大賢者の星が散らばる世界で
@otoha368
第1話 繋がる絆
第1話
『大いなる遺産』
最古の賢者の血を引く者にしか扱えないが
所持しているだけでも偉大な力を与える遺産。
このフィレンツ世界の大陸を創造する際、
大賢者が造ったといわれる魔奏具もその一つだ。
その魔奏具を巡り東の大陸にある
軍事国家ティエラと
魔術国家レイエルダで戦争が勃発。
数年後、その争いで両国の大陸は
荒廃寸前になり魔物も多数発生し死の国と化す。
自分達の愚かな行為を知った国王達は
街や村に結界を張りめぐらせ
魔物の侵入を防ぎ国の復旧に努める。
しかし、戦時中使われていた
未発見の魔奏具は未だ各地に多くあり
暴発や暴走を起こし街や人が 危険に晒されていた。
そんな街の治安を守るために
設立されたのが機動自衛隊。
ティエラ国には北と南、
レイエルダ国には東と西に点在し
厳しい訓練のある士官学校を卒業した
一握りの者のみが通える特別な場所だ。
大半が二十代の彼らは、救助や依頼で
出動し街の平和を守っている。
「聖グランツ」
ティエラ国、北のラシルド街にある
機動自衛隊。
特に戦士を育成する武術科が多く、
次に魔術師を育成する呪術科と
錬金術師を育成する錬金科、医師を育成する
医学科と四つの組み分けられている。
隊員達は寮で生活する事が義務付けられ
街へ外出できるのは出動時と休暇時のみ。
その暮らしは決して窮屈なものではなく、
一人一部屋の私室にはキッチンや家電や風呂場など
一人暮らしのできる室内。
施設内には温水プールや複数の飲食店、
食品と生活用品が買える施設まであり、
まさに街と言ってもいい程である。
そんな恵まれた環境の聖グランツは現在、
昼食時。
出動をしていない隊員達は
麗かな午後を満喫していた。
「今日は本当に良い天気だなぁ…」
一本の大きな木の傍にあるベンチに座り、
本を読んでいた青年が空を見上げて呟く。
肩までの細長い紫髪を一つに束ねている
青年の名はノヴァ・リィンスレット。
医学科で友人はなく、
眼鏡をかけたあまり目立つ事のない隊員だ。
再び本を読むため下を向いた時、
通りかかった二人の少女がノヴァを見て小声で話す。
「あ、あの子…確か同じ医学科の…
名前なんだっけ?」
「えっと、ノヴァくんじゃなかったかな?」
「いつも本読んでるわよね。
誰かと話をしているの見た事ないし、
人に興味ないのかな?」
まさかと笑いながら話す彼女達の言葉を、
本に集中していたノヴァは聞こえていない様で
スラスラと読み耽っている。
その時、
「きゃああぁっ!」
「う、うわあぁぁっ!逃げろ!」
大きな音と只ならぬ悲鳴が聞こえ
少女達は何事かと足を止める。
ノヴァも突然聞えた音と声に顔を本から上げた。
『グオォォッ!』
それと同時に茂みの中から黒い毛に
覆われた大きな巨体の魔物が
三人の前に現れる。
「ひっ…魔物!」
「ど、どうして?結界があるはずなのに…っ」
信じられない状況に怯えて
逃げる事を忘れている少女達に
魔物は鋭い牙を出し
ヨダレを出しながら襲い掛かる。
「き、きゃあぁっ!」
「いやあぁっ」
「危ないっ!」
読んでいた本を魔物の口に投げつけ、
ノヴァは少女達を地に伏せさせた。
標的を失った魔物は混乱し、
本を敵だと思い込んだのか
ズタズタに引き裂いている。
「あ、ありがとう…ノヴァくん」
予想していない人物に
助けられ少女の一人が礼を言う。
もう一人の少女も礼を言おうとしていたが
傍にあった眼鏡を見て慌てた。
「ノ、ノヴァくん…眼鏡が割れちゃっ…!」
少しヒビの入った眼鏡を取り渡した少女は
ノヴァの顔を見て動きが止まる。
「予備があるから大丈夫ですよ。
それより今は動かないで下さい。
魔物は動く物に敏感なんです。
僕が囮になっている間に逃げて下さいね」
眼鏡を受け取りノヴァは少女達から離れ
魔物の注意を引き付けに行った。
「ねぇ…ノヴァくんの顔…見た?」
「うん…何ていうか…すっごく」
『可愛い…』
少女達は二人同時に呟き
ノヴァの後ろ姿を見つめる。
そう思われている事を知らないノヴァは
眼鏡をかけ魔物へと距離を縮めながら
少女達を助けるために自分を標的に定めさせた。
思惑通り魔物はノヴァを獲物と認識し静かに近づく。
(きっと武術科の人達が駆けつけてくれる筈…
それまでに時間を稼がないと)
足には自信のあったノヴァは
少女達から遠く離れるため走り出した。
動き出した獲物に魔物は牙を出し
ノヴァの後を追う。
(なっ!速い…)
巨体な魔物が俊足である事に
ノヴァは驚き追いつかれるのでは不安になった時、
「はぁぁっ!」
『グオァァッ』
横から飛んできた衝撃破が直撃し、
魔物は横倒しに失神する。
飛んできた方向には剣を持った
青い髪の青年が厳しい顔で立っていた。
青年の名はアーク・レインエッジ。
年に一度、ティエラ国である闘技大会で
優勝した有名な武術科の隊員だ。
魔物が失神した事を確認したアークは
ノヴァの元へ近づく。
「あ、あの…ありが…」
「お前は死ぬ気か!」
礼を言おうとしたノヴァの言葉を遮り
アークは怒鳴りつける。
いきなり怒られた事に、
きょとんとしているノヴァにアークは言葉を続けた。
「魔物と実戦経験のない奴が
囮になろうとするなっ」
遠くにいる少女達を見て
状況を判断したアークは言い、
ノヴァは最もだと素直に頭を下げる。
「ごめんなさい…」
反論したら言い返すつもりだったアークは
ノヴァの素直な態度を見て気が抜けてしまう。
「わ、分かれば良いさ。
二度とこんな真似を…!」
『グォォ…』
その時、失神していた筈の魔物が
眼を覚ましフラフラと立ち上がる。
「ちっ…攻撃が浅かったか」
自分の甘さに舌打ちをし、
アークは後ろに居るノヴァに言う。
「おい、俺が喰い止めている間に逃げろ」
「は、はい」
攻撃態勢のアークを見てノヴァは頷き、
数人の武術科が居る場所を目指し走り出す。
しかし、魔物はアークを無視して
ノヴァを獲物と定めたまま
素早い動きで前へ立ちはだかる。
「えっ!」
ノヴァが驚いている中、
魔物は大きく片手を上げ鋭い爪で攻撃をしてきた。
間一髪のところでアークが
ノヴァの前に出て、爪を剣で受け止める。
「この…お前の相手は俺だ!」
『グオォッ!』
叫びながら剣で爪ごと切りつけ、
アークは魔物を後退させた。
「今の内に逃げろ、くっ…!」
「ど、どうしたんですか?」
突然、アークが片膝を着いたので
ノヴァは眼を丸くする。
見たところ外傷はないようだが、
アークの顔色は激痛を我慢しているようだった。
「何でも…ない…早く行け」
必死に立ち上がろうとするアークだが
痛みで力が入らないのか片膝を着いたまま、
その場から動けずにいる。
おそらく、素早く方向転換をした時に
足を捻ってしまったのだろう。
医学科のノヴァは瞬時に悟り逃げる事を躊躇った。
このまま逃げてしまえば
身動きが満足に取れないアークは確実に
魔物から攻撃を受けてしまう可能性がある。
巨体で力のある魔物なだけに
致命傷にもなりかねない。
「何をしてるんだ…早く逃げ…」
「じっとしてて下さい」
厳しい声でそう言うとノヴァは
片膝を着いていないアークの足首の虚空へ
手を翳し、何かを握ったような仕草の後、
何かを抜くような行動をする。
「!?」
その瞬間、アークは足の痛みが
消えて行くのを実感し眼を丸くする。
『グガアァァッ!』
激痛が消えたと同時に
痛みで錯乱していた魔物が
ノヴァに襲い掛かってきた。
「くっ!しまっ…」
体勢が間に合わないと
アークが絶望した瞬間、
剣を奪いノヴァが襲い来る魔物に攻撃をする。
『グオォォッッ!』
たった一撃であったのに
魔物は白眼を向いて今度こそ完全に失神した。
「な…っ」
全く剣の動きが見えなかったアークは
驚愕して魔物からノヴァに眼を移す。
辺りに居た隊員達も絶句している中、
ノヴァはハッとして持っている剣を慌てて返した。
「あ…ご、ごめんなさい。
勝手に剣を使ってしまいました」
「いや、そんな事より…今、魔物を…」
「ここに居たら調査の邪魔になりますね。
あの、助けてくれて
ありがとうございました」
ノヴァは深々と頭を下げて、
まるで逃げるようにズタズタで落ちている本と
ベンチに置いていた鞄を手にして
早々に立ち去っていく。
その姿をアークは愕然と見つめていた。
事件のあった夕方。
私室に戻ったノヴァはフラフラと
疲れたようにベッドに突っ伏した。
「ニャー…」
そんなノヴァを心配してか
部屋で飼っている寅縞の猫が
鳴きながら近づく。
寮は抱ける範囲のペットなら
飼う事が許されており、部屋は防音なので
鳴き声が煩いというトラブルもない。
しかし、躾が最悪と判断された場合は
即禁止され没収される。
愛猫が自分の髪に頬擦りしているのを
見ながら、小さくノヴァは呟く。
「ねぇ、ロミオ…どうしよう。
今日、使ってはいけないって言われてた力…
使っちゃったんだ。
お母さん達と約束してたのに…」
言葉の意味が分かっていないらしい
愛猫ロミオは首を傾げノヴァを見つめる。
その愛らしい姿を見て心が和らいだノヴァは
ベッドから起き上がりロミオを抱く。
「うん。落ち込んでいても仕方ないよね」
背中を撫でられ気持ち良さ気に
ゴロゴロと喉をならすロミオを見て、
ノヴァはふと視界の違和感に気が付いた。
「あ、そっか。眼鏡のレンズ割れてたんだ」
壊れた眼鏡を外し予備の眼鏡を
棚から取ろうと立ち上がった時。
部屋の扉から訪問者を告げる
ノック音が聞こえてきた。
入隊して一度も訪問者のなかったため、
ノヴァは放心する。
「は、はい!今開けます」
二回目のノック音で我に返ったノヴァは
慌てて扉に向かう。
足早に扉の元へ行き開けた先には、
剣を腰に携えたアークが立っていた。
「あ、昼間に助けてくれた…」
ノヴァが意外な客に驚いていると
アークの方も何故か眼を丸くしている。
どうしたのだろうとノヴァが
首を傾げているとアークが呟く。
「眼鏡…してないんだな」
「え…あ!」
言われて気が付いたノヴァはハッとして
下を向き前髪で顔を隠す。
「何で隠すんだ?」
不思議に思ったアークが聞くと
ノヴァは下を向いたまま言う。
「その…眼鏡がないと
女の子だと言われるので…」
返答を聞いたアークは納得し、
素直な気持ちを言葉にした。
「けど、
眼鏡の無い方が明るい印象で俺は好きだぞ」
「え?」
眼を瞬かせて顔を上げる
ノヴァを見たアークは自分が今
告白をしたような事を言ったと悟り慌てふためく。
「えっと、いや…好きだというのはだな。
変な意味じゃなくて…」
「ふふふっ、告白現場…見たりだわ」
「おわっ!」
変な意味じゃないんだとアークが言う前に
突然現れた女性が腕を組み呟いた。
女性の名前は数少ない武術科の女性、
セレシア・ベル。
ポニーテールの似合う巨乳な美人で
多数の男性にモテるが、下心丸出しな
大男三人を一人で倒したと言う事実もあり
恐れられている存在でもある。
「セレシア。お前、いつから…」
アークの問い掛けを無視して
セレシアは笑顔でノヴァと握手を交わす。
「貴方がノヴァくん?私は武術科のセレシアよ。
写真撮っても良いかな?」
「え、あの…」
返事を待たず写真好きなセレシアは、
携帯していたカメラで写真を撮る。
「ありがとう!
それじゃ、お邪魔な私は退散するわね。
ふふっ…リムルに報告してこなきゃ」
「…って、おい!妙な事をリムルに吹き込むなよ!
おい!…まったく」
去っていくセレシアに
声をかけていたアークは無駄だと知り
溜息を吐いて脱力した。
セレシアに圧倒されていたノヴァが
茫然としているのを見たアークは苦笑する。
「驚かせてごめんな。
あいつ俺の友人であだ名が『台風女』さ」
「そうなんですか」
通称を聞いたノヴァは何だか
的を射ているかもと思い笑った。
その表情を見たアークは場が和んだなと感じ
用事を伝える。
「調査部から伝言を頼まれた。
魔物騒ぎの状況説明をして欲しいってさ」
アークの言う調査部とは
上層部機関の一つで、自衛隊内で起こる喧嘩や
店で起きた窃盗事件など
隊員達の治安を守っている部隊だ。
「その…アークさんもですか?」
「ああ。無関係じゃないからな。…って、
ん?名前教えてなかったような…」
自己紹介はしていない筈ではと
首を傾げるアークにノヴァは言う。
「闘技大会の優勝者で有名だし、
知らない人は居ないと思いますよ」
年に一回の闘技大会は国王や国中の人々が
楽しみにしている催し物だ。
和平してからはレイエルダ国から
観覧に来る人々もいる。
ノヴァは闘技大会を観覧しなかったが、
優勝したアークの事が大々的に
取り上げられ街の壁などにも
ポスターが貼られていたため知る事になった。
そんな自分の知名度の凄さに
実感のないアークは興味がないように頷く。
「ふ~ん。けど、ノヴァ…
お前が出場していたら勝敗は分からなかったかもな」
セレシアの言った名前とあの剣技を思い出し
アークが感嘆するとノヴァは苦笑して言う。
「買い被り過ぎですよ。
アークさんが弱らせていたから倒せただけで…」
「絶対違う。
素人が神速な技を使える訳がないだろ」
キッパリと断言するアークにノヴァは
苦笑したまま逃げるように話題を変える。
「そ、そんな事より
調査部の元へ行きましょう」
「待てよ!逃げるな!」
立ち去ろうとするノヴァの腕を掴み、
アークは心にある思いをぶつけた。
「あれだけの技を持ってるのに何で医学科なんだ?
それに…あの力は何だ?」
魔法も使わず一瞬で痛みを
消し去る事が出来るなど尋常ではない。
「俺はお前の事が知りたいんだ!」
ノヴァは数秒沈黙した後、
下を向いて悲痛に返答した。
「忘れてほしいんです」
危機を救うためだったとは言え、
知られてはいけない力を使った事に
ノヴァは後悔し呟くが、事情を知らないアークは
腕を掴んだまま力強く反論する。
「納得できる説明があればな」
その言葉からは話を聞くまでは、
絶対に手を離さないと
言っているようだった。
頑な態度に負けたノヴァは観念し、
諦めたように溜息を吐く。
「誰にも言わないって
約束してくれますか?」
「あぁ、約束する」
口が堅いことは自慢できると
思っているアークは力強く即答する。
その言葉に嘘はないと直感したノヴァは
振り向きしっかり眼を見て苦笑し頷いた。
「分かりました。
もう逃げないで説明しますから、
腕を放して大丈夫です」
「あ…そうだな」
「でも、先に調査部へ行った方が良くないですか?」
即刻行かなければ命令違反と
見なされてしまうのでは?
そう心配するノヴァにアークは小さく首を振る。
「今日中に来るようにと言われたから平気だ」
話を聞くのに、まさか夜中まで
掛かる訳がないだろう。
話が終わった後でも充分間に合う。
そのアークの言葉にノヴァは安堵して
自室の扉を開けた。
「猫が居ますけど
アレルギーとかじゃないですよね?」
「大丈夫だぞ。ペットを飼ってるんだな」
ノヴァはテーブルにある本や書類などを
片付けながら頷く。
「はい」
そう話をしていると猫のロミオが
ノヴァの元に現れて甘え始めた。
仕草を見たノヴァは餌をあげていない事に
気付き、キッチンに向かう。
冷蔵庫から何かを取り出すのを見たアークは
床に座りながら首を傾げて聞いた。
「キャットフードじゃないのか?」
隊員達にはランクと言うものがある。
一番下からE、D、C、B、A、S、SSとなり
魔物の撃退数と功績で昇格していく。
特にSSランクの者は相応の職に就き
地位と名声を得る事ができる。
ランクにより給金も変わっていくが、
例えEでも決して薄給ではない。
なので、毎月貰っている給金で
買えない筈はないのだ。
「出費を抑える為に僕が作っているんです」
自慢するでもなくノヴァがそう言うと、
アークは眼を丸くした。
「料理できるのか?凄いんだな…」
今まで料理の出来る男の友人が
回りに居なかったため
アークは素直に感服する。
聞いているアークも料理は苦手で
食事は殆ど店を利用している。
感心されたノヴァはロミオに
食事をあげながら赤面して首を振った。
「そ、そんな事ないですよ。
実家で作っていたから自然と身に付いただけで…」
「へぇ…家族想いなんだ」
「両親が…その…年配な歳だから…」
褒められる事には慣れていないらしい
ノヴァの姿が初々しく映りアークは笑う。
赤面のまま、ノヴァは飲み物を用意するため
カップを戸棚から出してお湯を沸かす。
そして、お盆にティーカップとクッキーを
乗せてキッチンから戻ってくる。
「部屋にお客さんが来る事、
一度もなかったので…
こんな物しかなくて御免なさい」
言いながらノヴァはクッキーの皿を
テーブルの真ん中に置き、
緊張した顔で隣に座った。
「そんなに気を遣わなくても良いぞ?…って、
友達を部屋に呼んだ事はないのか?」
だらしのない性格で部屋が散らかっている訳ではない。
ただプライベートな時間を邪魔されたくないので
招待した事がないのだろうか?
アークの疑問にノヴァは苦笑して首を振った。
「友達いないんです…」
「いないのか?」
気さくな性格のノヴァに友人が
一人も居ないのが信じられず
アークは思わず聞き返す。
友達が居ない事を特に気にしたことがないのか
ノヴァは笑顔で頷く。
「士官学校でも本ばかり読んでて、
誰かに声をかけなかったからだと思います」
確かに自分から声をかけたりしなければ
簡単に友達はできないだろう。
その上、士官学校での生活は生き残れるか
断念するかの戦いの日々だ。
友達になろうと声をかけたり、
無関心な誰かに構っている余裕もない。
「そうなのか」
闘技大会で優勝していた事もあり、
入隊してすぐ男女問わず声をかけられたアークは
努力するまでもなく自然と友人ができた。
今まで居なかったという事は友人と
何気無い話で騒いだり、
楽しく食事もした事がなかったという事らしい。
そのことを察したアークはノヴァに
僅かながら同情の念が湧き笑顔で言った。
「それじゃ、俺が初めての友達だな」
「え…」
突然、そう言われたノヴァは眼を丸くして
アークを見つめる。
「嫌か?」
アークが眉を寄せて聞くと、
ノヴァは大きく首を振った。
「そんな事ありません…嬉しいです」
「どういたしまして。
じゃ、俺からのお願いをしても良いか?」
「何ですか?」
「敬語じゃなくて普通に喋って欲しいんだ」
「あ…」
言われたノヴァは口元に手を当ててハッとする。
誰かと話す時、今まで敬語ばかりだったので
自然とアークにもそう話をしていたらしい。
「俺達、友達だろ?」
戸惑っているノヴァにアークは
顔を覗き込み笑顔で言う。
それを聞いた瞬間、ノヴァは嬉しさで
赤面して小さく頷いた。
「そうだね。これからは…普通に話すよ。
アークさん、ありがとう」
慣れない口調でノヴァは言い、
嬉しそうに微笑む。
今まで見た事がない満面の笑みで
お礼を言われアークは戸惑う。
眼鏡をかけず誰でも今の笑顔を見せていたら
同じ科の隊員達とも仲良くなれるだろうにと、
そう思った事をアークは言葉にせず
自分の動揺を落ち着けるため話題を変える。
「そ、そういえば剣術は誰に習ったんだ?」
あれだけの剣術は幼少時に習っていたとしても
師匠が凄腕の剣士でなければ無理だ。
有名な剣士だろうかとアークが少し
期待して聞くとノヴァは寂しげに言う。
「うん、死んじゃった僕のお母さん。
結婚する前は女剣士だったらしくて…」
「え?両親は生きているんじゃないのか?」
料理の話をしていた時に年配な両親だと
言われた事を覚えていたアークが聞くと
ノヴァは何故かハッとしたような顔になる。
まるで言ってはいけない事を
言ってしまったという顔だ。
アークは首を傾げ事情を聞こうとした時、
「あっ!お湯…」
タイミング良くポットのお湯が沸き、
ノヴァは颯爽と立ち上がりキッチンへ向かう。
その姿を眼で追いアークは急かさず
戻って来るのを待つことにした。
程無くティーポットを片手にノヴァが戻り、
無言で同じ場所に座りカップに紅茶を注ぐ。
カップを分け黙って言葉を待っているアークに
ノヴァは言い難そうに呟いた。
「僕…孤児なんだ」
「!」
孤児。
親を亡くし天涯孤独になった子供。
大半は貧しい市外に住み、
街の平民から施しを受けたりする者もいれば
窃盗などを繰り返したりする者もいる。
犯罪者の殆どが、過去は孤児だった事が多く
不審な目や毛嫌いをしている者も少なくはない。
ノヴァが孤児と聞いたアークは
驚いた顔をしていたがやがて小さく頷いた。
「そっか…じゃあ、
今の両親は育ての親なんだな」
「う、うん。あの…軽蔑しないの?」
孤児だと聞けば嫌な顔をされるのが
当たり前と思っていたノヴァはアークの
普通な態度に意外だという顔で聞く。
育ての両親からも絶対に言っては駄目だと
口止めされ、今まで誰にも口外せず守っていた。
目前のアークは一瞬きょとんとしていたが、
すぐに微笑んで溜息混じりに言う。
「軽蔑なんかする訳ないだろ?
ノヴァはノヴァじゃないか」
何を言っているんだという顔に、
初めて自分自身を受け入れて貰えたような
気持ちになったノヴァは感激する。
思わず泣きそうになるのを堪えてノヴァは微笑んだ。
「ありがとう…僕、アークさんと
友達になれて良かった」
「そ、そうか」
恥ずかしい台詞を何の躊躇いもなく
口にされてアークは少し照れてしまう。
それを悟られないためアークは、
卓上のクッキーを一つ取り口に含んだ。
「!」
歯で砕いた瞬間、香ばしい甘いバターの味と
サクッとした食感が口の中に広がり
アークは口元を押さえて黙り込む。
その仕草を見たノヴァは眉を寄せて不安な顔になる。
「あの…美味しくない?
甘い物は苦手だった?」
ノヴァの悲しそうな声を聞いたアークは、
ハッとして急いで中のクッキーを飲み込んだ。
「いや、別に苦手じゃない。
凄く美味しくて驚いてた。
これ、どこで買ったんだ?」
「えっ」
今まで食べた事のない美味なクッキーだったため、
購入して友人達にも食べさせてやろうかと
思いながらアークが聞くと今度はノヴァが黙り込む。
「ノヴァ?」
誰にも教えたくない程、
お気に入りな店だったのだろうか。
そう思い無理に教えなくても良いぞと
アークが言いかけた時、
「そ…そのクッキー…僕が作ったものなんだ」
赤面しながらノヴァが呟くように言った。
「…え?そう、だったのか」
お菓子でこれだけの味が出せるのなら
ノヴァの作る主食なども絶品だろう。
そう思考しアークはノヴァの料理を
毎日食べている猫が少しだけ羨ましくなった。
「あのさ、このクッキー…
貰って帰っても良いか?」
「!…うん!もちろんだよ」
自分の手料理を気に入ってくれたとノヴァは喜び、
満面の笑みで大きく返事をする。
その顔を見たアークは断られなかった事に
ホッと安堵し、つられて笑顔になった。
それから数分後。
持ち帰りのクッキーを貰い
ノヴァの淹れてくれた
紅茶を飲んだアークは静かに聞いた。
「秘密にして欲しい事というのは、
今聞いた孤児の話だよな?」
剣技はあの場に居た多くの隊員達が
眼にしていて隠すのは無理だろう。
忌み嫌われる可能性の高い孤児だった事実が
秘密にして欲しい事に違いない。
「あ、うん。そ、そうだけど…
あれは僕から喋ってしまったようなものだから…」
そう言われたアークは自分が
ノヴァに言った言葉を眼を瞑って思い出す。
「ん?…もしかして、
あの不思議な力の事か?」
足の痛みを一瞬で消し去った力。
数時間前の光景を思い出しながら
アークが聞くと、ノヴァは無言で頷いた。
「魔法…じゃないよな?」
攻撃魔法が得意な者は呪術科を希望するが
回復魔法が得意な者は大抵、
医学科に在籍している事が多い。
しかし、ノヴァは呪文を唱えた訳でも
魔法特有の光も発してはいなかった。
間近でそれを目撃しているアークは、
それだけは間違いじゃないと確信する。
「あの時、何かをしたのか?」
虚空から見えない何かを掴んだような
ノヴァの動作が気になり、アークが聞くと
ノヴァは自分の手を一瞥した後、
しっかりと眼を見て言った。
「痛みの根源…剣を抜いたんだ」
「剣?」
「そう…透明で緑色に光る剣」
ノヴァは長さと大きさを伝えようと
両手で表し、具体的に説明する。
それを見たアークは短剣のような物かと理解した。
「けど、抜いてはいけない剣もあるんだ」
「抜いてはいけない剣?どんな?」
ノヴァにしか見えない剣を
少しでも知ろうとアークは聞く。
馬鹿にするでもなく真面目に聞いてくれている事に
感動し、ノヴァは頷いて返答した。
「うん。
その傷や病気で死ぬ事が決まっている
赤い剣と人間の痛覚を司る青い剣。
特に青い剣は抜くと人の痛みが
解らなくなって誰かを愛する事も
できなくなるんだ」
赤い剣の場合は抜いても、
運命は変えられないというように
再び何度でも出現するという。
「どうして…解るんだ?
能力の直感みたいなものなのか?」
痛みで苦しむ人間の身体に
剣が刺さっていたら全て
抜いてしまうのではないだろうか。
そう思考してアークが首を傾げて聞くと、
ノヴァは少し寂しそうな顔で答えた。
「僕の…お父さんが能力を持っていて
教えてくれたから…」
「そうなのか…」
ノヴァの言うお父さんとは
実の父親の事に違いない。
同じ力を持ってしまった息子が
過ちを起こさないようにと教えたのだろう。
そんなノヴァの父親の愛情を確かに
感じたアークは頷き納得した。
「なるほどな。それで…
その能力を活かそうと医学科に進んだのか」
「ううん。士官学校でもこの力に
頼ったことは一度もないよ」
アークの呟きにノヴァは即答し首を振る。
「僕を養子にしてくれたお母さん達は
子供の居ない老夫婦で重い病気を患っていたのに
僕のために働いて絶対苦しい顔を見せないんだ。
そんな二人のように僕も苦しんでいる
人達を助けられたら…
そう思って隊員になったんだ」
優しい眼をして語るノヴァの言葉は、
とても温かい家庭で育ったのだろうと
理解できた。
もしも、孤児を嫌う家庭に養子として
引き取られていたら医学科に進まなかっただろうし
アークとも出会えていなかっただろう。
「それなら俺と一緒かもな」
「え?」
「俺も自分の力で
誰かを救いたくて入隊したからさ」
武術科に進む生徒は体力に
自信のある大人でも根を上げる程、
厳しい訓練を受けなくてはならない。
そのため生半可の覚悟で
卒業を出来る訳がないのだ。
そんな過酷な日々を乗り越えてきた
アークの言葉には力強い説得力がある。
アークの言葉に静かに笑顔で頷き、
ノヴァは空になったカップに紅茶を注ぐ。
「一つ、聞きたいんだけど…」
注がれた紅茶を飲み、ふっと浮かんだ疑問を
黙って眼を向けるノヴァにアークは聞く。
「能力を秘密にして欲しいのは、
奇異の眼で見られるのが嫌だからか?」
聞いた途端、ノヴァの眼に動揺が走ったのを
アークは見逃さなかった。
言いたくない事なら大抵の人間は
誤魔化しや口を閉ざすだろう。
しかしノヴァは暫く間を置いた後、
眼を下に向けて正直に話す。
「…それには、
僕が孤児になった理由も関係しているんだ」
どういう事だ?と
聞こうとしたアークだったが
ノヴァの緊張感が伝わり
言葉の先を待った。
沈黙に促されたノヴァは一呼吸吐くと、
想い出すように話を続けた。
「七歳の時、
『この子の存在を奴が知ったら狙われる』
そう言ってお父さんは、
お母さんと僕を住んでいた村から出したんだ。
数分後、突然村で大爆発が発生して…」
魔法に寄るものなのかは不明。
その燃え盛る村を遠くの丘から見た母親は
ノヴァに「此処に居るのよ」と告げると
父親を助けるため剣を片手に村に向かい、
そのまま帰ってこなかったという。
あまりの衝撃的な事実を聞かされてアークは絶句する。
「それじゃ…力を狙っている奴が
村を壊滅させたって言うのか?」
何とか言葉に出来た事を口にすると、
ノヴァは黙って頷く。
ノヴァの能力が広まってしまえば『奴』に
伝わり父親の願いが無駄になる。
痛みの剣が抜ける神秘な力を欲する者。
研究者か貪欲者か正体は定かではないが
私益のため村を壊滅させるのは尋常じゃない。
村人や両親が死んだのは自分のせいだと
攻め続けていたノヴァは胸中を悟られまいと
虚勢を張り顔に出さずいたが、
アークは察したようで静かに自分の手を重ねた。
「ノヴァ、お前のためにも
絶対に言わないと約束する」
「うん。ありがとう」
その力強い言葉にノヴァは顔を上げて微笑む。
暫く、見つめていた二人だったが
ハッとしてノヴァが言う。
「そうだ。アークさん、足は大丈夫?」
「ん?あぁ、
ノヴァに痛みを消して貰ったから何ともない」
「えっ!」
心配するなと言った筈の言葉に
ノヴァは驚きの声を上げ
素早くアークの足首を掴む。
「良かった…骨は折れていないみたい」
足首の状態を確認したノヴァは
安堵して呟き、
きょとんとしているアークに言った。
「僕の力は痛みを消す事が出来るけど、
怪我を完治させる訳じゃないんだ」
「そうなのか?」
「うん。だから痛みがなくても、
骨が折れているのに歩いたら危険だよ」
確かに痛みがないと
怪我や病気の認識はできないだろう。
そう考えると痛みというのは
生きる者にとって必要不可欠なモノかもしれない。
「すぐに治療するね」
言いながらノヴァは足首に片手を翳す。
その瞬間、青い光が掌に発生して
アークの足首に冷水のような力が包む。
出動時に怪我をした際、治療して貰うが
ノヴァの回復術は何か違うとアークは実感した。
「ノヴァの回復術は他の隊員と違うな…」
アークが思わず口に出た言葉を聞き
ノヴァは治療を終えて首を傾げる。
「よく言われるんだ。
僕の術って変なのかな?」
おそらく、言われる度に呪文や魔法の発動が
間違っているのではと思い悩んだのだろう。
ノヴァは眉を寄せて顔を曇らせる。
その顔を見たアークは焦って首を振った。
「えっ!いや、悪い意味じゃないぞ?
何と言うか…そう!爽快感があるんだ」
「爽快感?」
「あぁ。つまり、凄く癒されるって事さ」
アークの言葉にノヴァはホッと
安堵したような顔になり微笑む。
誤解が解けたと知ったアークは
時計を一瞥して時刻を確認する。
「そろそろ、調査部の所へ行こう」
後ろにある壁時計が十九時間近なのを
知ったノヴァは大きく頷きその場を立ち上がった。
さすがに夕御飯を食べる時間帯までに
赴かないと迷惑になるだろう。
もしかしたら、ノヴァとアークの二人だけを
待っている可能性もある。
「ロミオ、ちょっと行って来るね」
餌を食べ終えて前足で顔を洗う猫のロミオに
ノヴァは言い、玄関の方へ
向かおうとしたが、アークがじっと
ロミオの餌皿を見ているのに気付き立ち止まった。
「どうしたの?アークさん」
「あ、あぁ。ノヴァの料理…
美味しいんだろうなと思ってさ
猫のロミオが羨ましい」
食べてみたいと呟くアークに、
ノヴァは褒められた事に赤面して返答する。
「その…アークさんが良ければ明日の昼食、
弁当差し入れしても良いよ?」
「えっ!良いのか?」
思いがけない言葉にアークは
嬉々とした眼をノヴァに向けた。
キラキラとした眼で見つめられたノヴァは
自分の料理に興味を持ってくれたと嬉しくなる。
「うん。いつも僕は弁当だし、
二人分作れば良いだけだから…」
「そっか、ありがとな!楽しみにしてるぞ」
アークが素直に礼を言った後、
二人は駆け足で調査部の元へ向かった。
「はぁ~…結構、時間を取られた」
買出しがあるからというノヴァと
途中で別れ、寮の廊下を歩きながら
アークは呟く。
午後、敷地内に現れた魔物は
監察部が保管していたものだったらしい。
監察部とは魔物の死体から生態を調べたり
後の任務のために弱点などを調査する機関だ。
その監察部の魔物が突然意識を取り戻し
今回の事件を引き起こしたという。
状況説明だけかと思っていたが
制服を着用せず魔物と直面したり
戦ったりしたという事で
簡単な検査を受ける破目になった。
自衛隊の隊員達は特殊な防御作用のされた制服を
出動時に着用する事になっている。
魔物の中には血や体液なので
人間に寄生するものも存在し、魔物化したり
最悪の場合は死亡するというケースも数多い。
戦闘中見分けがつくように武術科は黒、
呪術科は青、錬金科は緑、医学科は白と
科によって制服の色は違うが
施されているものは同じだ。
「お、アーク。
検査して異常はなかったみたいだな」
夕飯はどうしようかと悩みながら
歩いていると、休憩室の椅子に座り
飲み物を飲んでいた男が笑顔で声をかける。
彼の名前はラシル・ジェーン。
ブラウンな短髪で気楽な感じのラシルは
士官学校からの友人だ。
対魔物用の武器や防具、爆弾や地中に
埋まっている魔奏具を発見する探知機など
機械を製作する錬金科。
頭脳明晰の者だけが合格できるという事もあり
少数科でSSクラスになると、
鉄道会社や造機会社などに抜擢される。
「何で知ってる?」
検査を受けた事は呼び出しを受けた
関係者しか知らない筈だ。
眉を寄せアークがそう聞くとラシルは
片手を腰に当て何を言うとばかりに笑う。
「俺の情報網を甘く見るなって」
「あ…情報屋だったか」
隊員達の事で知りたい情報を提供する
只一人の情報屋、それがラシルだ。
どうやって調べているのかは謎だが、
同等の対価を渡す事で的確な情報を当人に渡す。
対価と言っても金銭ではなく品物で、
時には手作りの食べ物などを貰う事がある。
そんなラシルを実はノヴァの事情も
知っているのではないだろうかと
不安になりアークが凝視していると、
黙って見つめられているラシルは首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない」
ハッと我に返ったアークは壁際にある
飲料販売機械にコインを入れる。
茶色のボタンを押すと、
機械上の四角部分が左右に開き
麦茶が競り上がって来た。
このような機械も錬金科の隊員達が
発想し製造している。
紙コップに入った麦茶をアークが飲んでいると、
椅子に座っているラシルが楽しそうに言う。
「『お前の事が知りたい!』…
大胆な発言だよな」
「っ!」
危うく麦茶で噎せそうになったアークは
眼を丸くして振り返る。
ラシルは肘を付いた姿勢でニマニマとした顔を
アークに向けていた。
「恋愛事には無関心だと思っていたんだけどな~。
まさか同姓を好きになるとは」
「なっ…ラシル!お、お前見てたのか?」
ノヴァの部屋は事件現場に来ていた
医学科の教官に聞いたので、
情報提供でラシルに同行してもらった訳でない。
まさか尾行されていたのではと
不審の目を向けるアークにラシルは苦笑する。
「盗み聞きした訳じゃないからな。
セレシアちゃんにノヴァくんの事を
聞かれたからさ、近くまで案内したのさ」
情報に精通しているラシルの事だ、
すぐさま魔物事件の一連と
関係した者の名前を収集したのだろう。
セレシアがアークよりも先に
ノヴァの名前を知っていたのも頷ける。
「何故かウキウキした様子で
セレシアちゃんが戻って来て、
俺も帰ろうとした時に…」
「俺の言葉が聞えたのか」
全てを理解したアークは脱力する。
興奮していたとは言え廊下に
響くほど叫んでいたらしい。
室内の壁は防音設備がされているが
廊下にいた人間がラシル以外にも
居たとしたら、根も葉もない噂が
広まる可能性がある。
不安な顔になったアークを心情を察した
ラシルは心配するなと笑う。
「俺以外、廊下には誰もいなかったから
安心しろって」
それを聞いたアークはホッと安堵して
傍の椅子に座りカップをテーブルに置く。
「ま、ノヴァくんの事が知りたければ
何でも聞いてくれ。
初恋愛って事で無償提供してやるぞ」
「ばっ…違うって!
ノヴァとはそんな関係じゃない」
「じゃ、何であんな
大胆発言していたんだ?」
誰が見ても恋愛の縺れとしか捉えようがない。
自分が目撃していたらラシルと同じ事を思うだろう。
そう思考して、どう説明するべきかと
悩んでいたアークは一つの事実が頭に浮かび口にした。
「け、剣技だ。
ノヴァの剣技が知りたいと思ったんだよ」
あの現場に居た数人がノヴァの技を眼にしている。
当然、ラシルもその事を知っていて
腕を組んで頷く。
「あ~…俺も聞いて驚いたぜ。
想像できないもんな」
さすがのラシルでも知らない情報だったらしい。
誤解が解けたと思ったアークだったが、
ラシルは不敵な笑みを浮かべて言う。
「そういう事にしておくさ」
「そういう事って何だよ。
ノヴァに恋愛感情は持ってないぞ」
「だってな~剣技が知りたいだけで
『お前の事が知りたい』なんて言うか?」
「う…それは…」
剣技だけじゃなく痛みを消した謎も
解明したかったとは言えず、アークは言葉に詰まる。
たとえ親しい間柄のラシルでも
ノヴァと初めて交わした約束だ。
話す訳にはいかない。
口篭ったアークを見たラシルは
自分の予想が的中したと勘違いをする。
「ノヴァくんの素顔は美人だから、
惚れるのも無理はないかもな」
「見た事があるのか?」
ずっと眼鏡と前髪で素顔を
隠していたであろうノヴァ。
同じ任務で一緒になった事は
一、二度あるが、アークは今まで
素顔を見た事もなければ会話をした事もなかった。
もしかして、ラシルはノヴァと昔から
面識があるのだろうか?
そんな疑問視するアークに
ラシルは悪戯な笑みを向けて言う。
「惚れたっていうのは否定しないんだな~」
言われたアークはハッとして
否定しなかった事に気付く。
すぐに反論しようとしたアークだったが、
ラシルの言葉に邪魔されて言えなくなった。
「俺が素顔を知ったのは三日前か。
あの日、暑かっただろう?」
三日前と聞きアークはすぐに思い出す。
秋だというのに真夏並みに気温が高く、
太陽の下に数分も居たら熱中症に
なってしまうのではと思う程だった。
「水浴びでもしようって事になってさ、
同じ科の友人数人と中庭で騒いでいたんだ」
「おい、まさか…
ノヴァに水を浴びせてしまった
とかじゃないだろうな?」
一番予測できる事をアークが口にすると、
ラシルは大正解という顔で大きく頷く。
「よく分かったな~。
渡り廊下を歩いてたノヴァくんに
頭から水を浴びせちゃってさ」
慌ててタオルを渡し謝るラシル達に
ノヴァは眼鏡を外し、暑かったので
ちょうど良かったと笑って許したと言う。
「その時、一緒にいた友人達が
「女に生まれて欲しかった」と嘆いてたぜ」
今のままでも女装したら
間違えられそうな容姿だ。
女性に生まれていたら男達を虜にしたに違いない。
「けど、男でも気にしない奴もいるんじゃないか?」
思わず口に出たアークの言葉を
ラシルはニマニマした顔で返答した。
「そうだよな~。ライバルはいない方が良いよな?」
「あ、あのな~…ラシル。俺は別にそういう意味で…」
変に捉えるラシルにアークが脱力して
反論しようとするが、またも遮られる。
「目立たない子だからな~。
情報収集するまで俺も存在を知らなかったぜ」
「やっぱり同期じゃないのか…」
「あぁ。しかも二ヶ月前に他の自衛隊から
転校してきたらしいぞ」
「他の自衛隊から?」
初耳な事を耳にしてアークは聞き返す。
数時間前に話をしていた時、
ノヴァからは一言もそんな話は
聞いていない。
意図的に隠していたか
別に言う必要もないと思われていたのか。
後者の方がノヴァらしいと思考しながら、
アークはラシルの言葉を待つ。
その期待に満ちた眼を見たラシルは
苦笑して首を振った。
「ま、どこの自衛隊から転校して来たのかは
掴めてないんだけどな」
どんな事情があったのか
少し緊張していたアークは肩の力が一気に抜ける。
大人しい性格だ、もしかしたら
苛めに耐えられず転校して来たのでは…。
今になってアークはどこの士官学校だったのか
聞いておけば良かったと後悔した。
「ノヴァ・リィンスレット、現在Cランク。
趣味は読書と料理で好物はマンゴーフルーツ」
「ふ~ん…って、何で急にノヴァの事を…」
聞いてもいないのにラシルが
突然話し出すのでアークは眉を寄せる。
ラシルは手元の飲み物を一口飲むと、
笑顔のまま返答した。
「聞きたそうな顔をしていたからさ」
「どんな顔だよ…」
競争生活の士官学校時代から
情報屋をしているラシルを
アークは友人として
同じ隊員として感心している。
おそらく、同じ科以外にも友人が多いのは
人柄もあるが情報収集で多数の場所に
走り回っているからだろう。
そう思考したアークはハッとする。
ノヴァの力を狙う『奴』の正体も、
ラシルの手に掛かれば
解明できるのではないだろうか。
そこまで考えが浮かんだアークは 小さく首を振る。
ラシルに頼むとノヴァの秘密も
打ち明けなくてはいけない。
何より私欲のために村を壊滅させた人物だ。
情報を知ろうとするラシルの命を
奪おうとするかもしれない。
そもそもノヴァの事情なのだ。
勝手に話して良い問題ではないだろう。
「アーク?」
じっと下を向いたまま
考え込んでいるアークを
ラシルは首を傾げて顔を覗き込む。
「ん?あ…悪い」
自分が無言で思い悩んでいたと知り、
何でもないと笑った時だ。
「八つ当たりの一撃っ!」
「おわっ!」
いきなり後ろから飛び蹴りの攻撃を受けて
アークは床に倒れる。
すぐさま顔を向けたアークの後ろには
仁王立ちで立つセレシアの姿があった。
「セ、セレシア…お前な~、いきなり何だよ」
攻撃されるような事は何もしていないぞという
顔をしたアークにセレシアは言う。
「だから言ったでしょ?
『八つ当たり攻撃』って」
「はぁ~?」
背中を擦り立ち上がったアークは
訳が分からないと椅子に座る。
「もう…足…速いよ…セレシア」
そのとき、息を切らせてセレシアの後ろから
一人の少女が駆けて来た。
二冊の本を胸に抱えた
ブラウンの長い髪の少女は
呪術科のリムル・ジェーン。
名前を聞いて解るようにラシルの妹だ。
「あ、お兄ちゃん…とアークさん。
こ、こんにちは」
アークの存在に気が付いたリムルは
顔を赤くして小さくお辞儀する。
初めて同じ任務で一緒になった際、
アークに命を助けて貰ったリムルは
現在彼に片思い中だ。
「アーク、あんたが意気地なしだから
リムルに相手にしてもらえなかったじゃないの!」
「何の事だ?」
「ノヴァくんに告白してた事よ!
キスまでしてれば良かったのに!」
リムルがアークに惚れている事を
知っているラシルは
先程のセレシアの攻撃を理解する。
セレシアは同姓のリムルに
恋愛感情を持っていて想われている
アークに嫉妬しているのだ。
態度に出やすいリムルなので誰が見ても
アークに惚れているなと解るのだが、
当人は全く気がついておらず意識していない。
「あのな~…」
率直に出た言葉を愛の告白と
捉えているセレシアにアークが脱力すると、
リムルは安堵したように微笑む。
「ほら、やっぱりセレシアの勘違いじゃない。
ノヴァくんは男の子だもん」
同姓を好きになる事はないと
思っているリムルがそう言うと、
ノヴァの事を知っているような感じに
アークは首を傾げる。
「ノヴァのこと知っているのか?」
情報屋のラシルでさえ三日前に出会い
情報収集するまで知らなかった人物だ。
任務で一緒になった事があるのだろうか。
そう思考しながら聞くとリムルは赤面して小さく頷く。
「は、はい。
写真を見て任務の時に、
回復して貰った事があるって思い出したんです」
リムルのいう写真とはセレシアが
カメラで写した物のことだろう。
セレシアのカメラはラシルが精製し
誕生日に贈った物で、
映した物を三分で自動現像する。
「俺も回復して貰ったんだが
ノヴァの術どこか違うよな」
「アークさんもそう思いました?
何だか気持ちが良いですよね?」
共感し合っている二人を、
セレシアは口をへの字にして
見つめていたが、
「もうっ!二人の世界に入らないで~っ!」
我慢できなくなったセレシアは
リムルに抱きつきアークを睨む。
「アーク、あんたには負けないわよ!」
「何の話だ?」
セレシアの怒る意図が分からずアークは首を傾げる。
はっきり『リムルはアンタの事が好きなの!』と
言ってしまうと、想いを寄せているリムルが
泣いて自分を嫌いになってしまうと
確信しているセレシアは口をモゴモゴさせた。
心で葛藤しているセレシアと鈍感なアークが
眉を寄せて見つめている後ろで、
ラシルは一人どこか一点を見つめて
何か考え込んでいる。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
逸早くその様子に気付いたリムルが聞くと、
アークとセレシアもラシルの方に眼を向けた。
全員の視線が向けられている事に
気が付いたラシルは顔を上げて笑う。
「ん?いや、今日の夕飯は
何を食べようかと考えていたのさ」
「あ、そういえば…そろそろ夕飯の時間だね」
リムルは腕時計を見て時間を確認する。
すると、セレシアが悪戯な笑みを
アークに向けて言った。
「じゃあ、
アークの奢りで四人で夕飯にしようか」
「おい…何で俺が奢るんだよ」
反論は却下というようにセレシアは
リムルの腕を引いて先に行く。
それを追おうとしたアークだったが、
いきなり後ろから腕を掴まれる。
アークの腕を掴んだのは、
先程考えに耽っていたラシルで
珍しく真面目な顔をしていた。
どうしたんだと聞く前にラシルが
囁くようにアークに聞く。
『ノヴァくんの術が
普通と違うって言ってたよな?』
『あぁ。それがどうかしたのか?』
『もしかしたら…
レイエルダの自衛隊から
転校して来たんじゃないかと思ってさ』
『!』
それを聞いたアークは
胸中で俄かに納得する。
かつての敵国レイエルダはティエラ国と
対照的に魔術に長けた国。
点在している自衛隊にも呪術科が多く、
最古の賢者達が多数住んでいたと言われている。
ノヴァがレイエルダの出身なら
魔術が少し違うのは当たり前の話なのだ。
真意は確認しないと分からないが、
本当にラシルの言うとおりだとして噂が
広まってしまえばノヴァの立場が
悪くなるのは明白だ。
なぜなら、かつての大戦で
レイエルダの軍に家族を殺された者も
自衛隊には在籍している。
暴力で仕返しをしようとする者も
居るかもしれない。
それを配慮してラシルも小声で
アークにだけ言ったようだった。
『憶測でしかないけどな。
さすがの俺も隣国まで
情報収集に行くのは困難だ』
外出が許されるのは任務中と休暇のみ。
たったの数日で隣国まで
行ける訳がないとラシルは苦笑した。
列車を利用したとしても行って
帰って来るのに三日以上は掛かる。
なので、週に二日や一日しか
休暇のない自分達にとっては無理な話なのだ。
「ま、本人に聞ければ一番速い話なんだけどな」
ラシルは軽くアークの肩を叩き
セレシア達の背中を追い駆ける。
アークもその後に続きながら、
レイエルダの出身だろうかと
ノヴァの魔術を思い出していた。
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