1章①

 ヨコハマ港湾部の海沿い。

 その先に、黒社会の組織たちが管理している倉庫街がある。

 その中の一つ。赤茶色の倉庫前で、黒いスーツに身を包んだ男たちが黙々と作業をしていた。

「警察に連絡が行かぬよう手を回せ。すみやかに被害状況をまとめろ」白髪の男が指示を出していた。

 黒い外套コートにストール、片眼鏡モノクルをかけた白髪の男。ポートマフィア内の組織『黒蜥蜴』で百人長を務める、広津柳浪だ。

「急げ。まもなくこちらに上役うわやくが参られる」

 直後、一人の女性がやってきた。

 蜂蜜色の髪を団子に結い、黒のパンツスーツを着た女性。首領直轄の遊撃隊に所属している樋口一葉だ。

「みなさん、お疲れ様です」

「これは樋口殿。ご足労、恐れ入ります」広津が一礼した。

「いえ。それで、どんな状況ですか?」

「密輸品の保管倉庫が破られました。幸いにもこちらは空でしたので、今のところ大きな損害はございません」

 ポートマフィアは武器庫をはじめとした多くの倉庫をこの場所に置いており、広津達がいたのは外国へ送る密輸品を一時的に保管しておく倉庫だった。

「我々の倉庫を襲うとは、敵も大胆なことをしますね」周囲を見回した。「立原と銀の姿が見えませんが、二人はどこに?」

「二人なら、この先の倉庫を見に行っています。襲われたのがこの倉庫だけとは限らないので」

 しばらくすると、緑色のジャケットを着た男がやって来た。

「あれ? ねえさん一人っすか? てっきり、芥川の兄貴も一緒だと思ったんすけど?」

 やって来たのは、黒蜥蜴で十人長を務める立原道造だった。

「立原、言葉に気をつけろ」広津がたしなめた。

 首領直轄の遊撃隊に所属している樋口には黒蜥蜴を指揮する権限が与えられている。いわば、二人の上司にあたる。

「・・・・・・ったく、いちいち細かい爺さんだぜ」愚痴をこぼしつつも、樋口に謝罪した。「で? 芥川の兄貴は一緒じゃないんですか?」

「先輩は首領に呼ばれているので私が先に来ました。それで? そちらはどんな状況でしたか?」

「どうもこうも、見事にもぬけの殻だ。せっかくの密輸品も根こそぎ持っていかれてた。とりあえず部下達を残して、報告に来た訳っす」

 立原が見に行っていたのは、外国からの密輸品を保管しておく倉庫だった。

「倉庫には見張りがいたはずですが、一体何をしていたんでしょうか?」

「物音がして振り返った時に、背後から殴られて気を失ったんだと・・・・・・。ったく。なんだって俺たちがこんな事しなくちゃならねぇんだ? こんなことするくらいなら、敵のアジト見つけて乗り込んだ方がマシだぜ」

「我々が動くことに意味があるのだ。少し冷静になれ」

 ポートマフィアには複数の武闘派組織が存在するが、特殊部隊並みの戦闘技術をもつ構成員たちがいる黒蜥蜴はその中でも凶暴な実働部隊であり、恐ろしく残酷と言われている。

 そのような組織が動いているとなれば、黒社会に大きな緊張を与えることになる。

 “また血の雨が降るのでは──”と

「その見張り達の処罰は後ほど判断しましょう。それで、銀は?」

「銀の奴なら、この先にある武器庫を見に部下達と行ってますぜ。じきに戻ってくると思うけど・・・・・・」

 直後、こちらに近づいてくる人影が見えた。

 黒髪を後ろで束ね、口元をマスクで隠し、黒い服に身を包んだ人物。立原と同じく黒蜥蜴の十人長を務める銀だ。

「噂をすれば何とやら、だな。で? 様子はどうだった?」

「武器庫内は無事でしたが、扉をこじ開けようとした痕跡がありました。それと、倉庫の裏で警備担当が殺されているのが見つかりました」

 構成員達に動揺が走った。

「おいおい、マジか!? こりゃ本格的に厄介なことになったじゃねぇか」立原は頭を抱えた。

「確かにこれは、由々しき事態だな」樋口の方へ向き直った。「樋口殿。我々はどのようにすればよろしいか?」

「それはやつがれから説明する」

 樋口の背後から、黒い外套を着た青年が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る