第6話 生存競争開幕――敗北からの再出発
よく寝た気がする。
寝不足感が一切ない。
「これが、デジタルデトックスか!」
なんと言っても俺は、カフェイン中毒だったからな……。
何度、カフェインをやめろと怒られたことか。
「陽也さん。おはようございます。念のため治療に問題がないか確認しますね」
エレナが今日も優しい笑顔と共に病室に入ってくる。
「エレナさん。おはようございます」
朝起きて人に会うとか何年ぶりだろうか。
しかも!朝から美人さんに会えるなんて、今日は良い一日になりそうだ。
異世界万歳!
軽く身体を動かしてみるが、違和感は全くない。
痛みも残っていないし、特に問題なく退院できそうだ。
「身体の調子も問題ないですね。今日から冒険に出ても大丈夫ですよ」
「分かりました!ありがとうございます!」
「お大事に!」
エレナに礼を言い、診療所を後にした。治療費はハイアエルが出してくれたらしい。何から何まで世話になりっぱなしだな。
「さて、どうするかな。冒険に出てもまた負けそうだし……」
そういえば、ギルドで初心者訓練をしているんだよな。ラノベでも、慎重すぎるくらいが生き残るコツだ。生活魔法も覚えたし、この調子で成長を続けるか。
よし、訓練を受けてみよう。
診療所と違い冒険者ギルドは、活気に満ちた賑やかな空間が広がっていた。
もっとも、診療所が賑わうなんて色々不謹慎すぎて、実現しないで欲しいが。
それよりも、ハイアエルによるとギルドでは敬語を絶対に使うな。とのことだ。
敬語を使っているとなよなよして、頼りないと判断されるらしい。
そんなもんかね?
「こんにちは、依頼の受注ですか?」
「いや、依頼じゃない。初心者訓練を受けたいんだが、受付はここで合ってるか?」
「はい!大丈夫ですよ。ちょうど1時間後に訓練がありますので、登録しておきますね。時間まで外出されますか?」
おなかがすいてたら、例のサンドイッチを買いに行くんだけど、病院で朝ご飯食べたしな。外に出ても1時間じゃ何もできないし、ここで時間を潰すか。
「ここで待っているよ」
「かしこまりました。訓練場や資料室などの設備を使われますか?」
いち早く訓練をしたいが、嫌でも後でするだろうからな。資料室で情報を集めるか。周辺の地図や魔物の特徴を頭に入れておくのも悪くない。
特にレプスの――。
「資料室を使わせてくれ」
「かしこまりました。ご案内いたしますね」
無料で情報を公開しているギルドは、本当に良心的でありがたい。冒険者の生存率が上がれば、結果的にギルドの利益にもつながるのだろう。クエストの成功率が依頼の数に比例するだろうし。まさに損して得取れだ。
「この部屋の資料は持ち出し厳禁ですのでご注意ください。お時間になりましたらお声がけいたしますね」
「ありがとう。助かるよ」
まずは地図から確認する。
ここパーラの北には山岳地帯が冒険者の行く手を閉ざすように立ちはだかっている。そして、それ以外は初心者向けの草原が広がっている。山岳は高ランクの冒険者向けだそうだ。ドラゴンが多く生息しているらしく、環境も相まってかなり難易度が高くなりそうだ。
今は、手を出さない方が賢明だな。
次に気になるのは、あの忌々しいレプス。
「なるほど……脚力を奪うのが基本か。やっぱり、初撃を外したのが大きなミスだったな」
資料を読みながら前回の戦いを振り返る。
ロングソードの重さに慣れていなくて、完全に武器に振り回されていた。それに、最後の立ち位置が正面だったのも良くない。スピードが武器の敵に反応速度で挑んだのがおろかだったな。
うん……。負ける訳だ。
「お時間になりましたので、訓練場に移動をお願いします」
もう一時間か。
攻略情報を読んでいるみたいで、どこかワクワクしている俺がいる。
この世界では、情報がすぐに戦力にならないのが、もどかしい。しかも、ゲームでの知識を活かすにも、現実の冒険は身体を動かさないといけないから難しさが残る。
だが、やるべき事は明確になり始めた。
少しずつだが、自信が湧いてくる。
「陽也さんのメイン武器はロングソードなので、こちらでお待ちください」
集中しないとな。
気を引き締めて訓練に臨もう。
今はレプスとの反省会ではなく、訓練。切り替えが必要だ。
なるほど、これが冒険者ギルドの訓練場か。
訓練場は、もっとフィールドを再現した箱庭みたいな場所を想像していたが、実際は普通の運動場だった。何よりも目をひくのは、高い壁が周りを取り囲んでいる事だろうか。魔法や弓矢などが外に流れていかないように対策しているのだろう。
「それでは、がんばってくださいね」
「案内ありがとう」
俺に遅れて、参加者が次々と集まってくる。ロングソードがやっぱり一番人気か?
ここにいる参加者が、一番多いように見える。
「時間になったから訓練を始めるぞ。ロングソードの訓練教官を務めるヴェルリアだ。よろしく頼む」
ヴェルリアと名乗る小柄な天使の女性が説明を始める。
彼女の鋭い目つきに、自然と背筋が伸びた。見た目では判断できない実力を感じる。彼女がハイアエルの言っていた指導者だろうか。
雰囲気も相まって、ハイアエルが太鼓判を押す人物に期待が高まっていく。
「今回の訓練では、武器の訓練を行った後に、野営の練習と魔物の解体を行う予定だ。今日と明日の午前中の約2日間で訓練を行う。お前らひよっこ共が自分の足で立てるように指導を行う。もしも、やる気がないものがここにいるなら今すぐ帰って良いぞ」
誰も帰らずに真剣な顔をしているのを見てヴェルリアは、満足そうにうなずき話を続ける。
「まずは、私の素振りを見て学べ」
ヴェルリアがロングソードを構えた瞬間、まるで風が止まったかのように場の空気が張り詰めた。風が、音が、地面が、すべてのものが攻撃されないように隠れた。
瞬きをした瞬間、大気を引き裂いたかのような一閃が走る。
『チンッ』
残心を残しつつ、ヴェルリアのロングソードが鞘に収められる。
当たれば、間違いなく命がなかった。だが、その美しさに思わず拍手したくなる。
力強さとしなやかさが融合した一撃。
静と動。
「綺麗だ……」
誰かがつぶやいた。
強い。まさに芸術。
「……やばい、俺らがあんな風に剣を振れるようになるのか?」
我に返った冒険者たちが周りで不安げに話している。
「なんだ。怖じ気づいたか」
ヴェルリアが、楽しそうに参加者を見つめている。
俺が振り回されていたロングソードをこの体格でここまで完璧にコントロールできる技量に圧倒される。
まさに敗北をしたからこと感じる格差というものがある。
力、技術、知識……何もかもが足りないと痛感する。
怖じ気づいた。確かにそうかもしれない。
ただ、俺の目指すべき正解の1つが目の前にある気がする。
「じゃあ、全員、素振りをしろ」
ヴェルリアの声で我に返る。未熟な俺は、1回でも多くロングソードを振らなければならない。昔、体育で剣道をやったことを思い出しながら、真似をして素振りを始める。
やはりというべきだろうか。
ロングソードの重さに振り回されそうになり、まともに振れない。
レプスとの戦いでも感じたがこれは訓練が必要だ。
「陽也、次はお前だ」
ヴェルリアが腕を組んで俺を見つめる。
「全身で振れ。剣を動かすんじゃない、お前が剣と一緒に動くんだ」
俺は、ぎこちなく剣を振るう。
勢いよく振り下ろそうとするが最後は、ロングソードに振り回されてしまう。
「力を入れすぎだ。肩が上がっているぞ」
「もっと重心を低く、後ろに置け!身体が突っ込んでるぞ」
ヴェルリアから叱責が飛ぶ。厳しいように聞こえるが、俺が理解できるように実践して見せてくれる。
全身を使うこの動作、想像以上にきつい。腕から背中、そして下半身へと負荷が伝わる。だが、この壁を乗り越えなければ生き残れない。
「一撃で敵を倒せればいいが、基本的には無理だ。次の動作で攻撃・防御どちらでも対応できるように、振り切った時に体の緊張を解かないようにしろ」
そうか、レプスとの戦いで剣が地面に刺さり、次につなげられなかったのも良くなかったな。
息を切らしながらがむしゃらに剣を振るう。全く思うように剣が動いてくれない。
「……まぁ、最初はそんなもんだ。でも、感覚は悪くないな。続きは、またいずれな」
ヴェルリアは、そう言い残し、別の訓練生の方へ歩いていった。
しばらく練習を続けていると、だんだんと剣の重さに体が慣れてきた。無駄な力が抜け、自然と動けるようになっている。剣がどこか軽く感じられる。しかし、同時にしっかりとした重さも感じる。
魔法のように目に見えた変化はない。だが、確実に何かを掴んでいる。
俺の周りでも他の冒険者が真剣に素振りをしている。
彼らもまた、必死に自分を鍛えている。
俺だけじゃない。みんな、生き抜くために努力してるんだ。
そう思ったら、自然と剣を握る手に力がこもった。
何度も剣を振るうちに、腕の疲労が限界に近づいていた。
けれど、それ以上に——
ロングソードが、不思議としっくり手に馴染んでいる。
まるで、剣が俺を導いてくれるような感覚……。
「これが、剣を扱うってことなのか……!」
ステータスボードを確認すると、
『スキルを獲得しました:☆1 長剣術基礎』
の文字が浮かんでいた。
「よし!ちゃんと習得できた!」
俺は息を整えながら、ゆっくりと剣を握り直す。
たったひとつのスキル。でも、俺にとっては大きな一歩だ。
初めての攻撃系のスキルを手に入れ、胸が高鳴る。効果を確認すると、「☆3以下の長剣系スキルを覚えられる」とある。
次はアクティブスキルの獲得を目指そう。
俺は、確実に前に進んでいる。
それでもまだ足りない。もっと強くならなきゃならない。
地球で失った人生をどうにか取り戻したい。
自然とそう思うようになった。
俺の一撃には、確かに意味がある。
生きるために、戦うために。
「次は……必ず仕留める」
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