中編 大仏、大地に立つ。そして踊る。
知事の演説から1年。県議会への中間報告として、知事は県議全員を東大寺に招いていた。
「どうぞ」
大仏に見下ろされる中、若い僧侶が県議たちに1人1つずつメガネのようなものを渡していく。
「これは、メガネですか?」
「ARメガネだ」
「えーあーる?」
「うちの孫がなんかこんなメガネをかけて遊んでたような」
「ARとは
知事の説明を、開発チームの教授が補足する。
「最終的には
言われるままに、ARメガネをかける県議たち。全員がイヤホンもつけ終わったのを確認して、知事が指を鳴らす。
「まずは、昼の姿を体験してもらおう」
『ようこそ、東大寺へ』
大仏が県議たちに話しかけた。男性とも女性ともつかない、中性的だが力強い声。見れば大仏の口元も言葉に合わせて動いている。
「大仏様がしゃべった!?」
「いやいや、そう思わせるように画像と音を調整しているだけでしょう」
「今は全員、大仏像との対話モードにしている。好みに合わせて、人間サイズのアバター表示に切り替えることも可能だ」
『はい、このように』
知事の説明に合わせ、県議たちそれぞれの前に人間と同じ高さで立った状態の大仏が現れる。声も目の前の大仏から聞こえてくるようになる。
「AI大仏は通常の会話はもちろん、仏教経典や様々な説話を学習させてあり、悩み相談に対応できます。と言っても今ここでやると他の方に聞こえてしまいますので、今は一例を表示させます」
教授がタブレットをタッチすると、中年女性のモデルが県議たちの視界に現れ、大仏と話し始める。
『飼っていた猫が死んでしまってから、ずっと悲しさが消えなくって……」
『キサー・ゴータミーもあなたと同じ苦しみを抱えていました。貧しい家に生まれ育った彼女は、やっとのことで授かった一人息子を病気で失ってしまったのです。そして、彼女は息子を生き返らせる方法を求めてブッダのもとを訪れました。ブッダは彼女に、町に行って誰かの家を訪れ、種をもらうように言いました。ただし、その種をもらう家は、一度も死者が出たことのない家でないといけない、と』
「お、これ知ってるぞ。結局種はもらえないんだよ」
1人の県議がつぶやくと、大仏はその県議の方を見た。
『よくご存じですね。そうです。キサー・ゴータミーが回った家は全てかつて死者を出したことがありました。そのことで、彼女は愛する者の死という不幸が自分だけに降りかかっているものでは決してないことを知るのです』
話しかけられた県議の方は目をパチクリ。
「今の、俺が言ったのに反応したんだよな?」
『はい。普通の人としゃべってるみたいでしょう?』
「そうだな、大したもんだよ」
『ありがとうございます』
両手を合わせてお辞儀する大仏の後を、教授が引きつぐ。
「このように、極めて自然な形でAI大仏と対話し、仏教的見地に基づいたアドバイスを受けることができます。現在の弱点はプライバシーの保護ですね。現状では、秘密にしたい相談はテキスト入力するか、相談ブースを使用する形になります。最終的には、感度を上げた骨導音マイクを使うなどして音声入力の簡便さとプライバシーを並立したいと考えています」
暗に『だから予算を』という教授。しかし、まだ県議たちも半信半疑。
その空気を感じ取り、知事が手を叩く。
「では、ここで夜の姿の体験に移ろう。一度大仏殿を出てくれ」
大仏殿を出ると、普段は閉じられている窓が開け放たれていた。本来は元日などの特別な日にしか開けられない窓で、建物の外からでも大仏の顔を見ることができる。
「では、午後6時。ライブのスタートです」
教授の言葉で、ARメガネの視界が暗くなる。花火の音がして、県議たちの視線が自然に上を向く。
一拍置いて、大仏殿が割れた。
真ん中で2つに分かれ、左右にスルスルと動く。姿を現した大仏は、いつものポーズのまま指を鳴らした。
同時に、アップテンポなイントロが始まる。大仏の両脇の菩薩像が、奥に控える広目天と多聞天が、楽器を持って演奏をしているのだ。
そして歌詞が始まるその瞬間、ついに大仏が立ち上がり、踊り始める。知事が持ち歌と言っていた雀の歌だが、J-POP風にアレンジされている。
圧倒される県議たちに、教授は冷静に説明をはじめた。
「今は皆さん個別に、一番ベーシックなライブプログラムを送信しています。しかし、これでは単にライブのビデオを一人で見ているのと変わりません。ですので実際には」
ここで、知事たちの周りに10体ほどのモデルが現れ、音楽に合わせて身体をゆらす。
「このように、複数人のユーザーが同時に一つのライブに参加できるようにします。つまり
教授の説明に合わせ、雀の歌が終わる。次はしっとりとしたバラード。少し前に流行った、亡くなってしまった大事な人を想い、それでも明日に踏み出す歌。それを歌う大仏の視線は、中年女性のモデルに向けられていた。
「このように、今はさっきの相談をしていた飼い猫を亡くした女性のために歌っています。みんなのためのライブの中で、今のあなたにぴったりの歌を歌ってくれるのです」
「自分のための、スペシャル感が味わえるってことか」
県議の1人の感想に、教授は我が意を得たりとうなずいた。
「昼は大仏殿で来訪者と語り合い、夜は皆で参加するライブでありながら一人一人のために歌ってくれる。『会いに行けるアイドル』を超えた『悩みを相談し、背中を押してくれるアイドル』それがAI大仏"るしゃなん"です!」
教授の熱意に押され、数人の県議は拍手までした。しかし、知事はちょっと渋い顔。
「教授、名称は後で公募にすると言っておいたはずだが」
「
『まあまあ、それは後でいいでしょう。言い争いより、一緒に歌いませんか』
大仏自らが仲裁に入り、さっきの雀の歌を歌い始める。皆歌詞は知っているしメロディも2回目なので、歌うのは難しくない。
こうしてライブの一体感を味わった県議たちは、知事の案に賛意を示し、喜んで追加予算を承認した。AI大仏プロジェクトは『知事のお遊び』から『県公認の事業』になったのである。
なお、名称は知事の言う通り公募されることになったが、開発チームがSNSを駆使して推しまくった結果、"るしゃなん"が正式名称となった。
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