ひな人形、男

吾輩はもぐらである

引退

 兵庫県某所。ひな人形専門の人形製造企業、株式会社松本人形製造の工房。社長である松本雄樹は閉店作業を行っている。すると––


「社長。急で申し訳ないのですが、今年いっぱいで僕は引退と言うことでよろしくお願いします」


 職人の小寺誠一郎が唐突に告げる。


「どうしたんですか、急に」


 雄樹は心臓が止まりそうだった。


「僕も歳だしね。それに奥さんの体調が最近急に悪くなって、そろそろ介護が要りそうで」

「あーっ! 前から奥さんが心配って仰ってましたもんねぇ!」


 雄樹は動揺を押し殺し、いつもの明るさを装うので精一杯だった。


「寂しいわぁ。でもしゃーないですしねぇ」


 人形作りの全行程に携わってきた小寺無しで人形の質をどう維持する?

 取引先には小寺の親族の伝手が多いがそれはどうなる?

 俺の会社はどうなる?


 ––疑問の嵐を、今は飲み込む。


 小寺は父の代からの職人で、五十年以上会社を支えてきた男である。彼が大きな決断をするなら、笑顔と敬意で後押しするのが自分の責任だと雄樹は考えた。

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