エスの花々〜白薔薇と白百合〜

蒼河颯人

エスの花々 壱 〜白薔薇から白百合へ〜

 若い頃の情熱って、どう申し上げれば宜しいのでしょうか? 篝火のように、身体が燃え尽きそうな位に熱くなると言うか……。ああ、言葉で上手く表現するのって、何て難しいことなのでしょう。でも、今だからこそ、貴女に伝えたくて、こうして手紙をしたためましたの。これが無事貴女の手元に届いたら、真っ先に目を通してくれると、嬉しいわ。


 貴女と初めて出会ったのは、高等女学校時代。

 白百合のように清純で大人しそうな、真っ黒な髪をおさげ髪にしてリボンを飾り、お雛様のようなあどけない顔をした貴女。平民出身で、この学校に通えるだけの財力がお家の何処にあるのかが、最初不思議でしたけど、給費生と聞いて、合点がいきましたの。きっと、大層賢い方なのだと。


 ある日、貴女はわたくしに面と向かって意見したことがありましたわね。今思えば諍いでしたけど、まさか、自分の意見をここまではきはきと口に出来る方とは、思いませんでしたわ。あの時、わたくしが勝手気ままに振る舞った挙げ句、「わたくしの出自を知ってて、それを仰るの?」と反射的に言ったものだから、貴女はこう仰っていたわね。


「あの、華族である貴女に、こう申し上げるのはなんだと思うのですけど、華族、士族、平民と身分の差はあれど、此処に集っている者は皆同じ学問を修める者、平等な立場だわ。お互いを敬わなくては」と。ええ、この通り一字一句、今でも覚えておりますわ。だって、似た年齢の同性から真正面から意見を言われたのは、これが初めてだったんですもの。驚きと同時に、つい頭に身体中に流れる血潮が一気に昇ってしまいましたわ。


 あの時は、ごめんなさいね。決して悪気はなかったの。


 だって、風のように、自由に生きる貴女を見ていて、とても羨ましくて、ちょっと、からかいたくなってしまったんですもの。そうしたら、まさか貴女ったら、本当に真に受けてしまって。わたくしったら、素直じゃなくて、ごめんなさい。夕食準備中に、頭にきた者同士、お互い手に持ったグラスの水を顔に掛け合いこなんかして、お互いにリボンも着物もずぶ濡れ。罰として、校長先生から一週間、書籍室の部屋の掃除をご一緒することになったけど、わたくしにとっては、僥倖でしたわ。


 それをきっかけに、短歌や詩歌、英語や数学と言った、学業の話を、自由時間にたくさんしましたわね。夢も語りあえたあの頃は、わたくしにとって、かけがえのない幸せな時間でしたわ。


 わたくしは、この学校でのみ息をしていた状態でしたもの。

 この女学校にて、学問を学び、寄宿舎での生活。

 でも、許された時間は有限。

 いつかは、家に戻らねばならないこの身の上。

 卒業すれば、どこか釣り合う家へ嫁がされる運命。

 伯爵家に生まれた女は、籠の中の鳥のようなもの。

 お金や着る物や、食べるものに事欠くことはないけれど、自由なんて、ありはしない。

 本当のことを言えば、息が詰まりそうなあの家に、二度と帰りたくはありませんでしたわ。

 でも、一人では生きてゆく術をもたないわたくし。

 誰かにすがらないと生きてゆけないわたくし。

 ああ、ああ、何て弱い人間なのでしょう。

 

 この、かけがえのない無常の世。

 その世の中を、水を得た魚のように、しがらみもなく、心の赴くまま生きる貴女。その瞳は、水晶の如く透き通っているかのように、きらきらと輝いている。どんなに焦がれても、手に入らない、明るい世界。光のあたる世界。そんな貴女にわたくしは、ずっと憧れていましたの。貴女に見た、ふっと湧き出たわたくしの儚い夢。ええ、今でこそ思えますわ。貴女こそ、わたくしの夢そのものなのだと。この鳴り響く胸の高鳴りを、止めることなど出来ませんでしたわ。出来れば、貴女とずっとご一緒したかったけれど、過ぎゆく時間はそれを許してくれなくて……。何度もついた溜め息と、ひとり言、そうしてつきぬ泪……。


 でも、貴女はこんな、何の取り柄もないわたくしを許してくれただけでなく、友として認めてくれましたわ。一緒の時間を過ごしてくれて……こんなに嬉しいことってあるのでしょうか?


 それがあったからこそ、今日のわたくしが在るのですわ。卒業してから、一体何年経ったのか分からないけれど、わたくしはいつかまた、貴女に会いたいと思っていますのよ。


 大好きよ、いよちゃん。


 今も変わらない、この想い。どうか、元気でいて欲しい。

 強く願っていますわ。

 あの忌まわしき大地震が、わたくしの腹心の友の生命を奪っていないことを。

 そしていつかまた、その元気なお顔を、わたくしに見せてちょうだい。

 

 ──貴女の腹心の友、西園寺緋紗子より──

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