第3話 愛の戦士
原宿は相変わらず人でごった返している。あちこちの壁には落書きがあり、クレープやハットグの匂いがそこら中に漂っている。道行く人は老若男女を問わない。この混沌とした、ごみごみした空間こそが原宿であると言えるだろう。
その人混みの中、ゆらりと歩く青年がいた。彼はマントを羽織り、顔にオペラ座の怪人を思わせるマスクをつけている。明るい顔をあまりしない彼だが、今日の彼は一段と不機嫌そうだった。
彼の名は
「この星は悪い文明が多すぎる……。なぜこのような混沌がまかり通っているのだ……」
そう呟いていると、向こうから歩いてきた人に肩をぶつけられた。
「あっ……すいません」
亜久斗の謝罪は舌打ちで返された。その主はさっさと去っていく。何の声もかける暇もなかった。
内心もやもやするものを感じながら、亜久斗はなおも呟きながら歩く。
「原宿……なんと悪い文明か。代々木まで一駅乗り間違えただけでこの有り様か……」
「ママー、あのお兄ちゃんコスプレしてブツブツ言ってるー」
「見ちゃいけません!」
子供に指をさされた。母親は亜久斗に睨まれ、子供を隠すように何処かにつれていく。この程度で笑われるとは、あぁ、人間社会が憎い!
亜久斗は胸にどす黒い感情が溜まっていくのを感じた。溜まった膿は出さねばならない。
『そうだ、亜久斗よ。我々もこの文明が嫌いだ』
脳内に直接、落ち着いた男性の声がする。
『『平等なる愛』は静かな星を望む……こんな混沌とした場所は、我々にとって毒だ。壊してしまうのだ、亜久斗よ!』
亜久斗は懐に隠したオカリナを手に取った。
そのオカリナには、彼が先日出会ったエイリアンが隠れている。
これ以上自分の機嫌を損ねるなら、これを吹くことも厭わない。亜久斗はそれだけ人間を憎んでいた。
・
宇宙人の子どもたちが笑っている。
小学生だった竜は、子どもたちの輪に馴染めずにいた。両親は彼を捨てた。身寄りのない彼を引き取ったのは叔父の竜で、彼に学校に行くのを許してくれた。
しかしながら、『平等なる愛』によって生まれた自分の出生ゆえに竜は後ろめたい気持ちもあったし、特殊な家庭事情から他の子供たちと価値観が合わずにいた。
子供の一人が竜のそばに寄る。遊んでくれるのかと思ったが、子供は残酷な笑みを浮かべて言った。
『お前の父ちゃん、ドラゴンカーセックス!』
子供は時に、大人よりも残酷になるものだ。
「うわああああっ!」
悪夢に竜は飛び起きた。
車形態の竜は大通りの路肩に駐車し、一眠りしていた。
地球に飛来した平等なる愛を追いかけて、ここまで来たのだ。
「夢か……」
今置かれている現実があの光景ではなかったことに安堵しつつ、視界を覆うものに気づいた。
「なんだこれは?」
フロントガラスに駐禁の黄色いシールが何枚も貼られている。彼が寝ている間に警察が貼ったのだろう。おかげで前が見えない。
「この星の文化なのか……? なんて書いてあるんだろう。とにかく邪魔だな」
竜はワイパーでフロントガラスを拭い、身を震わせ、駐禁シールを振り落とす。
歩道からそれを見ていた人々は、しばしぽかんと口を開けてしまった。なにせ運転席に誰もいない車が勝手に動いたのだ。
「これでよし!」
竜は気を取り直して、体内にあるレーダーで平等なる愛を探した。
平等なる愛の出現をレーダーが捉えると、竜の中のレーダーが唸る。
「よし、そっちか!」
竜は車形態のまま、原宿に向かって走り始めた。
通りから一部始終を見ていた人々は、ぽかんとしたまま佇んでいた。今見た何かを誰かに話したところで、誰も信じないだろうと思いながら。
・
「いぇーい、ピース」
パシャッと自撮り。クレープもまた自撮りの小道具。大きめのクレープを持つと、顔が小さく見えるからだ。
原宿は映えスポットが多い。おしゃれなカフェ、ファンキーな街角。ポーズも色合いもバッチリ決めたファッションで義経たちは自撮りという戦に望む。
SNSでも原宿を背景にした自撮り写真が多い。それらとは一線を画するものを撮らなければ、ネットの海に葬られてしまう。いかにRTが伸びるか、いいねが貰えるかを計算して撮らねばならない。自撮りは経済学バトルなのだ。
「つねきち、かーわーいーいー!」
「今度の写真、伸びるかなぁ?」
「つねきち三万人もフォロワーいるんだし、そこそこ伸びるっしょ」
義経の友達、
クレープをいつまでも持っているわけにはいかない。クリームが溶けてしまう。義経たちは食べ盛りの年齢に見合う食欲で、クレープをすぐ食べてしまった。それから自撮りの場所を散策に行った。
二人が行ったのは、ストリートアートが描かれた壁際。二人はスマホを手に、自分とアートが程よく映える角度を探した。
「こっちの角度にしたほうがカワイイと思うんだよね……」
義経は身体をぐいっと曲げてスマホを覗き込む。と、後ろから来た人に背中がぶつかってしまった。
「あっ……ごめんなさい」
義経は咄嗟に謝罪する。
先程ぶつかったのは、こちらを振り向いたマントの青年。その仮面の下から睨みつける視線をもろに義経は見てしまった。
「うわっ……」
つい口をついて出た言葉に、ついに青年の堪忍袋の尾が切れたらしい。
「畜生! さっきからどいつもこいつもー!」
青年は懐から何かを出す。それは青いオカリナだった。青年はオカリナの吹き口をくわえ、宣言する。
「私は愛の戦士サイバーク! 悪しき文化を滅する者! 平等なる愛よ、ここに顕現せよ!」
道行く人々は、何言ってんだコイツという顔をする。目を背けてそさくさと立ち去る人もいる。
青年が息を吹き込むと、オカリナからケルト調のメロディーが流れる。
オカリナから空中に何かが解放される。
煙のようなものが空中に像を描いた。それは、上野公園から盗まれた考える人だった。
「考える人よぉ! 暴れ出せ!」
空中の像が立体的になる。
身長五メートルに巨大化した考える人は、原宿の車道に君臨し、まるで巨大特撮ヒーローのようにゆっくりと上体を起こした。その姿に義経は今朝のことを思い出してドキリとした。
「あれ、盗まれた考える人じゃあ……」
義経が声を震わせて言うが、考える人は周りなどお構い無しに暴れ出す。ブティックのガラスを壊してマネキンを倒し、韓国料理屋をぶっつぶし、おしゃれなカフェを叩きのめす。
警察が来る前に、当たり一面惨状と化した。
「原宿が……原宿が壊されていくよォ!」
義経は悲痛な叫びを上げる。
考える人の周りにはスマホで写真を撮っている人が群れている。考える人がそちらを向いた時、蜘蛛の子を散らすようにきゃっと逃げていく。
義経は森々に腕を引かれるまで、茫然自失していた。目の前で起こっていることは、特撮じみていて現実感がない。しかし実際、考える人が原宿で暴れているのだ。
周囲の車たちが考える人から逃げていく中、一車だけ考える人に向かっていく車があった。
それはトリコロールのスーパーカーのようだった。
「とうっ!」
そのスーパーカーはジャンプし、考える人に激突する。
右腕を負傷した考える人は、スーパーカーを両腕でガシッとつかんで放り投げた。
放り投げられながら、車は変形した。
その姿は間違いなく、機械竜であった。
「俺はイルド! 貴様ら平等なる愛を叩き潰す者だ!」
そう宣言する竜……イルドが、義経には無性に格好良く見えた。
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