第170話 嘉兵衛は、桶狭間の決戦に臨む(1)
永禄3年(1560年)5月中旬 尾張国沓掛城 松下嘉兵衛
いよいよ、織田との決戦が始まる。
岡崎城を出立し、義元公と共にここ沓掛城に入った兵はおよそ1万5千を数え、鳴海城や大高城に展開している5千の兵を合わせたら、今川軍は総勢2万の大軍だ。
それゆえに、これなら負ける事はないと信じたいところだが……果たしてどうなるのやら、勝てる自信が今一つ持てないまま今日という日を迎えている。
なにせ、弥八郎や源五郎、それに勘助殿というこの戦国時代の知恵者たちによって練り直した作戦があるけれども、一方で相手もスーパー軍師の半兵衛だ。やはり、油断はできない……。
「大蔵、始めよ」
「はっ」
ただ、もうここまで来た以上は、逃げるわけにもいかない。腹を括って、俺は決戦に向けた作戦を改めて諸将に説明した。
「まず、織田の兵力は1万と推測します。もちろん、その全てがこちらに向かってくるというわけではありませんが、斎藤という背後の敵を考えなければ、8千あるいは9千に近い兵力で、我らに挑んでくるものと思われます」
弥八郎たちとあれから話し合ったけど、やはり背後は気にせずに攻めてくるだろうという結論に至った。だから、我らもそれに応じた作戦でこれを迎え撃つ。
「まずは、明朝。朝比奈様には、3千の兵を率いて大高城に向かって頂きます。到着次第、鵜殿殿と協力して、鷲津砦、丸根砦への攻勢を強めてください」
「心得た」
目的は、織田信長をこの桶狭間に引き摺り出すことにある。鷲津砦と丸根砦が落ちれば、鳴海城との連携も容易になるし、そうなればいよいよその北へと今川軍は進むことになるのだ。阻止するためには出て来ざるを得なくなるはずだ。
「続いて、松井殿」
「はっ」
「松井殿には武侍山に入って頂く。兵力は3千でお願いしたい」
「承知した」
武侍山は桶狭間の北に位置し、織田勢が山間部の間道を抜けたならば、一番先にいくさ場となる場所だ。それゆえに、ここは手厚く守る事にした。あと、これは内緒だが……間道には一刀斎様とそのお弟子たち、さらには服部党を伏兵として忍ばせている。
「高根山には堀越殿。また、生山には瀬名殿。それぞれ1千の兵で固めてもらいたい」
「心得た!」
「必ず武勲を挙げて御覧に入れましょう!!」
こちらは桶狭間から見たら北西に位置するが、武侍山で戦闘が開始した後、援軍として駆けつけてもらうために配置する。両名は義元公に出陣を促して作戦を乱したのだから、今の言葉ではないが、それなりに働いてもらわなければ……と考えている。
「幕山には飯尾殿、巻山には井伊殿に布陣して頂く。それぞれ1千の兵を率いて向かわれたし」
「「承知しました」」
幕山も巻山も桶狭間から見たら西にある山だ。例の抜け穴を使う事があれば、きっと合流する事は容易なはずだ。
「そして、太守様」
「わかっている。備中守の攻勢が始まり、皆の布陣が終えたら桶狭間山の砦に入るのであったな」
「はい。兵力は5千で……」
本音を言えば、万が一の事があっては困るから、もっと増やしたい所だが……砦のキャパ的にこれがMAXなのだから諦めるしかない。大丈夫だ。信長が北の間道を抜けて奇襲をかけてきても、防ぐ体制はバッチリ整えたのだから、何も問題はない。
「しかし、大蔵よ」
「はい」
「織田が出て来なかった場合はどうする?」
「そうですな。その時は、鷲津砦と丸根砦の陥落を合図に全軍で鳴海城へ向かいましょう。そして、その後は……」
「清洲に向かうのだな?」
「御意にございます」
籠城戦は兵の損耗が激しくなるから、できる事なら避けたいところだが……その時は仕方ないと思っている。他に方法がないわけで。
「勝てるのか?」
「まず負ける事はないでしょう。その場合は、家臣たちの離反も始まっているでしょうし、うちからも崩れるはずです。斎藤に介入されない限りは……」
ただし、その斎藤についてだが、藤吉郎から今朝方届いた文では、尾張に向けて兵を出すことはないということだった。何でも、城下に武田が攻めてくるという噂話をばら撒いたそうで、稲葉山城は揉めに揉めているとか……。
「相分かった。では、尾張攻めをこれより開始する!」
そして、最後は義元公が力強く宣言されて、軍議はお開きとなった。あとは、結果を待つだけだ……。
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