第6話 歩法/魔法修行
幽閉されてから十四日目。朝食を摂ってからすぐに瞑想を始めて、心界の中でずっと先生を追いかけている。
「やぁっ! たぁっ! ……このぉっ!」
これまで色々なことを試してきたが、攻めが単調になってきていると感じる。
「力任せになってはならん。相手を斬るという気持ちはあるか? 一撃ずつにその意を乗せなければ、誘いにはならん」
「わ、分かってます……でもっ、斬れる気が、しないっ……」
「少しでも
(
先生の動きを誘導して隙を作ろうとしても、隙が生じない。
ゲームだったら、命中率ゼロと表示されていると思う。先生は力みもせず、最低限の動きだけで私の全力の打ち込みを避けている。
先生はもはや木の枝すら持っておらず、何かの本を読んでいるのだ。こちらを見る必要もないと言わんばかりで、ちょっと泣けてくる。
「おお……昔の儂はこんなことを書いておったか」
それも先生の本はどうやら自作のようで――と、今こそが絶好の隙だと、そう思えたのに。
「――そこっ……!」
ぱん、と先生が本を閉じる。私が繰り出した突きは――信じがたいことに、先生が持った本で勢いをそらされていた。
そのままくるりと視界が回転する。気づくと私は草むらの上に倒れて、空を仰いでいた。
「はぁっ、はぁっ……」
心界の中でも現世と同じように息が切れる。倒れている私の傍らにかがみ込むと、先生は頬に手を当てて笑っていた。
「当てられずとも、儂を追うことで鍛錬は進んでおるよ。焦ることはない」
「……でも、当ててみろと先生はおっしゃいましたし。やっぱり、一度は当てたいです」
「こんな老骨を全力で打つというのか……というからかいはやめておくか。儂がお主の攻撃を避けられるのは、お主が攻撃するときに、雑念が生じているからだ」
先生は私よりは年上だけど、大人というにはまだ若い。老骨というのは見た目のことじゃなくて、生きた時間から言っているというのは分かっているけど。
「雑念……先生の動きを誘導しようとか、そういう考えは確かに、烏滸がましいという気はしてます」
「謙虚であるのは悪いことではないが、こと剣を振る際には心を無にせねばならん。当てたい、勝ちたいと思えばそれは必ず動きに出る」
「……あっ……」
ずっと素振りを続けていると心を無にすることができていたのに、先生と立ち回りを始めてからはそれができなくなっていた。そして、そのことを疑問にも思わなかった。
「素振りをして自分と木刀が一体になったあの気持ちを、立ち回りでも続けるってことですね」
「そう。これまでに儂を七日追いかけているが、現世では朝から昼下がりになったかというところだ」
「そうですね、現世の一日が心界の二十日なので」
「……そのあっけらかんとしたところは、儂ですら見習いたくなるところだ。そろそろ食事の時間なのでな、戻った方が良いのではないか?」
昼下がりというと、食事を出されてから結構時間が経っているような――レイスさんは食事の時間を急かしたりしない人なので、本当に助けられていた。
「先生、それではいったん失礼します。食べたらすぐ瞑想に入りますね」
「修行に熱が入るのはいいが、現世の動向は探っておいた方がよい。状況が差し迫ってきたら、稽古の順番を入れ替える必要もあるだろう」
「了解しました」
私は立ち上がって、先生に頭を下げる――そして瞑想を解いて目を開けると、目に映るものが切り替わった。
牢の扉が控えめに叩かれている。最初は反応できずに、次に叩かれたときにようやく状況に気づいた。
「は、はい。すみません、すぐに返事ができなくて」
「王女殿下、お身体に障りがあるのでは……」
(『元気です』って言ったら空元気って思われるかな……実際元気なんだけど)
「ちょっと考えごとをしていたんです」
他にすることもないので、とは言わなかった。レイスさんは扉の向こうでまだ立っているようだった。
(……ん?)
かすかに、金属が擦れるような音が聞こえた。心界での修行を始めてから、前よりも感覚が鋭くなっている。
「申し訳ありません、過ぎた心配でした。何かあった時は遠慮なく申し付けてください」
「ありがとうございます……あ、あの。レイスさんは、外に行ったりはなさらないんですか? 昨日、外から馬の声が聞こえましたが」
そのときは瞑想修行の最中だったが、先生が外の様子を教えてくれた。
「私は常にこの城にいます。それが役目ですから」
「そう……ですか」
「私以外の兵が何をしているか、お知りになりたいですか?」
「いえ、気になったのはレイスさんのことだけなので」
他の兵士たちに関しては、ここを脱出するときに戦うことになるのではというくらいに考えている。特に私に足枷をつけた男に関しては、修行した今になって分かることだが、かなりの
(それでも、私が今まで見てきた中で一番強いのは無楽先生だけど)
「彼らは王国兵でありながら、貴族の命でも動いているのです」
「っ……」
もう話は切り上げられるかと思っていた私は、不意を突かれて言葉に詰まる。
私に教える必要のないこと――おそらく話してはいけないことを、レイスさんはあえて話してくれている。
貴族と言われて浮かんでくるのは、ヴァンデル伯のことだった。古城に来た当初も、私のことを疎んじている彼が何かしてこないかを案じていた。
けれどここで聞くわけにもいかない。ヴァンデルという名前を出しただけで、私が置かれた状況が悪い方に動く可能性もある。
レイスさんを頼ることができたら。ここから外に出ることも難しくは――そんな考えがよぎっても、私は頭を振った。
「レイスさんは、貴族の人に命令をされるわけじゃないんですね」
「私は王家に仕える者です。このような場所に殿下を閉じ込めておいて、何をと思われるでしょうが……」
「それは仕方ないことです。それに、レイスさんがいなかったら私はとっくに生きていられなかったと思うので……感謝しています」
それは大げさに言っているわけじゃなく、心から思っていることだった。
情に訴えたいわけじゃない。それでもこんなことを言う自分は
「……食事を終えたら、いつものように食器を出しておいてください」
事務的な口調だけど、少し声が震えているようだった。
時間が経って冷めているはずのスープに湯気が立っている。手がつけられていないことに気づいて、温め直してくれたとわかる。
味の薄いはずのスープが、今は美味しいと感じられる。そしてパンを齧っていると、しばらく聞いていなかった、小さな動物の鳴き声が聞こえてきた。
◆◇◆
次に心界に入った私は、肩にネズミを乗せていた。
「……儂も木刀の身なので、こやつの姿を見ると恐ろしくも感じるが。よもや、ここまで手懐けていようとはな」
「あはは……すみません、私もこうなると思ってなくて」
瞑想修行にネズミも一緒に来てしまうとは思わなかった。餌付けをしているうちに仲間になったという扱いになったのだろうか。
ネズミは木を齧ったりもするので、先生にとっては天敵ということになるけれど――心界に来ると現世よりも大人しく、地面に下ろすと走っていって、先生がいつも座っている石の上に乗った。
「すごい、賢いですね……あっ、石の上に乗ったからっていうことじゃなくて、私の言いたいことが伝わってる感じがするというか」
先生もいつも石の上に座っているので、こんな言い方だと同じレベルと言っているような――という私の気遣いは、あいにく逆方向に働いてしまった。
「何を過剰に気を使っている……全く。だが、賢いというのは確かだな。まあ良い、今日はもう一度歩法の練習をする前に、水の魔法の修行をするとしよう」
「えっ……ま、魔法ですか!?」
「剣を学ぶときよりも目が輝いているな……修行といってもすぐに魔法を放つということではないぞ。ついて来るがいい」
ネズミも連れて先生の後についていく――森の中をしばらく歩いていくと、何か音が聞こえてくる。
そして森が再び開けて、私の目に入ってきたのは。結構な高さからドドドと流れ落ちている、小さな滝だった。
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