第14話:死闘


魔神化したまま飛び乗った城壁の上から見える戦況は、まあ何と言うか絶望的だった。


ぱっと地形が見える範囲は、地面が見えない程に蛮族の群れがひしめいている。

彼我戦力差は10:1というところか。


※第二次世界大戦前に日本で彼我戦力差を調べたら100:1という結果だったが、これをそのまま公表しては開戦前から士気が瓦解するとの判断から10:1という大本営発表が行われたという故事にちなむ。


「…勝機があるとすれば…大将首か」


それを愚直に狙うとなると、敵陣中央に俺と姉さんがそれぞれ孤立する形になるが、それは気にしない。

下手に戦列に加わるよりはこっちのほうがいい。


連携向きではないのだ。俺も、姉さんも。


俺は攻め込んできている狂った数の蛮族の群れの中で、姿が異なる者を探した。


…3体いる。


身長15メートルほどの、もはや怪獣と表現すべきサイズ感のひときわ目立つオーガ。

サイズこそ一般的な範囲だが、明らかに鱗の色が違い、やたらと豪華な大剣を担いでいるドレイク。

そして、とぐろを巻いているから巨大オーガほど目立たないにせよ周囲との比較で2倍以上のサイズだとわかる、豪奢な格好のラミア。


おそらく、オーガキング、ドレイクロード、ラミアクイーンと呼ばれる最上位個体なのだろうが…何故、君主の名を冠する蛮族の頂点が3体の連合軍を結成してまでフィンブルを襲っているのか。


…まあいい。それは今考えることじゃない。


こいつらの動機など知ったことか。俺が考えるべきなのは、こいつらをどう殺すかだ。


「姉さん、一番相手取りやすいのはどれだと思う」


俺が訊ねると、姉さんは即答した。


「あの大きいオーガかな。私は飛べるから、下の雑魚を気にせず戦える」


なるほど、道理だ。

元々魔神化で悪魔のような翼が生えて飛べるようになっていた姉さんの背中には、今では機甲天使じみたより大きな、スラスターまでついた翼がついている。

その機動力が見た目から受ける印象の通りなら、地上からの弓矢など悠々回避して、オーガキングの頭をどつき続けることができるだろう。


「分かった。デカブツは任せる。…絶対に死ぬな。今回ばかりは所有者マスターとして厳命する」


俺は姉さんにそいつとの戦いを託した。


「クサナギくん、ありがとう」


俺の命令、それが弟として姉さんの無事を願う想いからのものだと理解して、物扱いそのものである所有者マスターとしての命令に、姉さんは歓喜の微笑みとともに頷き、飛翔した。


「究極ッ! シュヴェスター…キィィィィック!」


空を切り裂いて駆け抜けた姉さんの一撃は、オーガキングの頭に直撃し、その巨体にたたらを踏ませた。


足元の蛮族が何体か踏み潰され、戦場の視線がそこに集中する。


今だ。


「必殺ッ! ブルーダーパァァァァァァァァァァンチ!」


姉さんのネタに乗っかりつつ、俺は城壁を蹴って飛翔し、ドレイクロードに殴り掛かった。


ラミアが特殊能力モリモリでクソめんどくさい敵なのは昨晩の戦いで思い知っている。

ましてその上位種を単独で相手取るなんてのはまっぴらごめんだ。

ドレイクロードがそれ以上に面倒な可能性も否定できないが、そこはまあ、出たとこ勝負だ。


「なるほど、強い。ヘイムダル様がおっしゃっていた危険な魔人とはこやつのことか」


ドレイクロードは不意打ちだったはずの俺の左正拳を空手で言うところの外受けの要領で防ぎ、何かに納得したかのように俺を見て二度頷いた。


ヘイムダルというのが蛮族の頭領の名前らしいが、そんなことは気にせず、俺は反撃を警戒しつつ死に物狂いでドレイクロードに殴る蹴るの暴行を加える。


が、まるで痛痒を与えている感じがしない。


ノーマルのオーガやラミアを瞬殺できる打撃が、通じない。

これが君主級蛮族というものか…。


「だが、分からんな…我ら三軍将すべてに急行を命じ、都市ごと制圧する必要があるほどの存在とは思えん…ヴァレテルンとモロヴァレイの制圧より優先すべきなのか…こんな、腕が立つだけの格闘家の始末一つが…?」


ぺらぺらと喋ってくれているおかげで、敵がすでに近隣の領土も制圧しようとしていることやら、ここにいる3体の君主級蛮族がどうやら敵戦力のほぼすべてであるらしいこと、何故か敵の首魁は俺を警戒しているらしいことなどが見えてくるが、それどころではない。


死に物狂いで殴り続けているのに、ダメージはむしろ俺の拳に蓄積されている。


「くそっ…強い…!」


周りから突っ込んでくる雑魚は片手間に蹴り砕けるのであまり気にならないが、本命のドレイクロードにはこちらの打撃が通じている気がしない。


「この男に、あの方がああも警戒されるのは何故だ…?」


「ごやごちゃと訳の分からねえことを!」


奴は俺を本気で相手にしていない。

考え事の片手間に、こちらの打撃をあしらっているだけだ。

まるで、癇癪を起こした子供をあしらいながら夕食の献立を考える母親か何かのように。


「さすがに、鬱陶しいな」


もはや感覚もない、血まみれの拳で殴り続ける俺を、ドレイクロードはハエを追い払うような気安さの、雑な裏拳で吹っ飛ばす。


天地が数回入れ替わり、幾度かの衝撃が全身を襲い、俺の体は地面に叩きつけられた。


今の俺が勝てる相手ではなかったらしい。


君主級蛮族はちょっと、桁が違う。姉さんは大丈夫だろうか。


オーガキングのほうに目を向けると、姉さんは自在に空を飛びながら敵の攻撃を回避し、いやがらせ程度の攻撃は継続できている。


そのことに少し安堵しながら、俺は大きく息を吸い込んだ。


恥とか外聞とか、義理立てとか申し訳ないとか、そういう感情はもう、捨てなければならない。


「妖精さん!!!」


魔力を込めて声を張り上げる。

俺の喉から出た声は、叫びというより断末魔と言ったほうがしっくりくるような、汚い絶叫だった。


それでも、俺の期待に応えて集まってくれる、空を埋め尽くすほどの妖精さん。


「「「「「なにー?」」」」」


大量に駆け寄ってくる妖精さんに、なりふり構わず俺は叫ぶ。


「この場の蛮族を倒して、人間を助けてくれ! 手段は問わない!」


「魔人さんに頼られたぞー!」「手段は問わないー!」「急げ急げー!」「救えー!」「傷を治せー!」「蛮族を倒せー!」「妖精の森のみんなを呼んでくるー!」


口々に、楽しそうに妖精語ではしゃぎながら、しかし妖精さんの行動は迅速だった。

ゴブリン程度なら広範囲で殲滅してくれるだろうし、助かる見込みがあれば自力で城壁の中に逃げ込んでくれるくらいには回復もしてくれるだろう。

さらに、森から仲間も呼んでくれるらしい。


そして、妖精さんに回復してもらった俺もまた、立ち上がってドレイクロードに正対した。


「妖精さんにはあとでお供え物しておかなきゃな…甘いお菓子でいいんだっけ、こういう場合」


今度は、周囲の雑魚がちょっかいをかけてくるということはない。

風の妖精さんが口の周りの空気の流れを止めて窒息させたり、土の妖精さんが落とし穴にはめて生き埋めにしたり、火の妖精さんが腹の中から焼き殺したり、水の妖精さんが体内の液体を全部外に絞り出したりと、妖精さんたちによってもう何と言うか目を覆いたくなるような大虐殺の光景が展開されているからだ。


そんな妖精さんたちでも、君主級蛮族に一撃必殺を決めるのはさすがに難しいようだ。


ともあれ、これで彼我戦力差は、数の上では覆った。


結局一から十まで妖精さん頼みなのは情けないが、ここからが、人類の反撃の時間だ。


「第二ラウンドと行こうぜ、ドレイクロードさんよ!」


俺はもう一度、ドレイクロードに殴り掛かった。

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