魔術師は悪魔と味わう 〜1人で飯を食うのが寂しかったので悪魔と契約を結んだ件について、俺に後悔はない〜

コロッケサンド

第一章 春に魔術師は悪魔と巡る

プロローグ 魔術師と悪魔

作者不明の魔導書グリモワール【ゴエティア】。


その書物には、ソロモン王が使役したという72柱の悪魔を呼び出して様々な願望をかなえる手順が記されている。

召喚のために必要な魔法円、印章のデザインと制作法、呪文……、また、この72柱の悪魔の性格や姿、特技などが詳述されており、72柱の悪魔各々の印章などが収録されている。


最弱な1柱を召喚しただけでも、都市一つ容易く恐怖に陥れられる。

つまり、その魔導書を手にした者は、この世を掌握せしめたも同じである。


断言しよう。

紛い物は数あれどその魔導書は確かに実在し、現在に至るまで殺害に不運な事故など所有者たちの誹謗の死を遂げて、人の手を次々に渡り受け継がれてきた。


そして、現在。

世界の命運を握る魔導書が一人の男の手の中に。

それを手にした男は類い稀なる魔術の才覚を所持し、魔導書の価値を世界中の誰よりも知り尽くしていた。


男は心の底からあふれ出す充実感に笑みが止まらない。


ようやく、野望を果たせる時が来た。


既に魔導書の発動は成功し、己の眼の先には魔力にて現界至らしめた悪魔が。


頭に2つの湾曲した角を携え、それは麗しき美貌の悪魔。

女性らしい艶やかでメリハリのある肢体。

ショートボブに整えられた髪は絹を思わせる。

常人であれば、老若男女問わずその言いようのない美しさに目を奪われる。

まさしく人間離れした容姿。


『────私の名前はセイル。ソロモン72柱の1柱にして、序列70番。さあ主よ、私めに願いを』


悪魔は膝をつき、此方の言葉を待つ。


男はセイルと名乗る悪魔から漂う膨大な魔力に、そして、己と悪魔を繋ぐ契約のパスを感じ取り、成功を確信する。


男は告げる。

己へと傅く1人の悪魔へと。


欲望をぶちまける。


「という訳で、早速だが焼肉食いについて来てくれ」

『…………………少し時間をくれないか、新しき我が主よ』


どうやら悪魔でも、意味不明な時は人と同じ表情をするらしい。





「どうぞ。粗茶と煎餅」

『……どうも』


机を挟み、スズッと2人してお茶を啜る。

そうして切り出したのはセイルの方だ。


『……して、主よ。もう一度、願いを聞いてもいいか?』

「だから、焼肉食いに行くのについて来て欲しいんだって。ほら、1人だと食える量というか、種類が限られるし」


『それは、あれかな。私が従者になったという暁に祝杯の宴か?ウェルカムドリンク的な』

「いや違うけど。もしかして、形式としてそんな儀式必要だった?」


カルビ、タン、ハラミ、ロース、その他ホルモン。諸々食いたいが、1人だといかんせん食べれる数が限られる。1人用焼肉専門店もあれはあれで良いが、普通の焼肉屋とはどこか違うと感じてしまう。


魔術師の男は焼肉に思いをはせている中、向かいに座る悪魔、セイルは殊更に頭を痛めたようにこめかみを押さえる。


『失礼を承知で言わせて貰うぞ、我が主よ。────友達に頼めよ』

「頼める友達がいないから頼んでんじゃん」


……………………あ、セイルが項垂れた。


しばらく机に突っ伏したセイルのつむじを魔術師は見ていたが、むくりとセイルが顔を起こし復活した。


『……今まで多くの人間を見て来たが、ここまで馬鹿げた願いをされるのは初めてだぞ』


失礼な。俺は真剣だ。


「一応言っとくが。焼肉以外にもあるからな、願い」


その言葉を聞いて、セイルはそうだよなと安堵した表情を浮かべ、


「他にも、パンケーキとか回転寿司なんかもついて来て欲しい」


ただ単にパンケーキ食べたいだけなんだが、男一人でスマホ片手にキャッキャウフフしてる女性陣に混じるのはキツイものがある。


ふとそんなことを思いながら、セイルを見れば、またつむじがコチラを向いていた。


『主よ。ゴエティアは凡人には開くことすら出来ないのだぞ。この魔導書を使い熟す技量と才覚を持っているのならば、もっとこう……あるだろう。なあ?』


甘い誘惑とかではなく、悪魔に諭されてしまった。


……というか、先程から気になっているのだが。


「なあ、セイル。お前って本当にセイルだよな。いや、お前が本物の悪魔のは分かるが、どうにも伝承と齟齬があるからさ」


こいつは契約を結んでいるので、マジもんの悪魔なのは疑いの余地もない事実。


悪魔、セイル。

セーレとも、セアルとも呼ばれる。

彼の悪魔は召喚者の前に、翼の生えた馬に乗ったの姿で現れるといわれる。


故に始めから疑問が湧いて仕方がない。


「馬がいないし。それに、セイル。お前はどう見たってに見えるんだが。それとも性別変えられるのか?」


セイルは何処からどう見ても、美男子ではなく、美女。


俺の疑問に、セイルは「ああ、そんなことか」と顔を上げる。


『いや、この姿こそが私の真の姿だ。男性という記述は、当時のニーズに応えるために男装して男のフリをしていただけだ』


当時のニーズ?

女性の方が受けが良さそうなんだがな。


『魔術が一番盛んだった時代は、中世。その頃って結構男色家の話を聞くだろ。今でこそ厳しいが、かつてはそのせいで寄生虫問題も酷いもので……日本でも浮世絵で男同士の交りが書かれていた具合だしな。つまりは、美男子キャラの方が売れたわけだ』


「身も蓋もない理由だな、おい」


キャラとか言いやがったぞ、この悪魔。

全く、人間というのは理解出来ないとセイルは呟く。


俺も理解したくないね。

聞いたのは俺であるが、聞きたくなかった正直。


「でもまあ。確かにそう考えると男の姿の方が良いか。それに、その顔だ。女性受けも凄いだろうな」

『そうだったなぁ』





『さあ主よ。願いを────』


「キャー!セイル様だわ、モノホンのセイル様!ヤバッ鼻血垂れてきた……すみません、まずは握手と肖像画を。馬に乗った状態のと、こちらで用意しといた衣装で頼みます!あ、良かったらクッキーどうぞ。手作りしてみたんです」





『9割方の魔女がこのように熱烈な歓迎だったな』

「宝塚の出待ちかな」


中世悪魔歌劇団の誕生である。


つまる所、魔女なんざ1日ずーっと部屋の中で鍋かき回してる喪女みたいなもんでもあるしな。

一般人がイメージするようなグラマーな魔女も居るには居るが、悪魔召喚に傾倒している魔女の中では少数である。


なるほど、男装の理由は分かった。


「なら、馬は?その話だと昔は出てたようだけど」

『召喚者が呼び出した場所が狭い場合は置いてくるようにしてるのさ。悪魔は天使と違って臨機応変に対応するからな』


魔術師はぐるりと自身の住まいを見渡す。

世間一般的な1LDK。むしろ、少し広め。

だが、確かに馬を入れるにはちと狭い。


……俺はこの部屋のサイズ、気に入ってんだけどな。


馬がいなかった理由俺でした。

本人はそんな気は無かったのだろうが、少し傷ついた。


『で、我が主はどうする?』

「どうする?何を?」


おうむ返しで尋ねると、察しが悪いなとセイルに苦笑される。


『男装か、それとも女の姿か。どちらが良い?』

「女で!」

『気持ちの良い決断だ』


当たり前だ。

俺にそんな特殊な嗜好は無い。


『なら、姿形を現代にするとしよう』


そう言うと、ボフンと煙が上がりセイルを覆う。

突然の事ではあるが魔術の関わりがある俺ら魔術師からすれば慣れたもので、驚きはせずそのまま待機。少しけむいけど。


そして、煙が晴れると、


「ふむ……こんなものか。どうだ、主よ。現代の人間と遜色ない姿にしたつもりだが」


頭にあった角は消え、常人でも感じ取れた程の覇気と魅了もなりを潜めている。

伊達メガネに、ホットパンツとパーカー。

優れた美貌にも関わらずに、魔術であろうか何故かそれを感じさせず、至って普通のうら若き女性がそこに居た。


オーラも出てないのに、メチャクチャ服が似合ってる。


「そういうの、どこで学ぶの?」

「anan」

「割と現代派〜」


聞けば、王様のブランチもたまに観てるそうです。

目の前のセイルの口から、まさかそのワードが出るとは思わなかった。


「さてと。こちらは整ったことだし。では主よ、外出の準備をしてくれ」

「準備って……焼肉か?」

「それ以外に何がある。主が言い出した事だろうが」

「いやまあ、そうだけど。渋ってたから意外で?」


「くくく」とセイルはどこか諦めたように笑う。


「勿論、久方ぶりに呼び出されたならば。世界を変えてしまうような大事を引き起こしたい所だが」


物騒なこと言いながらそう区切ると、セイルはコチラに目を向ける。

惹きこまれてしまいそうになるほど深淵の碧眼で、俺の顔を覗き込む。


「────たまには変な主に従ってみるのも一興かと思ってね」

「はっ、そりゃ有難いね」


それはまた願っても無いことだ。


準備をしようと立ち上がりかけて、───恥ずかしながら、まだコチラの自己紹介をしてなかったことに気づく。


「俺は倉橋晴明はるあき。よろしく頼むぜ悪魔様」

「私はセイル。よろしく頼むよ我が主」


こうして変な魔術師と悪魔の契約はなされた。

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