5.

 気に入っていたヒーリングミュージックじゃ気持ちが落ち着かない。大音量でヒップポップを掛けてみたり、お笑い番組をつけてみたり。気づくと結局、画面をジッと見つめて正座している。いくら待っても夏木なつきさんの様子は映らないし、たちばなも戻って来ない。こんな事で頼るのは申し訳ないと思ったけれど他に頼る人が浮かばず、中代なかしろさんに連絡をした。


「尾畑様、こんばんは。何か問題が発生しましたか?」


 事の顛末てんまつを必死で説明したけれど、中代さんは「あら、まぁ」と笑い出した。


「笑わないで下さいよ。私、真剣に困っているんですから」


「あぁ、すみません。私としたことが気が緩んでしまいました。本当の緊急事態じゃなくて良かったです」


「橘も言ってたけど、本当の緊急事態って何なんですか?」


「例えば、ご家族に不幸が訪れた場合……とかですね。その際は勿論、担当が行くだけでは無く特別措置が取られますけどね」


 中代さんは優しく言ってくれたけど、少し考えればわかるだろう、と自分の浅はかさに恥ずかしくなった。


「そんな顔なさらないで下さい。病気など元々の不安要素がない場合、大切な方々の命について常に心配するのは難しいですよ。自分の身に降りかかっている事で、頭がいっぱいになって当然です」


 なぐさめてくれるのは有難かったけれど、それにしても情けない。


「気を遣わせてすみません。どうして私、自分の事ばかり考えちゃうんだろう。死のうとした時もそうだったし……。家族だって友達だって大切なのに、何でそういう考えになれなかったんだろう」


「ある意味、反動ですよ。尾畑おばた様は命をとうとする前は、周りの事ばかり考えるタイプだったのではありませんか? それを全て投げ出したくなったのでしょう。魂が解放され、自分の感情を制御する必要がなくなったので、欲求に目が行きやすくなった。それは良い事ですよ」


「そうですかねぇ」


「えぇ。かくいう私も自分の感情を制御できなくなるタイプでした。家を出たきり考えるのを避けていたのに、魂になった途端に親が心配になって。担当者と借主さんに様子を見に行ってくれるように騒いだりしてね。懐かしいわ」


「チョット待って下さい。どういう事ですか? 中代さんって私と同じ、魂なんですか?」


 余計な事を言ってしまいましたね、と中代さんは困ったように微笑んだけれど、意味がわからなくて混乱する。


「今は生身なまみの人間ですけど……あぁ、すみません。他の物件様からお呼び出しが。すみません、失礼します」


「あっ、はい。ありがとうございました」


 誤魔化されたように慌てて会話が終了されたけど、そんな事どうでもよかった。


 ――今は生身の人間? 今は?


 その言葉の意味に気を取られ、橘の状況を聞き忘れた事に気付いたのは、だいぶ時間が経ってからだった。

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