第3章11話『君を覆う闇色の中でも、背中に触れて笑顔を追い求めたい その②』

とある日の休み時間。

「わたしは、人を生きる理由にしないって高校進学前に誓ったんだ。」

「なんで?」

陽菜の突然の言葉に、美結が首を傾げる。

「大雨ん時に車に思いっきり轢かれたことがあって。わたしは体が強かったから死なずに済んだんだけどそれでも入院が必要なくらいになっちゃって。それで医者を目指したっていうありがちなパターン。都合よくいけるわけもなく、向いてなくてすぐ挫折。生きる理由を作ってるから、人なんかを生きる理由にしてるから悲しむんだって思って。だから、生きる理由なんて深く考えずに『やりたいことをやって楽しく生きる』ことにしてる。」

「じゃあさ、わたしたち3人に良くしてくれてるのはなんで?」

陽菜の言葉に美結が不思議がる。

「友達を作るのは……わたしが寂しんぼだからだよ。良くしてくれてると思ったのならそれは慈善事業とかじゃなくて、わたしと友達になってくれてありがとうって言うお礼。でもたしかに、人のために生きるってことが抜けきれてないのかな……」

陽菜は少し困ったように笑った。母親とのことが頭にちらつくから。

それでも陽菜は、友達を求めた。人間関係を求めた。陽菜は孤独がつらいと思っていた。母親に怒られた時、孤独を感じた。あの時のような孤独はもう嫌だと、友達を求めることをやめられなかった。

こうして陽菜たちは仲を深めた。


一方その頃吉井創介は、中埜立人、ウォンジホン、康梓俊という話し相手ができていた。それなりに共通の趣味を見つけることもできた。例えば立人とは崩壊3rdや魔女の家、康とはジョジョや仮面ライダー、ウォンとはアニメの話題作の話など。

そんなある日。創介は机に置かれたiPadと向かい合い、絵を描いていた。

「何描いてるの?」

創介にひとりの女子が話しかけてきた。金髪で背が少し低く、綺麗な顔の女子。

名前を、角谷春菜と言った。

「あ、いやこれは……」

創介は慌ててiPadの画面を隠した。

「へえ、すごいね。エロい。」

創介が描いていたのは、右腕を上げて腋見せをしているむっちりとした女性のイラスト。

「あ、まあ……うん。」

「わたしも趣味で絵を描くんだけど。」

とはいいつつ、美術系の大学に進学する予定は特に無い2人であった。

「良かったらdiscordに入らない?」

春菜の誘いで、創介はdiscordのアカウントを作ってグループに招待された。創介はAクラスだったが、グループは春菜たちBクラスのメンバーがほとんどだった。


《わたしもエロ絵描くから親近感湧く》

ある時、創介と春菜はdiscordでメッセージのやりとりをしていた。そうは言うが肝心の絵は送られてきていない。創介は自宅の中からメッセージを送っている。

意外と共通の話題があり、創介にとっては話し相手として退屈していなかった。

《おれが最近描いた絵といえばこれ》

創介は下半身のない女の子の絵を送った。落書きであるため描き込み度は決して高くない。

《絶叫学級じゃん》

春菜はそれを知っていた。それと同時に、話し相手がそれを知っていることが少し嬉しかった。

創介はグループに絵を送ったりした。青鬼と肉体派霊能力者が闘うイラスト。

《つらい》

《どうした?》

《いや、なんでも》

《きになるなあ》

春菜は創介がこぼした愚痴に反応し、気になっていた。

《まだ未経験だなって。漢字二文字とだけ言っておく》

《未経験、二文字……確実にあれだ》

創介はぼかした表現をするが春菜はそれよ意図を汲み取っていた。

《大丈夫だって。わたし18の時だしまだいけるよ》

《!!!?》

創介は春菜から帰ってきたメッセージに面食らった。思わずスマホを落としてしまう。

慌ててスマホを拾う創介。

またある日はジョジョ7部がおすすめだとか、そんな話をしたりした。

さらに数週間経った頃。

《最近描いた絵?あるにはあるけど見せづらいかなって……女の全裸だし》

《大丈夫だって》

《本当に?》

流石に全裸はまずいと思い、創介は春菜に対して何度も念を押した。押しすぎるとしつこく思われるかと思い、数回でやめた。

しかし春菜からは大丈夫だと。前にモザイクなしの全裸の絵を見られていてそこでは悪い反応はされなかったため、創介はここで大丈夫だと判断した。

創介が送ったのは、全裸で両脇を見せている女のイラスト。色々考えた結果見せてもいいと創介は判断したのだが─

《ごめんなさい。なんか生理的に受け付けないというか……コイツ女をなんだと思ってるんだろうっていうのが正直な気持ちです》

(え……?)


それから創介は荒れに荒れた。授業中に癇癪を起こしてはクラスメイトから止められ、休み時間には折角買ったであろう水筒を踏んづけて大きくへこませていた。刃物を使いはしなかったが、殴るなどの自傷行為がしばらく続いた。

「ちょっと吉井、それやめて。静かにしてくれない?気が散るから。」

「くそっ!くそ!くそっ!!」

美結の言葉もお構い無しだった。怪我にはなっていないものの、しばらく歩けなくなるくらい太ももを殴り続けた。


《それは迷惑だと思うだな》

創介と康のLINEのトークルーム。康からメッセージが送られてきた。創介が事情を話すと帰ってきた返事がこれだった。

《じゃあどうすれば良かったんだよ?》

創介は悩みを聞いてもらうしかできなかった。

創介は大学に入る以前Twitterをやっていた(入った後もやっている)のだが、そこでネッ友の関係がうまくいかずそれを誰かに相談し、しかしその悩み相談がしつこかったのか、よくなかったようで嫌われてまた相談して、を何度か繰り返していた。そのたびに創介の心は壊れた。

しかし、康はリアルでできた友達。創介に迷惑だと言ってはいるが友達関係をやめるといったことにはならなかった。

《それは恋しかありえないだな》

康から来たのは、創介にとって想定外の言葉。

(そう、なのか?)

創介はまた人間関係がうまくいかなかった悲しみから涙を流した。




そして現在。

「あ、ははは……」

梧村にある滝の上流周辺。創介は水飛沫を感じながらあの時と同じように涙を流していた。

「思い返してみれば、今まで誰かに好かれたことなんて無かったよなあ……小学校でもいじめられて、中学のバレー部でも、へたすぎてすぐへばってて先輩とか怒らせてばっかだったし……高校も、旅行の班決めで余り物扱い……もう、やだよ──」

創介が立っているのは滝の上方。下から水の音が聞こえる。

創介の心は既に何度も壊れている。最初の方はすぐ立ち直っていたが、心が壊れるたびに傷の修復に時間がかかり、より長い期間泣くようになった。

その様子を、校外学習に参加したクラスメイトたちが見ていた。創介が1人でどこかに行ったため創介の後を追ってきていた。

「ちょ、え……何してんの?」

春菜が創介を見て唖然とする。

「いや、マジで何してんの?」

「西元くん……おまえがそれ言うかよッ……」

西元一生が春菜と同じように創介に聞くが、創介はそれにぐしゃぐしゃの泣き顔で返した。

創介が段差になっている石に足をかけ、滝の下を見下ろす。そしてそのまま流れに身を任せ──

「っと!あっぶなー!」

陽菜が全速力で走って駆けつけ、創介の服を引っ張って崖と反対側にそっと座らせた。その際少し引っ張る力が強く、「ぐえっ」と創介から声が漏れた。

「マジで死ぬところだったなんてビビるわぁ……たまたまみんなの様子見に来てなかったらマジでアウトだったな……」

「え、何……月城さん……?」

自殺を妨害された創介は、怒るのでは無く困惑していた。なぜ自分が助けられたのか、と創介の頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。

「なんでおれを助けて?」

「なんでって、死んでほしくなかったから以外に理由がいる?」

「でも、おれ……みんなに迷惑かけて……うっ、うっ……」

「そう思えてるだけマシじゃん。」

「うぅ……」

創介は涙をこらえきれず、再び泣き出してしまう。

「いや待ってよ陽菜……なんで吉井を助けるの?」

そう言ったのは萌果。

「だから死んでほしくなかったんだってば。」

「でも陽菜も吉井のこと迷惑だって言ってたじゃん。ならなんで止めるの?」

「たしかに、それは否定しないけど。それはひどいよ……なんでそういうことが言えるの?わたしはみんなを心配して……」

そこで陽菜ははっとした。「みんなのためを思って」などという言葉は言われる方からするとお節介になる可能性があるということ。それに、ここでいうみんなとは創介の行為に迷惑している者たちのことで、それはつまり創介に向かって「お前迷惑だよ」と言っていることとほぼ同義だと気づき、「しまった」と心の中で頭を抱えた。

陽菜とクラスメイトたちが見つめ合う。周辺の木が風でほんの少し揺れている。

「わたしは、集団リンチで消す方法じゃなくて、でそれをなんとかしようとした。」

そう語る陽菜の髪が少し揺れる。陽菜の髪は長いため、他と比較して揺れ度合いが変わる。

「でも今までのことを全部水に流す気?迷惑してたんだけど?そのまま水に流れてれば良かったんじゃない?」

春菜が、心底怒っているといった表情で陽菜と創介に詰め寄る。

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