第6話 終戦を待ち侘びて
プレス機で生成された型のサブマシンガンがベルトコンベアで流れていく。
ついこの前までは暇つぶしに、流れるこの臭い鉄砲に変な名前を付ける脳内ゲームをしたのもだ。そう言ったゲームから、ステンチガンなんてネーミングも生まれたのかもしれない。
作業する私の隣で、空中に座るような体制で浮かぶ青年が語る。
『僕のお気に入りは木の下で本を読むことですね』
「平和的で心地良さそうじゃないか。あ、流れる川の橋で、風と水の流れる音を感じながらってのはどうだろうか」
フレディーに出会ってからあっという間に二日が経過し、フレディー生活三日目を迎えた。
私はフレディーとお喋りしながら労働することが普通になっていた。
もちろんフレディーが見えない周りからは、私が独り言をブツブツ呟いているだけに見えるので不気味がられたが、イマジナリーフレンドだと主張してからは特に気にもとめ無くなった。
可哀想だなみたいな憐れむ目線をむけられてしまっているのは仕方の無いことだ。
今もやる事は変わらない重労働も、こうして青年とたわいない言葉を交わすだけで幸せな時間に変わる。
『橋で読書……良いですね。私の故郷にも川が近くに流れていたので、そこで試してみます』
「フレディーの故郷ってどんな場所なんだ?」
フレディーは少し自慢げな顔をして。
『コッツウォルズのバイブリー村、イギリスで最も美しい村とも呼ばれた名誉ある場所です。緑豊かで、街中の雰囲気も落ち着きがあって良い所ですよ』
コッツウォルズ……イングランドの方にある街か。あそこで養殖された鶏の卵が好きな友人がいたな、競馬も有名なんだっけ。
「フレディーらしい故郷じゃないか。この戦争を終えた後、私も訪れてみたいものだ」
『良いですね、二人でのんびり過ごしたいです。へへっ約束ですよ』
青年は目を線にしてはにかみ笑顔を見せる。
のんびり過ごす。
終戦後にはこの重労働から解放される、フレディーとの楽しい暮らしを送れる。
こんな騒音混じりな場所からのどかな場所へ行けるのだ。
そう考えると不思議と心に余裕が生まれる気がする。
「ああ、約束だ」
フレディーとの時間はあっという間だ。
お昼休憩も、泊まる寮も、同僚と会話を楽しむ時も、私の傍に寄り添い支えてくれた。
生霊の青年と出会ってから三日目、そんな今日も同じようにとても楽しい時間を過ごした私。
そして四日目の朝のことだ。
「……むぅ、フレディー、今日もモーニングコールと共に起こしてくれよー」
起き上がれない私を、憑依で起こしてくれるはずのフレディー。
私がモーニングコールを頼んでも返事が返って来ない。
「……フレディー?」
眠い目をこすり、周りを見渡すもフレディーの姿は無い。
私は必死に探し回った。自室だけじゃない、他の同僚の部屋もお願いして探し、工場内も普段行かない兵器工業場にも立ち寄った。
「……フレディー、なんで……もう一度私の元にきてよ……」
何も言わずに帰っちゃうなんてさ、あんまりだよ。
四日目から酷く落ち込む私を慰める同僚達に悪いと思った私は、イマジナリーフレンドではなく戦場の青年生霊だと打ち明けた。
正直信じてもらえるとは考えもしていなかったんだ。
嫉妬や恨みを買うどころか、私と同じように涙を流す者までいたくらい。元々信じていなかったナンシーまで泣くとはびっくりだ。
休憩時間に元カレ自慢を度々する女から、
「今日の私の支給パンやるよ」
なんて言って背中をポンポン叩かれた。
支給パンかよという言葉を飲み込み、お礼を言って食べたその硬いパン。美味しくないであろうパンが、いつもよりもマシに感じたのは気のせいだろうか。
慰めを貰った私は希望を胸に抱き、次の日からは通常運転で作業台に立っていた。
希望が持てるのは、フレディーが私と同じように、いや、それ以上に懸命に現地で戦っているからだ。フレディーなら絶対生きて帰ってくる。
そして今日も私はサブマシンガンをプレスする。
また会う日を願い、フレディーを待ち侘びて───
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