第7話 ザ・家族
「あんた、車なんて買ってきたの?」
イルドが家に居候するようになった翌日、義経は姉の頼朝からガレージの前で詰め寄られた。
昨日気づかれなかったのは、頼朝の在宅ワークが忙しかったためだ。通勤時間がないのがリモートワークの利点だが、反面朝から晩までかかる仕事を振られることもある。完全在宅というのも考えものだ。今日は仕事量的に余裕があるようだ。
頼朝は怒っているというより、眉根を寄せて不可解だと訝しんだ表情を見せている。予想はしていたが、いざ詰め寄られると義経は困ってしまった。
「しかもこんな、町中走ったら注目浴びるようなスーパーカーなんて買って……ローンはいくらなの? 勝手に組んでたら承知しないわよ」
「ローンはないよ。拾ったんだ」
「それ、盗難車? 余計ひどいわ。警察の厄介になりたいの?」
「おまわりは来ないよ。とにかくこの車は拾ったんだ、僕のものだよ」
「持ち主は何してるの?」
「その持ち主が僕に譲ってくれたんだってば」
「あんた、喋りながら話作ってない?」
義経は言い訳に言い訳を重ねてどうにもならなくなり、顔を真赤にして叫んだ。
「お姉ちゃんには関係ないんだから、首突っ込んでこないでよ! もう!」
義経のボキャブラリーでは、うまく言い訳が作れない。そんな時、思わぬところから助け舟が来た。
「ま、いいじゃない。ウチは車売っちゃったんだし、つねちゃんがいいって言うならそれでええよお」
おばあちゃんは相変わらず明後日の方向を向いた発言をしている。が、今の義経にはそれがありがたかった。頼朝は表情筋をゆがめ、祖母を見やる。
「おばあちゃん……いくらなんでも義経に甘すぎ。そのせいでこいつ、どんどんつけあがるんだから。甘やかすのも大概にしなさいよ」
「甘すぎるって言われても、つねちゃんが幸せになれればいいんだよぉ。孫娘だか孫息子だかわからないけど、つねちゃんは自分から大変な道を選んでるんだからねぇ」
おばあちゃんと頼朝の口喧嘩にシフトしたのを見計らって、義経はイルドに乗る。
「僕、車で買い出し行ってくるね!」
「あ、ちょっと……!」
頼朝の制止を振り切り義経はエンジンを吹かせて、ガレージから逃げ去った。
「何考えてるのよ、あいつ……」
後には口をぽかんと空けた頼朝と、ドクロのお化けのようにひょっひょっひょっと笑うおばあちゃんが残された。
「家族っていいなぁ……」
義経が頼朝のほとぼりが冷めるまで当てもなくドライブしていると、カーナビからイルドの声がする。義経は、ええっと顔をしかめる。
「さっきの話のどこでそう思ったのさ」
「家族がいないと、他愛もない口喧嘩すら愛おしいと思うようになるよ」
「イルドって確か、ドラゴンカー……おっと。竜のお父さんと車のお母さんから生まれたんだよね。どんな生活してたの?」
「俺は、忌み子のようなものだった……。父も母も俺が幼い頃に姿を消してしまった。引き取ってくれた叔父は放任主義、学校では常にいじめられていたよ。だから家族の温かさを知らない」
「複雑な家庭事情なんだね」
「平等なる愛から生まれた俺をいじめるのに正当な理由があると、学校のガキどもは思っていたんだ。先生も味方してくれなかった。俺は他人の温かさを知らない生活をしていた……」
「大変だったんだ……」
義経は交差点を右折しながらも、少し遠くを見る目をする。
イルドの話を聞いて、もう一度家族と話をしよう、そんなふうに思うことができた。
「イルドが家族の愛情を知らないなら、僕らが家族になるよ。帰ったらお姉ちゃんに本当のこと話してみる。お姉ちゃんの目の前で正体を見せよう。すぐには信じられないかもしれないし、変形するイルドを見たら泡吹いて倒れちゃうかもしれないけど」
「本当か……ありがとう」
「しばらく僕らの住む街を見ていってから、帰ろうか」
「そうだな」
義経がややゆっくりめに車を走らせ、イルドのライトは街並みを眺めていく。
四月現在、日本は三寒四温の気候だ。寒さが続くものの確実に温かくなっている気温は、イルドの迷える魂を安心させるため包み込んでくれるようだった。
義経は言葉通りにスーパーで少し買い出しをして戻った。そして家族をガレージに呼んだ。
「イルド、変形して!」
「チェーンジ、ドラグーンモード!」
ドアが背中側に折りたたまれ、フレームが手足を形成して、イルドは竜の姿になる。
ガレージでイルドがドラグーンモードに変形したら、案の定頼朝はバタンQと倒れてしまった。おばあちゃんは相変わらずひょっひょっひょっと笑っていた。
「あんた、B29の親戚かのう?」
「いや、それは存じ上げないが……」
おばあちゃんはイルドを何かと勘違いしているらしいが、イルドはすぐ否定する。それでも相変わらずおばあちゃんは笑っていた。
「これから僕らの家族になる、イルドだよ! 訳あってうちに居候することになったけど、車の代わりになってくれるんだ!」
義経が宣言するとぶっ倒れた頼朝は起き上がって。
「え、えぇ……いきなりドラゴンが家族って言われたって……」
当然の反応だ。
ただ、イルドの真摯な瞳を見て、頼朝はほんのり顔を赤らめる。
「ま、まぁ……いいんじゃない。よく見ると格好いいし。犬猫をいきなり飼うよりはいいかも……ちゃんとお世話するのよ」
「やった!」
義経はぴょんとイルドに飛びついた。イルドは斜め四十五度の角度でお辞儀をする。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
そんなイルドに、頼朝は慌てて「こっちこそよ!」と言った。
そういえばお姉ちゃんはロボアニメが好きだったな、と義経は思った。あのトランスフォームするロボとか、人の心を持ったロボがお姉ちゃんの好きなものだった。SNSでそれらのイラストを描いているのを見たことがある。
「義経……」
頼朝はモジモジしながら言う。
「その車、たまには私も乗せてよね。家族って言うなら、二人で共有して乗りたいし」
「うん」
そう返しながらも、義経はイルドにこそっと言う。
「お姉ちゃん、運転荒いから気をつけて……」
「ええ……」
イルドはおののく。頼朝はそれにたいししかめっ面で。
「義経、なんか言った?」
「なんにも!」
そう、まぁいいけど、と言いつつ、頼朝は付け加える。
「警察とかマスコミとかには注意しなきゃね。うちが見せ物になったらたまらないわ。人の大勢いるところじゃ変形しないこと、いいわね?」
「まぁ、そうだよね。イルド、大丈夫?」
「俺も無用なゴタゴタは避けたい。その話は飲む」
「話の分かるドラゴンでよかったわ。それと、義経、あんたがいつも行く『お遊び』はイルドさんに乗っていくわけ?」
「う、うん……」
義経が言葉を濁すと、頼朝はイルドに「こっちに来い」と手で合図する。
「イルドさん、ちょっとお話が」
今度は頼朝とイルドがひそひそ話をする番だった。
「なんだよ、もーっ!」
義経の憤慨はガレージの虚空に吸い込まれていった。
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