第5話(前編) スーパー前のハンバーガー店(長崎)

……この身がいっそ化物だったなら。


長崎県佐世保市の廃ビルの一室、そこに少年は1人佇んでいた。

この廃ビルは元造船所ということもあって、窓の外からは大きなクレーンが見え、微かに波の音が聞こえる。


その少年は人の形をしていた。

そして、何故自分は人の形をしてるのだろうかと日々答えのない自問自答をし続ける。


今にも外れてしまいそうなヒビの入った窓。

それに映る自分の姿を見る。


人と同じ2本の足。

人と同じ2本の腕。人と同じ1つの頭。

人と同じ2つの目、2つの耳、5本の指、2つの腎臓、1つの胃、肺、男性器、大腸、舌、爪、皮膚、毛髪、脊髄、筋肉、XY染色体。


幼い頃。

少年の母が巡礼のように「だれか治してくれ」と祈りながら、

そして最後には「どうか異常であれ」と縋る狂気の中、多くの病院へ連れ回し、検査し尽くされた結果がこれだ。


『異常無し』


身体構造及び化学的成分において彼は人類であり、だからこそ、少年は自分が異物であることを誰よりも自覚していた。

もう15年以上、母と父とは会っておらず生きてるかどうかも知らない。そもそも顔を覚えていない。

覚えてるのは「化物」と言われた事と捨てられた事だ。


下に目を向ける。

そこには少年が憧れてやまない、普通の人間が転がっていた。


「ッヒぃィ……!?やめ、ヤメテくべェ!俺が、俺が悪か────」


もっとも、その顔は恐怖と激痛により涙と鼻水で塗れて歪んで見れたモノではない。数分前まで筋肉隆々だった自慢の腕は、くしゃくしゃに折り畳まれていた。


ふぅとため息を吐きながら、紙屑でも捨てるように先程を床に投げた。


拳銃の転がった先、うめき声があった。


命乞いをする男のものではない。

山だ。蠢く山がある。


声は倒れ伏す人間達で形成された山から響いていた。

30人を超える人間で形成され、そして、これで全員生きているということが奇跡に思えるほどに四肢が捻じられ、曲がり、潰され、伸ばされ、縮み、折られていた。


この不気味な山を作り上げたのは、少年。

その視線は醜く命乞いをし続ける元雇い主に向けながらも、意識は自分の身に向けていた。


少年が纏う服は刃物と火器でボロ布のようになっているが、体には一切の傷がながった。


少年は用心棒の真似事をしていた。


雇い主の言う通りに他の敵対グループを潰して、生計を立てていた。しかし、雇い主は他の組織と手を組むにあたり、俺を殺したかったようだ。


取引相手は中国マフィアだったか。

今となっては相手側のお偉いさんらしき人の顎を砕いてしまったので確認できない。


自分の命を引き換えにした取引だったのか、それとも化け物のような自分が邪魔になったのか。

存外、人体実験のために売買しようとしたのかもと、冗談半分に考える。


この場所で銃口を向けられたのが、1時間前。

最初は、すぐに殺せるだろうと威勢の良かった雇い主達。


「少しは期待してたんだけどな……」


呼び出された先で毒を盛られ、トラックで轢かれ、八方からマシンガンで撃ち込まれ、雇い主からドスで腹を刺し込まれ。

仕事柄自分を殺そうとしてきた人は多々いたが、ここまでもてなされた事は初のことであり、未知の領域だった。


微かに期待し、───結果はこの通り五体満足。


少年は生物学上「人間」である。

にも関わらず、人生で一度も傷付いたことがない。

流血どころか、アザの一つも負ったことが無い。


そして、膂力においても人と異なり、常軌を逸している。


力比べでは負けたことが無く、まるで折紙でも折るように人の腕を折り、そして鉄も彼にとってはチューイングキャンディのように軟らかい素材であった。


「何なんだろうな自分は」


……本当に異形だったらこんな悩みはなかっただろうに。


……本物の化物だったらこの感情を抱かずに済んだのに。


自分が人間である証が欲しくて、こんな屑の下に就いてまで死地に赴いた結果が、これである。


自慢ではないが、未だ人を殺したことはない。

これはポリシーでも、宗教観でも、正義でもない。

その線を越えてしまったら、本当に人間ではなくなってしまう気がしてだ。


───だが、


「もうどうでもいいや」


「ぁあぎぃッ?!いだ痛イぃ、ッや死にたくな、ぎぃおァァァッッッッ────!!!」


雇い主だった男の頭を掴む。手が汗と鼻水で汚れながら、少年は万力のようにゆっくりと力を込めていく。


ミシミシと音をたてる元雇い主の頭。感覚から、あとほんの一押しで割れると予測。

人を殺すのに抱く感情は、どんなものかと期待してたのだが、


「────簡単に死んじゃうんだな」


羨ましい、という言葉は口にはしなかった。

やっぱり自分と違うのだと思いながら、終わりにしようと、



────とんとん



「は?」


誰かが肩を叩いてきた。

少年が思わず振り返ると、そこには場違いな異国の褐色美女が立っていた。


「え、えっとあの?」

「あ、待て待て。うーん」


その美女は、自分が今まさに人を殺めようとしてることなど気も止めていない。


彼女が手にしてる写真と、少年をしばらく見比べて、


「うん、お前で間違いないな。じゃ、闘おうぜ」

「え?─────ガッ?!」


次の瞬間、無敵の男は見知らぬ美女に殴り飛ばされた。

少年はポーンと面白いように飛んでいき、壁を突き抜けた。




──────2時間後。



「……うぅ」


疲労と痛みにより飛んでいた少年の意識が覚醒し始め、向こうから青年と美女の会話が耳に届いた。

激戦の末ボロボロになった建物の中、そこに自分を殴り飛ばした褐色肌の女性と、いたって普通な見た目の男性が雑談をしていた。



「コイツで間違いないんだろ」

「いや、そうだけど。急に突っ込むなよ」

「しょうがねえだろ。ほら、そのおかげでコイツ人殺しにならずに済んだじゃねえか」

「うん、それは良いんだ」「だろ」

「問題は、戦闘で盛り上がったバトー止めに入って、俺の腕折れたんだけど。見て、ほらプラーン」

「…………」

「おい。こっち向け、血気盛ん悪魔。……そういう知らんぷりする所はセイルに似てるよな」

「なんっ!………ふぅ。で、コイツは何なんだ?」

「それ今聞く?……コイツは【人形屋敷】って裏で最近有名な男だよ」

「人形屋敷?」「去った現場には、手足が曲がった人間が転がってるで有名でな。まるで子供が人形遊びして、散らかした後みたいということ」「確かにあの剛力ならな」

「で、【人形屋敷】は魔術師じゃないかと噂があがって、調査に来たわけ。結果は天然物だったわけだが」

「久々に歯応えあったぜ。多分、神の加護だなこれは」

「……これが魔術家系に生まれたならまだ対処があったたろうに。一般人からしたらそりゃ異───」

「おい、我らが主君よ。それを決めるのはコイツの義務であり、特権だ。他人が決めるんじゃねえ」

「──ああ、そうだった。やっぱり、バトーは悪魔の中で1番しっかりしてるわ」

「……ちなみに、【人形屋敷】って漫画のキャラ名みたいでいいな。他に居ねえのか?」「色々台無しだよ…………。まあ、いるな」「どんなのだ?」

「例えば……我流とも呼べないほどの無法にして無縫な剣闘家【荒刀無稽こうとうむけい】。繰り出される魔術の温度差は天災級【灼夏厳冬アチコチ】。同業殺しのみを請け負う魔術界の嫌われ者【魔術喰らい】……とかかな」

「聞いてるだけで面白そうだな。……なあ、闘いに行こうぜ!」

「全員俺が倒して監獄にぶち込んだから無理」

「急に二つ名がショボくなったな」

「いやいや!滅茶苦茶手こずったからな」「ふーん…………」「…………?」

「なあ、主君。一度くらい闘お───」

「やだ。俺はもうお腹ペコペコなんだよ」「つまんね」



男と女の親しい会話の半分も意味が理解できなかったが、【人形屋敷】と呼ばれる少年はそれでも聞きたいことがあった。


「なあ、1つ聞いて良いか?」


「あ、起きた」と呟き、2人は会話を止めて俺を見る。


人形屋敷と呼ばれた少年は、ゆっくりと体を起こした。

アザや打撲痕と見るからにボロボロで、味わったことの無い疲労感に包まれた四肢はなんと動かしにくいことか。

喋るために飲み込んだ己の血の味は、本当に鉄の味がするのだと知った。

その実感に包まれながらも化物と呼ばれてきた少年は問うた。


「俺は人間か?」


その少年の問いに、2人は心底不思議そうに顔を一度見合わせて、


「あん?間違いなく人間だろ」

「だな」


当たり前だろと言わんばかりの即答だった。


「そっか……そっかぁ………………ッ」


その言葉に少年は、自分が人紛いではなく人間であるのだと知り、静かに泣いた。





おっす、オラ晴明。

長崎県佐世保市まで話題の【人形屋敷】を調査and確保しに来たら、泣かれた後に懐かれました。


「あの、大丈夫ですかその腕?すみません、自分のせいで」

「大丈夫大丈夫。ってか、この腕はバトー止めた時のだし」

場東ばとう?さんも怪我は無かったですか?思い切り殴ったと思うんですが」

「おう、しっかり響く良い殴打だったぜ」

「そ、そうですか!へへっ」


……不良漫画の舎弟ってこんな感じかな。


晴明はそんな事を思いながら折れた腕を魔術で固定し、動きを確かめる。

あと、【人形屋敷】の今の喜びは「良い殴打」と褒められてではなく、自分が全力で殴っても死なないどころか、普通にしている格上と会えた喜びなのだろうと推測。


「それで自分はどこに連れてかれますか?殺されるんでしたら、2人の内どっちかにお願いしたいんすけど」

「俺らのイメージ、無法アウトレイジ過ぎだろ!魔術界の警察署みたいなところに連行するだけだから」


さらっと、とんでもない事言いやがった。

まあ嬉しすぎて、脳内物質ドバドバテンション爆上がりなのだろう。そうしておこう。


今回の依頼は土御門家経由のものだ。

目的は調査という名目だが、天然の魔術師(先祖返りとも呼ぶ)であった場合は保護、もしも意図的に魔術を秘匿せず無差別殺人を犯していた場合は処分。

処分は気が進まなかったので、彼が根は良い子でよかった。


敵対心も無いし、土御門の魔術支部に引き渡すだけだ。


「まあ、連行するって言ったけど、折角の佐世保だし飯食ってから帰ろうかなって………ところで、なんて呼べばいい?」


依頼書にも【人形屋敷】という二つ名しか書かれてなかったので、晴明とバルバトスはこの少年の本名を知らない。

何気無しに聞いた晴明だったが、


「すみません。自分の名前分からないんで……そっすね、前ん時は『オイ』とか『もどき』とか呼ばれてましたんで、そんなんで大丈夫です!」

「あー……そっか」


少年は笑みを浮かべて何でも無いよう言葉にした。

その言葉を受け、晴明はバルバトスから無言で肘打ちされた。

……狙って地雷踏んだわけじゃないから許せ。


「あ〜…………。なら【人形屋敷】から取って屋敷やしきって呼ぶわ」

「あ、良いですねそれ!今後それ使わせて貰います!」


「……雑」

「うっせ」


人形屋敷、改め屋敷少年は当たりをキョロキョロ見回しながら晴明に質問した。


「ところで、飯食べるって言ってましたけど何を食べるんですか?」

「そりゃ佐世保来たら佐世保バーガーっしょ」


晴明はそう答えながら、


そう、現在、3人は車レンタカーで移動中である。

助手席にはバルバトスが座り、携帯のナビを見てもらっている。


「晴明。次は右だ」

「はいよ」

「……魔術師もスマホ使うんすね」


便利だからね。


どこか残念そうな屋敷少年の声。確かにハリーの世界でハグリットがスマホ操作してたら残念だわな。


今回は晴明にとって久方ぶりの車での移動。

本来であれば、セイルに頼んで移動に車なぞ使わないのだが。


「セイルも来れば良かったのに」

「たしか、晴明の妹と先約だろ。その妹とはまだ会ってねえが」

「正確には妹のようなポジションな。しっかし、いつの間にそんな仲良くなったんだろ」


いつもだったら一緒についてくるセイルは、冬華に会うという事で単身京都に行っているのだ。

るるぶ見てたので、今頃金閣寺とか寺院巡りで観光を楽しんでいるだろう。


なので、今回はバトル好きそうなバルバトスを連れて長崎に来た。思いの外、屋敷少年が強くて興奮してしまったが。


屋敷少年のアバラを折りながら浮かべたバルバトスの笑顔は、やっぱり悪魔なんだなあと実感した。


閑話休題


そんな訳で一仕事終えた俺らはハンバーガーを求めて移動中。


すると、


「そういや佐世保バーガーって何なんだ?普通のハンバーガーと違って、何か決まりでもあるのか?」


そう聞いたのは、助手席のバルバトス。


佐世保バーガー。

それは佐世保市の特産品を使ってるだとかは無く、変わった具を使ってるとかでも無い。

挟まってるのは、ベーコンだったり、レタス、トマト、卵などハンバーガーにとっては挟まってておかしくない物ばかり。


では、何をもって佐世保バーガーと定義するのか。

その定義とは、


「いんや。これといった決まりは無い。佐世保で手作りされてるから佐世保バーガー」

「……うん?」

「だから、佐世保で手作りのハンバーガー売ってたら佐世保バーガー」

「「…………」」

「佐世保で手作り──」

「聞こえてるわ」


バルバトスは無言ながらも、こちらを見つめて目で訴えていることに気付きながらも、晴明はそちらを見ずに、運転中のため前から目を逸らさない。


佐世保バーガーの定義。

それは佐世保市内で、作り置きをせず手作りで提供されるハンバーガーであること。

これさえ守ってれば、具が何であろうと佐世保バーガーである。


「それって、もうただのハン────」

「違う、佐世保バーガー。佐世保市の郷土料理」

「いや、郷土どこだよ。まだアリゾナ州の郷土料理って言われた方がしっくりくるぜ」


良いんだよアバウトで。

日本は神話から分かるように元来アバウト気質なんだから。

節分で鬼に豆撒いて、2週間もしないでバレンタインで恋人にカカオ豆の菓子配る国なんだから。


現在は、佐世保バーガー品質や統一性を守るために認定制度があるそうだが。


「戦後、佐世保市には米海軍基地があってな。その基地から教わったのがハンバーガーのレシピだ」


それが佐世保バーガーの始まり。

佐世保市はハンバーガー伝来の地とされ、今では各店舗がアレンジを加えている。

佐世保市はハンバーガー屋が密集してる分、各店舗が鎬しのぎを削って味を追求している。


「日本でも稀に見るハンバーガー激戦区なんだよ佐世保って」

「「へー」」

「ん?屋敷も知らなかったのか。結構長いんだろ佐世保」

「え、いやぁ〜……」

「いや、誰もが晴明のように飯バカじゃねえんだぞ」

「誰が飯バカだ」


『ポーン!この信号を右です』


「あ」

「あ〜……右折箇所通り過ぎたぞ」

「…………」

『ポーンッ!2km先、Uターンして下さい』

「………はい」


会話に意識を向けていた晴明へ無情にもナビ音声が告げられ、晴明は運転に集中するのであった。

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