第3話 情けは人の為ならず
お隣さん(
そして、【
VTuberはゲームをしながら楽しく話しているだけの仕事だと思われがちだ。
まあ、実際に文字にするとそうだから間違ってはいないのだが。
でも、常に喉を使うし、配信時間(活動頻度)はそのままチャンネル登録者数とファンの数、つまり結果に繋がっている。
要するに、何よりも体が資本のお仕事。体を壊したらそれだけで致命的。個人勢だとそのまま忘れ去られてしまうことも……。
それにもかかわらず、無理をする配信者(VTuber)は後を絶たない。だってその分、結果に繋がるから。
あるいは強迫観念があるのかもしれない。
配信しなければファンが増えない。むしろ減ってしまう。
なんて考えてしまうと、休むのが怖くなる。
お隣さんはその呪縛に苦しめられていた。
その上で、慣れない土地での一人暮らし。
配信技術が未熟以前の問題である。
――というわけで、今の私が推しにできること。
それは……。
* * *
お隣さんが倒れた次の日の夕方。
早速、私はお隣さんの家のチャイムを鳴らした。
『ピンポーン♪』
在宅中なのは知っている。体調不良で養生していることも知っている。
SNSで投稿していたし、壁が薄いので、雑談のネタのために撮り溜めていたアニメを観ていることも当然知っている。
マネージャーとも連絡していたらしい。多分、こっぴどく叱られたのだろう。こればかりはマネージャーの肩を持ちたい。
「はーい、って、お、おとなりさん!?」
「こんばんは」
「今日はどうしたんですか? もしかして……、また一緒にいてくれるとか?」
上目遣いで目を輝かせないでほしい。そこまで暇じゃないんだけど。
私は手に持っていた風呂敷をほどき、ジップロックの容器に入った物を見せる。
「これ、私の夕食。ちょっと作りすぎたからお裾分け」
「え……。あ、ありがとうございます……」
さらに私は、別のジップロックの容器を渡す。
「あと、これは薬。風邪薬に解熱剤とか」
「あ、ありがとうございます!」
「一人暮らしなんだから、薬はきちんと常備していないとダメだよ! ライフラインはしっかり確保しとかないと!」
「はい。これからは気を付けます!」
返事だけはいいんだよね、この子。
今日、私は薬局に行って、女の子の一人暮らしに役立つ薬を一通り買って入れておいた。
ついでに、おすすめの喉の薬も多めに入れておいた。気付くだろうか……。
「彼氏とか、いないんでしょ?」
ついでに、余計なこともチェック。念のためにね……。
「もちろんいません! 今はおとなりさんがいるので大丈夫ですっ!」
ん……? 何か微妙に会話が噛み合っていない気が……。気のせいかな!?
「いや、私を当てにしないでほしいんだけど。本当にやばかったら、職場の上司とかに連絡してね」
「いえ、真っ先におとなりさんに連絡しますっ!」
いや、一番はマネージャーにしろよ!
「じゃあ、私はこれで」
「何から何まで、ありがとうございますっ!」
私は背中で手を振った。
「それに料理ができるなんて、本当にすごいですっ! 残さず食べますねっ!」
「うっ……!?」
私はすぐに家の中へと逃げ帰った。
* * *
この日から私のお隣さんへの差し入れが始まった。
夕食限定で、毎日、日替わりで料理を届けている。
なんでコープ●リ、いや、ナッ●ュみたいなことをしているんだか。
どこでもいいから、食材宅配サービスはさっさと【立木スズメ】に案件を投げろ!
喉から手が出るほど、彼女は案件をほしがっているから!
はぁ……、どうしてこうなったのやら……。
しかし、私の行動はすぐにお隣さんの結果に表れ始めた。
一言で言えば、【立木スズメ】大復活だった。
リスケは一切しなくなった。配信時間に遅れることもほぼない。
朝枠もきちんと起きて、通勤、通学前のファンに元気な声を届けている。
最初はマネージャーに色々と止められていたみたいだけど、復活してからは、結果でそれを退けている。
いや、ファンからしたら休んでもいいんだけど、本人はやる気に満ちあふれているみたい。
元々、元気のある陽キャ寄りの女の子。地方の田舎出身なので、体力にも自信あり。
体調が万全だったら、彼女の進軍を阻む壁は何もない。
もちろん、配信技術が未熟なところは否定しない。だけど、経験値が足りないとも言い換えられる。
まずは何事も、配信しないと始まらないのだから。配信内でのリスナーのやり取りも、徐々に覚えていけばいい。
さて、私は推しのために、自分の貴重な時間を使って差し入れを作っているわけだけど、嬉しい誤算もあった。
『ピンポーン♪』
これは私の家のチャイムの音。お隣さんと同じだ。
ドアを開けると、お隣さんが大きな荷物を抱えて、笑顔で立っていた。
「これ、実家から送られてきたお米と野菜ですっ!」
「もらってもいいの……?」
「はいっ!!!」
「あ、ありがとう……。って、10キロもあるんだけど……」
なんでこの子、涼しい顔をして10キロのお米を持てるのよ。普通の女の子なら無理でしょ……。体力がありすぎる……。
それに野菜も大きなビニール袋一杯に……。なんでお米と一緒に持てるの。ドン引きなんだけど……。
ただ、物価高が騒がれる今、食材の差し入れはすごくありがたい!
お米は大事と存じます。ついでに野菜も助かります。
「お父さんとお母さんが勝手に送ってくるんです。食べきれなくて困っていたんですけど、おとなりさんが喜んでくれてよかったですっ!」
「そうなんだ」
「私だけだと腐らせるだけですし。それに実際にいくつか腐らせてしまいました」
上京してきて、食欲も下がっていたみたいだしね。それにしても、もったいない!
あー、10キロか……。少し多いかな? 二人で食べればいけるかな?
虫には気を付けないと……。
「じゃあ、ありがたくもらっておくね!」
「はいっ!」
というわけで、日頃の差し入れのお返しとして、私の手元にはお米と野菜が残った。
トータルで見たら、食費は前より抑えられた気がする。
情けは人の為ならず。こういうことなのかもしれないね……。
* * *
さらにそれから数日後、私はお隣さんの家に招待された。
正確に言うと、ずっと家に来てほしいと誘われていた。今回はそれを断り切れなかった。
お隣さんの家で行うこと、それは鍋パーティー(鍋パ)だった。
招待されたからには、私は何かする必要がないはずなんだけど、なぜか今、私はお隣さんの台所で鍋に入れる野菜などを切っていた。
お隣さんは、料理をあまりしないらしい。あと普通に私の方が上手くて、野菜を切るのも早い。だから私が準備をしている。
それに、下手をされて指でも切られたら、コントローラーを握れなくなるし、VTuberとしてゲームができないのは致命的なので困る。
あと、野菜はほぼ彼女の実家から送られてきたものなので、こちらも喜んで作らせてもらいます。
「鍋パ。鍋パ」
私が白菜を適当な大きさに切りながら、ふとリビングを覗き込むと、お隣さんは両手に箸を持ち、楽しそうにはしゃいでいた。
「野菜が切り終わったから、鍋に水を入れて、火を付けてほしいんだけど」
「はーい!」
ちなみに、コンロとガスボンベは私の家の物である。
水、簡単にできる鍋の素、そして野菜やお肉。あと〆に冷凍うどんか、お米を入れて雑炊。
特別、凝った鍋ではない。
最近、読んだマンガ、観たアニメ、世間のニュースを少し、彼女の田舎の話題。
たわいもない話をしながら、適当に鍋に具材を入れ、煮立ったものから箸とおたまでお皿によそっていく。
贅沢ではないけど、質素でもない。身の丈に合ったお鍋。
ゆっくりと時間は過ぎていった。
「ところで、今日はなんで鍋パがしたいって、急に言い出したの?」
「そ、それは……」
この会話も何気ない話題の一つ。
「改めてちゃんとしたお鍋がしたいって思ったんです。二人っきりで」
「そう」
「私が倒れた時、助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「いいよ、それ何度も聞いたから」
「あの時のおかゆ、本当に温かかったです! もちろん今日のお鍋も温かいですっ!」
「天気予報によると、ギリギリ雪が降りそうな気温だからね」
マジで死ぬ。交通も麻痺する。どうにかこのまま頑張って降らないでくれ。
今日の鍋パが急遽催された理由。多分だけど、さっきから田舎の話題ばかりしているから、きっと家族や故郷が恋しくなったんだと思う。
寒くてもここは雪、降らないからね……。
「都会の人は冷たいです……」
「急に首都圏に住む人全員を敵に回す発言が出たんだけど」
「あ、いや……、そういう意味じゃなくて……」
あたふたと手を動かす彼女。お皿を倒しそうだからちょっと怖かった。
「なんていうか、周りに無関心というか、今は少し慣れたけど、寂しいです……」
「そっか」
分からなくもないよ。その気持ち。
「私も親が転勤族だったから、少しだけ分かるかな。子供の時、友達を作るのに苦労したなー」
「そうだったんですか? てっきり都会っ子だと……」
「ぼちぼち田舎出身だよ。ただ、各地を転々としていたから、郷土愛はあまりないけどね」
彼女は楽しそうに私の話を聞いてくれていた。少しだけ同類で安心したのだろう。
「こんな話、聞いてくれる人は久しぶりかなー」
「私、いつでも聞きますっ!」
「いや、困っていないから……」
「えー」
こうして誰かと鍋を囲むのはいつぶりだろうか?
一人で食べるよりもはるかに温かい。たまになら悪くない気がした。
ま、たまにの話だけどね!
「あのー、そろそろ雑炊にしたいですっ!」
お隣さんは手を上げて宣言をする。
「おっけー。卵とネギ、あと海苔を準備してくるね」
「はーい」
鍋に残った具材を別の皿によそい、彼女の実家のご飯を加える。
溶き卵を入れ、軽く煮立ったら味付け海苔を手で細かくちぎって散らす。
あっという間に雑炊が完成した。
彼女はお皿に盛った雑炊に対して、スマホのカメラを向けていた。
「写真撮っているんだ」
「はいっ!」
そういえば、鍋パの途中の過程も彼女はスマホで写真を撮っていた。
何に使いたいかは大体分かる。
「あのー、今回の鍋パの写真、あとでSNSに上げてもいいですか?」
「いいよ!」
「やったー」
まあ、そうなりますよね。
一応、きちんと許可を取ってきたことに、コンプライアンスを少しは意識しているのが分かる。
ただ、私は彼女がVTuberをしていることを知らない設定なので、鍋の写真をSNSに上げて、それに私が気付いたら、なんて考えたら良くないかもしれない。
そういうのも含めて、お隣さんは私のことを信用してくれているのかもしれないけど……。
「あと、いつも差し入れで持ってきてくれる料理の写真もアップしてもいいですか?」
「んー? まあ、それもいいよ」
「やった、やった」
やや、引っかかるところがあったけど、それは今度、説明するとして……。
今回の鍋と日頃の差し入れの写真、お隣さんのVTuberの活動に少しでもプラスになれば、私としても嬉しい。
SNSの更新もVTuberの大事なお仕事。話題は多いに越したことはない。
「あとでSNSのフレンドに、主夫自慢をしますっ!」
「それはやめろ!」
この日の鍋パはこれにて終了した。
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