天野さんちにあこがれる
矢芝フルカ
前編 普通の中学生・田端莉子
運動神経が抜群に良い、というのは、それだけで人気を集めるものだと、
同じ中学の
とかく中学の行事は、体育関連が多い。
体育祭、球技大会、水泳大会、マラソン大会、スポーツテストまである。
その行事の全てにおいて、天野先輩は光っていた。
体育祭の対抗リレーで、最下位から全員をゴボウ抜きにした偉業は、今でも語り草であるし、球技大会のバスケにおいては、持ったボールは全てゴールに叩き込んで、チームを優勝に導いた。
どこの運動部にも所属していないし、至って普通の身体つき。付け加えるのなら、お顔だってアイドル並みに良いという訳でもない。
だから天野先輩は、これだけの活躍をしても、調子に乗ってないというか、普段はモブ生徒に溶け込んでしまう方だ。
それが気にいらない、ちょっとヤンチャ系の3年の先輩たちに、体育館の裏に呼び出されてしまったらしいが、天野先輩は無傷で生還したらしい。
それどころか、それ以降、ヤンチャな先輩たちは天野先輩を避けているようで、実はめっちゃケンカも強いんじゃないか・・・と、いう噂もある。
あくまで噂だが。
だが、普段の天野先輩は、物静かで、とても穏やかな人だ。
そんなところがまた、校内の女子の支持率を密かに上げている。
「あ、天野先輩のクラス、サッカーやってる」
自習中にそんな声が上がると、ワッと窓際に女子が集まった。
もちろん莉子も。
天野先輩にパスが通ると、速攻のドリブルでシュートを決めてしまう。
キャーッ! と、窓際の女子たちは声を上げた。
「見た、今の! サッカー部の先輩を抜いて行ったよ!」
「すごーい! カッコいい〜! 天野せんぱーい!」
莉子も、あこがれの眼差しで天野先輩を見つめた。
天野先輩が着ると、学校ジャージも素敵に見えるから不思議だ。
「あ、こっち見てる!」
騒ぐ声が聞こえたのか、天野先輩がグラウンドから見上げていた。
ふたたび、莉子の周囲で黄色い声が上がる。
「キャー! 天野せんぱーい!」
「がんばってくださーい!」
すると天野先輩は、その集団の誰かに向けて、ペコリと頭を下げた。
窓際はますます盛り上がる。
「えーっ、おじぎしてくれたよ?」
「誰っ? 誰にしたのーっ?!」
「みんなにじゃない? 応援してたの分かったんだよ」
「やーん! 先輩やさしーーっ!」
それはもう大騒ぎになってしまった。
クラスの男子たちが「うるせーよ!」とか言い出して、「何よ、いいじゃないのよー!」とか女子が言い返して、教室内が収集つかない状態になる。
「コラーッ! 何やってんだーっ!」
隣のクラスの先生の一喝で、蜘蛛の子を散らしたように、窓際の集団は席に戻った。
先生のお説教を遠く聞きながら、莉子は胸の中で、ほくそ笑んでいた。
だって、さっき天野先輩が頭を下げたのは、きっと自分にだと思うから。
莉子には小学生の妹、
結菜は、天野先輩の妹、
だから莉子は、結菜の姉として、天野先輩に挨拶したことがある。
それ以来、莉子は、何かと理由を見つけては、結菜にくっついて天野先輩の家にも行っていた。
天野先輩の家は、三丁目の銀河ハイツだ。
お母さんはとても若くて綺麗な人で、まるでモデルさんのようだ。
お父さんはスーツ姿が似合う、礼儀正しい温和な人。
天野先輩は、容姿はお母さん似で、性格はお父さんに似たのだと思う。
時々、私服姿の天野先輩が出て来てくれることがあって、ユニクロのパーカーにデニムパンツとか着こなしてて、写真撮りたい気持ちを抑えるのが辛いくらいだ。
とにかく自分は、「天野先輩の妹の友人の姉」というスタンスで、この集団よりは頭ひとつ出ていると、莉子は確信している。
これをおおいに利用して、天野先輩と天野家に近づきたいと考えている莉子だった。
「あ、お姉ちゃんお帰りなさい」
「莉子姉ちゃん、こんにちは」
家に帰ると、咲良ちゃんが遊びに来ていた。
咲良ちゃんは、莉子のことを「莉子姉ちゃん」と呼んでくれる。
それがまた、莉子は嬉しい。
「咲良ちゃん、いらっしゃい」
めいっぱいの笑顔でお返しする。
莉子は結菜と同じ部屋だ。
部屋の真ん中に、折りたたみの机を置いて、二人は折り紙をしている。
「・・・そう、そこを折って、ひっくり返して、また折って・・・」
どうやら結菜が先生のようだ。
「ほら、できた」
できたのは「
「おーっ! すごいな結菜ちゃん。これで5月のこどもの日ができるのね!」
自分で折った兜を嬉しそうに見ながら、咲良ちゃんが言った。
「うん、今度、鯉のぼりも作ろう。そしたら完璧!」
「おおーっ!」
咲良ちゃんは、目をキラキラさせている。
その時、
「咲良ちゃーん、お兄ちゃんがお迎えに来たわよーっ!」
と、お母さんの声がした。
えっ! 天野先輩?
「
咲良ちゃんは、作った折り紙など、机に広げたものを、手早く手提げに入れた。
「莉子姉ちゃん、さよなら」
ペコリと頭を下げて、階段を降りて行く。結菜も後ろに続いた。
呼び鈴が鳴らなかったから、お店の方だな。
莉子は階段を途中まで降りた。
階下から、お母さんとお父さんの声が聞こえる。
「なんだ、
「お父さん、無理言っちゃだめよ。お家で夕ご飯支度してるんだから、ねぇ」
「何でぇ、食い盛りじゃねぇか、蕎麦一枚食ったって夕飯ぐらい入んだろ? なぁ兄ちゃん」
ガハハハと、遠慮の無い笑い声がこだまする。
莉子は「はぁ〜」と、深いため息をついて、階段に座り込んだ。
莉子の家は蕎麦屋だ。
ひいお祖父ちゃんの代から数えて、お父さんで三代目。
「
あー、もう。お父さんってばやめてよ!
あの開けっぴろげな物言いが、莉子はすごく恥ずかしいと感じる。
だって、先輩が困っているのが分かるもん。
お愛想にしたって、言いようがあると思う。
下町の蕎麦屋に生まれ育った
天野先輩のお父さんは違う。
会社帰りのところに、行き逢ったことがあったが、
「結菜ちゃんのお姉さんですか。大雅とも同じ中学だそうですね。いつも大変お世話になっていますと、ご両親にお伝え下さい」
と、莉子にさえ丁寧に頭を下げてくれたのだ。
着ていたのがダウンジャケットじゃ無くて、スーツの上にトレンチコートだったのが、また素敵だった。
あのお父さんの奥さんが、モデルみたいなお母さんな訳だ。
咲良ちゃんだって、目がクリッとしていて可愛らしいし、結菜に言わせると、勉強がよくできるらしい。
なんて完璧なんだろう、と思う。
天野家は、天野先輩の家族として、この上無く完璧だ。
莉子にとって、天野先輩だけ無く、天野家の全てが、あこがれのように思えた。
「おら、海老天持ってけ。おら遠慮すんなよ。今度、父ちゃん母ちゃんと食いに来いよな」
莉子のあこがれ想像をかき消すような、お父さんの大声が響き渡る。
ああ・・・もう・・・。
お父さんこそ、少しは遠慮して欲しい!
天野先輩のご両親は、父ちゃん母ちゃんじゃ無いからねーっ!!
居たたまれなくなって、莉子は部屋に戻った。
うっかりお父さんにでも見つかって、天野先輩の前に引き出されることだけは避けたい。
お父さんが何を言い出すか想像するだけで、胃が痛くなる。
どうやら天野先輩が店を出たようだ。そんな会話がかすかに聞こえてきた。
莉子は残念なような、ホッとしたような、複雑な気持ちになる。
結菜が階段を上がってくる軽い足音に、莉子はあわてて自分の机に戻り、塾の支度を始めた。
「咲良ちゃん、帰ったの?」
気にしてない素振りで、莉子が聞いた。
「うん」
返事をして、結菜は折り紙を片付け、机の脚を畳んだ。
「あれ?」
結菜の声に、莉子も振り返る。
カーペットの上に、ピンクの筆箱が落ちていた。
「咲良ちゃんのだ」
結菜がそれを拾い上げた。
「追いかければ間に合うかな?」
結菜の言葉に、莉子はピンとひらめく。
「あたしが行ってあげるよ」
目をまん丸くして、結菜が見上げてきた。
「何で?」
何で・・・って。
そりゃあ天野先輩に会いたいからに決まってるじゃん。
・・・とは、さすがに言えない。
莉子は、手元の塾用のリュックを見た。・・・あ、そうか。
「咲良ちゃんち三丁目だから、塾に行く途中に寄れるじゃない? あんたはこれからスイミングだから、代わりに行ってあげようと思って」
そう言って莉子は、まんまと咲良ちゃんの筆箱を受け取ったのだ。
店を通らず、玄関から家を出た莉子は、商店街を走り抜けた。
グズグズしていると、天野先輩は自分の家に帰り着いてしまう。
それじゃ、何の意味も無い。
『良かった、間に合って。はい、咲良ちゃん、忘れ物よ』
『このためにわざわざ? ありがとう田端さん』
『いいんです、塾に行く途中でしたから。塾は四丁目にあるんです』
『そうなんだ。じゃあ途中まで一緒に行こう』
『はい!』
そんな妄想を思い浮かべて、デレデレしながら走ったものだから、気づいたら三丁目に入ってしまっていた。
あれ? もう、スーパー恵比寿屋が見える。
天野先輩の家がある銀河ハイツの近所に来てしまった。
なのに、先輩に会わなかった?
別の道を使ったのかな?
莉子は来た道を戻りながら、周りをキョロキョロと見渡した。
すると、「三丁目なかよし公園」のブランコに座っている、天野先輩と咲良ちゃんを見つけた。
遊んであげてるのかな?
もう暗くなってるのに?
莉子は公園の入口に周る。
すると風に乗って、天野先輩の声が聞こえてきた。
「・・・ですが、大佐。自分は自分の任務を全うしているつもりです」
・・・へ? 何これ。
莉子は思わず、ブランコの近くのキリンの滑り台に身を寄せた。
「それを否定している訳ではない。だが、我々は普通でなければならないのだ。軍曹が中学校で目立つ存在になることは、望ましくないと言っている」
・・・これは、咲良ちゃん?
ずいぶんと大人びた物言いだけど?
「自分の任務は、地球人の身体能力を測り、実践し、記録することです。自分の記録について、ママは何かを判断したのですか?」
「ママは今、君を通して入手したデータを解析している。その結果をもとに、軍は地球侵略用の兵器を研究する。作戦は順調だよ、良いデータが取れているようだ」
地球侵略・・・?
今、咲良ちゃんはそんなことを言ったの?
莉子は心臓がドキドキするのを感じた。
「大佐、地球人の身体は、本当によく動いてくれます。自分の予想以上です。中学校では、様々な身体能力を高める訓練が繰り返されています。それは、自分の訓練にもなっていると考えます」
「うん、私も同じだ。小学校でも身体訓練を重ねているので、身体がだいぶ馴染んできた。これで地球人との偶発的な有事に遭遇したとても、対処可能だと思う」
「自分も、いつでも地球人と戦うことができると思います」
天野先輩の力強い声。
これは・・・大変だ。
思いもよらなかった、天野先輩の真実の顔・・・。
天野先輩の秘密を・・・知ってしまった!!
莉子はできるだけ静かに立ち上がると、天野先輩と咲良ちゃんに見つからないように気を付けて、公園を後にした。
後編へ続く
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