ファンタジー世界にオタクに優しいギャルなんているわけないだろと思ってたら姉さんが変身ヒーローやり始めました。もうだめです

七篠透

第1話:祝福して送り出した姉が…

フィンブル辺境伯領の女衒街、その中でも特に奥まった場所。

早朝のさわやかな空気の冷たさも、この場に満ちる澱んだにおいを取り去ってはくれない、あまり長居したいとは思えない掃き溜め。


「兄ちゃん、遊ぶ前にかき氷はどうだい。うちのは特別製で、精がつくぜぇ」


屋台に立つガラの悪い男の下卑た呼び込みに、俺は一度足を止めた。


…かき氷。

かき氷の屋台である。

中世風味のファンタジー世界でまさかのかき氷である。

この世界に転生して初めてかき氷の屋台を見たときはめんたま飛び出るかと思ったものだ。

ましてや、ここは王侯貴族が一世一代の威信をかけて提供するパフォーマンスの場などではなく、薄暗い女衒街。


時代考証的には主に砂糖的な意味で生産が絶望的なフレーバーつきシロップ、氷を継続的に削れる強度の刃物を含む削り器が作成可能な工作技術、そして、削るそのときまで氷を氷のまま保管できる冷凍技術がなければ成立しない高度文明の産物が、この見た目中世な世界には、庶民がおやつ感覚に食えるお手頃価格で当たり前に存在する。


魔術というもはやご都合主義の塊レベルの便利文明がこの世界には存在しているためである。


もっとも、その魔術をかき氷のような娯楽に使える場所ばかりではなく、魔術という高度文明がそもそも行き渡っていない貧しい村や開拓地も存在するのだが。


「食ってくかい?」


「やめておく」


「…冷やかしかよ」


舌打ちするガラの悪い男を無視し、娼館が立ち並ぶ薄暗い通りをさらに進む。

かき氷に限らず、生前の世界で喩えるなら縁日めいた屋台が立ち並ぶ通りを抜け、俺は今回の目的地、最高級の娼館…の隣の、一軒のゴーレム店へと足を踏み入れた。



最高級の娼館の隣にあるゴーレム店が作業用などの真っ当なゴーレムを扱うはずもなく、アパレル店のマネキンのような様相でショーウィンドウに陳列されているのは、見目麗しい女性型のゴーレムばかり。

ファンタジーなこの世界でのゴーレムをSFでのロボット、アンドロイドになぞらえるなら、ガイノイドやセクサロイドにあたる愛玩用ゴーレムだ。


見惚れるようなプロポーション、染み一つない肌、みずみずしい感触の肉付きの全てを併せ持つ完璧な女体を持ち、命令にも従順、壊してしまっても修理すればいい愛玩用ゴーレムは、穢れた欲望のはけ口として一定の人気がある。


もちろん安いおもちゃではない。


そんなものに金をかける余裕がある奴がいるということそれ自体、国の、そしてこの都市の豊かさの証明でもあるが、それでも、人形との戯れは二流の慰みとされるのが常だ。


それ専門という倒錯した趣味の持ち主でもなければ、多くの男はゴーレムを買うのではなく最高級の娼館で本物の女と過ごす一夜を望むだろう。


だが、倒錯した趣味を持つ者ももちろん世の中には一定の割合で存在するし、ゴーレムの完璧さを持つ本物の女体、などという欲望の特盛セットを求めてやまない変態も枚挙にいとまがない。


そして、俺が求めるものも、そういう存在に該当する。



ゴーレム店をしばらく物色していた俺は、美しい女性店員に声をかけられた。


「お兄さん、ゴーレムをお探し? なら、あーしなんてどう? ちょっと値は張るけど、自己修復機能がついててランニングコストまで考えればお買い得なの。遺失技術ロストテクノロジーみたいでさ。あーしこれでもレアものなんだよ。どう?」


美しい女性というよりも美少女という表現が当てはまる外見のそれは、前の世界での感覚で表現するなら、ギャル系、とでもいうべき外見をしている愛玩用ゴーレム。


その美術的な価値もさることながら、俺がそれよりも驚いたのは、彼女のソフトウェア面の性能だ。


単に機械的に恭しい執事タイプや、命令受諾と故障通知の機能しか持たない作業員タイプなどもあまた出回る中で、彼女は友人のような距離感で気安く話しかけ、しかしこちらに不快感を与えないだけのコミュニケーション能力を持っている。


これほどの優れた人工知能…さぞ高名な操霊術師の手がけた作品に違いない。

自己修復機能という話もそうだが、古代のゴーレム作成技術はちょっと、気が触れているレベルではないだろうか。


彼女の言葉が事実であるかを確認するため、俺は物品鑑定の魔術を使用する。


物品鑑定の魔術が示した彼女の性能は彼女の言葉と矛盾なく、また、彼女が口にした以外の機能も俺に認識させてくれる。

しかし、物品鑑定の魔術が反応した時点で、彼女は俺が求めている存在ではない。


物品鑑定の魔術は、命を持つ者には反応しないのだ。


「ハーフゴーレムでもないのにそれだけ人に近い挙動ができるのか。凄いな…」


ハーフゴーレム。

その単語を聞いた人形ゴーレム少女はすっと目を細めた。


そういう表情もできるらしい。

彼女の高性能さには舌を巻くばかりだが、それは本題ではない。


ハーフゴーレムとは、人間やエルフを改造することで作り出された、本物の命と感情を持つゴーレムだ。

SFになぞらえるならサイボーグや改造人間に当たる。


あまりに非人道的なその単語を女衒街のゴーレム店で口にした俺を、犯罪をも厭わぬ百戦錬磨の遊び人と判断したのか、人形ゴーレム少女は縋るように俺を止めてくる。


「…お兄さん、見た目のわりに遊び慣れてる? 悪いことは言わないから、あーしで妥協しておきなよ。あーし、精一杯尽くすから…ね?」


人形ゴーレム少女の表情は、完璧なまでの心配のエミュレートを成し遂げていた。


これほどの情緒を表現できるとは…。

正直、物品鑑定の魔術が反応したことが不思議でしょうがない。


それはさておき、ハーフゴーレムの製作、売買は当然、違法だ。

使用が違法でないのは、家族がハーフゴーレムにされた者が、変わり果てた家族をそれでも受け入れてともに暮らすことまでをも咎めるのは酷であるという配慮…を隠れ蓑にして、『知らずに買った』と言い逃れしたい悪徳貴族が自分たちのために用意した抜け道に過ぎない。


鑑定系の魔術を使える人間が極めて少ないせいで、その言い訳が通る世の中なのが腹立たしい。


「わかった。君にしておこう」


俺はそう言いながら、人形ゴーレム少女に一枚のメモを手渡した。

そこには俺がここに来た本当の目的が端的に描かれている。


『行方不明の姉を探している。ハーフゴーレムがあるなら見るだけ見たい』


人形ゴーレム少女は頷き、奥を指さした。


俺が周囲に聞かせるための嘘をつき、本音をメモで伝えたことをも正しく判別し、言葉によらずに案内してくれる。


もはや彼女の性能には絶句するしかない。

仮にこの店に姉さんがいなくても、この人形ゴーレム少女が手に入るなら悪くないと思えるレベルだ。


そして幸運なことに、この店ではハーフゴーレムもこっそり取り扱っているらしい。

フィンブルに来てから半月、ハーフゴーレムを扱っている店はここで6軒目。

運命的なまでにいい買い物ができたこの店なら、あるいは。



店の奥に進むと、ガラの悪い男が一人座っているカウンターの後ろに、7体のゴーレムがスリープ状態で、立ったまま眠るような姿で置かれていた。


「兄ちゃん、随分若いな。訳アリか」


俺をじろりと一目見たガラの悪い男は、それだけ言って、後ろのゴーレムに向けて顎をしゃくって見せた。

どうやら、そこの7体がハーフゴーレムらしい。

物品鑑定の魔術は、どれにも反応しない。

間違いないようだ。


そして、人物鑑定の魔術を使用。

…ビンゴ。

どうやら今日の俺はついているらしい。


「そんなところだ」


店員らしい、ガラの悪い男に頷きながら、俺は眠っているように目を閉じている女性型のゴーレムのうち右から2番目の1体、長身巨乳で金髪の女性型ゴーレムを指さした。


それこそ、俺の姉、正確には義理の姉サフィーネの成れの果てだった。

祝福して送り出した姉がこんな状態で売られているのは、あまりにも忍びない。


あーしを買いたいって」


そして、あくまでも通常の取引に見せかけるためのやり取りを継続させるため、人形ゴーレム少女が合いの手を入れつつ、俺のメモをその男に手渡す。


「おいおい、うちで一番の高級品だぞ。情報料は安物のパーツで済ませるのが相場だろうが」


ガラの悪い男は呆れたように肩をすくめながら、メモをタバコに火をつけるような仕草で燃やした。

それを、俺も人形ゴーレム少女も咎めない。

このメモはハーフゴーレム取引の証拠になりうるので、残すわけには行かないのだ


「割と本気で彼女に惚れたと言ったら、笑うか?」


そして真顔で返す俺に、ガラの悪い男はため息とともに鼻を鳴らした。

どうやら、相当呆れられてしまったらしい。


「そいつの値段は12万シルバ。それと…」


人形ゴーレム少女の値段を答えたガラの悪い男は、俺の姉だったものを親指で指し示し、続けた。


が、8万シルバ。しめて20万シルバだ」


超高性能な最高級品とはいえ、中古のゴーレムの三分の二。


それが、姉さんの値段だった。

最愛の姉の値段としては、腹が立つほどに破格だ。


あくまで売買が違法なだけで、こういう形で別の取引にすれば問題にならないのだから、法というのは本当に、法を作った悪党に都合のいいようにできている。


法治国家やめたら? とも思うが、まあ、言っても詮無いことだ。

そもそも王政下の封建社会での法律など、目安でしかないのだから。


俺は1万シルバ金貨20枚をカウンターに積んだ。


「数えてくれ」


俺が言うと、ガラの悪い男は先ほど呆れかえっていたのが嘘のように愛想笑いしながら揉み手してきた。


「値引き交渉も分割交渉もなしで一括か…お大尽だねぇ。系列の娼館があるんだが、どうだい? もてなすように言っとくぜ?」


あまりにもわざとらしいその態度に、俺はうっかり、こっちの人形ゴーレム少女を見習えとか口走りそうになりつつ、努めてにこやかに手をひらひらと振った、


「悪い、俺はドールフリークなんだ」


ガラの悪い男は、ふっと小さく笑った。


「だろうな。…もう二度と来るんじゃねえぞ、カタギの兄ちゃん」


二度と来るな、というその言葉が思いやりであることを、俺は過たず理解した。

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