第6話 3話(1)
「リ、リンが……し、死んだ」
さっきまでリンに詰め寄られていたとはいえ、シスターに危害を加えようとした瞬間、まるでゴミとして捨てられるような感覚で死んだ。
これで、ヴァンロード聖教会で一緒に過ごした子供たちで生き残ったのは俺ただ一人。
たった1日で、俺以外の聖教会で一緒に暮らしてきた子供たちはみんな残酷な形で命を絶たれた。さらに追い打ちをかけるようにシスターが普通の人間ではなく、『吸血族』の血を引く者であったこと。
これだけの出来事が立て続けに起こったせいか未だに現実を受け入れ切れずにいる。
「さてと。残ったのはローデン。あなただけですね。一応、聞いておきますが、私が『吸血族』であることを知ったのは、私の部屋に勝手に忍び込んだからですか?」
「そ、そうです……」
シスターが『吸血族』であることを俺が知っていたことももちろん、それをどうやって知ったのかまで完璧に当てて見せた。
勝手にシスターの部屋に入り込んでしまったことを知られた以上、俺も子供たちのように殺される可能性は十二分にある。
両親に捨てられ、シスターに拾われたことで俺の今があることをこの先の人生で一生忘れる事はない。だが、今回のことがきっかけで俺が孤児として過ごしてきた短い生涯を終えるかもしれない。
このままシスターの鉄槌を受け入れるか、リンのように覚悟を決めて死にに行くか。
どちらも最終的な結果は同じでも、その過程は全く異なっている。
そんなあまりにも重大すぎる選択を、この状況下でやらないといけないという事実に複雑な胸中を隠さずにはいられない。
そんな俺に対して、シスターはテロリストやリンを殺した時のように『吸血族』の力を使おうとせずに拳銃を取り出し、銃口を俺の頭に向ける。
「私の機密事項を知られてしまった以上、ローデンを無傷で生かしておく気はありません。しかし、私は他の『吸血族』と違って、どんな人間にも無差別に殺すほど心が落ちぶれているわけではありません。実際、リンに関しても私に殺意の刃を向けずに現実を受け止める覚悟が出来ていたら生かしておくつもりでしたし」
シスターのいつもの声のトーンで話し始めたが、その声には俺の身体中に血に染められた得体の知れない刃を突き立てられているような感覚だった。
絶体絶命という言葉があまりにも生温いと錯覚してしまうほどの恐怖を本能的に感じ取ったのだ。
「だから、俺を殺すと言うんですか?」
「まぁ極論を言えばそう捉えられても仕方ありません。しかし、このままローデンを殺しても、私の目的に近づくわけではない。そこで、あなたには選択肢を与えます。一つはこのまま自らの死を受け入れて、銃弾の餌食になるか。そしてもう一つは、自らの死に抗い、私からローデンに血を分け与えることで、混血による普通の修行などではまず手に入らない力を手に入れる覚悟を決めるか。前者は100%。後者は99.9%で死にます。まぁ後者を選んだ人で『吸血族』による混血の力に適合できた人はまず見たことないですけど」
ある程度、自分自身の死に対して腹をくくろうとしていたタイミングで来た選択肢。
さっきまでの行動を含め、秘密を知られてしまったことを嫌がっていたシスターにとっては、勝手にシスターの部屋に入って秘密を知った俺に対して、0.1%でも生き残る可能性がある選択肢を与えてきたことが意外だった。
元々、顔も知らない両親に捨てられ、そして今回のテロリストたちによる襲撃で二度死にかけている俺にとっては、そのわずかな幸運に賭けることが現状の最適解だろう。
しかも、うまくいけば何の能力も持たない俺が力を手に入れる事で今度は誰かを死なせないことにも繋がるかもしれない。
「もちろん、後者です。ほんのわずかにでも俺が生き残る可能性があるなら、その可能性に賭けます」
「なるほど。一応、理由を聞いておきましょうか」
「理由は今回の事件で一緒に過ごしてきた子供たちを助けることが出来ずに死なせてしまったことに、俺は自分の無力さを知りました。もし仮に、シスターが何も手を下すことなく俺のことを生かしてくれたとしても、修行なり何らかの形で力を付けるための努力はしたと思いますので」
俺の理由を聞いた後、シスターはしばらくの沈黙が発生する。
この沈黙が更なる脅威を増幅させているが、とりあえずは俺の言いたいことは伝えたつもりだ。これでシスターがどういう選択を選んでも不完全燃焼にはならないはず。
長い沈黙が俺とシスターとの間に気まずい空気を作り出していたが、それを打ち破るように口を開いた。
「なるほど。私には自覚のない本心を理解できず、ローデンの言ったことが本心の用には見えませんがいいでしょう。わかりました。私が今まで手に入れてきた血の一部をあなたに差し上げます。具体的に言えば、ローデンの脇腹付近に『吸血族』に伝わる吸血爪を刺します。時間は1分かからないくらいでしょう。あなたに血を入れ終わった後は身体が完全に適合するのを祈るだけです」
「祈るだけ、ですか。俺はもう、覚悟できてます。シスター、俺が混血の適合に成功したらシスターの目的、そして俺自身が自覚していない本音についても教えてくれますか?」
「構いませんよ。まぁ生きていられたらの話ですけどね。それじゃあ、行きますよ」
シスターは右手の爪を10㎝程に伸ばすと、それを思いっきり俺の右脇腹辺りに突き刺す。
「ぐっ!」
突き刺された爪からは俺の脇腹から流れ出てくる血とすれ違うようにシスターから与えられた人間以外も含めた様々な血が身体中に流れ込んでくる。
刺された直後はテロリストの男に足を撃たれた時に匹敵する痛みが襲い掛かってきたが、しばらくして血を投入されたおかげか少しずつ痛みそのものは和らぎつつあった。
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