傷心勇者と火傷顔の奴隷のモノガタリ
卵かけご飯卵抜き
プロローグ
プロローグ①
深夜三時頃、どうしてこんなことになったのか、どうすれば良かったのか、そんなことを考えながらただただ橋の下に流れる夜の川を眺め続ける
「……………………」
けれど、どれだけ考えても返ってくるのはせいぜい川のせせらぎくらいで、俺が望んだものは何一つそこにはない。
「……………………もう、どうでもいいか」
もうこの世界に未練なんてないと言うように靴を脱いで遺書の重しにし、無へと向かって足を踏み出す。
「………………」
死ぬ間際くらいは生きる気力が湧くんじゃないか、そう思っていたのだが決してそんなことはなく、俺は一人夜の暗くて冷たい川へと真っ逆さまに落っこちて――。
「………………は?」
何故か、宙に向かって踏み出した足が重力に逆らって立っている様子を見て、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。
「…………」
「……………………」
「…………………………………………」
宙へと向かって一歩、また一歩と歩いても足はしっかりと空中で立っていて、川へと落ちる気配は一切ない。
「えへへ、どう?びっくりした?」
ふと、後ろで鈴が鳴るような声がした。振り向くとそこには空色の髪と金色の瞳をしたワンピース姿の裸足の少女が一人。その少女はまるで得意顔でイタズラする子供のような微笑みを浮かべながらこちらを覗き込んでいた。
「ねぇ、これ凄いでしょ。これ、異世界の女神であるボクの力なんだよ。ホラ、君もせっかくだから宙の上のお散歩を楽しもう」
そう言いながら少女が宙でステップを踏み、その度に空中に波紋が広がり、無が水へと変わっていく
もうとっくに自分は死んでしまったのではないか。そう思ってしまうほどの非現実的な光景。それでも何故かこれは現実だと確信を持ててしまう。
「むむむ、君ってばすっごくノリが悪いよ。せっかく勇者になって別の世界で人生をやり直す機会をあげるんだからもっと楽しそうにしなよ」
「は?勇者?」
目の前のことが現実だと、そして今の言葉が真実だという確信を持ちながら、それでもあまりの突拍子の無さについ言葉をオウム返ししてしまう。
「そう、君はこことは違う世界の人々を救う代わりに、その世界で誰よりも尊敬される人物になり、欲しいもののほとんどが手に入る。そんな素敵なチャンスを得た特別な人間なんだよ。だから、そんな全てに絶望したような顔をしないで。これから君にはみんなが羨む第二の生が待ってるんだから」
もしも、俺がこの世に絶望した理由が借金だったりしたのなら今の言葉で希望を取り戻したりできたのだろう。けれど
「ホラ、はやくボクの手を取って。さっき言った通り君には希望に満ちた第二の生が――」
「そんなもの要らねぇよ」
俺にとって希望に満ちた第二の生は、なんの価値も無いものだった。
「……え?なんで?もう二度と死にたいと思わなくて済むような人生を歩めるんだよ?それが要らないの?どうして?」
ついさっきまでの余裕が嘘のように狼狽える目の前のガキに俺はそっと、それでいてしっかりと怒りを持って近づいていく。
「お前、俺がどういう目にあって死にたいと思うようになったかわかるか?」
「え、えっと、お金が無いとか恋人が浮気してたとかお仕事がつらいとかそんな感じかな?」
「そういう理由で死にたいんだったら、きっとお前の手を取ってたんだろうな」
多分今ここでこのガキに怒りをぶつけてもなんの意味もないのだろう。それでも、どうしてもこいつに八つ当たりするのをやめられない。
「妹が、たった1人の家族が階段から突き落とされたせいで脳死状態になったんだよ。妹は赤ん坊の頃から下半身を上手く動かせなくて、そのせいで学校でいじめられて……なぁ、俺の妹がなにかしたのか?自分の力で歩けないっていうのは殺されても文句が言えないような悪いことなのか?」
言葉を吐き出す度に喉から熱いものが込み上げるような感覚が、脳が焼けるような感覚が、胸が引き裂かれるような感覚がして心臓が悲鳴をあげる。それだけの痛みを支払いながら言葉を紡ぎ互いの心だけが傷ついていく。
感情を吐露しただけの問いの答えは返って来ない。彼女はワンピースの裾を握り、まるで叱られた子供のような涙だけをこちらに向けてくる。
「……いいからもう死なせてくれ。第二の生なんて俺には必要ないんだ」
その涙がどこか痛くて、目を逸らすように少女がいる方とは別の方向の宙へと一歩一歩足を踏み出す。
「――って、ちょっと待って!」
「……まだ何か言いたいことがあるのか?母親は殺されて唯一残された妹は近い未来に死ぬ。死ぬ理由としては十分だろ」
この少女に八つ当たりをしたのは自分なのに、何故か彼女の辛そうな表情を見たり悲痛な声を聞くと酷く胸が痛む。その痛みから逃げようと宙の上を走り出して――
「お願い待って!妹さんのこと助けられるかもしれないから、だからちゃんと話を聞いて!」
その言葉を聞いて、一瞬で足をその場に縫い付けられた。
「君さっき言ってたよね。妹さんは脳死状態になったって。つまり、妹さんは死んでないんでしょ。まだ生きているのなら助ける手段はあるよ。」
それは、今の俺にとってはほかの何ものにも勝るほどの救いの言葉。
「良かった。ようやくボクの話を聞いてくれる気になったんだね」
「ほ、ほんとに治せるのか?」
「うん。勇者になった人はボクが守ってる人々の救済をボクに捧げて、それを対価に願いを1つ叶えてもらうっていう契約を交わすからね。だから、君はボクが大事に思ってるみんなを救った後に妹さんの救いを願えばいい。そうすれば妹さんの命は救われるよ」
少女は慈愛に満ちた、それでいてどこか影のある笑顔で言葉を紡いでいく。
「もちろん全てが上手くいくわけじゃないよ。妹さんを救うのに願いを使えば君は二度とこの世界に帰って来れなくなるし、ボクがいる世界での未来だって保証できなくなる。何より、死者の蘇生は叶えられないから、手遅れになる可能性は十分過ぎるほどある」
「………………」
二度帰って来れない。絶対に妹と一緒の時間を過ごすことはできない。その事実が胸に重く重くのしかかってくる。
「ごめんね。君は家族のこと大事に思ってるのに家族との時間を守ってあげられなくて。だから、どうしたいかは君が決めて」
優しい笑顔と真剣の眼差し。それを見れば彼女がどれだけ真剣に俺のことを考えて話してくれているかがわかる。だから
「妹を助けられるなら、どんなことだってやります」
妹のために、そして妹への気持ちに真摯に寄り添おうとしてくれた彼女のためにできる限りのことをしようと、そう思った。
「ありがとう。ボクのお願いに応えてくれて」
彼女の真剣な眼差しが和らぎ、安堵の表情が浮かんでくる。それを見ると俺の選択は正しいものだと、不思議とそう思える。
「あの、最後に1つだけ、お願いを聞いてもらってもいいですか?」
「うん。」
「この世界を離れる前に妹の病室に行きたいんです。だから――」
「いいよ。それじゃあ行きたい場所を思い浮かべながらボクの手を取って。ボクが連れて行ってあげる」
優しい眼差しで手を差し伸べる彼女の手を握り、目を瞑って妹の病室を思い浮かべる。目を開くとそこは病室で、目の前にはベットの上で眠ったように動かない無数の管を通した妹の姿があった。
「それじゃあボクはしばらく消えてるね。兄妹水入らずの時間を邪魔したくはないし」
そう言うと彼女は霞のように目の前から消え、病室に俺と妹だけが残される。
「なぁ、杏奈(あんな)。今日死のうとしたらさ、異世界の女神様が俺の前に現れたんだよ。びっくりするだろ」
そっと杏奈の手に触れながら、俺は眠っている最愛の妹に対して最後になる言葉一言一言丁寧に紡いでいく。
「その人が言うには、俺が頑張ればお前の病気を治してくれて、これからもお前が生きていけるようにしてくれるらしいんだよ。だからさ、俺頑張るから……だからそれまで……お願いだから……」
けれど、言葉を吐き出せば吐き出すほど胸が締め付けられ涙が、本心が止められなくなる。
「なんでだよ……なんで俺の家族ばかりこんな目に会うんだよ……父さんも、母さん達も杏奈も何も悪いことしてないのに」
身体に力が入らなくなりその場に倒れ込む。胸の痛みを誤魔化そうと身体を丸めても痛みは和らがない。どれだけ本心を口から吐き出しても少しも楽にならない
「やだ……やだよ……一人になんてなりたくない。杏奈と、家族と一緒にいたい」
それは、決して叶うことのない願いであり、決して報われることのない思いであり、心からの叫びだった。
「けど、何より俺はお前に生きていてほしい。幸せになってほしい。だから――」
願いを、思いを、叫びを杏奈への想いで懸命に押し殺す。力が入らない身体に鞭を打って子鹿のように震える足で無理矢理立ち上がる。
「杏奈、ずっと愛してるよ。どうか幸せになって」
最愛の妹に対して最後の言葉を伝え、何よりも大事な宝物からゆっくりと手を離し背を向ける。
「もういいの?」
いつからかそこにいた女神様が心配と憐憫が混ざった顔でこちらを覗き込んでくる。
「はい。言いたいことを伝える機会をくれてありがとうございました。それとごめんなさい。何も悪くないあなたに八つ当たりしてしまって」
涙を拭いながら妹を救う機会をくれた女神様に対して、筋を通すためにしっかりと頭を下げる。
「謝らないでいいよ。ボクは全然気にしてないし。それに、君が本当にご家族のことを大事に思ってるってわかったから」
そう言う女神様の表情はとても優しくて、どこか悲しそうで、見ているだけで胸がズキズキする
「そういえば、色々あって聞きそびれちゃったけど君の名前ってなんなの?年は幾つ?あとせっかくだから妹さんのことも教えて」
「えっ……あ~、そういえば言ってなかったですね。名前は
八つ当たりとか色々しておいて自己紹介もできてなかったなんて自分はどれだけダメなんだろうか。そんなことを思いつつ自分と妹のことをしっかりと女神様に伝える。
「ユーリ君ね、そっか。まだ子供だったんだ」
一瞬女神様の表情が本当に悲しそうに歪み、次の瞬間にはさっきと同じ優しさと悲しさの入り交じる笑顔に変わる。
「それじゃあユーリ君、最後にもう一度だけ教えて。妹さんを救えるかもしれないという一縷の望みに縋るのか。それともさっきみたいに全てに絶望して自ら命を絶つのか」
「妹が助かる可能性があるなら、なんだってやります。」
その言葉を聞いて女神様はにっこりと微笑み、俺の方へと手を差し伸べてくる。
「ねえ、ユーリ君。ボクね、妹さんだけじゃなくて家族を思う君自身もちゃんと救われるべきだって、そう思うんだ。だから、契約とは別でもう1つだけ約束して。ちゃんと妹さんを助けられたら、今度は自分の幸せを探すって。お願い」
「…………」
正直な話、もう自分の幸福になんて興味はない。もしも願いを叶えるために文字通り命を使わなくてはならないなら躊躇無く命を払える程度には覚悟も自己嫌悪もある。けれど
「……善処します」
それを言ってしまうのは女神様に対して誠実ではないと、そう思った。
「うん。それじゃあユーリ君。君の妹さんとボクの世界の人々を助けに行こう」
「はい。わかりました」
ほんの僅かな、それでも確かにそこにある希望を胸に俺は女神様の強く手を握る。女神様は繋がれた手を微笑みながら少しだけ見つめた後病室の出口へと俺の手を引き、本来あるべき真っ白い廊下の代わりに星空のような闇と光に溢れた外へと進んでいく。
「あ、念の為に言っておくけど絶対に手を離さないでね。もしもはぐれたら最悪永遠に何も無い場所で1人きりになって閉じ込められちゃうから」
「え?あ、はい」
女神様に手を引かれ病室の外へと足を踏み出す。硬いような柔らかいような、冷たいような暖かいような、そんな不思議な感覚を足元に感じながら闇と光だけの空間を歩いていく。
「あの、そういえばどうして俺みたいなただの精神不安定な子供が勇者に選ばれたんですか?」
興味半分、あまりに非現実な景色に対する恐怖や不安と妹を救う最後のチャンスへのプレッシャーから逃げたい気持ち半分の気持ちで女神様にそんなことを聞いてみる。
「精神不安定な自覚はあったんだね。まぁそれはともかく、ちゃんと君が選ばれた理由はあるよ」
女神様は特に勿体ぶるような素振りを見せず、当然のように理由を話していく
「ボクたちの世界には魔法ってものがあってね、元々はボク達の世界にいる本来あるはずだった魔法の才能が全くない子供に特別な力を与えて勇者にしたりしてたんだけど、みんな内ゲバで殺されちゃって、仕方なく少し力を与えただけで強力な魔法が発現する人を別の世界から連れてくることになったんだよ」
それは、なんというか…。
「なんか迷惑な話ですね」
「うん。ボクも説明してたら申し訳なくなってきちゃった。……ともかく、君がいた世界で色々見てた時にたまたま二種類の魔法の超越者適正を発現させられる君を見かけたから声をかけたの」
「超越者、ですか?」
「あ、そこもちゃんと説明しなきゃだね。ボク達の世界の人々はね、ほとんどが複数の属性の魔法の才能を持って生まれてくるんだ。魔法には基礎属性と呼ばれる火、水、風、土の四つの属性。特殊属性と呼ばれる強化、治癒の二つの属性。外法、もしくは害悪属性と呼ばれる虚像、病、
(害悪属性?)
「更に魔法の出力の強さやできることの幅によって初級、中級、上級、超級という四つの区分で分けられてるんだけど、超級の中でも特別強い力を持ってたり他の人じゃ真似出来ない特別なことが出来たりする人のことを超越者って呼ぶんだ。ちなみに超越者って呼ばれる人達は一つの魔法だけ異様に強くて他の属性は使えてもせいぜい初級程度が限界って人がほとんどだから二種類の魔法の超越者になれる君はほんとに特別なんだよ」
「なるほど。俺が特殊だってことだけは分かりました。…………ところで害悪属性ってなんです?字面だけでもヤバそうですけど」
正直な話、俺はファンタジー作品とかにはあまり詳しくない。けれど、基礎属性で挙げられてたものと特殊属性で挙げられてたものに関してはどういうものか何となく想像がつく。だが外法については明らかにおかしいというか、どういう魔法なのか皆目見当もつかない。
「うーん、ぶっちゃけ害悪属性自体才能を持つ子がほとんどいないすごく珍しい魔法だからあんまり気にしなくていいと思うけど……簡単に言うと虚像が他者の認識に介入する力、病が他者に病気を発症させる力、傀儡が他者の肉体の支配権を奪う力、発狂が他者の精神を汚染して狂気に陥れる力、絶命が他者の命を絶つ力だね」
「えぇ……」
女神様の説明のおかげで害悪属性がどういった力なのかは理解出来たが、それはそれとしてそんな明らかに存在してはいけないような力が向こうの世界にあることに少し引いてしまう。
「大丈夫大丈夫。上級以上の害悪属性に関しては今は超級の絶命魔法の持ち主が一人いるだけだから。君の力も多分基礎属性か特殊属性のどちらかだし」
「…………」
一人だけとはいえ絶命魔法なんて一番ヤバそうな力を持ってるという事実に思わず絶句してしまう。というか
「え?俺がどんな魔法使えるようになるのか女神様知らないんですか?」
「うん。知らないよ。ボクに見えてるのはあくまで2つの超越者適正を持つという可能性だけだし。」
「…………」
さっきまでの不安とは別の本当に大丈夫なのだろうかという感情で胸がモヤモヤする。
「もー、だからそんなに不安にならなくても……と、そろそろつくよ。ほら、あの光の向こうがボクたちの世界だよ」
女神様が指差す先、そこにある真っ白な光の向こう側にある不思議な光景を目にして、自分はもう二度と家族と会えないのだというわかりきっていたはずのことを本心から悟ってしまう。
「辛いかも知れないけど、今は妹さんを助けることを一番に考えよう。ユーリ君はそのために来たんだから」
「はい、そうですね」
不安で震える手と声を必死に抑え、女神様に連れられながら眩い光の中にある景色の中へと入る。一瞬目の前が真っ白になったと思ったら、そのすぐ後に神殿としか形容しようがない光景が眼前に広がった。
「待っててくれ杏奈」
眼前の光景を目に焼き付けながら俺は大事な妹の名前を口にし、しっかりと気持ちを引き締め
「よし、無事にこの世界に着いたことだし先ずはこの世界のことを学ぼうか」
「え?あの、俺としてはすぐにでも妹を助けるために行動したいんですけど」
「いやいや、何も知らずに放り出されてから2、3日かけて色々覚えるよりここで1時間くらい勉強した方が絶対効率いいよ」
「……それもそうですね」
それをすぐに緩めた。
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