第20話優しい遺物《レリック》
盗賊三兄弟の長男、三男をレンが生け捕りにして、街のギルドに(命の保証なく)差し出した少し後。
街の裏路地に潜む影が1つあった。
それの目と耳に、表道から差し込む夜でも賑やかな光と騒がしい音が届く。
「兄貴……達はどこに行ったん……だ?」
それ、とは三人兄弟の次男のことであった。
次男はレンに蹴り飛ばされた後、適当な小路に(体ごと)着地したのだ。
本来持っていた真っ白な毛皮は一難のせいで少し汚れている。
いくら人外といえどもあれ程吹っ飛ばされて無傷なはずがない。
所々、体を動かすのにギクシャクし、息も上がっているように思える。骨だって1、2本ぐらい折れているであろう。
けれども人外。折れた骨だってしばらくすれば治る。
だからこそ、消息の見えない兄弟達が心配なのである。
その想いを抱いたまま、自分のやるべきことをやろうと、完治してないながらも前進をする。
けれども、それは空回りに終わる。
前に進むための脚が無かったから。無くなったから。
それを、あったはずの足を動かそうトして転倒した時にやっと気づいた。
切断部からだらだらと、人間らしい赤色の血がだらだらと流れていく。
「イッッッテェ……?!」
と、呻きながら足を押さえる。より正確に言うなら足が"あった"場所を、である。
そんな中、近くに人の気配がするのを痛みの中に感じた。いや、脚部の痛みなんかよりもずっと存在感が、その気配にはあった。
反射的、本能的に自前の耳が立った。
だが、その大きな耳からは何も伝わってこない。満タンの水筒を振っても音が鳴らないのと同じで、その者の腸は満たされているかのようだった。
「お前……なんなんだよ……?」
しかし、違和感も同時に伝わってくる。
空っぽの水筒を振っても何の音も立たない。
満たされてて、空っぽ。
目の前の人物を表現するならこうであろう。
それが口を開く。
「全く……あノ子も甘いんだよナァ」
台詞の中にある『あノ子』というのは言葉だけ聞いても全く分からないだろうが、次男には何故から知らないが何となく察せた。
「吸血鬼は人ヲ喰ラう化け物、蛆、害獣。見つケ次第殺すのが一番。……キミもそう思うダろォ?
自分達の分類された呼称で呼ばれる。
それだけでこの者が何者かが分かった。
でも、それを口に出すほどの体力もないし、余裕もない。できることは無駄口を叩くことだけである。
「失礼なこと言ってんじゃねえよ。俺達は人参だけ食ってんだ。人間の肉なんざ食わねえ」
絵に描いて見える虚勢を前に、クスッ、と少し笑みが溢れる。
そして、再び
「ん〜〜。……ジゃア連帯責任かな♪」
そんなことを言い終わった後、それは次男に向かって一歩進む。
そして、腕を振り上げる。
「えっ……?」
本人は何も感じない。ただ、全身から力が抜けていくのを体感していくだけである。
なぜなら、感じるよりも早くに"見えない力"がその身へ到着するからである。
新鮮な肉塊を見つめて、
「いヤぁ〜、欲しかったんだよね。
この一連の流れは、街のほんの1つの小路で起こっているのだが、よく目を凝らせば暗い中でも、表の大きな道から見える。
逆もまた然りで、暗い小路から表道が見える。むしろ、表道の方が明るいので後者の方が見やすいまでもある。
そうして最初に見えてくるのは、こちらを見る獣の目。羊の大群であった。
同日、というか殆ど同じタイミング。
スグル達は、先生による座学を受けていた。でも、それも終わりに差し掛かっている。
「……と、このように吸血鬼の
と、勢いよく終わらせた後、なにか急ぎの用でもあるのか、スタスタと教師役は帰っていった。
朝から晩まで訓練漬けの為、当然終わったら開放感があるものだ。
「あ〜どっと疲れた〜。これが毎日続くとなると大分きついですよぉ……」
そう、伸びをしながら誰にでもなく訴えたのは、小澤である。
しかしながら、キョロキョロと他3人の様子を見回すとあることに気づいた。
「仕方ないだろう。強くなるためだ。それに体育は楽しいぞ!ナッハハハハハ!!」
豪快な笑い声と共に、楽観的……というか
お気楽な雰囲気が肌に伝わってくる。
そんな会話をしている2人とは異なり、今日の早い時間に配られていた学術書とにらめっこをしている者が2人いる。
スグルと鈴宮である。
彼らは割と真面目なので、ちゃんと授業の復習とかもしているのかもしれない。
もしくは、単純に異世界の学問に興味があるのか。
はたまた、自分の背負っている期待に分不相応に精いっぱい応えようとしえいるのか。
なにはともあれ、難しい顔をしている二人に、お気楽な2人が話しかける。
「真面目ですねぇ〜。でも早くしないとお夕飯冷めちゃいますよ」
大原の方もそれに便乗したように付け加える。
「そうだぞ。勉強なんざ、飯を食って、風呂に入った後にすれはいいことだろう?」
そんな言葉にスグルは眉をひそめて呆れ顔で言う。けれども不快感はない。
「『勉強なんざ』って………まあでもその通りだね。よし!さっさと行くか。鈴宮さんも早めに切り上げた方がいいと思うよ」
その言葉の直後に、バタン、と本の閉じる音が響いた。
「ちょうど終わったところよ。さあさあ、行きましょう」
と、先駆けする大原と小澤に、スグルと鈴宮は追い付こうと早歩きで向かう。
そして、鈴宮が少し前のスグルに追い付いた瞬間、スグルの耳元に鈴宮の声が響いた。
「あんまホントの気持ちを隠すのは良くないと思うわよ?竜嶺」
それは聞いて、不思議な感触がした。
耳に息を吹きかけられるような、日焼けした腕も水で冷やすような、そんな感触。
理由は普段あまり呼ばれない苗字で呼ばれたからか……なんてことはない。
自分の頭の中を見透かされたことによる、不安感と安堵感であった。
当の本人がそんなことを考えつくより早く、鈴宮は前2人の元へ行ってしまった。
もしこの光景を神が見ているのならば、1枚の分厚くとも薄い壁が見えているのであろう。
ガチャリ。
そう音を立てて、やたらと華美な装飾のある戸が開く。
開けたのは、当然最後尾で、とぼとぼと歩いていたスグルである。
「うわぁ……!すごいご馳走。僕、今までこんなの食べたことないですよ」
扉を開けて最初に目についたのは、長いテーブルいっぱいにこれでもかと乗せられた、贅沢な晩餐。
この光景を目にし、スグルも小澤のようなことを心の中で感じた。だがしかし、それを口に出す前に横槍が入る。
「ご夕食の準備ができております。ささっ、どうぞ皆様お席へ」
そう言ったのは還暦を越えているであろう老執事であった。だが、彼の立っていた場所は扉から出てきた者に死角となる位置にいるため、声を出すまでだれも彼に気づかなかった。
「私共使用人一同、皆様方に奉仕できること、大変栄誉に感じています。どうぞ、お召し上がりください。シェフが腕によりをかけた料金でこざいます」
言い終わるころにはスグル達の入ってきた扉方へと近づき、
「何か御用がありましたら、そちらのベルを鳴らしてお呼びください」
と一礼をし、出ていってしまった。
老執事が部屋を出てから、1秒といったとこだろうか。
そしてその後に彼らがとるべき行動は何か、彼ら自身も分かっている。
ガタン。そんな音が四方から聞こえてくる。
何の音かというと、3秒も掛からぬ間に席に着いた、飢えに喘ぐ若人たちであった。
出来たてなのだから今すぐに食すべきだ、という考えを原動力に常人以上の身体能力を発揮した。
だけども、彼らは現代人。
食事の開始には十数年間で染み付いた一つのフレーズがある。
「「いただきます!!」」
「「いただきます」」
言い方に多少の人となりの違いは出ているが言っていることとその真意は純粋に同じ。
「美味しいな……」
と心の内で呟く。
前菜である青緑の野菜のサラダでさえも一口一口を口に運ぶだけでしみじみとした気分になる。
ふと、横を見る。
目に映るのはクラスメイト3人。
豪華な料理にお互い胸躍らせている。笑顔だ。
だが、少し前まではお互い別に仲が良いというわけではなかった。
この3人同士も同じ。
区切られた中の区切られた教室の中では、特に会話などしていない。
でも、笑い合っている。優しい声もかけてくれた。
その理由を考えていると、少々口元が緩んだ。
サラダ用のフォークを置き、それがあった場所に並べられてあるナイフとフォークを手に取る。
そして、一言。
「前菜のあとはやっぱメインだよな」
同時刻。
客人を美食で饗している部屋の一つ上の階の一室、椅子に座った男とただただ突っ伏している男の影がある。
この部屋は玉座の間。当然そこにあるのは王の座る椅子。
男二人は、王とカトルスである。
「一日目どうでしたか?指南役さん」
「良い報告ができますよ。王様」
城の使用人たちは皆、「国王様」と呼ぶ人を、この者は軽い口調でそう呼んだ。
これに対して、特に反応も示さず続ける。
「良い報告?時期としてはまだ早すぎます。一体何なのですか?」
何の時期かはさておき、そう問われた指南役は一言。
「思わぬところで、素晴らしい才能が見つかったんですよ」
「才能?勇者様のですか?」
主君の質問に、カトルスは首を振る。しかし、顔はニヤケ面だ。
「いいえ。スグルのお仲間、スズミヤのです」
同時刻。
スグルのテーブルには、手のついていないメインデッシュが置かれている。
本来なら、この一部はスグルの腹の中だったのだが、その本人が席を離れている。
理由は一つ。異常があったからしかあり得ない。
「おい!涼宮!しっかりしろ!!」
言葉を荒らげながら身体を揺さぶる。
その揺らされている涼宮の左手には淡い光を発した紋章が刻まれている。
これが、彼女の持つ『才能』だ。
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