最終章6話『祈る思いで願った』

そう。陽菜、杏恋、舞の3人は1年前に会っていたのだ。この時歌恋は来ていない。

「ねえ杏恋ちゃん!Switch持ってきたんだけど、何かゲームやろ?画面ちっちゃいからあれだけど……」

「うん……やる!」

陽菜と杏恋はゲームを楽しんだ。外に連れ出して陽菜持ちで居酒屋に行ったりもした。

「陽菜ちゃんは、昔からずっと優しかった。だいすきだよ……」

「うん。」

「陽菜ちゃん……わたし、わたしね!本当は……本当は………………」

杏恋は何かを言おうとしている。

「待って杏恋ちゃん!!計画の成功率をできるだけ高くしないと!喋るのはわたしだけにしなさい!」

舞が慌てた様子でそれを止めた。

「え……なんですか計画って……?」

「あなたは何も知らなくていいの、陽菜ちゃん。」

舞が陽菜の両肩に手を置き、じっと陽菜の顔を見つめた。


そして……

「どこまで行くの?」

「ここくらいでいいかな……ねえ陽菜ちゃん。わたしが苦しんでたら、頼みを聞いてくれるって言ったよね?」

「うん。何があっても杏恋ちゃんの味方だからね。」

杏恋は、夜になると陽菜と舞を外に連れ出していた。

「陽菜ちゃん。お願いがあるの。1?」

「ん。はいどうぞ。」

陽菜は何の躊躇いもなく髪の毛を1本抜き、差し出した。そして、杏恋は1冊の本を懐から取り出した。

「なにしてるの?なにそれ、魔法陣?」

「陽菜ちゃんは気にしなくていいよ……■■■■■■」

杏恋はなにかの言葉を唱えた。あまりにも意味不明だったため、陽菜はそれを聞き取れなかった。

ゾクッ──

背筋に悪寒が走った。

「わたしを呼び出したのはあなたね、東雲杏恋。さあ、願いを言いなさい。」

いつの間にかそこには、禍々しい雰囲気の、中高生くらいの女の子が

「な、なにこれ──杏恋ちゃん!これはどういうこと?」

しかし杏恋は陽菜の質問に答えず、女の子に向かっていく。

「黄泉様。あなたの力で叶えた願いは、あなたの意思で消すことはできますか?」

「いいえ。」

「黄泉様……わたしの願いは。」

杏恋が口を開く。

「陽菜ちゃんと体を入れ替えること。入れ替わった後のわたしの記憶を、ここに会いに来る前の陽菜ちゃんのものにしてほしいこと。陽菜ちゃんが入れ替わった事実、それに関する手がかりに気づきそうになった時に頭痛がするようにしてほしいこと。これで、どうですか?」

「了承するわ。それを3つの願いとして受理する。」

黄泉様が少し口角を上げた。幽霊に風が当たっているのかいないのか、黄泉様の長い髪が靡いた。

「あ、杏恋ちゃん……どういう、こと?」

「ごめん、陽菜ちゃん……もう、耐えられないんだ……!」


ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ──

「陽菜ちゃん!ごめん!ごめんね……わたしのパパとママももう殺しちゃった!ごめんね!!」

陽菜の体は、杏恋の体を何度も刺した。杏恋は凪から受けた行為が耐えられなかった。既に精神が崩壊しかけており、正常な判断さえままならない状態だった。

「あはははは!しらべてわかったんだけどさ!わたしできちゃってたんだ!もうておくれになっちゃってたんだ!!」

「ごふっ……」

杏恋の体は血を吹いた。

「黄泉様。黄泉様が消える前に聞きたいです。今からでも願いを叶えられますか?」

杏恋が憂いているのは、召喚魔術のルール『願いを叶えた後に再び呼び出してはいけない』に違反して死んでしまうこと。だから、消える前に黄泉様を呼び止めた。

少なくとも杏恋が調べた範囲では、黄泉様の魔術を利用した者は脊髄が雑巾絞りのようにされ、体内に指輪のようなものが与えられる。そして杏恋は、物理的な手段による摘出や黄泉様に対して直接『そのような状態にならないようにする』と言って無効化はできないと踏んでいた。結論から言うと、それは正しい。

しかしこのルールには抜け穴があった。杏恋の目論見では、体を入れ替えることで願いを叶える回数を増やすことが出来るのではと思った。

「いいわ。願いを言いなさい。」

そしてそれは成功した。

「この村に伝わっている予言は。だから、──────する時が来たら……いや、その時が近づいて来たら東雲杏恋の記憶を全面に押し出す。時が過ぎ危機が去ったら任意で陽菜ちゃんの記憶に戻す。それと、この惨劇を思い出した後、記憶を消す。」

「いいわ。それを3つの願いとして受理するけど、どうする?」

そして、杏恋は静かに頷いた。


「どうじで………おいでいぐの?」

虫の囀りが聞こえる夜の森で、杏恋の体は目の前に立っている陽菜の体をまっすぐ見つめる。そしてその様子を見ている舞。

「………痛い?つらい?寂しい?」

陽菜の体は、杏恋の体とは対照的にすこぶる元気だった。

「痛い………いだいよ………………」

杏恋の体は傷だらけ。その体に、涙が染みる。

「ごめんね………元気でね。」

陽菜の体は悲しみの表情を浮かべる。

「お別れはもう済んだかしら?」

陽菜の体は禍々しい空気を感じ、声のした方を見る。そこには黄泉様が浮いていた。

「………はい。」

杏恋は感情を殺して返事をした。

「………もう少しだけ待ってあげてもいいのよ?その様子を眺めていたいから。」

黄泉様が不敵な笑みを浮かべている。陽菜の体は、涙を流していた。

それを見ていた舞は、

「これで良かったの?」

と、陽菜の体に乗り移った杏恋に聞く。

「はは、わたしの言った通りだった。寂しいよ………でも、まだやることがあるから。あとはお願いします。」

「そういうことなら、わかったわ。うまくやってみせる。つらいことなら何も知らないまま過ごすのがいいからね………」

舞は杏恋の肩に触れ、その場を立ち去った。

「それじゃ、執行するわ。」

黄泉様がそう言った直後、杏恋は強い光に包まれたかのような錯覚に陥った。

しばらくして目を覚ますと、黄泉様はすでに姿を消していた。

「さてと。今のうちに証拠隠滅しなきゃね。」




そこで、記憶は終了した。

「な……わたしが……杏恋ちゃんだった?」

陽菜はその現実を見せられ、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「わたしの降霊術が失敗したのは……杏恋ちゃんの魂は生きていたからだったのか!黄泉様の隣にいる霊が杏恋ちゃんの姿なのは、死んだ時の姿になるから……舞は、知っていたんだな……」

「嘘だろ……陽菜が杏恋だって?じゃあ、じゃあ……」

「むごい……」

芭那、希万里、歌恋も呆然とするしか無かった。

「そう。東雲杏恋は月城陽菜と入れ替わる計画を立てていた。」

黄泉様が指を鳴らすと、陽菜たちは全員館の外に瞬間移動させられた。陰陽師たちは瞬間移動してきた陽菜たちに一瞬びっくりした。

「あ、ああああ、はぁっはぁ、はぁっ──あああ……ああああああ!!」

陽菜は激しい頭痛に襲われた。

その機を待っていた者が1人。

「──ッ!?」

芭那は、突如として現れた強烈な瘴気を感じ取った。

「あはははは!!」

全員が声をした方を向く。

声の主は、斎藤萌だった。掌に、禍々しい色の玉を出現させた。

「斎藤さん……?それは……」

「これが何かって?怨霊よ!」

萌は笑っていた。

「怨霊……?」

「あれが?」

「でもそうだ。」

「何?え、何?」

陰陽師たちが、萌の持っているそれを凝視している。

萌はゆっくりと陽菜の方に歩く。

「させるか!」

芭那が術を発動させるが、

チュンッ──

萌の持つ禍々しい玉に無効化されてしまった。萌は反応すらせず芭那の攻撃を無効化した。

「くそっ!わたしの攻撃が通じないだと?一体どれほどの怨霊を集めたんだ!」

唐突の出来事に、追いつけない陰陽師たち。

「あっはは!わたしは陰陽師になってしばらくしてから……怨霊を吸収し、小さく保管しておける術を身につけた。そして今までずっと、陰陽師の仕事をこなす過程で怨霊を吸収し続けた。依代の存在を知った時、使えると思った。溜めに溜めた怨霊を依代に与えれば……霊媒体質が怨霊の力を暴走させて、破滅が訪れる!」

まるで厨二病のような台詞回しをする萌。しかしその目はマジだった。破滅を見たい、ただその1点のみを願った純粋とさえとれる目。

萌の腕から植物のようなものが生えてきた。

「この桔梗の霊は、人の記憶を操作する能力を持つ。藤吉ちゃんと横山ちゃんの初任務のあの事件……あれは、わたしが当事者の記憶を操作して自殺させたの!それの試運転だった。この場の人間全員殺した後で、関係者の記憶を消す。さあ……この、わたしが何年もためてきたこの怨霊を……」

萌の様子を立って見守るしか無かった。萌はゆっくりと歩き、そして陽菜の目の前に来た。

「食べなさい!」

ボンッ──

「あぇ?」

気の抜けた声を上げる萌。

ドサッ──

萌はわけもわからぬまま、地面に倒れた。その体は、いつの間にか真っ二つに切断されていた。

即死だった。

「あー、まだわたしのやることが残ってるのに邪魔しないでもらえるかしら。人間を消されてしまっては、負の感情を出す人間がいなくなるってことだから困るのよね……」

そう言うと、黄泉様は怨霊の玉をそのまま食べてしまった。

「ふふ、これはこれで美味ね……さあ、月城陽菜……いや、東雲杏恋と言うべきかしら?その記憶に宿る悲しみを思う存分、食べさせてもらうわ……!」


黄泉様は、陽菜の体の中の奥深く──記憶の深層にいた。これまでの様々な記憶が映し出されている空間。

「あはは!絶望を知った月城陽菜、そして東雲杏恋の2人分の感情!さぞ美味でしょう!」

黄泉様の視線の先には……

「黄泉様……」

「あなたは……東雲杏恋ね。あなたと月城陽菜の感情を頂くわ。」

「いいや、それはできない。黄泉様は……わたしとの知恵比べに負けた。」

「あはは!何を言って……」

そう言った黄泉様から、にやけ面が消えた。

「待って……何かが……何かがおかしい。何が……」

「それは……こういうこと!」

杏恋が念じると、周囲の光景が崩れ始めた。

「な、何……東雲杏恋!何を!」

「黄泉様は、自分が記憶に入り込むことで負の感情を食べようとした。」

「はっ。ま、まさか……!」

「そう。黄泉様……使!」

「しまっ──中止!中止!な……記憶から出れない!………………そうか、横山舞か!」


「そうよ、黄泉様……」

舞は現実世界で、してやったり、と言った表情を陽菜に向けた。

「わたしが叶えた、そう……『月城陽菜と東雲杏恋の真実が暴かれた時、東雲杏恋が自身の手で記憶を消し終わるまでずっと、本人の意思で強く願うことを、現実世界には影響せず記憶の中でだけ実現させる』。それで、黄泉様を記憶の中に閉じ込めた!黄泉様は、横山舞が東雲杏恋を気遣っただけだと思っているでしょうけど……これまでの作戦がいけるか不安だった。けど、黄泉様はテレパシー能力を持たないことがわかった。願いをわざわざ聞いているってところから察しはついたかな?だから作戦を聞かれる心配は無かった。」




舞が芭那との初任務を終えた少しあとの話。

「あの、横山さん。わたし実は、──なんです。」

杏恋の部屋で、面と向かって、舞と会話している杏恋。

「えっ!?どういうこと?」

「黄泉様を倒そうと思っているんです。だから、わたしの計画のために協力してください。内通者などの可能性を極力減らすため、横やさんだけに話します。いろいろ考えた結果、あなたがいいと思ったんです。」

「今言ったあなたが──だって話は?」

「それを陽菜ちゃんに言おうとしたんですけど、あの日、陽菜ちゃんは事故に遭って有耶無耶になってしまって。そのうちに、喧嘩して謝るタイミングを逃した子供のように、言うタイミングを逃したんです。それからずっと言えなくて……それよりも計画の話です。あなたはこれから、──です。」

「そう、なんだ。」

「だからあなたは、死んでも1度だけ復活する願いと、月城陽菜と東雲杏恋の真実が暴かれた時、東雲杏恋が自身の手で記憶を消し終わるまでずっと、本人の意思で強く願うことを、現実世界には影響せず記憶の中でだけ実現させる願いを叶えて欲しいんです。」

「え。な、なんて?長い長い……」

「あ、紙に書きますね……」




「そう、横山さんに叶えてもらったその願いで黄泉様。あなたを……わたしと陽菜ちゃん2人の記憶ごと消す!黄泉様の願いで黄泉様を消せないルールがあったからそれを回避するために、記憶を消すと言った。直接消す願いでは無く権利をもらう願いならと。それでも不安だったから、横山さんに協力してもらった。そしてわたしは黄泉様に聞いた。あなたの力で叶えた願いは、あなたの意思で消すことはできますか?って。黄泉様はその質問に対していいえと答えた。だからこの力がいま消える心配はしなくていい!それでもこの力が黄泉様の願いと判断されて黄泉様を消せない可能性もあったけど……乱暴な賭けだったけど、わたしの勝ちだ!」

杏恋がそう言った時既に、消えゆく記憶と共に黄泉様の体は消えかかっていた。

「ぐ、ち、ちくしょおおおおお!!」

記憶の中で黄泉様から発される声はもはや、女の子の声では無かった。


陽菜、もとい杏恋はがくりとその場に膝をついた。

「芭那。陽葵。希万里さん。歌恋ちゃん。この子は……杏恋ちゃんは、これからの世の中で黄泉様の力を悪用する人が出ないように、黄泉様を倒す方法を模索してた。そして、やっと終わったのよ。自分の人生を懸けて、思い出と記憶を犠牲にしてまで……この子は、今まで小さい体にその使命を背負ってきてたのよ……!」

舞はこらえきれず、ぽろぽろと涙を流していた。

希万里も舞と同じように泣きながら、陽菜に近づく。

「嘘だ……こんなのってないよ……わたしは時を渡るまで、2022年に今の状況とかを見ていなかった。それで、わたしは自分がいなくなる寂しさを我慢して茉希の名前を捨てて希万里になって。未来予知能力を持った星乃家だから予言をなんとかしようって……斎藤萌を出し抜くためにフェイクの予言が伝わったってことを聞いて……なのに、なのに………………わたしよりずっとすごい計画立てて、人生を懸けて……」

希万里は懐から、星乃家の家族写真が入った額縁を取り出した。額縁に涙がぽとりと落ちる。

「寂しかったのに……わたしががんばる必要無かったじゃないか、」

希万里は一呼吸おき、陽菜を抱きしめて、

「日陽!」

実の姉妹、日陽の名を叫んだ。

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