第273話

その手を静かに制するように、彼の手首を掴んで。





「随分、冷静でいられるんだな。この状況で。」






意地悪そうな笑みを浮かべたサキトさん

を、ギロリと睨み上げた。




結唯くんは昔から気軽に誰とでも付き合えるような子じゃなかったけれど、


どうしてよりによってこんな人と長くつるんでいるんだろう。






「言ったでしょう。結唯くんがあなたを寄こしたのには訳がある。あんなに他の誰かが私に触れるのを忌み嫌っていた彼が、わざわざあなたを、よ。」



「……ふぅん。」






…私がサキトさんに呼び出されて…攫われたあの日。



実際は木崎の人間が……榊さんが桃から情報を得て私を攫うよう計画を立てたことだったけれど、


私を助けに来てくれたサキトさんを、思い切り殴り飛ばした結唯くん。






自惚れるなって笑われるかもしれないけれど、


私が他の男といることを嫌がっていた彼が、こんな風にわざわざ彼を寄越したんだもの。






「ますます好みなのに。アイツの女じゃなかったら、すぐにでも食えるぐらい。」






そう言ったサキトさんは、最初からそんなつもりでもなかったくせに、私からそっと身体を離した。


そうして、ふぁさっと投げられた服。





それは私が着てきたものとは違っていて。







「行くぞ。アンタの親には一応話つけてあるから。母親の方が随分取り乱してたみたいだけどな。」






そう言って、パタンと扉を閉めて洗面室から出て行った。





サキトさんに渡された洋服をぎゅっと握って、小さく息を吐く。


お母さんの取り乱した姿が浮かんで………すぐ、消えた。







私って女は、何て薄情者。





実の両親にこんなにも心配をかけているのに。


あんなに、気がかりだったのに。






もう、今は……彼を、結唯くんを救ってあげたい、ただそれだけで。








どんなに危険を伴っても、もう一度。




彼に、会いたい。





これで終わりだなんて、絶対に嫌だもの。

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