【KAC20252】金髪ババァとその息子、そして黒髪の女神

下東 良雄

第1話 金髪ババァとその息子

「ターケーシーッ! さっさと宿題やれ!」


 今日もクソ狭いアパートの部屋に、金髪ババァのしゃがれた声が響く。

 これ以上無視すると、多分寝技に持ち込まれて四の字固め(プロレスの関節技のひとつ。とても痛い)のパターンなので、俺は渋々ランドセルから「小学四年 算数」と書かれた教科書を取り出して、ノートと一緒に居間のちゃぶ台の上に広げた。


「分かんなかったら、あーしが教えっから。小四の算数くらいまかせろ」


 ウソつけ! そう言うからこの間聞いたら、まったく分かんなかったじゃねぇか! なにが「やっぱ、宿題は自分で解くことに意義があるな」だ! 『意義』って漢字で書いてみろ!


「『どうせ分かんねぇくせに』って顔してんな」


 ドキッ!

 ババァ、鋭い!


「正直に言ってみ」

「あぁ、えーと、まぁ、実は――」

「答えによってはパイルドライバーな(プロレスの技「脳天杭打ち」のこと。シャレにならない位に危険な技)」


 小四の息子にかける技じゃねぇだろうが!


「は、母上はいつもおキレイだなぁと、見とれて……」


 ニマァと笑ったと思ったら、急に抱きしめられた。

 女とは思えない筋肉質な胸に頭を抱かれて、ゴシゴシ撫でられる。俺は犬か。


たけしはいくつになっても可愛いなぁ、あーしの育て方がいいんだな、ウンウン」


 てめぇで言って、てめぇで納得してやがる。

 こうして俺は、予告された暴力に屈して従順なペットと化した。


 ふと同じクラスの服部はっとり聖奈せいなちゃんの顔が頭に浮かんだ。

 アイドルみたいに可愛くて、家はお金持ち。お母さんもすっごく綺麗な俺のあこがれの女の子。

 俺はイケメンではないし(自分でブサイクと言いたくない……)、母ちゃんと狭いアパートでふたり暮らし。その母ちゃんは金髪ベリーショートで元ヤン丸出し。毎日汗だくで働いてるから、日に焼けてて筋肉質(ケンカしても勝てる気がしない……)。風呂上がりに素っ裸で部屋の中ウロウロしてビール飲んでるし……ここは酔っ払ったゴリラがうろつく動物園かよ。


 きっと聖奈ちゃんの家はクラシック音楽が静かに流れていて、大きなテーブルでナイフとフォークを使ってご飯食べてて、優しく微笑み合いながらお母さんと上品に会話を交わしているんだろうなぁ。いいなぁ。

 あぁ、あこがれの聖奈ちゃん。

 俺も聖奈ちゃんの家の子になりたかったなぁ。




 結局、宿題はしなかった。



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