第2話 スローライフ
死後の世界のハローワーク関東支店、午後の部。
楓は窓口で一人の男と面談中だった。
「あのー、龍二さん。スローライフって天国でも出来ますよね?なんで異世界じゃなきゃダメなんですか?」
「分かってないねー、楓ちゃん。天国行っちゃったら真のスローライフになっちゃうでしょ!俺はね、スローライフの中にも刺激やドラマ求めてんの!異世界に行きゃそれがあんのよ!」
「…はあ。」
「俺はね、天国でのんびり平和に暮らしたいワケじゃないのよ!男ってのは死んでも刺激を、ドラマを求めちゃうもんなのよ!分かってくれないかなぁー。」
(…面倒くせっ!)
楓が面談している男は武田龍二。(享年52歳)楓が担当してから早半年となる。一向に死後のプランを決めず、しかも毎回希望している転生先が変わる。毎週ハローワークにやって来ては長時間面談を受け、悪い時は自身の昔話や世間話だけで面談が終わってしまう事もある。楓はいつも武田の話に付き合わされ、げんなりしていた。
「龍二さん…。もう勘弁して下さいよ!どうせ今回も紹介した所で決めないでしょ!何回もお勧めの転生先紹介しましたよね?まだ満足出来る転生先見つかりませんか?」
「いやー。いつも楓ちゃんには感謝してるんだよ!俺のためを思って良い転生先を何個も紹介してくれて。でもさぁ、いざ決めるってなると踏ん切りがつかなくて。もっと良い転生先があるんじゃないかなーみたいな!もうちょい悩ませてよー。」
「ったく!いつまで悩むんですか!」
「そんな事より今日仕事終わったらご飯でも行かない?近くに美味しい店見つけたんだよ!」
「行きません!転生先探さないなら帰って下さい!」
「へへっ。怒られちゃった。仕方ないから今日は帰るよ。また来るよー!」
(一生来んな!!)
武田は一通り話し終えて満足そうに帰って行った。
楓がイラつきながら次の面談の準備をしていると、一連のやり取りを見ていた桜が話しかけてきた。
「お疲れ様でした。今日も龍二さん、面談長かったですねー。」
「あのオヤジどんだけ暇なんだよ!もうホントしんどいよ!終わりが見えないから!
…桜。お願いがある。」
「……嫌です。」
「まだ何も言ってないじゃん!お願い!龍二さんの担当変わってー!」
「嫌ですよ!楓先輩を指名して来てるんですから、しっかり対応しないと!」
「おのオヤジは若い女の子であれば誰でも良いんだよー。頼むよー。」
「無理です!!さぁ仕事仕事!」
「ちぇっ!」
担当者変更を頑なに拒否された楓は渋々次の仕事へと移る。
「受付番号56番の方ー」
窓口にやって来たのは若い女だった。スラリとした細身で、眼鏡をかけているせいか、どこか知的な印象を受けた。
「薬師寺牡丹様ですね。30年間の人生お疲れ様でした。死後のプランはお決まりですか?」
「え、えっとー。い、異世界希望です。」
緊張しているのか、声が小さく言葉に詰まりながら薬師寺は応えた。
「分かりました。ちなみに異世界転生するにあたっての目的は何ですか?」
「……あ、あのー。スローライフがしたくて…。」
(…アンタもかい!)
龍二と同じように薬師寺も異世界スローライフを希望していた。天国にいけば存分にスローライフが出来るのに、わざわざ異世界に行く理由が楓には理解出来なかった。
最近は二人に限らず、異世界スローライフを希望する面談者が増加傾向となっていた。
「わ、私、異世界で植物を育てたいんです!モフモフの動物なんかをペットにして、植物をのんびり育てたいんです!!」
薬師寺が急に大きな声で話始めたので、楓は一瞬驚いた。それと同時に彼女の熱意が強く伝わってきた。
「具体的なビジョンをお持ちのようで…。植物とは何を?」
「薬草です!!」
薬師寺は前のめりで応える。
彼女はなぜ薬草にこだわるのかを話始めた。
薬師寺は元々製薬会社の研究職として働いており、若くして様々な新薬開発に携わってきた。知識や技術を身につけ、研究者として脂が乗り始めた矢先、交通事故でポックリあの世に来てしまった。薬作りに未練があったので、異世界に転生して薬草から育て、一から自分の手で薬を作りたいと希望していた。
(…実績は申し分ないな。)
楓は関心しながらPCを操作し、薬師寺が望む転生先を検索する。
「薬師寺様。おそらく今の能力であれば多くのスカウトが来ると思います。ただスローライフで薬草を育てるとなると、現状ご希望に沿える転生先がまだないですね。ちなみに冒険者のサポートとして薬師のスカウトは数多くあるのですが、そちらでご活躍されるっていうのはいかがでしょう?」
「…うーん。私が作った薬が誰かの役に立てるのなら喜ばしい限りです。でも、まだまだ私は未熟です。薬学についてもしばらく研究したいので、やはりスローライフでの転生を希望します。」
「そうですか。分かりました。ではご希望の転生先が見つかるまでお待ち頂けますか。こちらも見つけ次第、薬師寺様にいち早くご連絡差し上げます。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
薬師寺は静かに立ち上がると、楓に一礼してそのまま帰っていった。
(…スローライフかぁ。)
楓は薬師寺との面談を終え、スローライフについて考えていた。
なぜ天国ではなく、異世界でのスローライフを選択するのか。それはきっと転生希望者がそもそも完全なる平穏や安定を望んでいないからだ。多少の前途多難があって、自分のやりたい事を成し遂げるのが深みのある人生なのだろう。そういう意味では、天国はすべてが上手く行きすぎて退屈に感じるかもしれない。武田が言っていたように、転生希望者は刺激やドラマを求めているのだと少し納得する事が出来た。
(キーンコーンカーンコーン…まもなく本日の営業は終了となります…)
業務終了を知らせるアナウンスが流れた。数名いた面談者達も用を済ませ、出口へと向かって行った。窓口スタッフが最後の一人を見送ると、本日の営業は終了となった。シャッターが閉まり、従業員達は一斉に締め作業に取り掛かる。きっと明日も多くの転生希望者が来るだろう。死後の世界のハローワークは大忙しだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます