第10話:調合師としての覚醒

その夜、和也はアパートで佐々木の調合書を熱心に読み込んでいた。その内容は想像以上に高度で、現代の薬学知識と、ダンジョン特有の素材知識が融合した革新的なものだった。


特に興味深かったのは、「魔力抽出法」と呼ばれる技術だ。ダンジョン内の素材から魔力を抽出し、それを触媒として使う調合法。これによって、通常では不可能な効果を持つ薬品が作れるという。


「これは...革命的だ」


和也は興奮を抑えきれなかった。この知識があれば、調合師としての可能性が大きく広がる。特に「魔力抽出法」は、現代科学では説明できない現象を引き起こす鍵になるかもしれない。


「まずは光彩の花から試してみよう」


彼は採取してきた光彩の花の一部を取り出し、調合書に記された手順に従って作業を始めた。特殊な溶媒に花びらを浸し、緩やかに加熱する。そして最も重要なステップ——自分の「魔力」を注ぎ込むこと。


「魔力...か」


和也は調合書の説明を読み返した。人間の意識を集中させ、素材に「意図」を伝えるようなイメージだという。彼は目を閉じ、花の美しさと、その光の本質を思い浮かべながら集中した。


するとどうだろう。溶液がわずかに輝き始めたのだ。


「成功...?」


溶液を冷却し、濾過すると、淡く光る液体が得られた。調合書によれば、これが「魔力エキス」の基本形だという。


「信じられない...」


和也は小さな試験管に液体を移し、その性質を観察した。普通の化学反応では説明できない現象だ。この発見をどう扱うべきか、彼は考え込んだ。


翌朝、和也はギルドに向かう途中、珍しく田中と出くわした。


「おはようございます、佐藤さん」


「おはよう、田中さん。早いね」


「はい、昨日の素材を整理していたんです。佐藤さんこそ、顔色が冴えないですけど、徹夜でしたか?」


和也は少し照れながら答えた。


「ああ、調合書を読んでいたら夜が明けてしまって...」


田中は好奇心に満ちた表情で尋ねた。


「あの本、すごいものなんですか?」


「ああ...まだ全部は理解できていないけど、革新的な内容だよ」


和也は詳細を話すのを躊躇った。「魔力抽出法」のような未確認技術について軽々しく話すべきではないだろう。


「いつか詳しく教えてください。私も調合の技術を高めたいんです」


田中の真摯な表情に、和也はうなずいた。


「もちろん。基本をしっかり身につけたら、応用も教えるよ」


ギルドに着くと、綾小路が二人を呼び止めた。


「おはようございます。佐藤さん、ちょうど良いところに。本部からの連絡です」


彼女はタブレットを見せながら説明した。


「佐藤さんの調合師としての才能が認められ、特別訓練プログラムへの参加資格が与えられました」


「特別訓練?」


「ええ、東京ダンジョンギルド本部での集中訓練です。一週間のプログラムで、上級調合技術を学べます」


和也は驚きと喜びを感じた。


「それは光栄です。ぜひ参加したいです」


「素晴らしい。来週から始まります。準備をお願いします」


その日、和也は基本的な調合業務をこなしながらも、頭の中は特別訓練のことでいっぱいだった。本部での訓練——それは自分のスキルを大きく向上させるチャンスだ。


夕方、彼が調合室で作業を終えていると、小林が訪ねてきた。


「佐藤さん、特別訓練に選ばれたんですって?おめでとうございます!」


「ありがとう。でも、まだまだ学ぶことばかりだよ」


小林は少し遠慮がちに質問した。


「あの...佐藤さんは、どうして調合師になろうと思ったんですか?」


和也は作業の手を止め、少し考えてから答えた。


「最初は単なる就職先として見ていたんだ。でも、実際に調合を始めてみて...この仕事の可能性に魅了されたんだよ」


「可能性...ですか?」


「ああ。ダンジョンの素材には、現代科学では説明できない性質がある。それを解明し、活用することで、医療や科学の常識を変えられるかもしれない」


小林の目が輝いた。


「僕も、そう思っていました!だから調合師を志望したんです」


和也は微笑んだ。


「じゃあ、一緒に頑張ろう。調合の可能性を広げるために」


小林が帰った後、和也は佐々木の調合書を再び開いた。昨夜の実験で得た「魔力エキス」の応用方法が記されているページを探す。


「ここだ...」


調合書によれば、魔力エキスを触媒として使うことで、通常の薬品の効果を飛躍的に高められるという。例えば、単純な回復薬に魔力エキスを加えれば、その回復効果は2倍以上になるとされていた。


「試してみる価値はある」


和也は標準的な回復薬の調合を始めた。サラリーマン型モンスターの体液を主成分とし、それに中和剤と安定剤を加える。基本的な回復薬の調合法だ。


そして最後に、昨夜抽出した光彩の花の魔力エキスを数滴加えた。


すると驚くべきことに、通常なら薄い赤色の回復薬が、鮮やかな赤色に変化し、わずかに光を放ち始めた。


「これは...」


和也は少量を取り、分析装置にかけた。


「信じられない...効果予測値が通常の3倍以上だ」


彼は興奮を抑えきれなかった。これが成功すれば、ダンジョン探索の安全性が大きく向上する。しかし同時に、不安も感じた。この技術があまりにも強力だとすれば、悪用される可能性もある。


「『赤い薬』...もしかして、これに関連しているのか?」


和也は自分が作った強化回復薬を見つめながら、老人の警告を思い出した。

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