【KAC20252】見えている世界
ゆうり
つまんない日々
自転車にまたがり、長い坂を下っていく。私が住んでいるのは山間の集落だ。中学校までの距離はなんと8キロもある。
その長い長い道のりを私は毎日自転車に乗って通っている。
自転車に乗りながら頭に浮かぶのは『つまんない』の5文字。
毎日長い坂を下って、田舎道を走る。田舎道には驚くほど何もない。
あるのは畑と田んぼと柿山とそれから牛小屋、古びたラブホテルとたまにコンビニ。
ときめく要素など、どこにもない。
「はぁ」
毎日毎日、なんの変化もない日々。そんな日々に私は飽き飽きとしていた。
漫画や小説の世界には、キラキラとした世界が溢れている。
だけど、現実なんて所詮こんなものだ。
お祭りのような文化祭もないし、電車で見かけるあの子とかもない(そもそも電車通学ですらない)。ましてや突然転生していて、私が令嬢!?なんてこともない。
私の日々にあるのは、つまらない田舎道を長い時間かけて自転車で走り、つまらない学校生活を送り、入りたくもない部活で苦痛な時間を過ごし、再び長い時間をかけて、体力も使って家に帰る(登り道が驚くほど辛い)だけの時間だ。
学校に着くと、始業まで時間があったので、トイレへ向かった。個室の鍵をかけ、よいしょっと腰をおろす。
さっそくスマホを開き、待ち受けにしている碧生様の姿を見つめた。
画面の中では白シャツ姿の碧生様が、夏の日差しを纏って美しくはにかんでいる。
碧生様が出演していた1年前のミネラルウォーターのCMはミネラルウォーターよりも透明すぎるとファンの間で話題になった。
幸村碧生――通称・碧生様。
彼女は女性なのだが、まるで王子様のような爽やかさと品のある格好良さが人気の俳優兼アイドルだ。
令和の王子様と呼ばれ、男女問わず幅広い支持を集めている。
最初、碧生様を見たのは、母が見ていたドラマだった。主人公の妹役という目立った役ではなかったが、その美しさはすでに完成されており、私は一瞬で碧生様のとりこになった。
現在17歳で東京の高校に通っているのだという。
碧生様が通っている高校がこの世に存在しているなんてにわかには信じられない。
「……碧生様と同じ学校に通えたら、きっと楽しいんだろうな」
碧生様の学生生活を見れる、それだけで行く価値があるというものだ。
目を閉じて、碧生様の制服姿を想像してみる。
碧生様の毎日は、田舎で暮らす私とは違って、キラキラしているんだろうな。
お祭りのような文化祭が開催されてて、そこで男装カフェの店員とかやって、放課後はメイクしてミニスカートを靡かせながら、代官山とかをぶらついたりするんだろうな。
「……いいなぁ」
空想の世界に浸っていると、始業開始を告げるチャイムが鳴った。私は慌ててスマホをしまって教室へと急ぐ。
またいつもと変わらぬ一日のスタートだ。
あと9時間……。
同時に部活が終わるまでの時間へのカウントダウンを開始する。
碧生様は、きっと、楽しくて目まぐるしい高校生活を今日も送っているのだろう。
カウントダウンなんてする間もないくらいに。
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