ねむっちなら優しいから、こういうことしても許してくれるかなって思ったの!

『ねえ、せっかく描いてるんだし、イラストをネトッターとかにあげてみない?』


 ねむはグループでふたりにそう呼びかける。

 イラストをあげてる人なんてたくさんいるし、ありがちな提案だ。


『いいね! やってみる!』


 ちょっとメンタル回復した佳奈なら、そう言ってくれるって信じてたよ。


『ぼくも……やってみようかな』


 佳奈が乗ったら、彩乃も乗ってくる。

 ふたりはネトッターにイラストを投稿するようになった。


 狙いはもちろん、いいね数でふたりの実力を数値化させて佳奈の心を折ること。

 数値化っていうのは偉大だ。データで示されることで絶対的な根拠になる。


 しかも今回は、ネット上の、自分の人間からの評価。

 佳奈に現実を突きつけるには、十分すぎた。


 ぐしゃぐしゃにされた絵が、佳奈の部屋中に散らばっていた。

 散らかっていない場所にぬいぐるみを置いて、佳奈を見守っていると。


 掠れた声が聞こえてきた。


「……私、やっぱり無理だ。絵にも、優劣あるに決まってるじゃん……」

「そんなことない! 皆、まだ佳奈の絵の魅力がわかってないだけだよ!」


「魅力をわかってもらえない絵が、駄目な絵ってことなんじゃないの」

「じゃあ、なんでねむは佳奈の絵がいいってわかったと思う?」


「えっ……」


「佳奈がいい絵を描こうって、頑張ってきたからだよ。佳奈の絵は、駄目な絵なんかじゃない。たとえ誰もいいねを押さなくったって、ねむは胸を張って言うよ。ねむは、佳奈の絵が好きだって」


 佳奈の細い体を抱きしめる。

 髪はボサボサなのは、なりふり構わず絵を描いていた証だろう。


「誰も佳奈の頑張りに気付いてなくても、ねむだけはちゃんと見てるからね? ねむはそんな頑張ってる佳奈が、大好きだよ」


「ねむちゃん……」

「疲れたでしょ。ねむが、癒してあげる」


 佳奈と唇を重ねて、そっとベッドに運んであげる。

 人形みたいに、だらりと体をゆだねてくる。


 ぜんぶ受け止めてくれるんだ……!


「ねむがどれだけ佳奈を見てるか、教えてあげる」

「……うん。きて」


 佳奈の目には、もう光がなかった。

 きっと本当に認めてほしかったのは、彩乃だったんだろう。


 でも彩乃は……認めてはいたんだろうけど、それを口には出さなかった。

 口に出しても、お世辞にしか聞こえないってわかってたんだ。


 だから、佳奈を認めてるよって伝えられるのはねむだけだった。


 佳奈は妥協した。

 それでも、ねむを受け入れてしまったことには変わりない。


 じゃ、いただきまーす!


「――待って!」


 ばん! と部屋のドアが開かれる。

 だ、誰?


 今からいいところだってのに。


「これ以上、お前なんかに好き勝手させないよ……名取ねむ」


 入ってきたのは……謎のギャルだった。


「あんた、誰?」

「お前……っ! あんなことしといて忘れたとか言わないよね……?」


「いやほんとにわかんないんだけど」


 多分ねむは今きょとんとした顔になってるだろう。

 このギャルはねむを知ってるらしいけど、どこかで会ったのかな?


「はぁ……? 信じらんない……っ! 泊千夏だよ……っ! お前に、裏切られた!」


「あー、いたねぇ」


 やっと思い出した。

 ねむにメンヘラをくれた親友だ。


 いやー、玲奈のこと以外はどうも頭から抜けちゃうなぁ。


「ちょー久しぶりじゃん! 元気してた!?」

「……元気だったよ。おかげさまでね!」


 なんかチカ怒ってない?

 ねむ、もしかしてやらかした?


 あ、わかった。

 親友の顔忘れるとか最低じゃん。そりゃ怒るよね。


「あーごめんごめん。チカのこと忘れてたわけじゃなくてさ……最近色んな人と会ってて~、一瞬記憶がこんがらがっちゃったっていうか~」


「だよね。あたし以外にも、被害者がいるのはわかってる」


 毒を溜め込んだような顔をするチカ。


 あれ。おかしいな。

 もっと怒らせちゃったような気がする。


 まあいいか。

 気にしない気にしない。


「被害者って、どういうこと……?」

石成いしなりさん、そいつから離れて。そいつは、恋人を別れさせて楽しんでる、クソ女なんだよ!」


「えっ……!?」


 佳奈が驚いてねむを見る。

 なんて人聞きの悪い。


 ねむはただ、寝取る練習をしてるだけ……いやそっちの方がひどいか。

 どう弁解しようかな……。


「あのね、佳奈。ねむは……」

「騙されないで。そいつの優しさは偽物だから」


「で、でも……ねむちゃんは絵の相談に乗ってくれて……」

「じゃあ何で、彼女がいるあなたがそういうことをさせられそうになってるの?」


「……っ!」


 佳奈ははっと我に返った顔をした。

 くそっ……邪魔しやがって。


「ねむたちって親友なんじゃなかったの?」

「……うん。親友、だよ」


 チカは突然、怒りの炎を目から消した。

 なに……急に。


 逆に怖いんだけど。


「じゃあなんでそんなひどいこと言うの!?」

「ねむっちなら優しいから、こういうことしても許してくれるかなって! カモン! れなち!」


「はーい!」


 聞き覚えのありすぎる声が、ドアの外から聞こえた。

 部屋にふわりと入ってきたのは――玲奈だった。


 は? どういうこと!?

 意味わかんないんだけど!?


「ごめん、あたしねむっちにされたこと、ぜんぶれなちに喋っちゃった!」

「てめえなんてことしてくれてんだゴラァ!」


 ふざけんじゃねえええええええええ!

 百パー絶交されるじゃねえか!


「ねむっち、親友だもんね! ちょっぴりあたしの口が軽くても、怒ったりしないよね?」

「お前お前お前お前お前お前お前お前お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ねむが怒りのままチカに掴みかかろうとしたら、横から回し蹴りが飛んできた。

 お腹に凄まじい衝撃が走る。


「ごふっ!」

「ひどいことしたのはねむちゃんでしょ。怒る筋合いなんてない」


 足をすとんと床に降ろす玲奈。

 こんな容赦なく回し蹴りできる子だったなんて……。


 ……これはこれでいいかも。

 いやそんなこと言ってる場合じゃない。


「ちがうの! 玲奈!」


 ねむは玲奈の足元に跳んで土下座の体勢になった。


「ねむは……」

「謝るなら、泊さんと玄栖くろすさん、睦さんにでしょう?」


 玲奈はじろりとねむを睨み付ける。


「はい……皆さん、ほんっとうに申し訳ございませんでした!」


 ねむはチカと……この街のどこかにいるであろういまりんと撫子に向けて全力で土下座した。


 くそう……今まであんなに順調だったのに。

 なんでこんなことになっちゃったんだ……。


 あのぬいぐるみはねむを幸せにしてくれるんじゃなかったの……?

 ていうか、どうしてふたりはここが……ってまさか。


「玲奈がくれたぬいぐるみって……」


「そうだよ。あの子のおかげで、ねむちゃんのしてることがわかったの!」

「あ、ああああああああああああああああ!!!」


 そんなぁ!

 たしかにちょっと変だなって思ってたけど!


 玲奈は、あの時からねむを断罪する気でいたんだ……。


「さあ、ねむちゃん」


 玲奈がねむに満面の笑みを向ける。




「お仕置きの時間よ」








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