2011
子猫じゃなくて、その横の少女を拾いました
それは最初、ゴミ袋に見えた。
雑多なビルが建ち並ぶ路地のさらに細い隙間で、少女が膝を抱えて俯いていた。
一年で最も寒さの厳しい
『どうするの?』
少女の隣で毛繕いをしていたロシアンブルーの子猫が大介に話しかけてきた。瞳が紅く輝いている。その声は少女には聞こえていないようだ。
『放置する事もできる。あとはこの子の運しだい。それとも、声をかける覚悟が君にあるのかな』
――ヴェーレ・ダイネ・ツークンフト――
大介は黙って見つめる事しかできなかった。自分の人生すらままならないのに、他人に干渉する事は許されるのか。
立ち去ろうとした時、ふいに少女が顔を上げた。目が合った。大介は反射的に問うた。
「何してるんだ」
「何してるように見えますか」
力なく答えた少女は高校の制服らしきものを着ていた。衝動的に家出して途方に暮れている女の子など、この街では珍しくもなんともない。そして、そんな子が一人きりで夜を越える事は希だ。
「行くあてはあるのか」
少女は意味の無い質問をした大介を、クリッとした可愛らしい二つの目で不安そうに見つめている。家出少女が街で男に声をかけられたらどういう結果になるか、知識としては知っているのかもしれない。だが、自尊心と引き換えに
大介は一つ、息をついた。
「来るか」
頷いた少女に手を貸して立たせた。とても柔らかくて小さな手だと思った。まだ幼さの残る華奢な体が震えている。極寒の中で冷え切ってしまったのは明らかだった。大介は自分が来ていたコートを少女に羽織らせた。軽く地面に引きずっていた。
自宅に向かう途中、雑貨店に立ち寄った。若者を中心に人気のある四階建ての店だ。脳天気なテーマソングがエンドレスでガンガン流れている。ポップで賑やかな雰囲気が好まれているのかもしれない。階段でガールズフロアに上がった。好きなのを選べ、と言うと、少女は戸惑いを見せながらも商品のジャングルを掻き分けて奥へと消えた。
しばらくして戻ってきた少女の手には、二組みの服があった。上目遣いに大介の顔色を窺っている。どちらかを指し示す事なく大介が頷くと、少女の口元に出会ってから初めて見せる嬉しそうな表情が微かに浮かんだ。
精算を済ませてトイレで着替えさせた。そのまま逃げられるかもしれないという考えが無かったわけではないが、それならそれでいいと思った。
店を出ると陽はすっかり落ちていた。ブリキの笠を被った裸電球の力尽きそうなほどに暗い光を浴びながら、人通りの少ないひび割れたアスファルトの道を歩いた。少女は何も言わずに少し離れて後ろをついて来る。
コンビニで弁当を選ばせた。簡単なつまみとスナック、そして飲みものをいくつか手に取った。少女の強い視線の先にあったアイスクリームも、ため息とともにカゴに入れた。
アパートの壁にへばりついた錆びた階段に足音を響かせながら、若過ぎる女と二人きりになった気詰まりに耐えかねて名を尋ねた。
少し迷うそぶりを見せてから、少女は、リサ、と答えた。
その瞬間から、少女はリサになった。
*
おじゃまします、と小さな声で言いながら、リサは大介に続いて部屋に入った。珍しそうに中を眺め回している。男の一人暮らしの現場を見るのは初めてなのかもしれない。
組織の中でそれなりの立場にある大介は、望みさえすれば高級マンションに住む事も
狭い部屋の中で唸りを上げたエアコンは、すぐに威力を発揮した。小さなちゃぶ台を挟んでリサと向かい合わせに座る。ほとんど無言のまま食事をした。大介は質問をしないし、リサからもされなかった。
食事が終わると、大介はリサに入浴を命じた。リサは固い表情を浮かべて頷いた。
タオルを用意するのを忘れていた事に気づいて、大介は洗面所に入った。きちんと畳まれている服を見て、妹の陽葵を思いだした。元気でいるだろうか。充実した人生を送ってくれていればいいが。
やがてシャワーの音が止まり、リサが風呂から出てきた。タオル一枚を巻いただけの姿で。部屋の隅に敷かれた布団に視線を送った。微笑みを浮かべようとしたようだが、失敗して泣き顔のようになった。
大介は長いため息をついた。服を着ろ、せっかく温まったのに、と言うと、リサは驚いたように目を丸くした。
でも……。
お前みたいな小娘に興味はない。
リサが洗面所でジャージを着るのを待って、二人でアイスクリームを食べた。
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