女子高生(38歳)

 ねむちゃんを由芽ちゃんにするために、思いつくかぎりのことはぜんぶ試した。


 口調が悪くなるように、そういう言葉を教えたり。

 自分のことが世界一かわいいって催眠をかけてみたり。


 そうしたら、ちっちゃい由芽ちゃんが誕生した。

 由芽ちゃんの血がしっかり受け継がれてるのを感じて、泣きそうになっちゃった。


 でも、なにかが足りない。

 由芽ちゃんそっくりで、私のことをちゃんと好きでいてくれているのに。


 ねむちゃんにおっきくなったらママとケッコンするって言ってもらえたのに。


 ……わかった。

 私が、ママだからだ。


 私は由芽ちゃんのママだったわけじゃない。恋人だったんだから。

 ねむちゃんが大きくなるまでは、由芽ちゃんにはなれないのね。


 それに気づいた私は、ねむちゃんが育つのを待つことにした。

 今はまだねむちゃんだけど、たっぷり愛情を注いであげなきゃね。


 由芽ちゃんになったときに、私を嫌ってほしくないから。


 最初はねむちゃんを私ひとりで育てるつもりだったけど、やっぱり学校に通わせることにした。


 由芽ちゃんも学校には通っていたし、その方がもっと由芽ちゃんになれるわよね。


 でも心配だから、教師として潜入して見守ることにした。

 もう二度と由芽ちゃんを失いたくないから。


 ずっとスパイをしてきたんだからこのくらいは簡単だったし。

 学校に通うねむちゃんは、すくすくと育ってかわいくなっていった。


 ちっちゃい頃も由芽ちゃんだなって思ってたけど。

 どんどん私が会っていたころの由芽ちゃんに近づいていって、思わず愛情を注いじゃう。


 授業参観でねむちゃんが「ママはいつもねむにちゅーしてくれるの~!」って言ったときは、ちょっぴり恥ずかしかったけれど。


 ねむちゃんとの日々は、私にぽっかりと空いた心の穴を塞いでくれた。


 高校に入ってからは、いっしょに学校へ通うことにした。

 教師だと他の生徒も守らないといけなくて、ねむちゃんだけを守ることができなかったけど、生徒の立場なら動きやすい。


 久しぶりに制服に袖を通したけど、変じゃないかしら。

 38歳の女子高生なんていないから、最初はどきどきしちゃった。


 でも、蓋を開けてみれば大人びた子だって思われただけだった。

 スパイ時代にメイクは鍛えていたけど、たぶんこれも私の力のおかげなんだと思う。


 我ながら、恐ろしい才能を持ってしまった。

 人生で一番私の力が発揮されたときだったかもしれないわね。


 私はねむちゃんのクラスメイトとして、穏やかに過ごした。


 ねむちゃんと友達になろうかと思ったこともあったけど、由芽ちゃんは私以外にも友達がいたみたいだし、その交流も由芽ちゃんを形作るもののひとつになってくれると思ったから、友達にはならなかった。


 それが間違いだったことに気付いたのは、廊下にうずくまるねむちゃんを見たときだった。


 なにか、あったのかな。

 さすがに見過ごせなくて、思わず声をかけてしまう。


「ね……名取さん?」


 危ない危ない。

 ついねむちゃんって呼びそうになっちゃった。


 慌ててクラスメイトの呼び方に直すと、ねむちゃんが落ち込んでいる元凶たちの声が聞こえてきた。


 ……よくもねむちゃんを傷つけたわね。

 許さない。


 ふつふつと湧いてくる怒りを押し殺して、ねむちゃんを屋上に誘う。

 由芽ちゃんも、落ち込んだときはよく屋上に行ってるって言ってたな。


 鍵が掛かっていたけれど、こんな鍵なんて何回も開けてきた。


 屋上に出たねむちゃんのツインテールが、風で揺れる。

 学校でねむちゃんとふたりでいるのは奇妙な感覚だった。


 ねむちゃんは落ち込んでいても由芽ちゃんらしいセリフを言ってくれた。

 ……このままじゃ、ねむちゃんは学校でひとりぼっちになってしまう。


 それは、由芽ちゃんに悪影響を与えてしまう気がする。

 だったら、私が玲奈として友達になった方がいい。


 そう思って、ねむちゃんと友達になることにしたんだけど。

 まさか玲奈を好きになられてしまうとは思わなかった。


 いくら中身は同じとはいえ、玲奈と私は違う。

 これって浮気じゃない?


 由芽ちゃんが私以外の人を好きになるなんてイヤ。

 そんなの絶対許さない。


 でも、友情が壊れちゃったらねむちゃんがまた落ち込んじゃう。


 だから、彼女ができたって言うことにした。

 私に由芽ちゃんっていう恋人がいたのは事実だし。


 ……それでも、ねむちゃんは諦めなかった。

 由芽ちゃんも諦めの悪いところはあったけど、ここまでだなんて……。


 惚気を言い続けてみたけど、火に油を注いでいるような気もした。

 なんで? ねむちゃんも私のことが好きなんじゃないの?


 この前なんて、由芽ちゃんと行ったデートスポットに誘われてしまった。

 ……断ろうとも思ったけど、友達ふたりで行くのがおかしいわけじゃない。


 逆に断っちゃったら、意識してるみたいに思われるかもしれない。

 だから行くことにした。でも、途中で由芽ちゃんのことを思い出して辛くなってしまった。


 由芽ちゃん……なんでいなくなっちゃったの。

 今はねむちゃんがいるけど……やっぱり寂しいよ。


 それから、ねむちゃんが私を心配するようになってしまった。

 あとなぜか私に、メイクの仕方を聞いてきた。


 ……ねむちゃんは、なにかをしようとしてる。

 たぶん、私にとってよくないことを。


 その内容は、泊さんが教えてくれた。

 泊さんがいなかったら、情報機関を動かさないといけないところだった。


 ……やっぱり、後悔しちゃうな。

 私がもっとしっかりしていれば、ねむちゃんもあんなことをしなかったのかもしれないし……。


「んっ……」


 由芽ちゃんが、目をすっと半分だけ開ける。


「おはよう、由芽ちゃん」

「……おはよ、ママ」


 え?

 今、なんて言った?


「……っ! ち、違うの! ご、ごめん、ねね!」

「………………」


 ああ。

 やっぱり。


 わかってた。ずっと思ってた。


「こんなの、由芽ちゃんじゃないっ!」










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