ひな人形

 数日後、雄樹は父の入るホスピスを訪ねた。


「誠一郎さん、引退するんやな」


 小寺から電話で聞いたらしい。洋一は痩せこけてはいるが声は力強い。


「誠一郎さんが辞めるなら、ウチの会社もアカンかもな」

「……替えがきかない人やからな。まあ残された者は頑張るだけやで」

「誠一郎さんの引退で終わりなら俺も本望や。松本人形製造は小寺誠一郎の歴史と共にあった会社やしな」

「どないしてん! 大好きなひな人形がピンチやのに、えらい物分かりがええな!」


 雄樹はあの強い父が何かを諦めるような口調で語るのが悔しかった。それが声音に出る。すると、洋一は静かに苦笑する。


「雄樹、お前、そんなにひな人形が好きだったか?」


 何気ない問いかけに、雄樹は言葉を失う。


 小学生の頃、母を亡くし、男兄弟ばかりの家で育った自分は、ひな祭りなんて経験したことがない。結婚後も子供は双子の男の子とあって、ひな祭りとは無縁の家庭だった。「作ってはいるが、好きか」と聞かれると、返せる言葉が見つからなかった。


 自分にとってひな人形とは何か。疑問は増えるばかりである。

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