第8話 Metagame Matadorからの解放

「う…ここは…?」

 実春はようやく目を覚まし周囲を見渡す。そこは薄暗く見覚えのない部屋だった。しかも手を柱に括りつけられ動けない。実春にとって全く訳の分からない状況だった。

「俺…確か帰り道ネロに会ってそれで…」

 だんだんと意識がはっきりしてきた頭で直前までの記憶を手繰り寄せる。そしてちょうど悪霊に憑りつかれた辺りまで遡ったところで

「あら、やっと目が覚めたのね♥♥」

 ネロが現れ、ツカツカと近寄り見下ろしてくる。その姿は彼女の身体の大きさを相まってとても威圧的だった。

「おい…ここはどこなんだ?なんで俺は縛られているんだ?」

 実春は気圧されそうになる心を何とか抑え聞く。

「まあ、強がっちゃってかわいい♥♥そんな私が怖いのかしら」

 だがそんな虚勢を見透かしネロは嘲笑う。

「まあでも質問には答えないとね。ここはシャドウの家であなたに悪霊を憑りつかせてここまで連れてきた。そして縛っているのはもちろん逃げられないようにするため♥♥」

「逃げられないようにって…何をするつもりだよ?」

「あなたに悪霊を流し込むの。シャドウの手でね♥♥」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。それでも実春は強烈なセリフを前に思考を手放しそうになるのをなんとか抑え、「な、流し込む…?」とオウム返しに聞く。

「そうよ♥♥本当はシャドウがあの夜あなたに対してやるつもりだったことなんだけどね」

 あの夜とはシャドウに殺されかけた日を言っているのだろう。そういえば流し込むとか独り言を言っていた気がする。

「何も知らないあなたに軽く説明すると私たち悪霊師にとって憑りつくというのは霊が肉体に一時的くっつくイメージなの。でも流し込むは肉体の内側つまり精神にくっつけるイメージね。実際相手の身体にナイフとかで傷をつけてその傷口から悪霊を入れるし。まあ早い話悪霊を使って精神攻撃を与えて相手を確実に殺すために使うの♥♥」

「こ、殺す!?」

「そうよ♥♥でもあの子まだ自らの手で相手に流し込んだことがないのよ。それでこれから悪霊師として生きていくなら一度は経験しておくべきだと思うの♥♥今はその心の準備ために席を外しているけど」

 ネロは悪意に満ちた笑みを大きく浮かべた。

「だから喜びなさい!あなたはシャドウが完全な悪霊師になるための尊い犠牲になれるのよ♥♥」

 あまりに身勝手な言い分だった。これが素晴らしいことだと思っていることに恐怖すら覚える。それでも実春は勇気を振り絞ってネロに聞く。

「ネロ…お前はなんでそんなに白奈にこだわる?それにどうして俺を廃人にさせようとするんだ?」

 聞いた瞬間雰囲気が一変した。さっきまで見せていた笑みは消え、ネロは突然敵意に満ちた目で実春を見てきたのだ。しかもあの目には見覚えがあった。以前白奈を送った時ネロが去り際に見せた目と一緒だったのだ。

「なぜこだわるのかって?ずいぶん当たり前のことを聞くわね。私は悪霊師である前に研究者よ。研究者の目的は自分の望んだ結果を得ること。つまり私の場合、私以外の悪霊師を生み出すことよ」

 ネロは冷ややか目で実春を見据える。

「その点シャドウはこれ以上ないほど適任だった。私は悪霊師として常に負の感情にさらされているからすぐにわかった。あの子はとてつもない不満や鬱屈した感情をかかえている。しかもそれを周囲に感じさせず、それどころか自覚すらしていなかった。悪霊師になる上で最も大事な資質、極恨に耐えうる力は十分あると思ったわ」

 淡々と感情のこもらない声で話し続けるネロ。そこからは黙って聞く以外の行為を一切許さないといった雰囲気も醸し出していた。

「ちなみに極恨のことはシャドウから聞いているでしょ。あれは悪霊が持つエネルギーを元に作られているの。でも元が悪霊なだけあって誰でも扱えるものではないわ。一番に負の感情に強い耐性がないといけない。そうじゃないと流し込まれた瞬間正気を失うわ。その点あの子は私の予想通り全く問題なかった。私はようやく自分以外の悪霊師を生み出すことに成功した…なのに!」

 トーンが変わった瞬間、腹のあたりに強い痛みが走った。実春は思わず呻き声を上げる。すぐには思考が追いつかず少し遅れて自分は思いっきり腹を蹴られたのだと気づいた。

「お前は私からシャドウを奪おうとしている!!私が求めるシャドウでは無くそうとしている!!それが許せない!!」

 ずっと溜め込んでいたのであろう。激しい憎悪と共に何度も蹴り続け捲し立ててきた。

「シャドウはお前のことをただの遊びだと言っていた。実際最初はそうだったでしょう。でも日を追うごとにあの子はどんどんお前の事ばかり考えるようになっていった!私との行為中でも時折上の空になるくらいに!」

 ふと聞いたことがある。美人が怒るととても怖い言う話を。ネロが世間一般のいう美人に当てはまるかは分からないけど。

 激しい痛みと腹を蹴られている故呼吸困難に陥る中、実春は怒りの形相で憎しみをぶつけてくるネロを見て何故かそんなどうでも良い話が浮かんでいた。

「屈辱だったわ…!私を差し置いて気になる存在がいることが!しかも相手は祓師でもなんでもない冴えない男子高校生!こんなヤツに私の大事なシャドウが奪われようとしていると思うと腑が煮え繰り返るわ!!」

 ここがピークだったのか。ネロはそこまで言うとようやく蹴るのをやめた。

「だからお前をシャドウ自ら手にかけさせ余計な思いを断ち切らせようってワケ♥♥」

 そして妖艶でサディスティックな笑みを見せるのだった。一方実春はやっとネロの蹴りが止まったことで空気を求めて大きく息をする。だが大きく呼吸する度に腹に痛みが走る。痛みと恐怖が心を縛ろうとする。でもまだどうしても聞かなきゃいけないことが実春にはあった。その強い思いが自然と口を開かせた。

「がほ…、ネロ…もう一つだけ聞かせろ…。お前は…なんで白奈の処女を奪ったんだ?」

「あら?シャドウから聞いていないの?極恨を身体に流し込むためだって」

「…それは聞いているよ。でも白奈は、極恨は別に他の方法でも取り込めるって言ってた。それなのになぜあいつの尊厳を奪うようなことをしたんだ?」

「そんなのシャドウの背中を押すためよ♥♥私の研究を証明するためにもね♥♥」

「背中…?」

「そうとう溜まっていたみたいね。あの子の処女を奪うと同時にちょっと寄り添う言葉をかけただけで簡単に堕ちてくれた♥♥そういう意味ではチョロくて助かったわ♥♥」

 …なんだよそれ。

 どこか得意気に話す彼女を見て実春はなぜか強い憤りを感じたのだ。と同時に頭に浮かんだのは盲目的だったとはいえネロの事を信頼しきっている白奈を顔だった。

「ネロ…お前はペテン師だ」

「…は?何ですって…?」

 引き返すなら今だと弱い自分が囁く。でもそれ以上にここで言わなきゃいけないと本心が叫んでいた。だから実春はまっすぐネロの顔を見据え言い放った。

「何度でも言ってやるよ…。ネロ!お前は人の心を弄ぶペテン師だ!詐欺師だ!!」

 ストレートに言われネロは思わずひるむ。その隙に一気に思いをぶちまけていった。

「白奈は本気であんたのことを慕っていたんだぞ!でも実際はなんだ!白奈の不満や弱みにつけこんで自分の目的を果たそうとしているだけじゃないか!!これがペテン師じゃなくて何だっていうんだ!!」

 言いたい放題まくし立てる実春にネロはこれ以上ないほど顔を真っ赤にしていた。

「大体自分の思い描く悪霊師にならないからって俺を使って白奈に手をかけさせようなんて考える時点であいつの気持ちなんてこれっぽちも考えてない表れだよな。それで俺に怒りをぶつけるなんてとんだお笑い草…がは!」

 もう我慢の限界だったのだろう。ネロが怒りの形相で腹を思いっきり蹴り飛ばし実春は悶絶した。しかも内出血を起こしたのか口から血を吐き床に飛び散った。

「黙って聞いていれば好き勝手言いやがって!こうなったらシャドウを待たず私自ら…」

「ネロ様」

 感情のままネロが手を下そうした瞬間、扉越しから白奈の声が聞こえた。その途端、瞬時に激しい怒りを引っ込めいつもの甘ったるい声で反応するのだった。

「あら♥♥思ったより早かったわね♥♥」 

「はい、気持ちがブレる前に済ませたいと思い早めに戻ってきました。でもすみません。その前に念のため極恨を補充させてもらえませんか?」

「ええ、もちろんよ♥♥それじゃあ隣の部屋で行いましょうか。濃厚な補充をね…♥♥」 

 扉越しに会話を終えるとネロは実春には目もくれず部屋を出て行ったのだった。そして隣の部屋に入る音がしてしばらくたったぐらいか。今度は静かに扉が開き始めたのだ。しかも半開きの扉越しに見覚えのある赤いリボンが見え隠れしていた。

「も、もえか…?」

 誰か認識すると同時に見慣れた幼馴染の顔がそろそろ現れ、素早く身体を入れると静かに扉を閉める。そして音を立てないように実春の元に駆け寄った。

「ど、どうしてもえかがここに…?」

「しっ!説明は後。とにかく今はこの部屋から脱出することだけ考えて!」

 もえかは紐で縛られている実春を急いで解き始める。だが床の血が目に入った時、

「…っ!全くなんで大人しくできないのよ…。あんなこと言わなければにここまでボロボロにならなかったかもしれないののに…」

 と辛そうに顔を歪ませて小さく呟いた。どうも実春がネロをペテン師呼ばわりしたところを聞いていたらしい。

「でも…ちょっとカッコよかったよ」

「!もえか…」

「さ、解けたよ。早く部屋から出よ」

 二人は静かに扉まで移動するともえかがそっと開く。廊下に誰もいないことを確認すると、素早く部屋を出て音を立てないよう慎重に階段を降り始めた。だが実春はネロに蹴られた腹のダメージが大きく、動く度に強い痛みを感じており思わず声が出そうになるのを必死にこらえなければならなかった。それでもなんとか階段を降りきりほんの少し一息付けたのだった。

「…もえか、どうやって俺がここに捕まっているって知ったんだ?」

「…先輩が教えてくれたの」

 実春はもえかの回答に息をのむ。だが一方で納得もしていた。実春がネロに捕まったことをもえかが知るには早すぎるし、何より助けに来るタイミングが良すぎたから。

「先輩がネロを隣の部屋にひきつけておくからその間にあたしがハルを助けることになっていたの」

「でも、それじゃあ俺がいないことがバレたら白奈は…」

「もちろんタダじゃすまないことは分かった上でだよ。でも一刻も早くハルを助けるにはこれしかなかったから。何よりこれは先輩が提案した作戦だったの」

「白奈が…」

「大丈夫だよ。ここを出たらすぐパパとママにネロのことを知らせることになっているから。そうすれば他の祓師が来てネロを捕まえてくれるよ。だからとにかく今はこの家を出ることだけ考えて。まだ動ける?きついなら肩を貸すよ?」

「ああ…なんとか」

 もちろんきつくないと言ったら嘘になるが、実春は痛みをこらえながらもえかに連れられ玄関に向かう。そして玄関の扉を開け、家と門をつなぐ小さな庭を抜けようとした時だった。

 ガシャン!

 突然ガラスの割れる音がしてすぐ後から大きなものが落ちる鈍い音がしたのだ。後ろを振り返ると二階の窓ガラスが割れ、なんとすぐそばで悪霊師姿の白奈が倒れていた。

「白奈!」

 だが駆け寄る間のなく、絶対に見つかってはいけなかった相手の声が聞こえてきた。

「本当に残念だわ。まさかここまでこの男の存在が大きくなっていたなんて…」

 ネロが2階の窓から現れ冷たく言い放ち、難なく白奈の前に降り立った。

「これは何としてでもシャドウの手にかけてもらわないといけないわね。ほら、シャドウ起きて」

 しかもネロは実春たちには目もくれず白奈を身体をゆすっている。一見この隙に逃げられるように見えるがそれを許さぬ圧倒的な雰囲気があった。

「ど、どうしてこんなに早くバレたの…?」

「はあ?私が何の保険もかけずに部屋を離れたとでも思っているの?あの部屋には見張りとして私の悪霊が隠れていたのよ」

 ネロがもえかの問いに対し心底面倒くさそうに答える。

「まったく、手早く前座を済ませて本番を行おうとしていた時に悪霊から報告を受けたから気分最悪よ。その男を連れ戻して早く続きを行わないと。あと清崎もえかだっけ?あなたには少しの間大人しくしててもらうから。大丈夫よ。殺しなんて後々面倒になることはしないから…」

「ハル!逃げて!!」

 言い終わらない内にもえかがネロに向かって駆け出していた。だがあと少しで手が届くというところでもえかの動きがピタリと止まった。急にうつ伏せになったのだ。まるで何か強い力が働いかのようだ。実際それを裏付けるように、

「だからさ…面倒をかけさせないでって言っているでしょ」

 とネロは必死に動こうともがく彼女を気だるげな眼で見ていった。

「あなたみたいな見習いが私の相手になるわけないでしょ。あと一応言っておくけどこの家を中心に強力な人払い結界を張ってあるから助けがくることはないわよ。で、あの男も逃げられないようにしてと…」

 その瞬間今度は実春が誰かに足を引っ張られ倒れ込んでしまう。だが後ろを振り返っても誰もいない。しかしこの感覚には覚えがあった。初めて白奈に出会い逃げようとしたら突然足が動かなくなった時と同じだったのだ。おそらくネロが悪霊を使って二人を動けないようにしているのだろう。

「さてと、ようやく邪魔者もおとなしくなったことだし…ほーらシャドウ♥♥起きて♥♥」

 甘ったるい声をかけられつつ身体をゆすられ白奈は呻き声を上げつつ目を覚まし起き上がる。なお彼女の服装は乱れており、しかもよく見ると頬が赤く腫れていた。落ちた衝撃の痛みで顔を歪ませいたが庭の光景が見た瞬間、

「清崎さん!!実春君!!」

 彼女は悲痛な声を上げた。だがネロは意に返さず白奈を後ろから抱き寄せ優しく語りかけ始める。

「ごめんね、シャドウ。思わず手を上げてしまって…。でもね、これはあなたの為だったのよ。今まさに道を外そうとしているあなたの目を覚まさせるために…。でも大丈夫よ。私はこの程度のことであなたを見捨てたりしないわ♥♥」

 白奈…?

 この時実春は白奈が急に静かになったことにいち早く気づいた。だがネロはそんな変化には気づかず話を続ける。

「だからシャドウ。今こそ河合実春との関係を自分の手で完全に断ち切りなさい♥♥」

 思えばすでに白奈は覚悟を決めていたのだろう。結果的にネロはその覚悟をさらに後押ししてしまったにすぎない。そして決定的な一言を放ってしまう。

「ネロ様…その前に一つ答えて下さい。ネロ様にとって私は何ですか?」

「…?もちろん、あなたは私にとって最高の作品よ♥♥」

「…そうですか」

 白奈はぽつりと呟くとゆらりと立ち上がった。

「分かりました。でも河合実春を手にかける前に改めて極恨を補充させていただけませんか?それと補充方法は口からでお願いしたいです。さすがにここでいつもの方法で行うのは恥ずかしいので…」

「ええ、もちろんいいわよ♥♥じゃあ早速行いましょうか♥♥」

 ようやく決心してくれたことにネロは弾んだ声を上げる。その時実春に対し勝ち誇った笑みをちらりと見せたのだった。

 そして白奈はネロの方に向き直ると口移しを始めたのだ。おそらくネロが白奈に極恨を口を通して渡しているのだろう。しかも二人は互いを抱き寄せ背中に手をまわし口元ではねっとりとした音がしている。それはもう口移しというよりディープキスに近かった。実春もこんな状況でなければ劣情が湧くぐらい濃厚な。

「…!?…!?」

 しかし口移しを始めてすぐのことだ。二人の様子がどこかおかしい。正確に言うとネロのほうが苦しんでいるように見えるのだ。ネロは明らかに白奈から離れようともがいている。だが白奈はそれを許さないとでも言うようにがっちり掴み離さない。単純な力比べなら白奈のほうが上らしい。もちろんネロの頭を掴むことで唇から離れないよう固定している。そして軽く1分は超えただろうか。

「シャ、シャドウ…!あなた、私の極恨を…!」

「ええ、すべていただいたわ♥」

 ようやく唇を離したときネロの顔はまるで別人のようになっていた。頬は水分を抜かれたかように痩せこけ目はぎょろりと開き、一方で身体は豊満なままといったアンバランスさでとても不気味だった。だが白奈の顔色もよくなく立っているのも辛そうだ。

「あ、あなた…そんなに沢山の極恨を身体に入れたら命の危険すら…」

「…ええ、正直とてもしんどいわ。でも私の心配より自分のことを心配した方いいんじゃないでしょうか?」

 言われたネロは周囲を見渡すと恐怖で顔をゆがめ後ずさりを始めたのだ。そして同じタイミングで実春の身体にも変化があった。さっきまで何かに抑えつけられていた感覚がなくなり動けるようになったのだ。それはもえかも同じだったらしく立ち上がり始めている。

「私が言うのも何ですけど悪霊師って悪霊にかなり恨まれていると思うわ。だって極恨を使って無理やり操っているにすぎないですしね。その悪霊達が自由になった時最初に向かうところは自分たちを操っていた人間の元だと思うの。恨みを晴らすために…ね」

「あ…あ…」

 白奈の言葉を裏付けるようにネロが恐怖のあまり尻もちをつく。実春には何もないところで尻もちをついたようにしか見えないが、おそらく自分やもえかについていた悪霊がネロをじりじりと追いつめているのだろう。

「しかも自身の身を守る盾でもある極恨がない状態で悪霊から攻撃を受けたらどうなるでしょうね。しかも大量に」

「シャドウ!!どうしてこんなマネをするの!?私はあなたを救ってあげたのに!!シャドウもあの時感謝していたじゃない!!『自由にして下さりありがとうございます』って!!」

「…ええ。あの時はすごく感謝しましたし、今でもこれまでの生き方に疑問を持つきっかけをくれたことはよかったかなと思っているわ。でも、私がどうしても譲れないこともネロ様は許さなかった。そうなったらもう…闘うしかないじゃないですか。それに…」

 白奈はいったん言葉を切る。そしてネロの目をまっすぐ見て言い放った。

「ネロ様は私のことを作品と言ったときよくわかった。結局ネロ様は自分のことしか考えていなかったんだなって。だから言わせてもらう。私はネロ様の所有物じゃない!!私は赤城白奈!!一人の人間だ!!」

 強くはっきり言い切った白奈はもうネロに話すことなど何もないといった感じで後ろ向きその場を離れ始めた。

「あ…待ってシャドウ!作品と言ったことは謝るから…だからお願い助け…」

 手を伸ばし懇願の言葉を言い終わる前に苦悶に満ちた絶叫に変わった。おそらく悪霊たちが一斉にネロを攻撃したのだろう。最後に、

「…さよなら、ネロ様」

 と振り向くことはなく小さく呟いた。そしてネロは大きな悲鳴を上げきるとその場に倒れ込んだのだった。

「白奈!!」

 しかし白奈も限界だったのかネロの後に続くように倒れようとしていた。そこを間一髪実春が駆け寄り肩を掴んだ。

「おい!白奈!しっかりしろ!!」

 だが返事はなく白奈は苦しそうに呼吸をしている。しかも肩に触れた時、実春は彼女の中で何かよくないものがはち切れそうなほど駆け巡っているような感触がしたのだ。

「も、もえか!白奈はどうしちまったんだ?」

 後から駆け寄ってきたもえかがすぐ白奈の様子を見る。すると一目でわかるほどもえかの表情がサッと深刻なものへ変わった。

「これはひどいよ…。すぐパパ達に治療してもらわないと先輩が死んでしまうかも…」

「な、なんだって…」

「あたし、先輩が言っていた極恨についてよく知らないけど…見る限り今の先輩は本来悪霊が持つエネルギーを体内に沢山取り込んでいるみたいなの。でもそんなエネルギー身体に良いわけないから…今の先輩は致死量以上の毒を体内に取り込んでしまっている状態と同じなのよ」

「そんな…」

「とにかくあたしはすぐパパたちに連絡をしてくるからハルは様子を見ていて」

 そう言い残すともえかは少し離れたところでスマホを取り出し連絡をかけ始めた。

 くそ…!白奈がこんなにも命張ってくれたのに俺は何もできることはないのか!?俺はただ見ていることしかできないのか…!?

 何もできないことに対する憤りともどかしさが身体を熱くさせ、頭をフル回転させる。そこでふと、ある記憶を手繰り寄せたのだ。

『んー?そんなの他人から生気をもらう方法なんて大体相場が決まっているものでしょ?上の口か、それとも下の口からか…♥』

 それは学校で初めて白奈が実春に正体を明かした時にした会話。白奈が極恨を体内で維持するために他人の生気を奪っているという話をしていたときの記憶だった。同時に視線は白奈の唇に向かう。そして苦しそうに呼吸をする白奈を前にしてごくりと唾の飲む。

 …悪いもえか。もしかしたらまた心配かけるような事になるかもしれない。その時は全力で謝らせてくれよな…!

 実春は心の中で謝ると、なんと白奈の唇に接吻を始めたのだ。正確にいうと実春は自身の生気を白奈に渡すため接吻をしたのだ。だから行為としては人工呼吸に近いものだった。

 「…!?」

 最初、接吻をするだけで自身の生気を送れるものかよく分からず実春は始めていた。これは正解だったとすぐに理解した。だが同時に自分の見通しの甘さもすぐに分かってしまった。今、実春は生きる上で大事なエネルギーを送っているというより奪われている感覚にあった。つまり白奈は実春の生気を無我夢中で吸い取ってきていたのだ。それは実春の命を脅かしかねない程の量を。

 やばい…意識が…

 その時、突然後ろから強く引っ張られ白奈から身体ごと引き離された。チラリと後ろを振り返るともえかの顔が目に飛び込んできた。おそらく実春のやっている行為に気づき、慌てて二人を引き剥がしたのだ。だがすでに実春はもう立つどころか意識すら保っていられないほど生気を与えてしまっていた。そしてあっという間意識を失った。必死に自分の名前を呼ぶもえかの声を聞きながら。

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