第6.5話 (蛇足話)ハンバーガーを食う前の殴り合い

『今回のターゲットはコイツか?……ガキじゃねえか』

『俺もこっち来て知ったよ。気が乗らないなあ』


少し前、仕事について来たバルバトスに写真を見せながら会話を続ける晴明。


写真は現地に着いてから晴明が撮影したもので、そこには無表情の少年が写っている。

隠し撮りされた表情は、この世の全てに諦めているかのように、年相応ではない顔である。


場合によっては、自分の手で少年を処理しないといけなくなるので、気分はブルー。

対して、バルバトスは期待が外れて退屈そうにふぅと鼻息を漏らす。


『久しぶりに体動かせると思ったのにこれか?』


闘う気満々ですな、バルバトス。

念の為油断をしないように釘を刺しておく。


『油断すると痛い目見るぞ。神霊系の気配があったから神降しの魔術師の可能性もある』


神降しとは、神霊や精霊を自身の身体に憑依させ、力を行使するというもの。

イタコやコックリさんの口寄せの上位互換だと思えば良い。


『………へぇ』


……やべ、明らかにバルバトスの目の色変わった。


『おい、やり過ぎるなよ。必ず強いって訳じゃないからな』

『分かってるって。手加減するよ』





現在。

ターゲットの少年は、顔面に放たれたバルバトスの拳により、建物の壁をぶち抜いて飛んでいった。


人気ひとけの無い倉庫の2階で、晴明はツッコミを入れた。


「どこが手加減ッ!?」

「おら。利き手は使ってないぜ」

「そういう問題!?」


左手を見せてくるバルバトスに呆れつつ、晴明は少年がぶっ飛んでいった先に意識を向ける。


工場の2階、元は事務所だったのだろう。

埃を被っていた積み立てられていた机や椅子は、先ほどの衝撃で散り散りに転がっている。

そして、少年が飛ばされて穴が開いた壁。壁の穴からは衝撃による土埃が舞い上がっており、少年の姿は見えない。


……少年よ、無防備な所を的確に狙われたが大丈夫だろうか?


いや、大丈夫じゃないだろうな。


「安心しろよ晴明。確かにまあまあの力で殴ったけどよ」

「おい」

「だから聞けって。殴った感触からして、今回の獲物はデケェぞ」


どういうことか?という言葉は、晴明の口からは出ることはなかった。


──ガララッ、ガラッ


瓦礫の崩れる音が聞こえ、そちらに顔を向ければ少年が穴から出てきていた。


服は裂けてボロボロだが、口元から一筋の血が流れているくらい。

見るからに軽傷で目立った外傷が無い。


少年は袖で口を拭い、袖に滲んだ血の赤に驚いた表情をし、そして、バルバトスと晴明に視線を向けた。


その覇気のある視線を受けて、晴明は呆気に取られる。


「マジか……手加減したか?」

「したように見えたか?」

「だよなぁ」


晴明から見ても、防御の魔術を行使する間もなく完全に不意をついた一撃であった。

普通の魔法使いなら立てなくなってるはずだが、


……神降しの魔法ではない?常時展開されているのか……いや、これは────


少年の特殊性に思考を割く晴明。

対して、


「よく分かんねえけど、つまりは気を使わなくていい訳だな」

「あ、ちょっと待て!」


晴明の静止は、しかし、全く意味を成さず、バルバトスは少年に襲いかかった。



呆けていた少年であったが、迫るバルバトスに気付くと、慌ててボクサーの様に腕を上げた。

拙いながらも防御体勢を取るが、


「ふっ!」

「────ッ?!」

「うわ、鳩尾!えげつねえ」


少年は先ほどの顔面パンチを警戒しての構え。

そこへ容赦なく、ガラ空きになった少年の腹目掛けてバルバトスの鋭い前蹴りが刺さる。


内臓がシェイクされるような衝撃。

たまらず少年の体がに折れる。


バルバトスはまだ止まらない。

畳み掛ける様にバルバトスが下がった少年の首を両腕で掴み、


バギィッッ!!


膝蹴りを顔面に叩き込む!


下手すら死ぬ、というか下手しなくても死ぬ攻撃を2発食らった少年。

鼻血を吹き出し、そのまま前に倒れるかと思ったが、


「──ゥギッ!」

「お?良いねぇ」


倒れると見せかけてバルバトスの右腕を両手で掴み、雑巾を絞る様に力を込める。


諦めない姿勢はバルバトス的にプラス評価なのか、嬉しそうだ。


少年の凄まじい握力によるものか、バルバトスの腕からミシミシと音が鳴る。


先の防御の構えを見るに少年には武術の心得は無さそうだが、この自慢の怪力の前では今まで防御をする必要が無かったのだろう。


力任せに腕をへし折ろうとして、だが、今回は相手が悪かった。


「……おい、折角不意突いたのに握るだけか?」

「な、ッんで!?」


少年が力を込めて握り潰そうと試みているが、バルバトスの腕は一向に折れない。

それどころか苦悶の表情すら見せないことに、少年は心底驚くしかなかった。


バルバトスは、少年の質素な攻め方に不満気の様子。


「次は俺の番な」

「え?───うわっ?!」


そう言うと、バルバトスは落下する様に少年の足元へと体を沈み込ませる。


筋力による動作では無く、脱力と重心操作による移動。

バルバトスは腕を掴まれているのを意に介さずに、そのままポーンと少年を自身の背後へ放り投げた。


「───ぐッ!」


そこから少年の偉かった所は、投げられてもすぐに体勢を直そうと顔を上げたことだ。

相手から目を逸らさないことは闘う上で大事である。


しかし、惜しむべきは、経験値不足ゆえに体勢を立て直すのがワンテンポ遅く、相手がすでに攻撃モーションに入っていたことだ。


体を回転させ遠心力の乗ったバルバトスの踵が、少年の顔面にめり込み、


─────ガキッ!


骨の折れた音がした。



ソバットをモロに喰らった少年は、再び壁に穴をあけて、向こうに飛んでいった。


晴明は、ホクホク顔のバルバトスに近寄る。


「やり過ぎだろ……と言いたい所だが、ありゃ普通の魔法使いじゃなかったな」

「多分、魔術の存在自体知らねぇだろうな」

「とすると、たまにいる天然のサラブレッドか、先祖返りか」


はたまた、ある可能性もあるが、それよりも晴明には気になる点が。


前蹴りからてティーカオムエタイ呼吸投げあいきどう。最後はソバットプロレスか」


最近、バルバトスは漫画の刃牙にハマっているらしく、人間の格闘技に興味津々の様子とは聞いていたが。

先ほどバルバトスが繰り出した技のフルコース。

多彩な技の繋がりであったが、道場でも行ってるのか?


「いつ覚えたんだよ、あんな技」

「YouTubeで見て練習した」

「まさかの無料通信教育」

「今はいい時代だよなあ。色んな武術家がコラボして技術が見放題だからよ」


だからって見ただけで習得できないよ、普通。

才能の塊である。


……そして、バルバトスが見てるチャンネル、多分だが俺もも見てるやつだ。◯ッチ君やら、石井東◯とかの。


「しっかし、──ポテンシャルは有るのに、勿体無い奴だ」


そう言うバルバトスは、穴の空いた壁に視線を向ける。

吹っ飛ばされた少年についてだ。


銃弾ですら傷つけることの出来ない金剛の様な身体。

それに見合う怪力。


バルバトスは期待していだたけに、肩透かしを食らっていた。


「一般人相手じゃ格上なんか居ないから、強くなる必要が無かったんだろ」


色々厄介ごとを体験して、場慣れはしていたのだろう。


しかし、わざわざ技術を身につけなくとも、ゴリ押し戦法で大体は解決。

結果、戦闘スキルが磨かれていないなまくらの出来上がり。


そのおかげで少年をすぐに制圧できたわけだが。


「それじゃ拘束して連行するか」

「もう少し歯応えあればなぁ」


不完全燃焼のバルバトスを引き連れ、壁の向こうで倒れているであろう少年の元に向かう。


───ギギィ


「ん?」


不意に音がした。

何と表現すれば良いか。


───ッギィッ………ガギィィィィィィィィィィ────


力が限界にかけられ、何か大きな物が今にも引きちぎれそうな、不安を掻き立てる音。

それが少年が飛んでいった方から、その音が不穏に響き、


ゴギンッッッィィィィ─────ドンッ!


視線の先の壁一面が粉砕され、土石流の如く衝撃と壁面が晴明たちに向かって飛来した。



「何だよワクワクさせてくれんじゃねえかよ!」


バルバトスにとって迫って来た壁は、さしたる障害ではなかった。

落ち着いて飛んできた壁面を拳で粉砕し、無傷である。


……その粉砕された破片が意図せず晴明の方に飛んでいったが。


バルバトスの視界には、先までそこに居た晴明の姿が見えない。

あと、「うわああ!」と聞こえた気がするが。


だが、安否については今は気にしてる暇はない。

バルバトスの興味は、視線の先にある。


グォンと豪快に風を切る音がする。

重い質量を持った物体が、動き回り、空を切る音。


その音は、復活した少年を中心に響く。

音の発生源は、


「鎖……ああ、クレーンか」


極太の鎖。

それが少年の手により振り回されている。


……そういえば元造船所だったけか、ココは。


バルバトスは鎖の先に付いたフックからクレーンだと推測。

重量物を持ち上げる為に太く頑丈に作られたクレーンの鎖は、無理矢理引き千切られたのか、少年の手に握られている。


その無骨な鎖を振り回して先ほどの攻撃。


「……すごい。やっぱり死んでない」

「あ?」


そう呟いたのは、少年だ。

少年は平然としているバルバトスの姿を確認して、そう呟いていた。


バルバトスは少年の顔を見る。

鼻は折られ顎を伝って血が滴り落ち、慣れない痛みに目尻には涙が浮かんでいる。

しかし、まるで誕生日を盛大に祝われたかのように、満面の笑みを浮かべていた。


初めて年相応な顔を見て、バルバトスは、


「良いぜ。さっさと来な」

「─────!」


鎖が唸りを上げて宙を駆ける。

音速を超え、バルバトスの首を薙ぐ軌道。


流石にバルバトスは攻撃を避ける。

そのままバルバトスが接近を試みるが、鎖を鞭のように振り回され距離を詰められない。


10tも超える重量物すら吊り下げれる鎖は持ち上げることすら困難の筈だが、少年の軽々と振り回す様は重さを感じさせない。


命を刈り取りに迫る鎖をで躱しながら、バルバトスは思考に意識を割く。


……


第2ラウンドに突入してから1分足らず。

最初はただ力任せの乱雑な攻撃が、今では薄皮ではあるがコチラにかするほど避けるのが難しくなっている。


足、首、腕、腹、顔を的確に狙い、更にはフェイントも織り交ぜて使いこなしている。

まるで普段から鎖を武器にしていると勘違いしそうだ。


……コイツの特筆すべき点は頑丈さよりも戦闘センスなのかもな


思わぬ大きな獲物に歓喜が止まらないバルバトス。

そろそろコチラからも仕掛けるかと思い、一歩踏み出すと、


「───フゥッ!!」


円を描く動きから一転、直線的な動きへと変調させクレーンのフックが最短ルートを通過してバルバトスに放たれた。


「ヌルいぜ!」


ワザと作った隙に食いついた攻撃を、バルバトスはフックの下を潜るようにダックイン。

頭上で髪が鎖に掠るのを感じながら少年目掛けて疾走していく!


避けられたクレーンが勢い止まらず後ろで何かに当たった音がした。

少年は力を込め急いで鎖を引き寄せるが、既に遅い。

突風の如く脅威バルバトスが瞬く間に少年に迫る。


……さあ、どうする!


あと1秒もしないで拳の射程圏内に入り、再度バルバトスの蹂躙が始まる。


バルバトスが期待を向けた先、少年の選択した行動は───「右足を後ろに振り上げる」であった。

蹴りだとすれば、まだバルバトスまでは遠い。


少年の足が振り下ろされるのはバルバトスではなく、その手前の床へ向けて。

そのまま振り上げた足は勢い良く放たれ、床に刺さり、


ドッゴオンッ!!


ちゃぶ台返しのように人外な脚力で床が蹴り上げられ、バルバトスと少年の間に壁として反り立った。


加速していたバルバトスの回避は、───間に合わない。拳を強く握り、かべの破壊を、


「──ッグゥ?!」


バルバトスが動くよりも速く、壁に衝撃が走り、砕け散った。

衝撃の正体は、少年の左踵。


蹴り上げられた床は攻撃ではなく、目隠しが狙いか。

少年の伸びた足が壁ごと貫き、バルバトスの鳩尾に深く突き刺さる。


不意を突かれたバルバトスの肺から息が漏れる。


堪らず後ろにステップし、距離を取ろうとするバルバトス。

だが、すかさず背後から衝撃がガツンッ!と来たことで、逆に少年の方へと飛ばされる。


まるで軽トラが突っ込んだかのような衝撃の正体は、


「────机!?」


そこら辺に転がっていた机。

それがバルバトスの背後向けて飛来していたのだった。


だが、バルバトスは目の前の少年が魔術を行使しないかも警戒していた。

魔力の起こりは一切無かった。

それなのに、どうやって?


驚くバルバトスの視界の端、が机にめり込んで引っかかっていたのに気づく。


……フック?あれはクレーンの


バルバトスが少年の攻撃を避けて接近した際に、鎖を手繰り寄せていたのを思い出す。

あれは慌てて鎖を手繰り寄せようとしたのではなく、なるほど、最初から机狙いで───────


「うおおおああアアアアアアアアアア!」


ティーカオひざげり猿臂ひじうち、裏拳、山嵐つかんでなげて踵落としふみつけサッカーボールキックカオをけりあげて、────渾身の前蹴り!!!


轟音が響き渡った。



熟練度で言えば拙く、しかし、バルバトスの為だけを思って繰り出される純粋ウブ一途マジな連撃。

それを全て受けたバルバトスは吹き飛ばされ、先ほどまでの少年と立場が逆転し、壁を突き抜けた。

壁に開いた穴からは、ガラガラと瓦礫が崩れる音が響く。


少年は息を乱し、緊張の糸が緩んだのか、額から汗がこぼれ落ちるように流れている。


それでも視線は、バルバトスが吹き飛ばされた先から離さない。

油断せず次に備えている、というよりは何処か子供が親にすがる様なイメージが、少年の表情より伺えた。


「ヤバいぞ………」


そんな一部始終を観ていた者がいた。


晴明だ。

鎖を何とか避けて、そのまま今までの闘いをコッソリ見ていた晴明は焦っていた。


バルバトスの安否ではない。

その逆だ。

少年の安否が危ない。


そして、晴明の不安はスグに現実となった。



突如、溢れ出した魔力の奔流が辺りを支配した。



まるで質量を保有しているかのように濃密な魔力。

魔術に触れた事のない少年でも変異を肌で感じ取っていた。


魔力の発生源、───バルバトスがゆっくりと壁の穴から出てきた。

決してキレているわけではない。

むしろ、落ち着いた表情で少年を見ている。



その瞳には先までの『遊び』という甘さは消えていた。

格下にやられてキレているのではない。


むしろ逆。敬意だ。

バルバトスは少年の事を獲物ではなく、力を出しても良い敵と認定したのだ。


……これはヤバいぞ


今まではバルバトスが遊んでいたから勝負になっていたようなもの。

だが、未だバルバトスは魔術を使っていない。

本気のバルバトスと魔術初心者の少年では、次元が違いすぎる。

このままだと殺しかねないと思った晴明は、自身の魔法【盧芸Tomorrow Speech】を展開しようとして、


「主君」


バルバトスの優しげな声が、晴明の行動を制止させる。

そして、バルバトスは晴明に「見てみろ」と顎で少年の方を示す。


晴明はバルバトスに従い、少年を見る。


魔力の奔流という圧に晒されていれば、顔は青ざめ、震えは止まらず、衰弱するのが普通だ。


実際、少年も明らかに不調をきたしている。

にも関わらず、その顔は満面の笑みである。


まるで、バルバトスの圧倒的な格の違いつよさをもっと見せてくれるのを期待しているかのように。

まるで、自分が「取るに足らない存在」であると教えて欲しいかのように。


あまりにも純粋無垢な歓喜の感情を、バルバトスへ向けていた。


「あれ見て止めれるか?」

「…………………ったく。しょうがねぇなあ」


バルバトスは悪戯イタズラっぽく口角を釣り上げながら晴明に問いかける。

晴明はむーと唸りながらも、最終的に諦めて魔法の発現を止めた。


「流石たぜ主君」

「けど、やり過ぎるなよ」

「分かってる分かってる」


そう言って、一歩ずつゆっくり少年の方へ向かって行った。


迫り来る暴力に、対して少年は、


「───────ッ!!!!」


バルバトスへ向かって駆け出す!


そこからは『蹂躙』の一言。

少年の攻撃は一度も決定打とならず、対してバルバトスの攻撃は確実に少年を潰していく。


圧倒的な痛みと暴力で尽くされた時間でありながら、少年は意識が飛ぶ直前も涙と笑みを浮かべていた。



………

ただ、まあ……。

あまりに頑丈で応戦を続けてしまった少年。あまりの歯応えに興奮したバルバトス。

少年が意識飛んだ後も攻撃を続けようとしてたので、晴明が無理矢理闘いに介入するハメに。

その結果晴明の腕が折れたわけである。


晴明の腕がプラーンと左右に揺れる。


「…………あー、すまん」

「…………………」


察していたが、バルバトスは手加減は下手であることを学んだ晴明であった。

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