第6話:異世界でも体育会系ノリは苦手なオタク君

激闘の末、依頼分の薬草と臨時収入のオーガ合計8体の死体を収納魔術に詰めて上裸のままフィンブルに戻り、夕暮れの光が窓から射す冒険者ギルドに提出すると、ギルドは上から下までひっくり返したような騒ぎになった。


やはりオーガは駆け出しが倒すような魔物ではなかったようだ。

ましてや、その数8体。


駆け出しがそんなもんを持ち込めば、それはもう否応なしに目立つわけで。

…いや、目立っていたのは上裸のせいかもしれないが。

ともあれ。


「どうしてこうなった…」


俺は目の前に山と積まれた料理を前に、死んだ魚のような目で呟いた。


「すげえルーキーもいたもんだな…おかげで俺たちも命拾いしたってもんだ」


冒険者登録の時に見かけた、青髪の青年を追放していたパーティのリーダーらしい金髪角刈りの男が飯を奢らせろとしつこいのでやむなく受けたが、俺は正直なところ後悔している。


…酒を飲め酒を飲めとうるさいのだ。

こういう、体育会系の奴は苦手だ。


酒嫌いだと言ったら酒断ちが強さの秘訣ってか、などと皮肉を言ってくるような奴との会話はどうにも楽しめない。


「依頼どおりの2体討伐なら何とかなると踏んでたが、8体はさすがに俺たち『紅剣』でもどうにもならねえ。こう見えて感謝してるんだぜ? 俺はよ。…だから遠慮せずに飲めって」


本人なりに、ほとんど死地といっていいオーガの討伐依頼を受けずに済んだことには感謝しているつもりらしい。

しかも依頼掲示板では2体しか目撃情報がない扱いだったらしく、オーガ2体との戦闘を前提に準備して挑んだ結果、4倍の8体にボコられて彼らが全滅する、というオチになるところだったようだ。

それならきっと、この男の感謝に嘘はないのだろう。


酒を無理強いしてさえこなければ、その感謝を素直に受け取れたのだが。


まあ、魔神化は使うとめちゃくちゃ疲れて腹が減るし、今日の魔神化はちょっと特殊だったのもあって腹はものすごく減っているので、俺は黙々と目の前の皿の料理をほおばることで口を塞いでいる。

物を噛んでいれば、酒を飲まない理由にも、喋らない理由にもなる。


そんな俺を見て、金髪角刈りの男はウェイトレスを呼び止めた。


「気持ちのいい食いっぷりだな。クサナギっつったか、お前、好きな食いもんは?」


どうやら追加注文の希望を聞いてくれるらしい。正直に答えておこう。

俺は口の中のものを飲み込んだ。


「鶏肉と根菜のクリームシチュー。パンと果物がついてくれば言うこと無しだな」


金髪角刈りの男は腕を組んで何度も頷いた。


「バランスのいい食事が強さの秘訣その2ってとこか。ストイックな野郎だぜ」


バランスのいい食事。

中世風味のファンタジー世界で飛び出す単語としてはかなりトンチンカンだが、この世界では食事にバランスの概念が存在する。


といっても、この世界の栄養学は生前の世界の栄養学とは根本から異なる。


一言で言えば、世界の構成要素である地水火風の四大元素に対応する属性のバランスがよくなるように、なるべく色々なものを食べましょうというものだ。


野菜は土の属性に対応し、特に根菜は強く土の属性を持つ。

水棲生物一般は水の属性、鳥は空を飛ぶため風の属性に対応する。

複数の属性に対応する食材もあり、鴨などの泳ぎができる鳥は棲む場所が複数あることから水と風。

獣の肉は、草を大量に食べ水を大量に飲むからか、土と水。ちなみに油や乳は液体のため水が強め。

小麦や果樹の実は植物であり高い位置(つまり空に近い)に実りをつけるため土と風。


このような魔力の属性のバランスをうまく取り、食材として存在しない火の属性は煮炊きによって補うのがこの世界の栄養学だ。


このため、この世界の貴族は普通に根菜も食う。火の属性や風の属性が尊く、土の属性は卑しい、といった序列付けはなく、全ての属性は世界の構成要素として等価なのだ。


ちなみに姉さんの好物はじゃがいもに小麦粉の衣をつけて豚の脂で揚げたものだ。

生前の栄養学では炭水化物と脂質の塊であるフライドポテトも、この世界ではじゃがいもの土、小麦が持つ風、豚の脂が対応する水、そして高温で揚げることで火と、魔力属性バランスに優れた健康食である。


ミラもエネルギー効率がいいとか言って姉さんと並んでフライドポテトを凄い勢いでむさぼっているあたり、本当に魔力的に優れているのかもしれない。


そんなことを考えていると、食事の手が止まり、口の中のものがなくなってしまう。


「で、どんな手品を使ったんだ? いくらなんでもオーガ8体を…」


待っていたとばかりに訊ねてくる金髪角刈りの男に、俺はため息をついた。


…結局聞きたいのはそれか。


「死にたくなくて死に物狂いで抵抗した、正直よく覚えていない」


ギルド職員の取り締まりじみた事実確認を乗り切るために使った言い訳を、俺は食い気味に答える。


「…お前さんの魔神化は能力上昇幅の桁がおかしいのかね…その秘訣が食生活か?」


さらっと、俺が魔人であることを見抜いているとアピールしてくる金髪角刈りの男。

やはり、この男は油断ならない。


「好きに勘ぐればいい」


俺はまた食べ物で口を塞いだ。


「取りつく島もねえや、こりゃ」


金髪角刈りの男は、仲間に向かって肩をすくめて見せる。


その直後、冒険者ギルドの受付嬢が一人、半泣きでこちらに駆け込んできた。


「ブランドルさん! カイトさんを見ませんでしたか!?」


それに応じたのは金髪角刈りの男。どうやら彼はブランドルというらしい。


「カイト? 今朝パーティから叩きだしたっきり見てねえな。何があった」


訊ねるブランドルに、受付嬢は今にも泣きだしそうな顔で訴える。

話の流れから推測するに、カイトというのは今朝このブランドルのパーティから追い出されていた青髪の青年のことのようだが。


「カイトさんが新人さんを連れてのゴブリン討伐からまだ戻ってこないんです…」


どうやら、そのカイトが危険な状況にある可能性があるようだ。

ブランドルはおもむろに席を立ち、仲間たちを見回した。


「…おいおめえら、足元ふらつくほど飲んでねえだろうな」


ブランドルはカイトを救助に行くつもりのようだ。

それを受けたブランドルの仲間は、既に全員席を立っていた。


「飲んでいるのはお前ひとりだ、ブランドル」


緑髪のイケメンエルフ魔術師が苦笑し。


「もちろん、いつでも行けるよ!」


赤髪の獣人少女も矢筒を肩にかけ。


「早くカイトさんを助けに行きましょう」


金髪の神官少女も、一瞬で雰囲気が凛とした戦士のそれに変わる。


…これが、熟練の冒険者か。


さて、足手まといの俺はとっとと宿に戻って寝るとしようと、彼らに背を向ける形で席を立ったのだが…。


「え、来てくれねえのかよクサナギ」


ブランドルに呼び止められ、逃げるタイミングを失った。


なんでこの体育会系金髪おじさんは俺がついていくと決めつけてるんですかねえ…!

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