6.

 ***


 尾畑真弓おばたまゆみ様。


 無事にあなた自身に届くと信じてこの手紙を残します。沢山の感謝と少しの懺悔ざんげを込めて。


 実は私、初めはどうしてあなたとマッチングしたのか不思議でなりませんでした。たちばなさんと話すあなたの映像を観させられても、あなたの苦しみを理解してあげられなかったんです。長年一緒にいた主人の気持ちさえわからなかった私が、このかたの身体を借りても良い事はないだろうに、と借主になる事に改めて怖気おじけづきもしました。

 たちばなさんに、マッチングするには良くも悪くも必ず理由がある。この事業は借主の為だけのものではない。尾畑さんが再び人生をまっとうできるように手助けをしていただきたいと言われ、そんな事が自分にできるか不安でしたけれど、少しは誰かの役に立って死んでいけたら幸せかもしれない、と思い直しました。

 とはいえ、あなたの身体に魂が移動した時は産まれ変わったようで本当に感動しました。渋っていたのも、罪悪感も、少しの間忘れてしまいました。


 普段の尾畑さん通りに生きる。

 あなたにとっては退屈だった日々が私には新鮮で、毎日が刺激的でした。自由に動く身体、お洒落な洋服、華やかなお化粧、挑戦しようとも思わなかった車の運転。何故かできるお仕事。同じ家で暮らす家族の気配。ふとした瞬間に、いちいち泣きたくなる程の幸せを感じました。この生活の何が不満で、何を恐れているのかと思いました。最初はね。


 誰かと話して、尾畑さんが言うだろう言葉を縁糸えにしいとが導くままに喋るでしょう? そうすると、胸にモヤモヤが生まれると気付いたの。私が自分の意思で喋ってるわけじゃないから当然と最初は思っていたんですけどね。あなたの身体に馴染むに連れて、その漠然とした違和感がハッキリと言葉になって浮かぶようになりました。無視できなくなっていって……ある日、わかったんです。

 あぁ、このモヤモヤが本当の尾畑さんなんだ。本音をこうやって押し込むのがクセになっているんだ。そして、それを長い期間やりすぎて、自分でもわからなくなって苦しんでいるんだって。


 気づいてすぐ、橘さんに相談しました。そうしたらあの人「じゃあ本当の尾畑さんを遠慮無く解放しちゃって下さい」ですって。まるで私が一人で勝手にやったみたいだったでしょう? あの人も策士さくしよね。借主の暴走だとか何とか、あなたを言いくるめて上手く誘導した事。まぁ、威勢良く宣言してからは私も悪ノリしちゃいましたけどね。ふふ、あの時はごめんなさい。

 でも、もしも私が「これは暴走じゃない。あなたの本音を言っているの。本来のあなたを私が生きているのよ」って言っても素直には認めなかったでしょう? 好き勝手している私を見て、段々あなたが気づいてくれているみたいで嬉しかった。橘さんが細かくあなたの様子を教えてくれましたから、自信を持って暮らせました。


 周りを大切にするのは生きていく上で大事だし素晴らしい事です。でも、そのせいで自分の心を殺さないで。

 私がこんな事を言うと、結局ただの自分勝手な人だと思われちゃいますかねぇ。それとも妙に説得力があるかしら。

 誰にも、好きになれない自分は存在すると思います。それを必要以上に恐れないで。責めて、自分を孤独になるように追い込もうとしないで。当たり前の日々の中に溢れている愛を見失わないで。私との約束ですよ?


 未来の事だって考え込まないで。無理に自分を急かさないで下さいね。心が動かない時もある、と開き直って良いんです。自分の行く末を決めるのは結局、自分です。後悔だけはしないように、自分を大切に生きて下さい。あなたの人生はまだまだ続くんですからね。


 今はどうして私達がマッチングしたのか、わかったような気がします。あなたと主人は少し似ているんです。周りの人の為に自分を犠牲にできる強さと優しさがね。

 尾畑さんの為に、尾畑さんの心をもっと自由にする為に。そう行動しながら、不思議と主人の心にも触れられたような気持ちになって、私も救われていました。ありがとう。


 長くなってしまいましたが、もう一つお礼を言わせて下さい。どうして私の魂が飛び出してしまったのか。もう一つだけ、とても単純な理由に気付いたんです。


 私、主人の最期の言葉を聞いて受けた衝撃や、今までの自分の人生を、心を許せる誰かに聞いてもらいたかったんです。そんな相手ができて、こんな私の話を聞いてもらえて、本当に幸せでした。ありがとう。  

 きっと主人もずっと抱えてきた思いを、最期に私に聞いてもらいたかっただけなんだ。最期に少し弱い所を見せてくれたんだ。そう思えたのも尾畑さんのおかげです。真実なんて本人にしかわからないけれど、そう信じる事にしました。あの世で主人を問い詰めたいと思います。


 人間って不思議で魅力的な生き物ですよね。強かったり弱かったり、楽しんだり泣いたり、怒ったり笑ったり。逃げたり立ち向かったり。揺れ動く心で懸命に生きている。そうやって暮らす日々の中で、自分の為だけの縁糸を作っているのかもしれないわね。

 私、縁糸って他の種類も存在していて、誰かと寄り添うたびに生まれているんじゃないかと思うの。自分のものと同じように目には見えなくて、きっともっと繊細で。切れてしまったり、大事にしようとするあまりに離してしまったりするかもしれない。それでも大切だと思う誰かと絡まり合いながら、縁糸を強くしていけるのが生きていくという事なのかもしれない。そんな風に思います。

 私が最期に縁糸を結べた相手があなたで、本当に幸せでした。


 もう一人の私、尾畑真弓さんの幸せを、心から願っています。            


                                  夏木房江なつきふさえ                 




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