3.
「あぁ、なんだかスッキリしました。ありがとう
「いえ……いつも通り……何もしていないです」
もどかしくそう答えた私に夏木さんが「いてくれるだけで良いんです。あぁ、でも、私より泣かないで下さいよ」と言うので二人で少し笑った。
「主人を見送って、一人になって。その内に私自身も病気になって、横になる時間が嫌でも増えて……あの頃の事を思い出してばかりでした。新しい土地でやり直そうと言ってくれた時、夏木の両親を励ましていた時、私に三味線を続けなさいと勧めてくれた時、あの人は本当はどういう気持ちだったのか。そんな事ばかり繰り返し考えていました」
「忙しくして余計な事を考えないようにするっていうのができない状態はツライですよね。頭の中ばかりフル回転しちゃいそうですし」
「そうなのよ。訪ねて来てくれる人も滅多にいませんから余計にねぇ。何を考えていても最終的に行きつくのは、いつも同じ悩みでした」
「どんな事ですか? 私に話しても大丈夫なら、話してもっとスッキリして下さい」
話すに決まっているじゃない、と夏木さんが笑う。
「このまま死を迎えて、主人の元にいくのが許されるのか。お兄様も眠る夏木のお墓の隣で、何事もなかったように主人と一緒に眠っていいのか……怖くなったんです。そんな事を考え続けていたら、ある日、逃げるように魂が身体を離れてしまってねぇ。情けないけれど、これが私の真実です」
「そうだったんですか。それで
「えぇ。保護課の方に、あの時こう聞かれました」
――この世に未練はありませんか? ここでこうして保護できたのも何かの縁です。どんな小さな事でも構いません。どうかお聞かせ下さい。
「死ぬ前に魂が飛び出ちゃうなんて思いもしないでしょう? とんでもない事をしてしまったと慌てましたねぇ。動揺して『自分の人生が正しかったのかわからなくなって、逃げてしまったみたいです。そんなつもりじゃなかったのに』って大慌てで言いました」
あの状況下でなるべくして魂を保護された私よりも、無意識で魂が飛び出てしまった夏木さんの方がよっぽど慌てただろう。
「わかります、その時の慌てた気持ち」
「ふふ。保護課の方、それ以上は無理に聞いてこなくてねぇ。代わりに
初めて夏木さんと会った時の緊張した姿を思い出す。あの時は夏木さんが自分にとってこんなにかけがえのない存在になると思わなかった。
「大事な身体をお借りしたのが、こんなおばあちゃんで申し訳なかったですねぇ。でも、私、あなたになれて本当に良かった。見失いそうになっていたもの、忘れかけていた大事なもの、沢山思い出せました。尾畑さんの人生、とっても楽しかったです」
「有難うございます。やだなぁ、改まって」
「尾畑さんの中で暮らして、わかった気がするんです。主人はずっと隠していた気持ちを、口にしないと一人で抱え続けていた
「はい。間違いなく愛だと思います」
夏木さんを慰めるわけじゃなく、本心でそう思った。上手く言葉にできないけれど、最期にそう打ち明けた旦那さんの気持ちが、何故か少しわかるような気がした。
「ふふ、あなたが教えてくれたのよ。あなたのおかげで、私の人生も素晴らしかったと思えるようになりました。自信を持って主人の元へ
私のおかげって……と言いかけたけど、空を見上げた夏木さんが笑顔で涙を流しているので最後まで言えなかった。
「ごめんなさい。ダメねぇ。笑ってお別れしたかったのに。
――承知致しました。
いつの間に来ていたのか、橘は私の隣でそう言うと、持っていたタブレットに何かを打ち込む。
プツッという音をさせて、モニタリングしていた画面と同時に夏木さんの姿が消えた。
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