第23話 襲来

 採掘を終えた二人は、坑道から外に出る。坑道から出たところで、クリスは身体を大きく伸ばす。採掘で使った筋肉が程よく伸びていくのを感じながら、大きく息を吐いていった。


「ふぅ……やっぱり外は良いね」

「広いですからね」


 坑道という狭い場所にいたので、外という自由で広い場所に来た時の解放感が強くなっていた。


「さてと、鉱山から出ようか。上の方が新鮮な空気を吸えるだろうし」

「そうですね」


 新鮮な空気を吸うために、シオン達が鉱山から出ようとすると、上空から耳を劈くような音が聞こえてきた。


「うわっ!?」


 あまりの音の大きさに二人は、思わず耳を塞いだ。そして、遅れて気付く。今の音は、自然に起こった何かの音ではなく、何かしらの生物の咆哮だと。

 二人は即座に空を見た。すると、上空に赤い鱗を纏った四つ脚の龍がいた。二人は、一瞬でそれが上位の龍であると分かった。それだけの圧倒的な存在感と周囲にあるものを全て壊すというような威圧感を感じたからだった。


「あれって、リッチウォリアー山の龍……?」

「つまり火龍って事ですか? でも、どうして?」

「火龍が縄張りの外に出ているって事は、誰かが縄張りを荒らしたんだよ。多分、モンスターじゃなくて人だ。それに、その人は倒されていない。あの様子は、自分の縄張りを荒らした奴を許さないって感じだし。あっ1 マズい!」


 クリスは、火龍が自分達を見た事にすぐ気付いて、シオンをお姫様抱っこし、鉱山を全速力で登る。坑道の中に入るのは最終手段。下手に入れば、火龍の息吹を坑道内に吐かれて焼き殺される。逃げ場のない坑道は、すぐに火の海になるだろう。

 火の海が出来上がる事なども含めて、外にいても同じ事だが、このまま逃げ切れる可能性がある以上、登る選択が一番良いのだ。

 火龍は、クリス達をジッと見てから、空で宙返りをしてから突っ込んで来た。クリス達を敵と見做したのだ。火龍からすれば、クリス達は自分の縄張りを荒らした者達と同じ姿をしている。つまり、クリス達も縄張りを荒らしたという判定になってしまっているのだ。

 その事にクリスも直ぐさま気付いた。


「くそっ! 坑道に……」

「お姉さん、飛び込んで!」


 シオンはそう言うと、自分達の正面に収納魔法の入口を作った。クリスは、迷う事なく中に飛び込んだ。シオンが入口を閉じるのと同時に、火龍が炎の息吹を吐きかけた。ほんの少しだけ、炎が中に入ってきたが、二人が燃える事はなかった。


「ありがとう、シオンちゃん。確かに、ここが一番安全か」


 収納魔法の中であれば、火龍からの干渉もない。一番安全な場所と言っても過言ではなかった。


「いえ。でも、どうしましょうか。ここから出る時には、また同じ場所に出てしまいます。火龍が居座ったら、出た瞬間にこんにちはです」


 こうして逃げ込めるのは、収納魔法の良いところだが、同時に同じ場所にしか出る事が出来ないというのは、逃げ込んだときには大きな欠点になる。逃げ込んだ原因が、まだその場にある可能性が高いからだ。つまり、自分で退路を断ったという事でもあるのだ。


「取り敢えず、時間を置いてから出るしかないね。そこで、まだ残っているようなら、全力で逃げつつ戦う事になるかな。その時は……」

「駄目です。私も戦います。お姉さんを一人残して逃げる何てしませんから。お姉さんが死ぬなら、私も一緒に死にますから」


 真剣な顔でそう言うシオンに、クリスは微笑みながら頭を撫でる。


「それじゃあ、私は死ねないね」

「はい。絶対に駄目ですから。まずは、火龍の弱点を教えて下さい」


 シオンは火龍との戦いに備えて準備をするために火龍について訊く。火龍がいなくなる事を祈るだけでは、絶対に足りない。クリスと共に生きるには、しっかりと準備をしなくてはいけない。


「基本的に水とか氷が弱点になるかな。でも、それは比較的通り安いってだけで、生半可なものだと蒸発させちゃうらしいよ。炎は厳禁。そういう意味だとシオンちゃんとは相性が良いかな」

「水と氷……なるほど。分かりました」


 シオンはそう言って、収納魔法の空間の中を走り回って素材を集めていく。


「お姉さんは、スタミナポーションを飲んで少しでも寝ておいてください。採掘で疲れているでしょうから」

「うん。分かった」


 シオンからスタミナポーションを受け取ったクリスは、シオンにキスをしてから端っこの方に移動して寝袋で寝た。そんなクリスを横目で見てから、シオンは作業に戻る。


(水と氷……多分、これが使えるはず……)


 シオンは、火龍との戦いのために秘密兵器を作っていく。それだけで勝てるとは思っていない。シオン自身の力を十分に発揮しなければならないだろうと考えていた。


(お姉さんに私の力がバレるけど、それは構わない。いずれは話さないといけないと思っていたし、秘密がなくなるのは、私としては心が楽になるから嬉しいしね。戦わないで済むなら、それで良いのだけど……)


 もしもの時への備えは着々と進んでいく。そうして五時間が経過して、クリスが目を覚ました。すると、目の前にシオンの頭があった。


(あれ? いつの間にシオンちゃんも寝てたんだろう……?)


 三時間程で準備は終わっていたので、そこからシオンはクリスの寝袋に入って一緒に寝ていた。だが、熟睡していたクリスは、シオンが入ってきた事に気付かずに寝たままだった。


(そろそろ外の様子を確認しておきたいんだよねぇ……シオンちゃんには悪いけど、起きて貰おう)


 いつまでもここにいる訳にもいかない。定期的に炎龍の様子は確認しておかないといけないのだ。なので、クリスはシオンを起こした。


「シオンちゃん、シオンちゃん」

「んん……おはようございます……お姉さん」

「おはよう。そろそろ外の様子を確認したいんだけど、良いかな?」

「ちょっと待って下さい。私も起きます」


 シオンは身体を伸ばしつつ、水の魔法で顔を洗う。クリスも同じように水の魔法を使って貰い、顔を洗った。

 二人とも同じように目を覚ましたので、一緒に体操をして身体を解していく。そうして準備を終えたところで、一緒に収納魔法から出る。念のため収納魔法の出入口は残しておく。二人は、周囲を見回して炎龍がいないかを捜す。炎龍は、鉱山の中にはいなかった。


「いない」

「ですね。もしかして、街の方に?」

「可能性はあるね。取り敢えず、鉱山を出よう」

「は……」


 シオンが返事をしようとしたところで、大きな爆発音が聞こえてきた。それは街の方角から聞こえてきていた。


「お姉さん!」

「うん。急ごう!」


 二人は、同時に街に向かって駆け出す。その間にも爆発音は聞こえてきていた。ついでに、街の方から黒い煙が上がっているのも見える。


「多分、まだ戦ってますよね?」

「あの爆発以外の音も聞こえてるから、多分ね。でも、相手の方はまだ元気みたい」

「もしもの時は逃げましょうね」

「そうだね。最大限、街の人達を助けた後でね」


 火龍と戦い街に残る人達を守るために、二人は全力で駆けていく。これは二人が生き残るための最善じゃない。それでも二人は街にいる人達のために向かって行く。

 人のためというと立派だが、実際は自分達が見捨てたという事実などに耐えられないからだ。だから、正確には自分達のために戦いに向かっていた。例え倒せなくとも、自分達は頑張ったのだと思うために。

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