第2話 非日常の扉が開く時

静寂のカフェ

カフェの扉をくぐると、焙煎された豆の香りが鼻をくすぐる。 温かみのある照明が柔らかく店内を包み、静かに流れるアンビエントミュージックが漂っている。

夕方の喧騒が消えた店内では、数人の客が静かに会話を交わし、カップを傾けていた。

隠された問い

奥の窓際、片手で合図を送る男がいる。


「こっちだ、旬。」


綾人——旬の同僚であり、理知的でクールな男。普段の余裕ある態度とは違い、今日はどこか慎重な表情をしていた。

席に着くと、旬の視線は自然と綾人の前に置かれたブラックコーヒーへ向かう。

「お前、ブラック派だったか?」

「いや、今日は眠気を覚ましておきたくてな。」

綾人は周囲を軽く見渡し、声を潜めた。

「お前、最近何かおかしいことはなかったか?」

その問いに、旬は警戒心を強める。

「……何が言いたい?」

「例えば——現実じゃないものを見たとか。」

その瞬間、背筋を冷たいものが走った。

「……どうしてそれを?」


現実との符合

綾人はスマホを取り出し、画面をスワイプする。そして、一瞬の間を置いた後、未来都市の映像を映し出す。

そこに映っていたのは——

旬が幼少期から描き続けていた都市のスケッチと、ほぼ一致する未来都市だった。


記憶の断片

画面には、旬が過去に描いたスケッチが並んでいた。

「……これは?」

旬は思わず息をのんだ。そこに映っているのは、幼い頃から何度も描き続けてきた都市の風景だった。

「なんで……お前がこれを持ってる?」

綾人は静かに画面を指し示しながら、慎重に言葉を選ぶ。

「実はな……お前の職場で、偶然このスケッチを見つけたんだ。」

「職場?」

旬は眉をひそめる。

「ああ。お前のデスクの上に無造作に置かれていた。最初はただの落書きかと思ったが——あまりにも細かく描かれていた。

まるで、実際に見た景色をそのまま再現したみたいにな。」

旬は無言で画面を見つめたまま、思考を巡らせる。

「気になって、念のためスマホで撮っておいたんだが……」

綾人は画面をスワイプし、未登録データを表示した。

「これと、驚くほど一致していた。」

旬の背筋が凍る。自分がずっと“夢”だと思っていたものが、実在するのか?

「……そんな、はずない。」綾人の視線が鋭くなる。「だから聞く。お前は、本当にこの都市を“見た”ことがないのか?」旬は言葉を失った。


「お前が見ているあの都市には名前がある。『ネオ・アルカディア』だ。」


予兆

旬は困惑し、「……なんでお前がそんなことを知ってる?」

困惑する旬に、綾人はさらに衝撃的な事実を告げる。

「実は、お前のスケッチと酷似したデータを見つけたんだ。サイバーリンクスの機密データの中に。」

「機密データ……?」

「そうだ。しかも、通常のシステムでは開けない特殊な暗号化が施されていた。俺が手を尽くして解析しようとしたが、途中で急にアクセスがブロックされた。まるで、誰かに見られているようだった。」

旬の胸がざわつく。

「まるで、誰かに監視されているみたいだった。」


突然、カフェの照明が一瞬だけ暗転し、次の瞬間、店内のデジタル広告が全てフリーズした。

旬は周囲を見回すが、客たちは何も気にしていない様子で、それぞれの時間を過ごしている。

しかし、それは旬にしか見えていなかった。

カフェの窓ガラスに、夢で見る街並みが歪みながら映り込んでいる。だが、綾人は何事もないかのように、コーヒーを一口飲んだ。


「また……これか……」


旬は反射的に目をこすったが、映像は消えない。

「なあ、ネオ・アルカディアって一体なんなんだ?」

「都市伝説の一つだ。政府や大企業が関与しているとか、次元を超えた実験施設があるとか……色々な噂があるが、実際に存在が確認されたことはない。」

「じゃあ……お前が見つけた機密データは?」

「そこが奇妙なんだ。あの設計図、明らかに今の技術じゃ説明できないレベルのものだった。過去の資料としても存在しないし、未来予測シミュレーションの類でもない。完全に“実在する都市”として作られているようだった。」


「それが、俺のスケッチと一致していた……?」


「そういうことだ。」


綾人の視線は、探るように旬を見つめていた。

その瞬間、店内の照明が元の安定した光を取り戻し、フリーズしていたデジタル広告も何事もなかったかのように再び動き出した。

異変は、一瞬の出来事だった。

しかし、旬の中の違和感は消えない。

「綾人……俺、少しこの件を調べてみる。」


「そう思うだろうな。」綾人は小さく笑いながらカップを置いた。「だが、一つ忠告しておく。深入りしすぎるなよ。お前はまだ……知らなくてもいいことがある。」


「今更だろ。」


こうして、旬は知らず知らずのうちに、一歩、深く踏み込んでいくことになるのだった。


非日常への扉は、すでに開かれていた——。



次回予告


記憶か、幻想か——自分の描いた都市が実在する可能性に翻弄される旬。
綾人とともに解析を進めるうちに、『ネオ・アルカディア』の街が「意志」を持ち、生きているかのような現象に気づく。

街の明かりは呼吸のように脈打ち、ビルはまるで細胞のように再編を繰り返す。



『都市は生きている』


都市は目覚め、運命は動き出す。


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