題にも受け取れないだろうか。


 つまり。

 異界迷宮ダンジョンには、『異界迷宮ダンジョンの中に入った生物は、異界の物質によって肉体を置換される。風貌は当人の意志で設定することができる』という法則がある。異界迷宮ダンジョン基本法則・と呼ばれるものだ。

 そしてこの風貌の設定というのは、別に服装や武器に限った話じゃない。流石に人間大の人型の範疇という限界はあるものの、その限界を超えなければ、ケモミミを生やそうが鱗を生やそうが──女の子の姿になろうが、自由自在なのである。

 …………別に俺が特別おかしいというわけじゃない。こういう人種は、実は他にもいる。『ダンジョン美少女受肉』──略して『荼毘ダビ』と呼ばれる行為だが、理想の姿になれるのであれば女の子になろうと考える人間は大勢いる。俺も、そうした者の一人だ。


 もっとも、俺に女の子の身体になって楽しくなるという趣味はない。ないったらない。本当にない!!

 いや、別にそういう趣味を否定するつもりもないが……俺が美少女の姿でダイバーをやっているのは、シンプルに『その方が色んな人に見てもらえるから』だ。


 俺が主戦場としているのは異界迷宮ダンジョン配信の中でも、探索ではなくダイバー同士の戦闘がメインとなる『対人戦』。その中でも、独自のルールによって運営されている『歴戦迷宮ランクマッチ』、通称ランクマと呼ばれるジャンルである。

 しかしこのランクマを主に視聴するのは、基本的に男ばかり。女性視聴者は殆どいないと言っていい。そうなると、ちょろっと現れる女性配信者は物珍しさ+可愛さによって、かなりの訴求力を発揮する。

 とはいえ異性になることに対する抵抗だとか身体操作の勝手の違いだとかで、ランクマ勢で荼毘をやっている人間は途轍もなく少ない。というか、俺以外には見たことがないレベルだ。

 その甲斐あってか、俺は現時点で二〇万人のチャンネル登録者という、ランクマ勢としては相当人気のある部類のダイバーとなっている。……まぁ、この業界上を見たらチャンネル登録者数一〇〇〇万人とか二〇〇〇万人とかザラだから、所詮は界隈内での有名人っていう程度なんだけども。


 つまり、そういう合理的理由とそれを可能にする才能があるから必然的に女の子の姿で配信しているだけであって、そこに俺自身の趣味は一切介在していない。本当に一切介在していないんだぞ!



 ………………俺だって、最初はこんなつもりじゃなかった。



 ただ、当時の俺は小学生でランクマというものに対してとにかく硬派なイメージがあったから、小学生の子供ガキがランクマ勢とかやってたらナメられそうだったし……その当時ネットで流行っていた可愛い女の子が大人を煽るみたいなノリを真似した洒落のつもりだったのだ。

 ……ところが、思ったよりもランクマ配信の視聴者層は美少女に飢えていた。

 突如現れた美少女に界隈は湧き、なんかめちゃくちゃ褒められて……なんというか、俺はもう後に退くことができなくなってしまったのだ。

 とはいえ、もう今更実は男ですなんて言えないし、自分の絵面を客観的に省みると地獄だし、リアルは変わらず陰キャだし、学校でも自慢なんてできるはずもないし……。

 それでも、段々とちやほやされるのが楽しくなっていき、そうすると美少女としての自分にも磨きをかけたくなっていき、それが徐々に自分の拘りへと変わっていき……。



 …………まぁ、別にいいんだけどな。


 リアルでチヤホヤされたいとかは別に思ってないし、配信上で好きなこと思いっきりやって褒められるだけでも案外悪くないし。子供ガキの頃に憧れていた感じの輝き方ではないが、現実と理想のギャップっていうのはえてしてそういうものだろう。っていうか、荼毘ってることがリアルでバレたら普通に身の破滅だしな。そう考えたら、思うがままの一〇〇%って訳じゃないが、今だって七〇%くらいではあるし、それで十分だと思う。

 リアルとネットは別──という古い格言があるが、今風に言えば『リアルと異界迷宮ダンジョンは別』だ。俺には異界迷宮ダンジョンがあればいい。たとえそれが荼毘ってチヤホヤされることであろうと……。それが俺という人間の人生の潤いなのだ。俺にとって異界迷宮ダンジョンとはそういうものであればいいのだ……。


 ただ、こうしているとたまに思う。

 荼毘って配信やってることがリアルでバレたら、普通に社会的に死ねそうだな──と。



「こうやってコメントの賞賛を眺めてると、そんなぼんやりした恐れも忘れられるけどなー…………」



 自分を納得させるように呟いて、俺は投稿した切り抜き動画のコメント欄をチェックする。

 切り抜き動画を投稿してからもうすぐ三〇分だが、事前に投稿予告をしていたこともあり、既にたくさんのコメントがついている。



『キララちゃんかわいい』


探索技能スキルの使い方が上手すぎる』


『ドンキチとコラボしてほしい』


『1ふぉめ』


  『全然1コメじゃないし誤字ってるしボロボロだなお前』


  『草』


『アングル管理が神』


探索技能スキルもそうだけど素の格闘能力の時点で格が違う』


『エチチチチチチチ』


『きわどいアングルは見せるけどパンチラはしないダイバーの鏡』


 『鑑、な』


 『昔ボコられたことあるけどスパッツ穿いてたぞ』


  『へ、変態でごわす!!!!』


  『通報しました』



 ほとんどが容姿に関するコメントだが、中には俺の腕前について評価してくれている人もいる。

 こういうコメントが配信や切り抜き動画を投稿するたびにバシバシつくのだ。俺の承認欲求は今、泉のように満ち満ちている。



『「照明」とかただの探索技能スキルガチャ強者じゃんしょうもな』


『絶対リアルだとブス』



 中にはアンチコメもあったりするが、これもこれで悪くない。インターネットに動画を投稿する以上、こういうやっかみは仕方がないものだしな。っていうかリアルだとブスどころか男だし……。

 活動を続けて早数年。もう、こういうアンチコメも慣れた。というか、こういうアンチコメやそのツリーで繰り広げられるレスバも、それはそれで動画の賑やかしだ。なんか生態系を作ってるみたいで見てて楽しい。あんまりにも酷すぎるコメントは、投稿者権限で非表示にすることもできるしな。俺は基本的に非表示機能は使わないが。


 ──と。

 スクロールしながらコメント鑑賞に勤しんでいた俺は、一番下──つまり最新のコメントを見て一瞬固まった。


 突然だが……俺の名前は、瀬波せなみ凛音リオンという。

 瀬波という名字は全国的にもかなり珍しいらしく、俺も親戚以外で出会ったことはない。なんでも北海道のあたりに行ったらけっこういっぱいいるらしいが……。

 …………で、何で急にこんなことを考え始めたかというと。



『せなみさん?』



 ──そんなコメントが、ちょうど数秒前に投稿されていたのだった。


 音速でコメントを非表示にし、対象ユーザーを書き込み禁止にしてから更新ボタンを連打する。今のコメントに反応したコメントは……なし。だが、瀬波なんて名字を何の確証もなくピンポイントで書き込むことはないだろう。いや確証があっても書き込むなよって話だが……。ともかく、あのコメントは何らかの確証を持って書き込んだはず。


 …………ふむ。つまり。



 お、俺の人生、終わった…………………………。

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