【KAC20252】Brand New Day 憧れの新生活! ~忍びは影に忍べどもヤンデレは忍ばない~
尾岡れき@猫部
新生活はじまります!
――私のことイチって呼んでくださいね?
――じゃぁ、僕のことはユキで。
あぁ、そんなことを言い合っていた時期もあったよね。新幹線走行中、心地良い振動に身を任せながら。新しい生活を前に、過去のことは押しのける。
だって……僕は、もう自由なんだ!
■■■
「こんなことってある?」
呆然としてしまった。
マイホーム――というには、語弊があるが、大学入学を経ての一人暮らし。賃貸マンションも借り、これから新生活が開始になる。
田舎から出た身としては、見るもの全てが新鮮だった。ウキウキしながら、鍵を受け取りに行くと――すでに入居者は決まっているという(今、ココ)
よく考えたら、相談の時から良い加減な感じだった。おのれ田島不動産、憶えていろって思う。が、ぼやいても始まらない。正直、泣きたくて仕方がないけれど。
「……あの、お困りですか?」
黒髪を後ろに束ねた
■■■
「そうですか……それは大変でしたね」
彼女、一千花さんは微笑を零しながら言う。彼女は突然、住所不定になった僕に一夜、部屋を貸してくれるという。イヤ、それや僕も最初は遠慮したよ。でも、聞けば僕が入学予定の大学に、彼女も通うという。いわば、クラスメートで――。
良く似た名前の知り合いを知っているが、彼女がココにいることはあり得ない。第一、今の彼女と雰囲気が違いすぎる。
――ちょっと窮屈な想いをさせると思いますが。お困りでしたら是非。一軒家ですから、ちょっと持て余していて。
そう、クスリと笑んで。
正直、知り合いが誰一人いないなかで、不動産屋の仕打ちに打ちひしがれていた僕にとっては、天使の一声でしかなかった。
「いや、一千花さんに救われたというか。あ、あの……本当に変なことはしませんから。そ、その、本当に――」
うん、僕は何を言っているんだろう。それこそ、まるで下心丸出しで。そんなこと言ったら、逆に警戒させるから。
憧れの都会。憧れよ新生活、あわよくば素敵な出会いを期待した童貞に、この刺激は強すぎる。
「変な音羽君」
くすりと笑って、玄関で靴を脱ぐ。
(……あれ? 僕、名前を言ったっけ?)
首を傾げながら、僕も倣う。綺麗な足だなぁって思う。いかんいかん、こういう視線って女の子は分かって――。
ずん。
何かが落ちてくる。
(鳥……?)
鳥の置物が、僕の頭めがけて落ちてくる、その刹那。紙一重で避けるた。
――トリの降臨
アホなことを考えている場合じゃない。この感覚、本家で祖父が仕掛けてきた時に似ている。
床板の感触が、薄い。僕は、足先に力をこめて、全力で跳ねた。
案の定、床板は外れ、落とし穴が僕を待ち構えていたが、甘い。これぐらいなら、飛び越えられ――る?
飛び越えた瞬間を狙って、無数の矢が僕を狙う。
「だから、甘いっ」
カバンの中に収めていた小太刀を取り出し、払う。
と、一千花さんがいない。
ひんやりとした廊下が続く。多分、罠のオンパレードだろう。壁をコンコンと叩く。やけに軽いと思った瞬間――。
壁がくるんと回る。
その奥の間は、茶室になっていた。
庭園で、池の水が流れる音が
かぽん。
鹿威しが、優雅に音を鳴らして。
着物姿の一千花さんが、三つ指をついて、僕を出迎えたのだった。
■■■
「改めまして、小泉一千花と申します。音羽行平様」
「は、はひ……」
さっきまでの威勢は、もう、どこかに飛んでいってしまった。どうして、あの名前を聞いた時にピンとこなかったのだろう。
我が音羽家、そして小泉家は、いわゆる忍びの末裔である。現代社会で忍者なんて驚かれると思うが、旧時代も現代も情報は武器。その価値は、ますます高まっているといて良い。スパイにハッカー、官僚に企業家。全てにおいて、情報は貴重なのだ。
僕は真田家の嫡男。一千花は、音鳴家の三女。いわゆる、僕らは一家相伝の秘伝を守るために縁組みされた、いわゆる許嫁だった。
しばらく会っていなかったから、失念していた――。
「お久しぶりですわ」
「み、見違えた。気付かなくて――」
「行平様は、少し都会に浮かれすぎですわ。私、くノ一ですのよ? 少し、印象を変えただけで、まるで他の
「あ、いえ、その、ですね……」
しどろもどろになる。一千花の視線が痛い。
「これで忍者屋敷の仕掛けを解除できないとあれば、私はどうしたら良いかとハラハラしておりました」
「そ、そうね……」
僕は、必死に思考を巡らす。イチが目の前にいることが信じられない。彼女は幼少期の頃から愛らしかったが、しばらく見ない間に、可憐さと美しさが同居した大和撫子に成長した。実際、僕も見惚れてしまったぐらいだ。
「でも、ユキ様にそういう目で見られるの、イヤではありませんわ。他の女子に、そういう目を向けたら、手元が狂うかもしれませんが」
苦無をチラつかせるの止めて。
忍びは同族の血を守ることに心を砕き。そして、伝統を守り続けることを信条としてきた。そのなかで、イチはあまりに優秀すぎた。本来なら、もっと優秀な服部家に嫁ぐべき逸材である。
でも、そうはならなくて――。
「ユキ様? 里を出たのは、勉学に励むため。ですが……まさか、女子にうつつを抜かすためではございませんよね?」
「そ、それは、当たり前――」
「良かったですわ。雑草といえど、命ですから。無為に散らすことにならなくて」
「そうな……」
ご覧の通り、イチはヤンデレだった。これ、他の女だと思って、手を出したら、とんでもない折檻が待ち受けていた気がする。
里の共通認識――行平はイチ係。
里のトップ、服部家が快く、音羽に血を譲ったのも、これが理由だった。
「ユキ様」
クスリと一千花が笑む。
「私、ずっと憧れていましたの」
「……な、にが?」
「ユキ様と、一つ屋根の下で暮らすの。不動産屋さんに協力してもらった甲斐がありますわ」
「そ、そう?」
そうなんだね。最初から、君が仕組んでいたんだよね。うん、そりゃ僕がどうこうできるレベルじゃないはずと、しみじみ納得する。
「私、初めてだから。優しくしてくださいね?」
クスリと笑む。
夢見た憧れの大学生活は、どうやら早くも暗礁に乗り上げてしまったようだった。
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