第5話 魔王の呪い

第5話

「結局…武力で解決か」


 平和的にとはいかない現実に納得が行かず、

 静まり返った場所でロキスは一人小さく溜息を吐く。

 傷を受けた腕からは血が流れ、毒が回っているのか

 徐々に全身が痺れ始める。

 魔族は癒しの術を持たず、魔王であるロキスは防御魔法を使えるが

 回復魔法は持ち合わせていない。

 壁に寄りかかり朦朧とする意識の中、痛みに堪えていると

 遠くから足音が聞えてきた。

 水は元に戻ったものの生き残り水魚が居るかもしれない危険地帯に

 誰が来たのだろうと、ロキスは足音の方に眼を向ける。

 しかし、毒のせいで視界がぼやけ目の前に来た人物が誰か確認する事ができない。

 その時…。


「こんな事で死ぬような、使用人を持った覚えはないよ」


「…レセル?」


 憎まれ口で正体を悟ったロキスが呟くとレセルは小さく呪文を唱え解毒を始める。

 毒が体から抜けていく事で意識が次第に戻っていき、

 回復するレセルの姿がロキスの目に映った。

 相変わらずの無表情だったが、この場所へ来てくれた事実に

 ロキスは素直に嬉しさを感じ礼を言う。


「ありがとな。助かった」


 ロキスの言葉を聞いたレセルは顔を背けて呟く。


「別に…心配で来た訳じゃないよ。

 使用人の不始末をするのも主人の勤めだから来ただけ」


 そう言うレセルの耳が赤くなっているのを知ったロキスは、

 素直じゃないなと微笑む。

 回復が終わりレセルの手が離れると、ロキスは壁に手を着きながら立ち上がる。


「汚染水魚の毒は猛毒だよ。僕が来なかったら死んでいたんじゃないの?」


 傍に落ちていた剣をロキスに渡しながらレセルは言う。

 その言葉にロキスは剣を受け取りながら苦笑した。


「それは大丈夫だ。『魔王は不死身だ』って言うだろう?」


「どういう意味?」


 冗談を言っているのではないかと冷えた目を向けるレセルに、

 ロキスは言い難そうに言葉を続け真実を告げる。


「死なない身体って事さ。呪いみたいなものだな」


 博識なレセルでも知らない知識だったのか、

 信じられないという眼でロキスを見つめた。


「それって…本当の話?」


「こんな事で嘘ついてどうするんだよ。そろそろ、出ようぜ」


 腰の鞘に剣を収めてロキスは何度も頷き苦笑する。

 すると、レセルは深刻な顔になり下を向く。

 もしかして、同情させてしまったのだろうかとロキスが気にして

 声をかけようとすると、


「どわっ!」


 突如、激しい雷が降ってきてロキスは地に倒れる。


「おい…っ…何をする…」


 痺れる体を懸命に起こし、ロキスがレセルに聞くと

 感心して呟く声が上からした。


「ホントみたいだね。致死量の雷を放ったのに動けるんだ」


「普通、試すかよ?この小悪魔め…」


「ふーん…もう二、三発攻撃されたいみたいだね」


「わーっ!俺が悪かった!今の言葉は取り消す!

 だから、やめろって!」


 攻撃されてなるものかと素早く立ち上がりロキスは必死で懇願する。


「ぷっ…本気にしないでよ」


「!」


 初めてレセルが笑い出したので、ロキスは驚き眼を奪われた。

 ロキスが茫然と自分を見つめているのに気が付き、

 レセルは不機嫌そうな声で言う。


「何?笑ったから怒ったの?」


 そっぽを向くレセルにロキスは今の正直な気持ちをハッキリと口にする。


「いや、笑うと可愛いんだな」


「!」


 初めて言われた言葉だったのか、レセルは耳を真っ赤にして目を瞬かせる。

 そして、眼を合わせないようにしながら呟いた。


「な、何言ってんのさ…」


 『僕は男だよ!可愛いなんて言わないでよね!』と怒鳴られるのかと

 覚悟していたロキスは、レセルの思わぬ態度に愛おしくなる。


(なんか…弟みたいに可愛いな)


 そう思ったロキスは静かに近くへ寄り、レセルの頭を撫でる。


「え?ちょっ…な、何を…」


 突然の事にレセルが戸惑い眼を丸くして顔を真っ赤にした時、


「レセル様!危な~いっ!」


「ぐはっ!」


 強烈な飛び蹴りが腰に炸裂し、ロキスは壁に飛ばされる。

 蹴りを放ったのは言うまでもなく機械人形のナナだ。

 ナナは華麗に着地をして両手を上に上げ決めポーズを取った後、

 すぐさまレセルの両手を握って心配そうに聞く。


「レセル様、大丈夫ですか?ドスケベ魔王に食べられるところでしたね!」


「おいっ!こら!誰がドスケベ魔王だ!頭を撫でてただけだろう!

 …っていうかだ、来られないんじゃなかったのか?」


 精密な機械だから水の中に長時間いることは不可能だと言ったのはナナだ。

 腰を押さえて聞くロキスに、ナナは小さく舌を出してウインクをする。


「そんなの嘘でーす♪」


「はぁ!?」


 耳を疑う発言にロキスが呆れていると、ナナは人差し指を口に当て

 眉をハの字にして乙女っぽい態度で言う。


「だって、野蛮な汚染水魚の群れになんか行きたくありませんし~」


「単なる我儘かよっ!」


 ナナの態度にイラッとしつつ、実は世界征服テストの一環で

 レセルの作戦だったのではないかとロキスは疑う。

 疑惑の目をレセルに向けると、目前の当人は未だに耳を真っ赤にしていた。


「…一生の不覚」


 聴覚が良いロキスはレセルの呟きを聞き、それがどういう意味なのか首を傾げた。

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